チェルフィッチュ『地面と床』鼎談 岡田利規×小泉篤宏×橋本裕介

先鋭的な演劇祭として世界の注目を集める『クンステン・フェスティバル・デザール』(ベルギー、ブリュッセル)で5月に初演された、チェルフィッチュの新作『地面と床』が、国内ではいち早く『KYOTO EXPERIMENT 2013』に登場する。チェルフィッチュの代表作『三月の5日間』に大きな影響を与え、その名をタイトルに引用されたことでも知られるサンガツが、前作『現在地』に続き音楽を担当。震災以降の日本人の心象を鋭く捉えて、新境地を拓く岡田利規が全幅の信頼を寄せるサンガツと共に作る最新作は、チェルフィッチュ初の「音楽劇」と銘打った作品となっている。今回は岡田利規に加え、サンガツの小泉篤宏、『KYOTO EXPERIMENT』プログラム・ディレクターの橋本裕介とともにお話を伺った。

前作までは芝居ができてから音楽、という順序がはっきりしてたんですが、今回は音楽のフィードバック度が全然違う。(岡田)

橋本:前作『現在地』制作中のインタビューでも、音楽との共同作業について話していましたが、今回はチェルフィッチュ初めての「音楽劇」ということで、どのくらい踏み込み方が変わったんですか? リハーサルでは作品と音楽の関係性がどんどん出来上がっていくのが分かりましたけど。

小泉:実はサンガツ側からすると、作り方はそれほど変わってないんですね。

岡田:でも芝居サイドからするとすごい変わったんですよ。前作までは芝居ができてから音楽、という順序がはっきりしてたんですが、今回は音楽のフィードバック度が全然違う。音楽が出来上がるまで演出も固めませんでした。

左から:岡田利規、小泉篤宏
左から:岡田利規、小泉篤宏

―音楽によって芝居も相当変わった?

岡田:台詞を書きかえることはなかったですが、演出や役者の演技は変わりました。役者が舞台上に立つ上で「音を聴いている」ということをはっきりさせる。芝居が先で音楽が後だと、音が芝居の上に乗っかってしまうので変化は少ないんです。

橋本:京都でリハーサルをしたときに、岡田さんが役者に対して頻繁に「音を聴いて」と指示していたのが印象的でした。僕の印象として今回は、役者の佇まいというか立ち方が違って見えました。物語という前提を役者が信じて舞台に立っている、というのがこれまでだったとすれば、今回は目の前でいろんなことが起こっている、というような立ち方だったんです。まさに音を聴きながら微妙な判断を舞台上でしていたんじゃないかな。

奥:橋本裕介、手前:岡田利規
奥:橋本裕介

岡田:それに関しては、身体のことをすごく意識して作ったというのも影響していると思います。今回表現のボキャブラリーを増やしたくて、解剖学の基礎をみんなで勉強したりしたんですけど、そうするとこれまでなんとなく捉えていた部位、たとえば「足」というのがより分節化されて意識できるようになって、それは自分たちにかなり大きな認識の変化をもたらしたんですよね。稽古場で骨の名前を言ってディレクションできるようになったりしたし。


―音によって役者の身体に物理的な反応が起きることもありますか? 例えばすごく大きな音にびくっとするとか。

岡田:実際にはほとんどなかったですが、そういうことがあったとしても良かったということです。舞台上にいる役者が音を聴いているかいないかの違いは分かるんですよ。そこをすごく問題にしました。たとえ音楽を重要視した作品でも、役者がちゃんと音楽を聴いて演じないと、演技が音の前に立ってしまうんです。だから「音楽は同列だ。それが聴くということだ」って、ずっと言ってました。

今回は役者さんにそのまま音を通すようなイメージだったり、圧をかける感じだったり、いろんな関係をとりながら音をつけました。(小泉)

小泉:今回は音楽を役者さんに向けて作っていたんですけど、決定的な違いは感じられました?

―役者さんに向けて作るというのは?

小泉篤宏

小泉:前作は芝居全体に対して音楽をつけていたんですが、今回はもっと狭いところにフォーカスしたんです。役者さんにインスパイアされてオーダーメイドの衣装を作るような感じですね。だから作り方は変わりませんが、やっていることは全然違います。前作では物語に対して、照明や舞台美術のような役割のイメージで音楽を作っていたのですが、今回は役者さんにそのまま音を通すようなイメージだったり、圧をかける感じだったり、いろんな関係をとりながら音をつけました。

―ダンスや舞踏に近いイメージでしょうか?

小泉:いえ、音と身体の関係までは、あえて踏み込みませんでした。舞踏のように音と身体の関係をガチで作り上げる方法もありますが、身体に関して僕は素人なんで、そこはやめておこうとはっきり意識してました。

岡田:結局、それで良かったと思います。最終的には録音物を使って上演するのに、役者の身体性を意識した音楽になると、生演奏でやったほうが良くなってしまうので。

―録音物を流すのか、それとも生演奏するのか、それはやはり大きな違いなんですね。

岡田:4月に神奈川芸術劇場で公開リハーサルを行なったとき、サンガツが生演奏してくれたんです。そしたら、演奏に合わせてパフォーマンスするってとてつもなく楽しいから、ものすごく盛り上がって「本当に生演奏じゃなくていいのか?」って考えたんです。でも、その時点で小泉さんは「これは録音のほうがいい」と言ってました。

チェルフィッチュ『地面と床』(『クンステン・フェスティバル・デザール』初演風景) photo: Kamel Moussa
チェルフィッチュ『地面と床』(『クンステン・フェスティバル・デザール』初演風景) photo: Kamel Moussa

小泉:リハーサルの映像を見ていて、意外とバンドがしょうもないことやってるのに、それなりに見えてしまっているところがあるなと思いまして。

岡田:ライブの盛り上がりじゃなくて、クオリティーをクールに見てたんですね。僕も今は、生演奏じゃ無理だって思ってます(笑)。

小泉:そこは精度の問題ですね。今作では音量やタイミングをものすごく細かく調整したんですが、録音物のほうが精度は高められますから。

奥:岡田利規、手前:小泉篤宏

岡田:小泉さんはブリュッセルの初演まで来てくれて、ほぼ丸一日かけて音量を調整してくれました。1デシベル下げる下げないの世界で、そのレベルの調整は僕らだとできないので本当に良かった。ただ、劇場が変わると心配です。今作は世界9都市の劇場による共同製作なんですけど、そのたびに小泉さんに来てもらうわけにはいかないので……。

小泉:できる限りは行きたいと思っていますけれどね。作品にとってすごい重要な要素だと思うので。

岡田:ブリュッセルでのワールドプレミアが開けたあと、チェルフィッチュとのコラボはもう3年はできないと言ってましたよね(笑)。小泉さんはここ数年ものすごい数の演劇やダンスを見てるんですが、その成果を出しきったんじゃないですか?

小泉:自信作です(笑)。

岡田:劇場で音を聴けば分かります。音だけじゃなくて芝居もちゃんと見てほしいですけど(笑)。今作のためにアルバム2枚分くらいの音楽を作ってもらったし、僕も3年分くらいやったと満足していますから、あと3年はサンガツとやらなくてもいいです(笑)。

自分はこれまで作品のことを理詰めで説明できるタイプだと思っていたんですが、今回はうまくできなかった。役者も大変だったと思います。(岡田)

橋本:「音楽劇」っていう形式は今までにも色々ありますし、伝統的には日本だと能楽などがありますよね。そこは意識しました?

岡田:能のことはすごく意識しました。能って演奏者の姿が見えるじゃないですか。舞台とオケピットっていう考え方が皆無で、物語にとって演奏者の存在が邪魔という発想が全くない。そんな概念が成立している中で音楽を鳴らしたいというイメージがありました。なので、今作は舞台装置も能を意識しています。といっても、出はけが全て下手からっていうくらいなんですけどね(笑)。

―伝統的な邦楽とクラシックに代表される洋楽って、同じ「音楽」と言われていても全く別の構造ですよね。そういった違いも念頭にありましたか?

小泉:「日本的な時間の流れ」みたいな話は一番最初に話し合いましたよね。でも音楽を作っているときに能のイメージは僕にはあまりなかった。岡田さんが言う能の音楽ってどういうイメージなんですか。

岡田利規

岡田:例えば長唄みたいなものを作って欲しかったわけじゃなくて、サンガツが元々やっている音楽に対して、すでに能と近いものを感じていたんです。伝統的な邦楽と洋楽では、「展開」の考え方が全然違いますよね。そこで問われるストラクチャー(構造)自体が、邦楽にはない気がします。ストラクチャーがあるからそれをコンストラクトしたり、ディスコンストラクトしたりするんでしょうけど、ストラクチャー自体がないから、コンもディスコンもないんじゃないか。サンガツの音楽もそんな感じがするんですよね。

小泉:時間の流れ方の違いなのかな。

―作品がいつ始まって、いつ終わってもいいみたいなことですか?

岡田:でも、おそらくサンガツ側にはあるんですよね。ほぼ丸一日サンガツのレコーディングを見学したことがあるんですが、終わりの感じの基準が、おそらくものすごくはっきりしているんです。僕には聴いていてもわかんないんだけど、サンガツの中では明確にある。

小泉:今言われて初めて気が付きましたけど、そのあたりをどう構築してどう構築しないかってことは、自分たちにとってあまりにも自然なことで、うまく対象化できていないです。「西洋的な時間軸に寄り添わないように」というのは、かなり意識的に決めているんですが、でもその後どうするかは、実はけっこう出たとこ勝負なんですよ。

岡田:言語化するのは難しいと思いますよ。僕はこれは素晴らしいと思ってる点なんですけど、小泉さんは今のサンガツのメンバーに対して、ものすごい自信を持ってるんですよ。メンバー間でやりとりするのを聞いてても、ツーカーで分かり合ってるというか、誰でも分かるような言葉ではない感覚みたいなところで共有してるんですよね。

橋本:岡田さんと役者さんの関係にも近いものがあるんじゃないですか? ブリュッセルの初日に役者さんに対して「分からないまま走ってきたけど、付き合ってくれてありがとう」とねぎらっていたのが印象的でした。

岡田:僕らもサンガツにそこは負けてないと思ってますよ(笑)。自分はこれまで作品のことを理詰めで説明できるタイプだと思っていたんですが、今回はうまくできなかった。役者も大変だったと思います。一方で、今作のキャスティングでは冒険しない、鉄板メンバーで行くと最初から決めていたので、僕も役者に絶対の自信を持っていました。結果的にはそうじゃなきゃこの作品はできなかったと思います。

左手前:橋本裕介、左奥:岡田利規、右:小泉篤宏

今作では死者が生者と同等の存在として扱われている。死者と生きている者の利害の対立。死んでも主張するという立場に仕上げているのがとても興味深い。(橋本)

―能楽の話でいうと今作では登場人物に幽霊が出てきます。これも能楽からの影響でしょうか?

岡田:もちろん能のイメージもありますが、劇中に幽霊を登場させることは、これまでも考えたことはありました。演劇において幽霊は決して突飛ではない、そういう本性を演劇は持っていると思うんです。これが正解かどうかはわからないのですが、幽霊と役者は「見られることでしか存在できない」という意味で似ています。だから幽霊が演劇に登場するのはすごく自然なことだと感じるんですよね。

橋本:だけど幽霊といっても登場の仕方は特殊ですよね。今作では死者が生者と同等の存在として扱われている。死者と生きている者の利害の対立、それを「外交」と岡田さんは言ってましたが、死んでも主張するという立場に仕上げているのがとても興味深いです。

岡田:それが怖いという意見もありますが、一方で死者にはそんな権利がないと考えること自体がすごい傲慢だとも思えて。これからは死者も勘定に入れて色々なことを考えないと駄目なんじゃないかと思うんですよ。僕らは敬い弔うことで死者と「外交」する。墓参りとかお盆とかね。そして、科学や合理的思考の発達でそういう文化がどんどん無くなってきたことが、例えば今の日本の社会に支障をきたしている気がしたんです。現代に生きる僕らなんて、阿呆らしくてガチで死者と外交なんてできないじゃないですか。墓参りに行かなくてもちょっと引け目を感じるくらいで平気でしょ? でもそれが全て無くなってしまったらどうか。僕らの利害を考えるとき、死者の利害を考えないってことが、いろんな問題を引き起こしている気がしたんです。

小泉:死者の利害というのは歴史のことですか?

岡田:そうです。文化とか伝統とか。

―身につまされますね。自分自身そういう時間の流れの中で、死にゆく親の世代と生まれてくる子の世代の間で引き裂かれている感じがします。できれば双方向を幸せにしたいし。

岡田:今作はまさにそういう話なんです。死者と生者の利害が真っ向から対立して引き裂かれるという話です。

自分ができているかどうかは別として、僕自身は演劇のポテンシャルを疑ったことは一度もないんですよ。(岡田)

―ブリュッセルの『クンステン・フェスティバル・デザール』での反応はいかがでしたか?

岡田:今回初演した『クンステン』は、過去に初めての海外公演を行なったフェスでもあり、そのとき上演した『三月の5日間』が成功したことで、僕にとって大きな契機になった特別なフェスティバルでした。だけど、やっぱりそこから抜け出したいという気持ちも個人的にあって。今作は『三月の5日間』のときのように、新鮮とか奇妙だとか、見たことがないという反応から少し変化して、怖いとか悲しいという受け止められ方をしたように思います。

橋本:世界初演というのもあったのかもしれませんが、観客は舞台から受ける刺激に反応するというより、舞台で流れている空気を一緒に吸って、自分たちも作品にリンクしようと息をひそめながら見ている感じでしたね。

岡田:ただそういった重さは、見世物である以上、見づらさにしてはいけないと思っていて。そこを根本かつ最終的な部分で回避できたのは、やっぱりこの作品が音楽劇だったからでしょうね。

小泉:日本的なものと捉えられていましたか?

岡田:内容的に今の日本の状況につらなっているという意味では日本的ですね。だけど形式としては日本的だとかではなく、音楽がパワフルだとか、そういう感想でした。

橋本:今回演劇というメディアが有効であることをアップデートしたいと岡田さんはおっしゃっていましたよね。新しい音楽劇を作ることでその有効性は再確認できましたか?

岡田:自分ができているかどうかは別として、僕自身は演劇のポテンシャルを疑ったことは一度もないんですよ。例えばこれまでのチェルフィッチュは、これだけあれば演劇が成立するという可能性を証明しようとしてきました。音楽なんていらない、セットなんていらないとか。だけど今作では音楽はもちろん、衣装もあるし、考えられないことにチェルフィッチュで初めてスモークを使っているんです(笑)。いつの間にか僕、「ここまで削いでも演劇なんだ」ではなくて、「ここまで盛っても演劇なんだ」という考えになってるんですよね。でも、演劇の可能性を疑ってない、という点では両者に違いはないんですよ。

今舞台の世界で何が起こっているのかを知らない人がまだまだ沢山いるので、今後も開拓できるというやり甲斐を感じています。(橋本)

―本人も戸惑うほど変化したチェルフィッチュですね。今作をいち早く国内で見られるのが、国際舞台芸術祭である『KYOTO EXPERIMENT 2013』なんですが、他にも池田亮司の新作公演や海外からの招聘作品があったり、他所では見られないプログラムが目白押しの、まさに実験的な舞台芸術の祭典です。このイベントはどういう経緯で始まったんですか?

橋本:2010年に始まり、今年で4回目になるんですが、始めた理由の1つにはいくら京都でアーティストが作品を作っていても、なかなか見に来てもらえないという恨みから始まりました(笑)。僕らは面白そうな作品があればどこにでも行きますが、東京の人は誘っても、1本見るためにわざわざ京都までは行けないと言います。だったら何本かまとめて見に来れるようフェスティバルでもやりますか、っていうのがきっかけの1つです。

橋本裕介

岡田:首都圏にいると本当にそうですよね。僕は九州に移ったので以前の自分がなんて腰が重かったのか痛感します。もちろん東京にいようと出かけていく人はいるんですが、それは余程の大した方なんですよ。

―東京からの観客は増えていますか?

橋本:年々増えてますね、1割くらいでしょうか。東京は圧倒的に規模が大きいのですが、だからといって何でも手に入るわけじゃない、ってことを知らせたい。これまでの4年は京都で実験的なフェスティバルを開催することを模索する期間で、いろんな切り口でパフォーミングアーツへのアプローチを提示しました。特に関西の観客はこれまで多様な作品に触れるチャンスがあまりなかったんです。また、パフォーミングアーツに興味を持ってこなかった、別のジャンルのアートに関心のある客層を劇場に引っ張ってきたいという意図もありました。

―岡田さんも一昨年から熊本に移住されて、そちらでも活動を始められていますが、首都圏ではなく地方で活動する面白さはどういうところにありますか。

岡田:東京の捉え方や、付き合い方が相対化できたことが新鮮ですね。九州で演劇をやっているのに東京というか、東のほうにだけ視線が傾いちゃうのはもったいないと思うんですよね。今日ここに来る前にソウルの演劇フェスティバルのディレクターと打ち合わせをしてきたんですが、九州を日本の端と捉えるのではなく、自分たちを中心に置いたら地図の左側に韓国も中国も入ってきて、そんなふうに世界を見たり考えたりするほうが楽しいと思うんですよね、って話をしてました。北海道だったらロシアとかが入ってくるんでしょうし。

―今作『地面と床』は、国内外9都市による共同製作となっているというのも、かなり異例で凄いことだと思うんですが、何故橋本さんはチェルフィッチュの新作公演を『KYOTO EXPERIMENT 2013』で共同製作しようと思ったのですか?

橋本:チェルフィッチュには1回目の『KYOTO EXPERIMENT 2010』で、『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』を上演してもらったのですが、このカンパニーはこれからどんどん変化していくだろうな、と感じたんです。だから次に出てもらうなら、完全に違う姿に変わったときに観客に観てほしいと思っていたんですね。

―ここ数年、特に大震災以降のチェルフィッチュの変化は目を見張るものがありますね。

橋本:そうなんです。出てもらうならこのタイミングしかないだろうと思いました。チェルフィッチュを含め、今舞台の世界で何が起こっているのかを知らない人がまだまだ沢山いると思うので、今後も開拓できるというやり甲斐を感じています。

イベント情報
チェルフィッチュ
『地面と床』

作・演出:岡田利規
出演:
山縣太一
矢沢誠
佐々木幸子
安藤真理
青柳いづみ
音楽:サンガツ
美術:二村周作
ドラマツゥルグ:セバスチャン・ブロイ
衣装:池田木綿子(Luna Luz)
解剖学レクチャー:楠美奈生

京都公演
『KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2013』

2013年9月28日(土)、9月29日(日)全3公演
会場:京都府 京都府立府民ホール アルティ
料金:
前売 一般3,500円 ユース・学生3,000円 シニア3,000円 高校生以下1,000円
当日 一般4,000円 ユース・学生3,500円 シニア3,500円 高校生以下1,000円

『ポスト・パフォーマンス・トーク』
2013年9月29日(日)の公演終演後
ゲスト:建畠晢(京都市立芸術大学学長)

横浜公演
2013年12月14日(土)〜12月23日(月・祝)
会場:神奈川県 横浜 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

『KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2013』

2013年9月28日(土)〜10月27日(日)
会場:京都府(以下同)
京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)、元・立誠小学校、京都府立府民ホール アルティ、Gallery PARC、京都市役所前広場 ほか

上演作品:
[公式プログラム]
チェルフィッチュ『地面と床』
マルセロ・エヴェリン/デモリションInc.『突然どこもかしこも黒山の人だかりとなる』
庭劇団ペニノ『大きなトランクの中の箱』
木ノ下歌舞伎『木ノ下歌舞伎ミュージアム“SAMBASO”〜バババッとわかる三番叟〜』
She She Pop『シュプラーデン(引き出し)』
Baobab『家庭的 1.2.3』
池田亮司『superposition』
ロラ・アリアス『憂鬱とデモ』
ビリー・カウィー『“Art of Movement” and “Dark Rain”』
高嶺格『ジャパン・シンドローム〜ベルリン編』

プロフィール
岡田利規(おかだ としき)

1973年 横浜生まれ。演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰。活動は従来の演劇の概念を覆すとみなされ国内外で注目される。2005年『三月の5日間』で第49回岸田戯曲賞を受賞。同年7月『クーラー』で『TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005―次代を担う振付家の発掘―』最終選考会に出場。07年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を新潮社より発表し、翌年第2回大江健三郎賞受賞。小説家としても高い注目を集める。12年より、岸田國士戯曲賞の審査員を務める。13年には初の演劇論集『遡行―変形していくための演劇論』を河出書房新社より刊行。

小泉篤宏(こいずみ あつひろ)

1973年東京生まれ。サンガツでは、これまでに4枚のアルバムを発表。近年は、音を使った工作 / 音を使った組体操のような楽曲に取り組んでいる。また、最新プロジェクト「Catch & Throw」では、「曲ではなく、曲を作るためのプラットフォームを作ること」に焦点をあて、その全ての試みがweb上で公開されている。

橋本裕介(はしもと ゆうすけ)

舞台芸術プロデューサー。合同会社橋本裕介事務所代表。京都大学在学中の1997年より演劇活動を開始。2003年、橋本制作事務所設立。現代演劇、コンテンポラリーダンスのカンパニー制作業務や、京都芸術センター事業「演劇計画」などの企画・制作を手がける。2010年より『KYOTO EXPERIMENT』を企画、プログラム・ディレクターを務める。



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