
チェルフィッチュ『地面と床』鼎談 岡田利規×小泉篤宏×橋本裕介
- インタビュー・テキスト
- 前田愛実
- 撮影:三野新
自分はこれまで作品のことを理詰めで説明できるタイプだと思っていたんですが、今回はうまくできなかった。役者も大変だったと思います。(岡田)
橋本:「音楽劇」っていう形式は今までにも色々ありますし、伝統的には日本だと能楽などがありますよね。そこは意識しました?
岡田:能のことはすごく意識しました。能って演奏者の姿が見えるじゃないですか。舞台とオケピットっていう考え方が皆無で、物語にとって演奏者の存在が邪魔という発想が全くない。そんな概念が成立している中で音楽を鳴らしたいというイメージがありました。なので、今作は舞台装置も能を意識しています。といっても、出はけが全て下手からっていうくらいなんですけどね(笑)。
―伝統的な邦楽とクラシックに代表される洋楽って、同じ「音楽」と言われていても全く別の構造ですよね。そういった違いも念頭にありましたか?
小泉:「日本的な時間の流れ」みたいな話は一番最初に話し合いましたよね。でも音楽を作っているときに能のイメージは僕にはあまりなかった。岡田さんが言う能の音楽ってどういうイメージなんですか。
岡田:例えば長唄みたいなものを作って欲しかったわけじゃなくて、サンガツが元々やっている音楽に対して、すでに能と近いものを感じていたんです。伝統的な邦楽と洋楽では、「展開」の考え方が全然違いますよね。そこで問われるストラクチャー(構造)自体が、邦楽にはない気がします。ストラクチャーがあるからそれをコンストラクトしたり、ディスコンストラクトしたりするんでしょうけど、ストラクチャー自体がないから、コンもディスコンもないんじゃないか。サンガツの音楽もそんな感じがするんですよね。
小泉:時間の流れ方の違いなのかな。
―作品がいつ始まって、いつ終わってもいいみたいなことですか?
岡田:でも、おそらくサンガツ側にはあるんですよね。ほぼ丸一日サンガツのレコーディングを見学したことがあるんですが、終わりの感じの基準が、おそらくものすごくはっきりしているんです。僕には聴いていてもわかんないんだけど、サンガツの中では明確にある。
小泉:今言われて初めて気が付きましたけど、そのあたりをどう構築してどう構築しないかってことは、自分たちにとってあまりにも自然なことで、うまく対象化できていないです。「西洋的な時間軸に寄り添わないように」というのは、かなり意識的に決めているんですが、でもその後どうするかは、実はけっこう出たとこ勝負なんですよ。
岡田:言語化するのは難しいと思いますよ。僕はこれは素晴らしいと思ってる点なんですけど、小泉さんは今のサンガツのメンバーに対して、ものすごい自信を持ってるんですよ。メンバー間でやりとりするのを聞いてても、ツーカーで分かり合ってるというか、誰でも分かるような言葉ではない感覚みたいなところで共有してるんですよね。
橋本:岡田さんと役者さんの関係にも近いものがあるんじゃないですか? ブリュッセルの初日に役者さんに対して「分からないまま走ってきたけど、付き合ってくれてありがとう」とねぎらっていたのが印象的でした。
岡田:僕らもサンガツにそこは負けてないと思ってますよ(笑)。自分はこれまで作品のことを理詰めで説明できるタイプだと思っていたんですが、今回はうまくできなかった。役者も大変だったと思います。一方で、今作のキャスティングでは冒険しない、鉄板メンバーで行くと最初から決めていたので、僕も役者に絶対の自信を持っていました。結果的にはそうじゃなきゃこの作品はできなかったと思います。
今作では死者が生者と同等の存在として扱われている。死者と生きている者の利害の対立。死んでも主張するという立場に仕上げているのがとても興味深い。(橋本)
―能楽の話でいうと今作では登場人物に幽霊が出てきます。これも能楽からの影響でしょうか?
岡田:もちろん能のイメージもありますが、劇中に幽霊を登場させることは、これまでも考えたことはありました。演劇において幽霊は決して突飛ではない、そういう本性を演劇は持っていると思うんです。これが正解かどうかはわからないのですが、幽霊と役者は「見られることでしか存在できない」という意味で似ています。だから幽霊が演劇に登場するのはすごく自然なことだと感じるんですよね。
橋本:だけど幽霊といっても登場の仕方は特殊ですよね。今作では死者が生者と同等の存在として扱われている。死者と生きている者の利害の対立、それを「外交」と岡田さんは言ってましたが、死んでも主張するという立場に仕上げているのがとても興味深いです。
岡田:それが怖いという意見もありますが、一方で死者にはそんな権利がないと考えること自体がすごい傲慢だとも思えて。これからは死者も勘定に入れて色々なことを考えないと駄目なんじゃないかと思うんですよ。僕らは敬い弔うことで死者と「外交」する。墓参りとかお盆とかね。そして、科学や合理的思考の発達でそういう文化がどんどん無くなってきたことが、例えば今の日本の社会に支障をきたしている気がしたんです。現代に生きる僕らなんて、阿呆らしくてガチで死者と外交なんてできないじゃないですか。墓参りに行かなくてもちょっと引け目を感じるくらいで平気でしょ? でもそれが全て無くなってしまったらどうか。僕らの利害を考えるとき、死者の利害を考えないってことが、いろんな問題を引き起こしている気がしたんです。
小泉:死者の利害というのは歴史のことですか?
岡田:そうです。文化とか伝統とか。
―身につまされますね。自分自身そういう時間の流れの中で、死にゆく親の世代と生まれてくる子の世代の間で引き裂かれている感じがします。できれば双方向を幸せにしたいし。
岡田:今作はまさにそういう話なんです。死者と生者の利害が真っ向から対立して引き裂かれるという話です。
イベント情報
- チェルフィッチュ
『地面と床』 -
作・演出:岡田利規
出演:
山縣太一
矢沢誠
佐々木幸子
安藤真理
青柳いづみ
音楽:サンガツ
美術:二村周作
ドラマツゥルグ:セバスチャン・ブロイ
衣装:池田木綿子(Luna Luz)
解剖学レクチャー:楠美奈生京都公演
『KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2013』2013年9月28日(土)、9月29日(日)全3公演
会場:京都府 京都府立府民ホール アルティ
料金:
前売 一般3,500円 ユース・学生3,000円 シニア3,000円 高校生以下1,000円
当日 一般4,000円 ユース・学生3,500円 シニア3,500円 高校生以下1,000円『ポスト・パフォーマンス・トーク』
2013年9月29日(日)の公演終演後
ゲスト:建畠晢(京都市立芸術大学学長)横浜公演
2013年12月14日(土)〜12月23日(月・祝)
会場:神奈川県 横浜 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
- 『KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2013』
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2013年9月28日(土)〜10月27日(日)
会場:京都府(以下同)
京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)、元・立誠小学校、京都府立府民ホール アルティ、Gallery PARC、京都市役所前広場 ほか上演作品:
[公式プログラム]
チェルフィッチュ『地面と床』
マルセロ・エヴェリン/デモリションInc.『突然どこもかしこも黒山の人だかりとなる』
庭劇団ペニノ『大きなトランクの中の箱』
木ノ下歌舞伎『木ノ下歌舞伎ミュージアム“SAMBASO”〜バババッとわかる三番叟〜』
She She Pop『シュプラーデン(引き出し)』
Baobab『家庭的 1.2.3』
池田亮司『superposition』
ロラ・アリアス『憂鬱とデモ』
ビリー・カウィー『“Art of Movement” and “Dark Rain”』
高嶺格『ジャパン・シンドローム〜ベルリン編』
プロフィール
- 岡田利規(おかだ としき)
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1973年 横浜生まれ。演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰。活動は従来の演劇の概念を覆すとみなされ国内外で注目される。2005年『三月の5日間』で第49回岸田戯曲賞を受賞。同年7月『クーラー』で『TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005―次代を担う振付家の発掘―』最終選考会に出場。07年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を新潮社より発表し、翌年第2回大江健三郎賞受賞。小説家としても高い注目を集める。12年より、岸田國士戯曲賞の審査員を務める。13年には初の演劇論集『遡行―変形していくための演劇論』を河出書房新社より刊行。
- 小泉篤宏(こいずみ あつひろ)
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1973年東京生まれ。サンガツでは、これまでに4枚のアルバムを発表。近年は、音を使った工作 / 音を使った組体操のような楽曲に取り組んでいる。また、最新プロジェクト「Catch & Throw」では、「曲ではなく、曲を作るためのプラットフォームを作ること」に焦点をあて、その全ての試みがweb上で公開されている。
- 橋本裕介(はしもと ゆうすけ)
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舞台芸術プロデューサー。合同会社橋本裕介事務所代表。京都大学在学中の1997年より演劇活動を開始。2003年、橋本制作事務所設立。現代演劇、コンテンポラリーダンスのカンパニー制作業務や、京都芸術センター事業「演劇計画」などの企画・制作を手がける。2010年より『KYOTO EXPERIMENT』を企画、プログラム・ディレクターを務める。