『さくら色 オカンの嫁入り』脚本・赤澤ムックインタビュー

黒色綺譚カナリア派を主宰し、劇作家、演出家、女優としても活躍する赤澤ムック。その彼女が、第三回日本ラブストーリー大賞を受賞し、映画化もされた話題の心温まるヒューマンドラマ『さくら色 オカンの嫁入り』の舞台版脚本を担当するという。劇団では底の知れないねっとりとした女の性(さが)をアングラ調に描く彼女が、この柔らかな世界観をどう調理したのか。その制作の裏側に迫ってみた。

(インタビュー・テキスト:前田愛実 撮影:小林宏彰)

舞台『さくら色 オカンの嫁入り』あらすじ
ある日、酔っぱらったオカンが若い男を拾ってきて言った―「この人と、結婚しよう思うてんねん」。テカテカの、いかにも安ものの真っ赤なシャツに今どきリーゼント頭の捨て男(研二)を連れてきたオカン。強烈なその男の登場は、オカンと娘・月子、そしてオカンの過去を知る隣人・サク婆、愛犬・ハチへと波紋を広げ、3人と1匹の穏やかな日常を静かに変えていくのだった。
舞台『さくら色 オカンの嫁入り』公式サイト

女の性(さが)を描くことには変わりないのかな、と思ったんですね

─今回の舞台化の脚本を担当されることになったそもそもの経緯を教えてください。

赤澤:本当に唐突なことだったんですよ。まず原作に興味があるか聞かれたんですが、あまりにも自分の作風とは違うので、最初は戸惑いました。ただオカンと月子という母娘が主人公なので、両方女じゃないですか。それにサク婆も女性だし、ふだん私が描いている女の性(さが)には変わりがないのかな、と思ったんですね。

年代の違う3人の女性が築いてきた暖かい繭みたいな空間に、娘に起こった悲劇や、佐藤アツヒロさん演ずる研二の登場で繭が崩れていく。けれどそこから蛾じゃなくて、幸せできれいな蝶が生まれたといったお話なんです、これは。それから、これまで「携帯小説」であんまり面白いものを読んだことがなかったのですが、舞台化しようと思ったときに、すごくいろんなことができると思えたのでお受けしました。

─その、いろんなこととは?

赤澤:それぞれのドラマを掘り下げられると思ったんです。原作は月子目線のオカン物語なんですけど、今回の舞台ではかなり研二の割合が強くて、オカンとのラブストーリーとしても一本筋の通ったものになったと思います。映画も同時期に公開されますから、原作、そして映画と戦えるなと、舞台ならではのことをやろうと、やる気が燃え上がりました。

─舞台ならではのことですか? それはもっと詳しく聞きたいです。

赤澤:ハチの存在ですね。単行本の表紙になっている黒い犬がいるんですけど、ハチがいないとこの舞台は始まらないんですよ。映画だったら本物の犬を出せばいいし、小説だったらハチって書けばいい、でも舞台ではやっぱり人が演じてこそだと思いました。着ぐるみとかぬいぐるみとか、声だけのエアー犬にするとか色々な案があったんですけど、お客さんがハチを通して見た物語にもなるな、と思い切って人を出してみました。

─動物に特有の感情表現などを脚本化するのは難しかったんじゃないでしょうか?

赤澤:ハチって前半はほとんど喋らないんですよ。本物の犬だと、しっぽを振ったりすることで何を考えているか分かりますよね? だけどしっぽがないぶん表現が難しくなる。

今回は、月子の心がほどけてくると、ハチの言葉が分かってくるという設定で描きました。最初、月子はハチを気持ちの逃げ道にしているんですけど、彼女が精神的に自立するにつれて、ハチの応援している声がちゃんと聞こえてくるようになるんです。

─なるほど。月子の変化にも注目ですね。ではその他の登場人物の設定は、原作と全く同じなんですか?

赤澤:月子の恋人は登場しません。その部分は全部カットしているんです。また彼女は原作では電車に乗れない外出恐怖症だったんですけど、舞台では完全に外出できないことになっています。だからハチの散歩にも行けない。より深刻、より悲劇だし、それが解消されるとよりハッピーになるんです。

あと、原作で研二はジェームス・ディーンの真似をしているんですけど、舞台版では菅原文太に変えています。『仁義なき戦い』のヤクザみたいに見栄を切るんですよ。で、初めて月子に会った時、すごく嫌われるっていう設定です。ジェイムス・ディーンだと、舞台にした時に物まねできないんですね。車でぶっとばすとか、お父さんに理由なく反抗してみせるとかしかないから(笑)。「じゃけんのう」って言ってるほうが分かりやすいし愛嬌があって、より嫌われ役になりやすいんです。

思いのこもった原作なので、絶対的に崩しちゃいけない部分がある

─ほかに脚本化されるときに難しかったことはありますか?

赤澤:すごくドラマの要素が多い原作なんですよ。暴行され、トラウマで外出恐怖症になり、母子家庭、年齢差カップル、余命宣告、祖父の自殺と、あまりにも全てがドラマティックなので、読んでいてちょっと共感しにくく親しみも湧きにくいのかなと。お客さんに、いかに自分の立場に置き換えて考えてもらえるようにするか、舞台との距離を短くすることに専念しました。

─ただ、本作は基本的にはヒューマンで暖かいお話です。そういったお芝居って、今は案外少ないですよね。

『さくら色 オカンの嫁入り』脚本・赤澤ムックインタビュー
赤澤ムック

赤澤:そうですね。最近はわりとシニカルなお話が多いし、性も暴力も解放すればいいみたいなところがありますが、そういう話ばかりでも面白くないと思うんです。でもだからこそ、暖かいばかりの話でも夢物語に見えちゃうと思うんですよね。自分たちの身近にも、「小さな幸せ」っていうんですか? ちょっと言ってて恥ずかしいですけど、そういうものがあることに気づかせるというように書きたい。でも本気で心酔して幸せを書いてると鼻につくと思うので、ある程度客観的な目線から書くようにしています。

─オリジナル作品と、原作を脚本化するのでは全然違うものですか?

赤澤:違いますね。原作がある場合、よりきめ細やかな気配りをします。誰かが思いを込めて書いた原作なので、絶対的に崩しちゃいけない部分がある。それはストーリーや役ではなくて、細かなシーンで何を伝えたいかだと思うんですね。それを見つけ、引き出してふくらます。そこに注意を払いました。

─最初に原作を読んだ時に、この作品の「伝えたいこと」はなんだと思いましたか?

赤澤:「誰かが誰かのことを常に考えている」っていうことですね。自分の意思で、自分のために行動している人が少ないんです。だから、うまくいかなかったりもするんですけど。いつも自分は二の次で、誰かのために生きている人たちだからこそ起こった悲劇っていうところが面白かったです。はっちゃけてるけど、みんな誠実な人間だからこそ騙されたり、我慢をしてしまう。ただ単にさーっと読むとお涙ちょうだいの話にしか思えないかもしれないんですが、そのポイントを意識するとだんだん面白さがわかってくるわけです。

─とても分析的に、緻密に読みこまれているんですね。

赤澤:かなり距離をとって読めたのが良かったのかもしれないです。自分で書くときは、やっぱり没頭してしまうんですよ。「書けば伝わる」って思ってるところがありますし。私の劇団(黒色綺譚カナリア派)は割とマニアックなお客様が喜ぶ隙間産業をやっている感覚なんですね。自分の筆に自分だけで責任がとれるので。書いているときはもうイタコ状態で、何かにとりつかれている感じがしています。

─そうした作品のインスピレーションは、どういう時にわくんでしょうか?

赤澤:移動している時や、建物を眺めている時に色々と考えますね。その中でどういう人間ドラマが起こってるんだろう、なんて想像するのが好きなんです。団地なんて、本当に好き。小さなドラマがたくさん詰まっているはずですもんね。廃墟や夜のコンビナートも好きで、かつて人がいたのに現在はいない、という明確な静寂、哀愁がいいんですよね。

私、家族ものが好きで、そればっかり書いてるんだなってつくづく思いました

─本作の扱っているテーマも、赤澤さんにとって関心の高いものだったんでしょうね。

赤澤:そうですね。今回の仕事で、私は家族ものがとても好きなんだなってつくづく感じました。自分の劇団でも、家族ものじゃない作品がむしろ少ないくらい。親子って、絶対に「暖かくないといけない」っていう意識があるじゃないですか。でも、血が繋がってるかどうかってあんまり関係ないでしょ? 信じ込んでいるものこそ疑ってかかりたいのかもしれないです。

今回出演してくださる、すまけいさんが記者会見で「ほんとに悲しい話です」っておっしゃっていて、みんなちょっと笑ってたんです。でも確かに、登場人物の全員が、ここに集まってくるまでの人生が完全に悲劇ですからね。でも、ふりかかってきた悲劇はずっと持っていられるものでも、持っているべきものでもない。トラウマにしたってそうです。常に未来は明るくするべきなんですね。

最近、あんまり自分で未来を明るくする人っていないじゃないですか、わりとネガティブで、「私、私」って言ってる。劇団ではブラックジョークのようなことばっかりやっているんですけど、常にポジティブな明るいハッピーエンドばかりを書いてると、自分では思っているんですよ(笑)。

大阪弁のシェイクスピアがあってもいいのに

─では脚本化するにあたって、特に大変だったのはどのあたりでしょう。

赤澤:原作が大阪弁っていうところが大変でしたね。私は札幌出身なので、標準語で書いていいとは言ってもらったんですけど、大阪弁には特有のニュアンスがあるので標準語では全然書けない世界なんです。だからもう、拙いながらも大阪弁で書きました。会話のテンポが違うし、リズムの応酬があって。しかも意識的に言葉を発するんじゃなくて、どんどんあふれでているようで。標準語であれば、いったん考えてから話したりするんですけど、大阪弁の場合は展開がすごく速いなと思います。

─方言って、特別な魅力がありますよね。

赤澤:シェイクスピアなんかも、全部大阪弁でやってみればいいのに、と思いますよ。標準語も好きですけど、今回の作業をつうじて色んな方言を使ってもいいのかなって思いました。「東北シェイクスピア」とかね。北のほうって喋りがゆったりしているので、もどかしくてプラトニックな雰囲気が出るかもしれないですね(笑)。『オセロ』なんかでも人種の違いを方言で表現したり、標準語を使わないと虐げられるだとか色々考えられる。ちょっと面白いと思いますね。

─それでは改めて、一番の見どころを教えていただけますか?

赤澤:やはり舞台作品なので、脚本うんぬんというよりは目の前の役者の変化が見どころだと思いますね。人物の関係性の変化というか。例えばそれは月子ちゃんの心がほどけていく様であったり、研ちゃんがたくましくなっていく様だったり、オカンの弱さが見えるところといった、ナマでこそ楽しめる「心の色が変わる瞬間」を見に来ていただきたいですね。まるで万華鏡みたいに、そういう瞬間がいっぱい詰まっています。

イベント情報
『さくら色 オカンの嫁入り』

2010年9月16日(木)〜9月26日(日)
会場:紀伊国屋サザンシアター
料金:7,300円(全席指定)
問い合わせ:CATチケットBOX 03-5485-5999

大阪公演

2010年10月8日(金)19:00、10月9日(土)14:00
会場:サンケイホールブリーゼ
料金:S席 7,000円 A席 6,000円 ブリーゼシート 4,000円(全席指定)
問い合わせ:ブリーゼチケットセンター 06-6341-8888

プロフィール
赤澤ムック

2003年 「黒色綺譚カナリア派」を創立。作・演出家としての活動の一方で役者としても活動しており、毛皮族『エロを乞う人』(パルテノン多摩演劇フェスティバル 2003年参加作品)などにも客演している。映画『スパイ道2<スパイ求ム〜憧れのスパイ・不二子』、映画『曲がれ!スプーン』(監督:本広克行)、『大好き!五つ子』(TBS)などに出演するなど、映像の世界でも注目を浴びている。また雑誌のモデルやイベントへの参加など様々なジャンルで活躍中。最近ではパブリックシアタープロデュース『日本語を読む その2』ドラマ・リーディング形式による上演(演出)、スタンダール原作の舞台『赤と黒』(主演:木村了)の脚色・演出をし、高い評価を得た。今年は『猟奇歌』(著:夢野久作 編:赤澤ムック)が創英社より発行、初主演映画『結び目』(監督:小沼雄一)が公開された。年末には小説も発刊を予定している。



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