自らの最悪の「糞」を身体化する、アンジェリカ・リデルの叫び

「アトラ・ビリス(Atra Bilis)」とは、ラテン語で「暗い感情」の意味。鬱病の原因ともされている。そんなメランコリックな心理状態を自身のカンパニー名に冠する、スペイン出身の演出家・俳優・詩人であるアンジェリカ・リデルの舞台は、実際、強迫観念めいた憎悪、憤怒、嫌悪といった暗い感情に支配されている。

キリスト教文化に深い影響を受けながら「主よ、わたしはめちゃくちゃに人を殺したい、眼と心臓と舌を引き抜きたい」と語るリデルの舞台は、「聖 / 俗」「善 / 悪」「光 / 闇」の境界を破壊し、あらゆる社会通念を喝破する。そのあまりの過激さに、母国スペインで彼女の舞台が上演されることはほぼないというが、過激でありながらも強靱な哲学と審美性に支えられた作品は、近年、フランスやドイツなどの国際演劇祭で極めて高い評価を得ている。そんなリデルが、今年11月、日本で初めて作品を上演。『フェスティバル/トーキョー15』で上演する『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』の創作過程を含め、「強迫観念が原動力」と語る作家の哲学に迫った。

私が持っている「憎悪」や「嫌悪」といった感情は、神秘的で不可解でまったく訳がわからない。

―リデルさんの作品は、パフォーマンスであれ、戯曲であれ、詩であれ、強烈なくらい「私」という「一人称の感情」が中心に据えられています。それはなぜでしょうか?

リデル:一人称の表現を好んで用いるのは、自分の人生を表現するのに最も適した手段だからです。自分の中にある喜び、悲しみ、怒りを表現するためには「Yo(スペイン語の一人称)」で語りかけることが大切です。それは戯曲であれ、詩であれ、同じこと。ただ気をつけていただきたいのは、その感情は、私の感情でありながら、私だけの感情ではないということです。

アンジェリカ・リデル
アンジェリカ・リデル

―具体的にはどういうことでしょうか? リデルさんは、私的な感情に強い興味を持ちながらも、他人と否応なく関わる舞台芸術に惹かれ、自身のカンパニーである「Atra Bilis Teatro(アトラ・ビリス・テアトロ)」を1993年に設立されていますよね。

リデル:私は舞台上のあらゆる登場人物が自分だと感じています。人間の感情は孤立したものではありません。一人ひとりが自分だけの苦しみを吐露したとしても、それは宇宙的な苦しみとつながっています。ですから私の苦しみは、私だけのものではなく、他人のものでもあるのです。そうした苦しみの総体を、私は「Yo」という一人称で表現しているのです。

―『El año de Ricardo(邦題:リカルドの年)』(2005年)を発表されたころ、リデルさんは政治劇を作ることに熱心でした。それから徐々に政治、社会といった枠組みへの関心が弱まっていき、「私」という個人の視点が捉える表現に移行していきます。

リデル:政治劇というのは、行き着く先がなんとなく見えてしまうものです。しかもマニフェストさえあれば、言いたいことを表現できる。問題は、たとえ言いたいことを表現できても、それで世界が変わったり、何かが達成できるわけではないということ。私と同じような政治哲学を、また次の世代の人が飽きもせずに語っていく。それで「なぜ人は過去に学ばないのだろう?」と考えていくうちに、次第に人間自体が信頼できなくなっていきました。

―政治への関心や無力感から人間不信になってしまった。

リデル:また、自分が社会的に孤立した存在であることもわかっていきました。それであるならば、社会の中で閉ざされたものを、いかに美しく舞台の上にのせるかということに、次第に興味が移っていったんです。政治的なマニフェストとは違って、私個人が持っている憎悪や嫌悪といった感情は、神秘的で不可解でまったく説明がつきません。その訳のわからないものを、演劇的美学を用いて表現しようと思い始めたわけです。

アンジェリカ・リデル

アンジェリカ・リデル

―『Te haré invincible con mi derrota(邦題:私が負けて、あなたを無敵にしてあげる)』(2009年)では、あなた自身が役者として舞台に上がり、カミソリで足首に傷跡をつけたり、チェロにナイフで「War、Hell、Hate(戦争、地獄、嫌悪)」の文字を刻みつけたりします。それらのパフォーマンスは、世界の腐敗や嫌悪感を、物体や人体に刻みつけることで可視化する行為にも思えました。また、ナイフで刻まれた文字の反意語である「Peace、Heaven、Love(平和、天国、愛)」が不在の世界を描いているようにも見えました。

リデル:そのとおりです。今いる世界には、私たちが理想とするような平和や、天国や、愛は存在しません。ですから「平和、天国、愛」は「戦争、地獄、嫌悪」の対立概念ではなく、ただ存在しない。まったくの「欠落」なのです。ちなみに公演1日目には「War」、2日目には「Hell」、そして3日目には「Hate」と書きました。4日目になんと書いたかは……、今ではもう覚えていません。

―なぜですか?

リデル:あの作品では、途中、ラム酒のボトルを半分ほど空けるパフォーマンスがありますから、チェロに文字を刻みつけるころには、意識がもうろうとしていてよく覚えていないんです。私の舞台では、私自身によるパフォーマンスや、モノローグ(独白)が多いですが、それらはほぼ即興で行われています。ですから自分でも何をしだすかわからない。アメリカでこの作品を上演したときには、チェロを6台破壊しました。最高の公演でした(笑)。

私は「観客の内面にあるものを暴く」という意味で「魂のポルノグラフィー」と述べているわけです。

―過激だと評されることも多いリデルさんの作品ですが、あなた自身は「アバンギャルドな演劇に興味はない。新しいものよりも古いものに惹かれる」とおっしゃられていますね。以前、ベルリンで観た作品『You Are My Destiny(Lo stupro di Lucrezia)』では、ある種の宗教儀礼のようなシーンがありましたが、中世ヨーロッパの神秘劇や典礼劇(聖書のワンシーンを再現した宗教的な音楽劇)などに影響を受けているのでしょうか。

リデル:中世の神秘劇を、実際に観たことはありません。けれど、そうした中世の演劇的美学には極めて深い関心を抱いています。なぜならそれらは演劇であると同時に、1つの儀式であり、祭典であるから。私自身、そのように儀式、祭典、演劇が渾然一体となった舞台を作りたいと考えています。

アンジェリカ・リデル

アンジェリカ・リデル

―『You Are My Destiny』でも、男性俳優たちが何十分も猛烈な勢いでドラムを叩くシーンがありました。

リデル:あれはスペインの聖週間で実際に行われている儀式の1つです。男性たちが朝から晩まで、ドラムを叩く。血が出ても叩く。トランス状態になるまで叩く。そのような「状態」を舞台上に提示したかったんです。儀式というものは、1年に1度だけ心にあるものを開放していい日のことです。1年間、溜まりにたまったエネルギーを一気に噴出させる。そのような「エネルギーの解放のためのセレモニー」として、私は演劇を捉えています。

― あるインタビューでは自作を「魂のポルノグラフィー」と称していますね。

リデル:ええ。ポルノグラフィーと言うと、性的なものを想像されるかもしれませんが、そうではありません。私は「観客の内面にあるものを暴く」という意味で「魂のポルノグラフィー」と述べているわけです。たとえばイングマール・ベルイマン(20世紀を代表するスウェーデンの映画監督)の映画を観ていると、自分の中に隠していたなにかを暴かれるような感覚を覚えたり、逆にすべてをさらけだしても平気なような気持ちになっていきます。それと同じように、私の作品に対峙した観客が、認識していなかった感情に気づき、自己を再認識するような体験をしてくれたらいいなと思っています。私の作品を通して「存在の最深部」に到達してもらいたいのです。

『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』 ©Ricardo Carrillo de Albornoz
『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』 ©Ricardo Carrillo de Albornoz

毎公演、自分の中に在る最も忌まわしいものを吐き出している。心の中にある「糞」を吐き出そうとしている。

―ベルイマンの映画にしろ、リデルさんの演劇にしろ、「信仰心と欲望」「理性と感情」に引き裂かれるようなアンビバレントな苦悩が作品に立ちこめていると思います。リデルさんは創作過程で、あるいは舞台上で、自分をなんらかの形で罰しているような感覚を覚えることはありますか。

リデル:そうですね、先ほども申し上げたように、私は自分の担当場面に関しては即興で演じているので、リハーサルをやったことがないんですね。モノローグは観客がいなければ「演劇的儀式」として成立しないので、リハーサルをしても無駄なんです。しかも私はそのモノローグで、毎公演、自分の中に在る最も忌まわしいものを吐き出している。心の中にある「糞」を吐き出そうとしているんです。そういう意味で、私はいつも舞台上で拷問にかけられているといえるかもしれません。自分の中にある最悪の糞を、身体化しているわけですから。

―そこに快楽を感じることはありますか?

リデル:マルキ・ド・サド(SMの語源となったフランス革命期の貴族、小説家)は、最高の快楽を得るためにどん底まで落ちることを推奨します。いったん落ちきらないことには、なにも始まらないんです。同じように、私もいったん自分の中にある最低最悪の糞を見つめないことにはなにも始まらない。そしてその糞が噴出する傷口をグッと押さえつけるような行為こそが、もしかすると「快楽」なのかもしれません。

―自分の中にある傷や糞の存在を認めつつ、それを隠して押さえつけようとするアンビバレントな気持ちが快楽を増幅するわけですね。

リデル:もう1つ、ジョルジュ・バタイユ(フランスの哲学者、思想家、作家。死とエロスを根源的なテーマとした)を引用して快楽についてお話ししましょう。バタイユは著作『エロスの涙』の中で、中国の凌遅刑という残虐な刑罰について克明な描写を施しています。そこで処罰される者は、まず足先、指先を切り落とされ、次に四肢を切り落とされ、最後に胴体だけになったときに内臓を切り裂かれます。そしてバタイユは、四肢を切り落とされ丸太のようになった被刑者は上をむき絶頂状態にあったと記しています。究極の苦痛はエクスタシーになりえる。と同時に、自由を得るための装置にもなりえるわけです。話を戻すなら、私は舞台上で、心の中にある傷口をえぐり、押さえつけることによって、恍惚的なエクスタシーに達することができるわけです。

『ヴェネチア・ビエンナーレ国際演劇祭』で行われたアンジェリカ・リデルのワークショップ風景 ©Akiko Miyake
『ヴェネチア・ビエンナーレ国際演劇祭』で行われたアンジェリカ・リデルのワークショップ風景 ©Akiko Miyake

―今、東京で行われているワークショップでも、受講者たちに傷口をえぐるよう伝えているのでしょうか。

リデル:そうです。まずワークショップ初日に11人の受講者に「あなたは人を殺したことがありますか?」「母親を殺したいですか?」と質問しました。その質問から、存在の最深部である傷口に辿り着こうとしたわけです。傷口は、魂の深奥であり出発点です。日常生活で覆い隠されている傷口を認識することによって、演者の感受性は研ぎ澄まされていきます。つまり演劇とは、傷を無数に暴き、感受性を覚醒するための儀式なのです。とはいえ演劇は美しくなければなりません。ポエジーがなければなりません。ですから、傷口をえぐりたいからといって、舞台上で三島由紀夫のように切腹することはありません。

―リデルさんは三島由紀夫の文学がお好きだそうですね。

リデル:彼の作品は若いころからずいぶんと読んでいます。もっとも尊敬する作家の一人です。いつかカンパニーのメンバーに楯の会(三島が結成した右派組織)のユニフォームを着せて、作品を作りたいと考えているほどです(笑)。

老いは、人間にとって最悪の出来事です。老いに美しさなど微塵もありません。

―『フェスティバル/トーキョー15』で11月に上演される『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』についてうかがいます。ここでは『ピーター・パン』のネバーランド、2011年に銃乱射事件があったノルウェーのウトヤ島、そして上海という3つの空間を行き来しながら作品がつむがれていきます。この3つの空間は、どのようなコンセプトでつながっているのでしょうか。

リデル:永遠の少年であるピーター・パンは、小説の最後、老いて醜くなったウェンディに耐えきれず、彼女の娘を連れて冒険に出ていきます。ウトヤ島ではキリスト教原理主義者の犯人が10代と20代の若者を標的にして69人を殺害しました。ウトヤ島での事件の直後に私が訪れた上海では70代の老いた男女が、まるで若さを取り戻そうとするかのように踊りにふけっていました。私にとってこれらはすべて「若さの喪失」を示す出来事です。この世界から若さが消失し、死が押しよせてくる感覚を表しています。そのような若さを失うことへの強迫観念を、私はこの作品で表現したいと思いました。

『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』 ©Ricardo Carrillo de Albornoz

『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』 ©Ricardo Carrillo de Albornoz
『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』 ©Ricardo Carrillo de Albornoz

―強迫観念は、リデルさんの作品にとって重要な要素に見えます。

リデル:私はいつも、ある種の強迫観念から創作を始めます。その心理状況に突き動かされるように、混乱に身を投じ、日記に心情を綴り、そして自分のアンテナに偶然に引っかかってくるものを頼りに創作を進めていきます。ですから、1つの作品が完成するのに、少なくとも1年から2年の歳月を要する。混乱から作品を創造するわけですから、大変な時間と労力を要するわけです。

アンジェリカ・リデル
アンジェリカ・リデル

―「ウェンディ・シンドローム」とは、他人に見捨てられたり、傷つけられたりすることを極端に怖れるあまり、まるで過保護な母親のように周りの人の面倒を見てしまう女性の心理傾向を指す名称です。つまりウェンディとは母性の象徴。なぜそのウェンディを自分で演じてみようと思われたのでしょうか。

リデル:いろいろな場所ですでに語っていますが、私は自分の母親に対して痙攣的な嫌悪感を抱いています。それは死にゆく命である私を産み落とした、母に対しての憎しみです。その憎しみを、私はウェンディに投影しています。母性の象徴であるウェンディは、私にとって憎悪の対象です。ただ私はウェンディに憎悪を抱くと同時に、シンパシーも感じています。彼女はいつも見捨てられる恐怖を抱きながらピーター・パンに接していて、しかも最終的には老いて本当にピーターに捨てられてしまう。その見捨てられたウェンディに、私は自分の姿を重ねることができた。それでウェンディを自ら演じてみようと思ったわけです。

―日本社会は今加速度的に高齢化していて、長い老後をどのように美しく過ごすべきか考える中高年層が増えています。同時に、日本では若さを売りものにするアイドルがもてはやされ、老いに怯える女性が過剰なアンチエイジングに走っています。最後の質問ですが、リデルさんは「美しく老いる」ことは可能だと思われますか。

リデル:老いは、人間にとって最悪の出来事です。死に近づくわけですからね。川端康成の『眠れる美女』では、美しい娘のかたわらで一晩を過ごした老人が、翌朝、自分の老いさらばえた醜さを自覚して森の中で自殺します。この老人のように、老いるということは人に愛されなくなること。ですから、たとえ40歳でもその人が誰にも愛されなかったら、その人は老いてしまったということです。しかも老人というのは、未来において愛される可能性を否定された存在です。たとえ愛される期待や希望を持っていても、その願いが成就されることは決してない。ですから質問にお答えするなら、老いに美しさなど微塵もありません。

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー15』

2015年10月31日(土)~12月6日(日)
会場:
東京都 東京芸術劇場、あうるすぽっと、にしすがも創造舎、アサヒ・アートスクエア、池袋西口公園、豊島区旧第十中学校
埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場
ほか

『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』

2015年11月21日(土)~11月23日(月・祝)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 プレイハウス
作・演出・美術・衣裳:アンジェリカ・リデル(アトラ・ビリス・テアトロ)

『フェスティバルFUKUSHIMA!@池袋西口公園』

2015年10月31日(土)、11月1日(日)
会場:東京都 池袋西口公園
総合ディレクション:プロジェクトFUKUSHIMA!、山岸清之進

SPAC - 静岡県舞台芸術センター
『真夏の夜の夢』

2015年10月31日(土)~11月3日(火・祝)
会場:東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
演出:宮城聰
作:ウィリアム・シェイクスピア『夏の夜の夢』(小田島雄志訳)より
潤色:野田秀樹
音楽:棚川寛子

ゾンビオペラ『死の舞踏』

2015年11月12日(木)~11月15日(日)
会場:東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
コンセプト・作曲:安野太郎
ドラマトゥルク:渡邊未帆
美術:危口統之

地点×空間現代
『ミステリヤ・ブッフ』

2015年11月20日(金)~11月28日(土)
会場:東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
作:ヴラジーミル・マヤコフスキー
演出:三浦基
音楽:空間現代

『ブルーシート』

2015年11月14日(土)、11月15日(日)、12月4日(金)~12月6日(日)
会場:東京都 江古田 豊島区旧第十中学校
作・演出:飴屋法水

『God Bless Baseball』

2015年11月19日(木)~11月29日(日)
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
作・演出:岡田利規

富士見市民文化会館 キラリふじみ『颱風奇譚 태풍기담』

2015年11月26日(木)~11月29日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト
作:ソン・ギウン
演出:多田淳之介

『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』

2015年11月21日(土)~11月23日(月・祝)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 プレイハウス
作・演出・美術・衣裳:アンジェリカ・リデル(アトラ・ビリス・テアトロ)

パリ市立劇場『犀(サイ)』

2015年11月21日(土)~11月23日(月・祝)
会場:埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
作:ウジェーヌ・イヨネスコ
演出:エマニュエル・ドゥマルシー=モタ

ギンタースドルファー/クラーセン

『LOGOBI 06』
2015年11月26日(木)~11月29日(日)
会場:東京都 浅草 アサヒ・アートスクエア

ゲーテ・インスティトゥート韓国×NOLGONG

『Being Faust - Enter Mephisto』
2015年11月19日(木)~11月22日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト

アジアシリーズ vol.2 ミャンマー特集
『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』

2015年11月13日(金)~11月15日(日)
会場:東京都 浅草 アサヒ・アートスクエア
構成・出演:ティーモーナイン
演出・出演:ニャンリンテッ
音楽・出演:ターソー

プロフィール
アンジェリカ・リデル

作家、演出家、俳優。1966年スペイン生まれ。アーティストネームである「リデル」は、ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』のモデルであるアリス・リデルからとられた。1993年にアトラ・ビリス・テアトロを設立。個人の意識や魂の奥底を見つめ、性、死、暴力、権力、狂気、宗教にひそむ人間の深部から人間や社会をとらえる作品を作り続けている。混沌と美が共存する詩的かつ過激な舞台は、2013年オープニングを飾った『ウィーン芸術週間』を始め、『アヴィニョン演劇祭』、パリ・オデオン座などヨーロッパの主要なフェスティバルや劇場で上演され、現代演劇シーンにおいて常に高い注目を集めている。2012年、『La casa de la fuerza』で『スペイン劇文学国家賞』を受賞。また、2013年には『ヴェネチィア・ビエンナーレ国際演劇祭』において『銀獅子賞』を受賞



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