この世界を脅かすフィクション チェルフィッチュ『現在地』

東日本大震災から1年。あの時から私たちに突きつけられた過酷な現実は、一見平常を取り戻したかのように見える日々の裏側で、変わらずその黒い大きな口を開き続けている。そして私たちもどこかで薄々、その現実からは逃れられないことを感じている。チェルフィッチュ待望の新作『現在地』は、そんな私たちが突きつけられている過酷な現実に対して、真っ向から挑む作品になりそうだ。作・演出の岡田利規は震災以降からの影響を全く隠そうとはしない。日本の無気力な若者をリアルに描き、数々の賞や評価を得た岡田は、その作風をかなぐり捨てるように、今まで疑い、避け続けてきた「フィクション」という武器を手に取って、この現実に対峙しようとしている。そんな大転換期を向かえたチェルフィッチュの岡田利規、宣伝美術として新しい変化を加えたグラフィックデザイナーの松本弦人、そして音楽を担当するサンガツの小泉篤宏を迎え、『現在地』について、それぞれの立場から語って頂いた。

とにかくフィクションを絶対に作らないといけないと思った。

―まずはこのフライヤーのデザインのことからお聞きしたいのですが、松本さんと岡田さんとは、今回初めてのお仕事ですよね。

松本:そうなんです。チェルフィッチュの作品は、もちろん拝見していたのですが、お会いするのも今日が初めてなんです。

岡田:どういう発想から、このビジュアルは生まれたんですか?

松本:岡田さんが昨年の震災の後、熊本に引っ越された後の初めての新作ですよね。それを僕に頼んできたということで、もう狙いは見えてる。今までのチェルフィッチュから外しましょうってことだろう、これは思い切りやっていいんだな、っていうのがまずありました。おまけにタイトルが『現在地』じゃないですか。こういっちゃ失礼な感じがしますが、およそ想像がつく。それは「変えたい」「変えるべきだ」ってことで、僕がやることは1つだなって明快に感じました。

チェルフィッチュ『現在地』フライヤー
チェルフィッチュ『現在地』フライヤー

―最初からこのビジュアルのイメージはあったんですか?

松本:全然ないです。でもチェルフィッチュのこれまでのイメージを努めて壊さなくても、僕がやれば変わるだろうとも思いました。

―生肉や魚に、石で出来たフェイクの果物。そして花と枯れ葉。何ともいえない不思議な感覚になります。

松本弦人
松本弦人

松本:写真を使って絵画的なものにしてみようと思ったんです。絵と写真の違いって時間なんですよ。写真は一瞬を切り取るけど、絵画は時間を切り取る。自然光を絵画に納めるから、必ず少しは動くし花も枯れていく。それで、写真なんだけど絵画的な時間の表し方って、チェルフィッチュの表現する複層性のようなものと似ているなと思って、複数の写真を重ねることで、それを表すのは面白いなと思ったんです。


岡田:僕、宣伝美術のミーティングとか全く参加しないんです。なんかいかにも参加してそうですけど(笑)、今までもノータッチだし基本的に相談もされないんです。なのにイメージどおりですからね。凄いびっくりしました、イメージしてないのに。

松本:そこですよね。イメージしてないイメージを具現化できればいいなって、最初の打ち合わせで話したんですよ。外すんだけど、ど真ん中。

岡田:いやこれ、ど真ん中ですよ。ほんとに。

―出来上がったフライヤーから岡田さんが受けた影響はありますか?

岡田:間違いなくあります。あ、こういう話を書けばいいのか、って思いましたもん。とにかく今回は自信があるかないかではなく、フィクションを作ろうって決めたんですね。フィクションの存在意義、フィクションの力を、はっきりとした形で示すようなことをしたいと思った。もちろん、そういうことをしてる人はいっぱいいます。でも、僕はこれまでフィクションに対して完全に懐疑的だったのに、突然それが信じられるように思えてきて、絶対にフィクションを作らないといけない、と思って取り組んでいるのが現状、っていう感じです。

―そのフィクションとは、私たちが今まで数ある演劇に観てきたような、いわゆるフィクションではないのでは?

岡田:違うものになったほうがかっこいいかなとは思ってますけど、どうなることか、自分では分かりません。フィクションをやりたいけど、どうなるか皆目わからない、ほんとに作れるのか自信もない、でもやらなきゃいけないからやる、みたいな状態で作り始めて、リハーサルをやっていく中で、なんとかなるってことは確かになってきました。で、その感じは自分の中では、このフライヤーの感じとすごくシンクロしてるんですよね。


2/3ページ:サバイブっていうのは女性の感じ。女性は負けても生きてていい。

サバイブっていうのは女性の感じ。女性は負けても生きてていい。

―岡田さんは、フィクションの存在意義をどこに感じたんですか?

岡田:フィクションって、嘘とか作りごととかじゃなくて、オルタナティブな現実なんだっていう認識になってきたんです。それは第二党みたいなもので、与党ではないから現に政権をとっているわけじゃないけど、常に現実と対置されていて、いつひっくり返るかわからない。現実とそういった緊張関係を持っているフィクションの存在が、現実には絶対必要なんだと、よく分かったんです。

―それは昨年の震災の直接的な影響ですか?

岡田利規
岡田利規

岡田:もうこれ以上はないくらい直接的な影響です。例えば震災後にチェーホフの『桜の園』を読みなおして、これがフィクションの力なのかと思い知った。『桜の園』って土地の話でしょ。領地に対するこだわりが、全て無化されてしまうというのが今の状況ですよね。チェルフィッチュの次回公演は『桜の園』でいいんじゃないか、と思ったくらいで。もっともそれは、それこそフィクショナルな想定なわけですけれどもね。でもまあ、そういうわけでフィクションを作ろう、と思ったんですよね。


―それは女性ばかりのキャストということにも繋がっていますか?

岡田:多分。まあ最初はノリで女性だけって言ってたんですけど。でも最近分かってきたのは、変化というものを描きたい時に、男は変化すると英雄的というか、革命家とかヒーローな感じになってしまうんですけど、女性だと1人の平凡な生活者の状態で、変化との戦いをフィクションとして提示しやすい気がしたんですよ。まあ端的に、震災後に都心から西へ避難した人には母親が多いので、そこから受けた印象の強さというのも影響あるんだとは思いますけど。

松本:女性だけっていうのはとってもよくわかりますよ。震災後でSFで女性だってキーワードがすんなり入ってきました。今は現実がフィクションみたいなもので、ガイガーカウンター見たりとか、ある意味SFの世界じゃないですか。そんな生活考えてもなかったですよね。あと女性だけのほうが、生き残るって感じはしますよね。

岡田:うん。サバイブっていうのは女性の感じですよね。男ってなんというか、勝たないと生き残れない。負けると死んじゃう。そして、負けても死なないというのが、妙にヒロイックになっちゃう。でも女性は、負けてもへいちゃらで死なない。

―女性は負けても生きてていいと。

岡田:そうですね。やっぱりそういう意味で、強いものが作りたかったんですね。男の出演者で強い芝居が作れないわけじゃ全然ないんだけど、それとは違うレイヤーで強いものが作りたい。そういうものに届きたいからキャストは女性だけ。そのへんを頼りに作っていこうって感じがしたんですね。大体そういう適当な勘って、当たるんですよ。

小泉:フィクショナルなもののほうが強いって感覚はありますね。何なんでしょうね。

左:小泉篤宏
左:小泉篤宏

岡田:これまでは僕、現実を活写するみたいなところを褒められて、賞をもらったりもしましたけど、今はそこに意義が感じられなくなってきて、現実に拮抗して現実に緊張関係を与えるフィクションのほうが何十倍も重要だし、この現実を脅かすものをつくらないといけないと思っています。

―やはり前作までのチェルフィッチュとはかなり変化がありそうですね。

岡田:完全に関心がひっくりかえっちゃったんですね。以前は「舞台上に嘘の役名で出てきて話しても意味なくね?」みたいなムードが僕だけじゃなく皆にもあって、演劇を批判したり疑ってみたり…。でもそんな中で演劇はある意味進化してきたんだと思います。だけど僕はもう懐疑によって進化に荷担するというのからは降りようかなと。むしろ、なぜ人類が演劇というフィクションを数千年も続けてきたのかに興味がある。インターネットが便利、というのと同じで、演劇という装置も便利なもので、その装置を使う知恵を得たい。その有用性を素直に使いたいって気持ちが強いんですよね。


3/3ページ:音楽と演劇の「新しい」関係性

音楽と演劇の「新しい」関係性

岡田:そうそう、実は今回、「男っぽいものを作る」というのがキーワードでして(笑)。

―それは初耳ですね。

岡田:ま、つい最近出てきたワードなんですけどね。数日前にサンガツとミーティングした時に僕がいきなり言いだしたんです。

小泉:重要キーワードとして。

岡田:「今回は、男っぽくしてください」みたいな。

―それは音楽に対する要望としてですか?

岡田:今回のはどうも男っぽいものになりそうだぞということで、音楽も男っぽいものでお願いします、みたいな感じです。

―でもキャストは全員女性なのに?

岡田:だからこそ男っぽいんですよね。

小泉:まあ、策を弄さないってことなのかなと思っています。

―他に岡田さんからは、どういうオーダーがあったんですか?

小泉篤宏

小泉:今はまだいろんな可能性があって、これっていうのはまだ「男っぽさ」くらい?

―稽古を見て作曲しているんですか?

小泉:はい、この前見に行きました。ビデオでリハーサルを撮って、それを見ながらバンドでセッションして作っています。


―演劇で音楽を使う場合には、場面の空気であるとか、登場人物の感情をサポートするとか、いろいろな使い方がありますが、今回はどのように音楽を捉える感じになるんでしょうか?

岡田:具体的にはまだわかんないんですけど、フィクションを有効なものにするというのがとにかく今回の最大の目標なわけです。ほんとにできるのか、不安がいっぱいですけど。そして音楽の用い方が、かなり大きなポイントだと思うんですよね。それにサンガツって本当に変化を恐れないから、そこには負けたくないって気持ちもあります。

小泉:最初、岡田さんが言っていた言葉に、西洋音楽じゃないってことがありましたよね。

岡田:ありましたね。西洋音階じゃないものを、とか。でもこういうこと言い出すと、でもギターは西洋の楽器だよな、楽器は西洋でいいのか、とかなってきちゃって。

小泉:12音階とかメロディじゃない。あとドラム。

岡田:そうそう、ドラムって面白い楽器ですよねって話しましたね。いろんな文化的ルーツを持つ打楽器の寄せ集めだから。

小泉:いろいろなものが融合されてあの形になっている。でも結局西洋とか東洋って話じゃなくて、新しいことをやるってことしかないって話をしたんです。

岡田:海外で日本の演劇が上演されると、日本人なのになんで日本の音楽を使わないのか質問を受けることもあるんですよ。こういうこと考えると、一筋縄ではいかない。20世紀後半とかから、西洋の音楽家が東洋の影響受けたりして、そういうのもややこしくする。で、自分たちの感覚に正直になってしまうとしたら、新しいものを作るんだということが、自分たちの中でも必要だし、一番しっくりくる。そんな話だったんですけどね。

―それは音楽と演劇の「新しい」関係性ということにもなりますか?

小泉:どういう関係性になるのかも思考錯誤なんです。寄り添いすぎても駄目ですし。昔だったらコンセプチュアルにやっちゃった気がするんですけど、今回の岡田さんの気分だとそれもしっくりこないのかなと。もしかしたらすごくベタに音楽そのものを「音楽」として聞かせる場面があってもいいのかなと。

岡田:うまく見つかれば、たぶんそれって多分奇抜なものじゃないと思うんです。「当然こうなるよね。なんで今まで分かんなかったんだろう」っていうような落としどころが絶対あると思うんです。

―つくっていく過程も新しいですよね。

小泉:そうですね。新しい場面に行く時って足場がないじゃないですか。そこで踏ん張ってやってみようと思っていて、だからキーワードとか言えたらいいんですけど、今は「男っぽさ」しか言えない状態ですね(笑)。

岡田:サンガツが見にきてくれたときのリハーサルを見ながら、なんか、ふと思ったんですよ。あ、今回の芝居は男っぽいぞって。それだけなんです根拠は(笑)。

松本:でもそういうのは一番信用したい感覚ですよね。

岡田:そう。そして間違いないのは、今回やろうとしてることと、サンガツのサウンドは絶対相性がいいってことです。

小泉:1回セッションして良さそうなアイデアが何個か出てきていて、インスピレーションは凄い湧いているので、ネタとしては全く心配してないんです。バンドだけでやる時は最初にコンセプトを決めて、結構安心して出来るんですけど、今回は安心するのをやめて足場のない状態でやりたい。こういうことが出来るのもチャンスですしね。

―そういえばこのフライヤーも男っぽいですよね。

松本:今回チェルフィッチュが変化を求めていて、じゃあこのタイミングでどういうものが観たいかと言われたら、強いものが観たいと思った、ということですね。

―おふたりは、それぞれグラフィックデザインと音楽という、演劇とは違う分野で活動されていますが、そこから見たチェルフィッチュの魅力ってどこにありますか?

松本:あんまり言葉で語れるようには咀嚼できてない気はしますが、このフライヤーのデザイン自体が、僕がチェルフィッチュをこう思ってます、ってことですね。で、変わるんだったらこんな感じですかね、でも芯は変わってないですよね、ってとこですかね。

小泉:ミュージシャンと音楽ファンにとってはすごく入りやすいんじゃないですかね。チェルフィッチュと出会ってから、たくさん舞台を見るようになったんですけど、最初が岡田さんじゃなかったら、今こんなに演劇を見るようにはなってないと思うんです。ほんとにスムーズに入れて、すごく面白い。新しいことが起こってる感覚があった。岡田さんはいつも戦っている感じがあって、そこに対する信頼感はあります。

松本:それは僕も感じてますね。はぐらかさないじゃないですか。はぐらかしてるようでいて、咀嚼できないところでも、その後に落とし所があって、理由がある感じが強くします。

―岡田さんってわからない時は、わからないって言いますよね。

岡田:演出って結局役者にやってもらう仕事だから、わかってもらわないといけないんですよね。僕がわからないことを、その場でごまかしてもなんの得にもならないんです。あと、いい演技の時にいいって言わない演出家もいるみたいなんですけど、僕は何がよくて何がよくないのか、サンプルがたくさん与えられたほうがいいと思うのか、今のは良かった、今のは良くなかった、とひたすら思ったこと言っていきます。

―お話をお伺いしていると、『現在地』もまだこれからどう変化するのかわかりませんが、楽しみですね。

岡田:不安いっぱいですけど、それでもフィクションをやろうっていう気持ちがぶれない自分が、おもしろいなあと思います。フィクションやることに意味があると思えれば、やれるわけで、意味がないと思えばやれないわけで、僕は今、めちゃくちゃ意味があるって思ってるんですよね。それをお客さんにも、はっきりとした形でお見せしたいと思います。

公開情報
チェルフィッチュ
『現在地』

作・演出:岡田利規
出演:
山崎ルキノ
佐々木幸子
伊東沙保
南波圭
安藤真理
青柳いづみ
上村梓

音楽:サンガツ
宣伝美術:松本弦人
美術:二村周作
舞台監督:鈴木康郎
音響:牛川紀政
照明:大平智己
映像:山田晋平

横浜公演

2012年4月20日(金)〜4月30日(月)全10公演
会場:神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
料金:前売一般3,500円 当日一般4,000円 ※U24チケット、シルバー割引、高校生以下割引なども用意
KAAT神奈川芸術劇場

プロフィール
岡田利規

1973年 横浜生まれ。演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰。1997年チェルフィッチュを設立。05年『三月の5日間』で第49回岸田戯曲賞を受賞。同年7月『クーラー』で『TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005―次代を担う振付家の発掘―』最終選考会に出場。07年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を新潮社より発表し、翌年第2回大江健三郎賞受賞。小説家としても高い注目を集める。カンパニー作品では、07年ベルギーのフェスティバル『KUNSTEN FESTIVAL DESARTS 2007』に参加以降、アジア、欧州、北米にて海外招聘多数。また、横浜トリエンナーレや、あいちトリエンナーレなどの国際美術展覧会にも参加し、美術方面からも注目を浴びている。

松本弦人

1961年生まれ。グラフィックデザイナー。NEW YORK DISK OF THE YEAR グランプリ、読売新聞社賞、1995年東京ADC賞、AMD Award '96 Best Visual Designer、2002年東京TDC賞など受賞多数。主なデジタルメディア作品に、フロッピーディスク『Pop up Computer』(1994年、アスク講談社)、CD-ROM『ジャングルパーク』(1997年、デジタローグ)、ゲームソフト『動物番長』(2002年、Nintendo キューブ)などがある。BCCKSのコンセプトデザインやアートディレクションなどを手がけるチーフ・クリエイティブ・オフィサー。

サンガツ

20世紀の終わりに東京で結成。これまでに4枚のアルバムを発表。近年は、表向きはバンドの形態をとりながらも、音を使った工作/音を使った組体操のような楽曲に取り組んでいる。また、最新プロジェクト「Catch & Throw」では、「曲ではなく、曲を作るためのプラットフォームを作ること」に焦点をあて、その全ての試みがweb上で公開されている。



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