『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー

「この映画には、私が見たこともないファンタジーがあった。それは美しく、まるで不思議な夢を見ているようだった」。『カンヌ国際映画祭』で審査委員長をつとめたティム・バートンがそう賞賛した、タイ映画初となるパルム・ドール受賞作『ブンミおじさんの森』が、3月5日より日本公開を迎える。余命わずかな主人公・ブンミが前世や過去と邂逅するファンタジードラマであり、生と死への鋭く優しい眼差しや斬新なイマジネーションが世界中で注目されている話題作だ。今作を生んだ映画監督、アピチャッポン・ウィーラセタクンにインタビューを行い、作品に込めた想いを聞いた。

(インタビュー・テキスト:小林宏彰 撮影:菱沼勇夫)

昔から、謎めいた雰囲気が好きなんです

―『ブンミおじさんの森』は流れている時間がゆるやかで、観客が豊かな時間を過ごすことができる映画だと思います。演出面で意識されたのはどんなことでしょうか?

AP:私はタイの出身ですが、子どもの頃に見た映画やマンガ、テレビで感じていたリズムを表現したいという思いは持っていました。当時の記憶を辿って作品の中に生かし、シーンごとにテンポやリズムを意図的に変える演出もしています。

『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督

―夜のシーンが特に多かったですね。

AP:夜の雰囲気は誰にとっても不気味だと思いますが、私は怖いけれどもちょっと楽しい、謎めいた雰囲気が好きなんですね。幼い頃は、家が点々と建つ小さな町に住んでいたので、友達の家に遊びに行くにもひとりぼっちで森や山の中を歩かなければいけなかったんです。帰りは夜になることもあって、真っ暗闇の中で自分の足音だけが聞こえている、という経験が印象深く記憶に残っています。

『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー
©A Kick the Machine Films

―突如幽霊が現れるシーンでの、ブンミおじさんたちの驚いた表情がすごく自然でした。役者さんたちにはどのように演じてもらいたいと思っていたのでしょう?

AP:やはり「小さい頃にテレビで観ていたイメージ」に近づけたいと考え、そのように演出しています。役者にそのイメージを伝えるのは難しいのですが、ブンミを演じたタナパット・サーイセイマーは43歳で、私と年齢が近いんです。そのため、テレビの記憶はある程度共有しており、それを頼りに演じてもらいました。実はあのシーン、私は決して自然な表情だとは思っていないんですよ。昔のテレビでよくあった棒読みの演技というか、ちょっと不自然な感じを意識して演出しました。

―お話を伺っていると、子どもの頃の記憶をかなり重要視して今作を作られたようですね。そこにこだわる理由を教えていただけますか?

AP:記憶というものは私の頭の中にしかないので、改めて見返すことはできませんよね。そのような消滅しつつあるもの、形を変えつつあるものを大事にして表現活動を行いたいと思っているんです。年をとって大人になってしまったせいか、記憶を記録しておきたいという欲望がより一層出てきた気がします。これまでの作品では、家族や恋人などへの想いを綴ることが多かったのですが、今作では忘れつつある過去の映画やテレビのイメージを形にしておきたいと思ったんです。

『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー
©A Kick the Machine Films

―「生まれ変わること」=転生が今作の重要なテーマだと感じたのですが、監督自身はそういった考え方をどう捉えていらっしゃいますか?

『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー

AP:私は他のタイ人と同様に、アニミズム(万物に精霊が宿っているという考え方)や輪廻転生を、生まれながらに真実だと信じ込んでいました。自分の生は以前にもあったし、来世も存在するという考え方です。それは生活の中で接する様々なことに入り込んでいて、タイに生まれ育てば誰でも刷り込まれることなんですね。ただ、今の私は輪廻転生を信じていないと言わざるを得ません。現在の私が信じているのは、人間は自然のサイクルの一部であり、死ねば肉体は土や空気に還るということ。死ぬことは消えてなくなるのではなく、自然に戻るだけである、という考え方です。

―抽象的な質問になってしまいますが、監督が表現したいことを実現するためには、映画作品でなければならない理由はあるのでしょうか?

AP:私が生まれ育った世代は映画が身近にあったため、幼い頃の記憶が映画的なイメージで蘇ってくるんです。そのため、他のメディアや方法よりも、映画という形式で表現するのがいちばん適しているのだろうと思います。それから私は映画を「内向的なもうひとりの私」だとも考えてきました。つまり、自分の感情を表すツールでもあるし、私自身を守ってくれるものでもある、欠かせないものなんです。

理屈は捨てて、鑑賞ではなく体験をしてほしい

―作品中に、静止画が連続する箇所がありますね。若者が暴力をふるっているようなものもあり、恐ろしかったのですが。

AP:その一連の写真を撮影したナブアという村は、かつて共産主義を打倒するための運動が非常に激しかったところで、暴力や争いの歴史が数多く残る場所なんです。そこは私の行なっている「プリミティブ」というプロジェクトの舞台に据えている村でもあるので、長い期間滞在していることもあり、実際にその地で暮らして感じたことや、体験した記憶を作品に反映させたいとも思っていたんですね。ですから、ブンミの台詞は、私の台詞でもあるんです。

『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー

―今お話に出た「プリミティブ」というプロジェクトについて、詳しく教えていただけますか?

AP:私は長編映画を撮るかたわら、インスタレーションや短編映画を作る活動もしています。双方とも「記憶」と「場所」についての作品を作り続けてきている、という共通点があったので、プロデューサーからひとつにまとめてみてはどうか、と言われたことから始まったのがこのプロジェクトです。長編映画の資金繰りが難しくなってきた現状への打開策として、新しい資金調達システムを作り上げようとするチャレンジでもあります。また『ブンミおじさんの森』は「いくつもの生や記憶の重なり」を描いていますが、映画やインスタレーションといったメディアが重なっているこのプロジェクトとは似た部分があり、この偶然には面白さを感じています。

『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー
©A Kick the Machine Films

―観客の反応や感想で、自分の想いが伝わったと実感するのは、どんなものでしょう?

AP:自分の友人や愛する人が亡くなった体験を思い返した、と言っていただいた時は、心の深い部分で作品を感じてもらえたことに対する嬉しさを感じました。笑いを取りたいと考えている場面で、観客が本当に笑ってくれているのも、とても感動します。映画を学んでいる学生さんに「映画表現に対する考え方が変わりました」と感想を伝えられた時も興奮しましたね。

―日本はタイと同様、自然にあふれた国ですので、観客も『ブンミおじさんの森』の世界に入り込みやすいと思いますが、どんなふうに観てもらいたいと思っていますか?

AP:もし上演前に挨拶をすることがあるとすれば、こう言おうと思っています。「理屈は捨てて、イメージや音が自分の中に流れ込むのを、自然体で受け入れてください」。先入観を持たずに、まるで外国を旅しているかのような気持ちで観てほしいですね。車窓から景色を眺めるように、鑑賞ではなく映画を「体験」していただきたいと思っています。

イベント情報
『ブンミおじさんの森』

2011年3月5日(土)よりシネマライズほか全国順次ロードショー

監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:
タナパット・サーイセイマー
ジェンチラー・ポンパス
サックダー・ケァウブアディー
ナッタカーン・アパイウォン
提供:シネマライズ
配給:ムヴィオラ

『BANGKOK SUMMER NITE!2011最速猛暑宣言!』

2011年3月26日(土)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京都 六本木スーパーデラックス
出演:
ウィスット・ポンニミット
Penguin Villa
Stylish Nonsense
Kiiiiiii

料金:予約3,000円 ブンミ割引2,500円 当日3,500円(ドリンク別)
※22:00以降は入場無料(1ドリンク別)

プロフィール
アピチャッポン・ウィーラセタクン

1970年生まれ、タイ出身。コンケーン大学で建築を学び、24歳の時にシカゴ美術館附属シカゴ美術学校に留学、映画の修士課程を修了する。2000年に完成させた初長編『真昼の不思議な物体』でデビュー。フィクションだけでなくドキュメンタリーや短編映画、インスタレーションも制作し、アート分野でも世界的に活躍している。過去の作品は山形国際ドキュメンタリー映画祭や東京フィルメックス、東京で行われた個展などで上映されてきたが、日本での劇場公開は今作が初。



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