チェロの調べが人の心を掴む理由 徳澤青弦インタビュー

ハナレグミやくるり、Polarisなど、様々なアーティストのレコーディングやライブでサポートを務めてきた徳澤青弦。知らぬ間に、彼の奏でるチェロの音色を聴いたことがある人は多いはずだ。ほんの数秒聴いただけで、それとわかる美しくも切ないフレーズで、チェロという楽器の持つ魅力や可能性を広めてきた彼の功績は計り知れない。

そんな彼が、音楽家のトウヤマタケオと結成したユニット、Throwing a Spoonのファーストアルバム『awakening』がリリースされる。鳥のさえずりだけではなく、朝の陽光まで取り込んだような、眩くて心地良いサウンドは、聴き手の想像力を喚起させ、見える景色を一変させる。確かな実力によって存在感を放ちながらも、これまでさほど多くインタビューの場に姿を現すことのなかった徳澤に、チェロという楽器の魅力や可能性、目指す表現についてたっぷりと語ってもらった。

他の楽器もやっていたんですけど、チェロ以外には興味が持てなかったんですよね。

―徳澤さんはチェロ奏者として活動されていますが、チェロとのそもそもの出会いは何だったのでしょう?

徳澤:最初は、親にムリヤリやらされたんです。両親ともにクラシックのミュージシャンでしたので、母親のお腹の中にいるときからずっと(パブロ・)カザルス(スペインのチェロ演奏家、指揮者、作曲家。チェロの近代的奏法を確立し世界的名声を築いた)とかを聴いている状態で。チェロのほかに、バイオリンやピアノもやっていたんですけど、全然上手くならなかったんです。チェロ以外の楽器には興味が持てなかったんですよね。

―ご両親は、特にチェロをやってほしいという願いが強かったのでしょうか?

徳澤:そうだったみたいです。だから僕がチェロに興味を持つよう、親にしむけられてたのかもしれないですね(笑)。家にオープンリールのテープデッキがあって、それでカザルスとか(ムスティスラフ・)ロストロポーヴィチ(旧ソビエト連邦出身のチェリスト・指揮者の巨匠)なんかを、よく聴かされていました。

徳澤青弦
徳澤青弦

―物心ついたときから、音楽一筋の環境にいらっしゃったんですね。

徳澤:小学生のときにはサッカーをやっていたんですけど、ボールが当たるのが痛くてやめちゃいました。段々ポジションが後ろのほうへ下がっていったんですけど、後ろに行けば行くほどさらに痛くなって(笑)。最終的に、身体でシュートを止めるのが本当に痛過ぎて……。

―(笑)。

徳澤:写真や本が好きだったから「そういうのもいいかな」と思ったときもあったけど、チェロができるっていうのはやっぱりなかなか特別なことじゃないですか。それは子ども心にも感じていたので、「自分からチェロを取ったらただのバカだな」って(笑)。

―演奏者が少ない楽器というところで、続けていく上での苦しみや孤独はなかったですか?

徳澤:例えばピアノはずっと1人で練習していくしかないんですけど、チェロは単体だとほとんど成り立たない楽器なので、そういう意味では仲間がいないとできあがらない音楽なんです。まあ、最初の基礎練習は家でやらなきゃいけなかったから嫌で仕方なかったですけど(笑)、高校からは芸大付属高校へ通って、友達と競い合ったりもして、いい環境でした。

―自分で曲を作ってみたのも、高校に入ってから?

徳澤:音を使って自分を表現する、という意味では中学かな。中学に入ってからX JAPANを聴き始めるんですけど(笑)、例えば“紅”のアルバムバージョンとシングルバージョンをカセットデッキで繋ぎ合わせながら、ロングバージョンを作ったりしていました。いわゆるマッシュアップですよね。まあ、それは遊びの延長で、本格的に曲作りを始めたのは大学のときにLogic(作曲ソフト)が学校にあって、それを使っていましたね。

チェロにしても人間も声にしても、それ自体はツールでしかない。それよりも、「この人は自分の楽器(声)を使って、どういう表現をしているのか?」っていうところに耳が向くんです。

―クラシックから始まって、そこからどんな音楽遍歴を辿ってきたのですか?

徳澤:とにかく、「聴いたことのない音楽を聴く」のが好きな子どもだったんです。親が現代音楽を好きだったのもあって、小学生のときにクラシックからいきなり現代音楽を聴き始めて。小学校1、2年生くらいのときに渋谷のクアトロにKronos Quartet(1973年に結成されたアメリカ合衆国の弦楽四重奏団)が来日して、それを観に行ったりもしました。その時点で聴いている音楽にかなりの振り幅があったので、それからは「なんでもアリ」というか、どんな音楽でも聴けるようになりました。

―小学生で現代音楽を聴くとか、僕には上手くイメージできないんですけど(笑)、どんな感じなんでしょうか……?

徳澤:(笑)。最初は僕も、点と点だったんです。小学生だったから友達と一緒に光GENJIもTM NETWORKも聴いてましたし、家では親の影響でThe Monkeesが流れていて。現代音楽もそのいろんな音楽の中の1つという感じで、特に「難解なモノ」としてかまえながら聴いていたわけではなかったんです。

徳澤青弦

―自身がチェロ奏者だから、チェロがフィーチャーされた音楽をよく聴くとかは?

徳澤:もちろん、チェロ奏者の音楽もたくさん聴いてましたけど、例えばギターやバイオリン、ボーカルみたいに、ほかの楽器からも吸収するべきモノがたくさんあると思っていました。よく、「好きなチェリストは誰ですか?」という質問をされることも多いのですが、チェリスト以外で気になる人のほうが多いんですよね。

―チェリスト以外のプレーヤーの演奏を聴いて、そこで受けたインスピレーションをチェロにフィードバックさせていく、みたいな。

徳澤:そうです。結局、チェロにしても人間も声にしても、それ自体はツールでしかないというか。それよりも、「この人は自分の楽器(声)を使って、どういう表現をしているのか?」っていうところに耳が向くんです。

―それは、ハナレグミやくるりといったミュージシャンはもちろんですが、ラーメンズのような舞台音楽まで、様々なジャンルの表現者のサポートをされていることに繋がってきそうですね。

徳澤:やってるときは自分でも気がつかないんですけど、サポートをする人を追いかけているうちに、気がついたら自分の好みも変わっていたりすることもあります。だから、自分の音楽はこうあるべき、みたいなこだわりはないのかもしれません。

演奏している相手の息づかいや、演奏している環境、そういったものに自分のバイオリズムを合わせていけるような音楽を作りたかったんです。

―では、このたびトウヤマタケオさんと作られたユニットThrowing a Spoonのお話を聞かせてください。このユニットはどのような経緯で結成されたのですか?

徳澤:震災のすぐあと、コンピレーションアルバム参加のオファーをいただいたんですね。そのアルバムに、ニルス・フラーム(ドイツのピアニスト)と共に名を連ねていたのがトウヤマさんでした。そのとき僕はピアニストの林正樹さんと参加したんですけど、そのコンピがきっかけで、そこのスタッフがトウヤマさんと僕を引き合わせてくれたんです。

―なるほど。

徳澤:もともとトウヤマさんのことを知ったのは、彼がトウヤマタケオ楽団の名義で『Slow Jesus Slow Venus』というアルバムを出した頃。そのアルバムがとても良くて、僕はトウヤマさんにベタ惚れしていたんです。トウヤマさんはトウヤマさんで、僕のことを「いい」って思っていてくれたみたいで。

―相思相愛だったわけですね。最初、ユニット名はペレ&ジーコにするつもりだったと小耳に挟んだのですが(笑)。

徳澤:そのつもりでPVも作って、サッカーのユニフォームを着て走ったりもしたんですけど、結局別の名前になりました(笑)。

―(笑)。でも、「匙を投げる」という意味の、Throwing a Spoonもユニークな名前ですよね。

徳澤:かっこいい名前の候補もいろいろあったんですけど、気軽な名前にしたかったんですよね。意味はありそうであまりないんですけど、実はトウヤマの「T」と、青弦の「S」が入っているんですよ。

―なるほど。基本的にピアノとチェロだけを用いて、非常に音数の少ないシンプルで美しい曲ばかり並んでいますよね。アルバムを作る前に、どんな作品にするか話し合いましたか?

徳澤:僕もトウヤマさんも、ギャヴィン・ブライアーズが最初に出した『Hommages』という、ほとんど宅録みたいなアルバムが大好きなんです。宅録であるがゆえに入ってしまった鳥の声とか、そういう環境音が、ブライアーズの作った音楽と非常によく馴染んでいて、すごくいい。彼の他の作品もそうですが、題名からして物語性があるんですよね。最初にトウヤマさんとは、「こういうアルバムを作りたいね」って話をしました。

徳澤青弦

―そのイメージをもとに、それぞれが曲を作って二人で仕上げていったのですか?

徳澤:そうですね。ただ、お互いに曲を出し合うときに、あまり作り込まないように気をつけました。最初に一人で作り込み過ぎてしまうと、それぞれの作風が強く出てしまうじゃないですか。これはトウヤマさんの曲、これは僕の曲、みたいになるのはちょっと違うな……って、お互いに思っていましたね。

―即興に関しても、あまりやり過ぎないように気をつけたそうですね。

徳澤:そうですね。そのときの空気感に合わせられる音楽にしたかったんです。演奏している相手の息づかいや、演奏している環境、そういったものに自分のバイオリズムを合わせていけるような音楽というか。

―聴き手であるこちらも想像力を掻き立てられる音楽ですよね。音の隙間や余白があって、街中で聴いていると、街の音とも溶け合うような感覚がある。自分の生活の中のBGMになっていくような……。実際、「朝の空気に溶け込むような音楽」というのもコンセプトだったとお聞きしました。

徳澤:トウヤマさんとブライヤーズの話をしながら、「鳥のさえずりが聞こえて、ああいう空気感で録れるような環境がいいね」って言ってたんです。それで、いろいろ調べていく中で小淵沢のスタジオを見つけて、そこで録ることになりました。二人で4、5日ほど合宿をして、曲作りもしながらゆっくり作っていきましたね。

世の中には「良い音」「悪い音」があって、「良い音」を作れる楽器がチェロなんですよね。最後に戻ってこれる、「着地点」としてある楽器なんだという思います。

―実際に、トウヤマさんと一緒にやってみた印象はいかがでしたか?

徳澤:やはり大先輩ですし、こちらが提示したものをすぐに察してくれて、的確なレスポンスを返してくれる。お互いにどれくらいの力量があるのかも把握できていたから、「これ以上はできない」という線引きが割とはっきりしているというのも、ストレスを全く感じなかった理由でしょうね。だからもう、レコーディング中は楽しくて仕方なかったです。人柄も、どんどん好きになる一方でした(笑)。

―毎朝5時に起きてレコーディングする、という日課を立てていたそうですね。

徳澤:そうなんです。鳥のさえずりを入れるとなったら、早朝に演奏するしかないので。ただ、夜になると飲んじゃうんですよね(笑)。だから翌朝起きるのが大変でした。

徳澤青弦

―鳥のさえずりが入ってくることで、演奏そのものが変わってくることもあるのでしょうか? 聴いていると、鳥が演奏に呼応しているのか、演奏が鳥に呼応しているのかって思うところがあるんですよね。

徳澤:これがですね、ちゃんと聴いてるんですよ、鳥が。

―やっぱり! そんな感じがします。

徳澤:本当にびっくりしました。鳥の鳴き声によって演奏がひっぱられる、っていうのは大きかったですね。

―逆に、積極的に外の音を録り込むことで、苦労したことやトラブルはありましたか?

徳澤:「朝の空気に溶け込む音楽」をイメージしていたのに、いつの間にか昼になっちゃったことがありましたね(笑)。そうすると、車の音とかも入ってきてしまって……。「あー、これ良いテイクなんだけど、車の音がずっと入っているし」って、泣く泣くボツしたテイクもありましたから。

―“Ranchiu”という曲では、かなり大きな物音が入っていますけど、あれは?

徳澤:小淵沢のスタジオは山小屋なので、木材でできているんですね。その木が、朝になって太陽が出てくると、その熱で伸縮してバキバキバキッて鳴るんですけど、その音なんですよ。“E.V.A”では風の音が入り込んでいるし、数日の間にいろんな朝の状態があって、それが記録されている。曇ってたりピーカンだったり、ちょっと寝坊しちゃったり(笑)、その日によって朝の顔が違ってて面白かったですね。

―今回、エンジニアにtoeの美濃隆章さんを起用したのも意外ですね。

徳澤:おそらく、こんなしっとりした音楽を録ったのは美濃くんにとって初めての経験だと思うんですけど、チャレンジ精神を持って関わってくれましたね。彼の音楽性ならきっと良いものにしてくれるだろうっていう確信があったんです。僕らとしても、別にハイファイなサウンドを求めていたわけではないし、音楽的に味のあるものにしてくれるっていう考えを共有できる希有な存在なんですよね。

―なるほど。今回のアルバムにしても、徳澤さんがサポートで参加されている作品にしても、常に一貫した世界観があって、聴いてすぐに「徳澤さんのチェロだ」ってわかるのはすごいことだと思います。徳澤さんにとってチェロとはどういう表現を可能にしてくれる存在なのでしょうか。

徳澤:チェロは、音域的に人の声に一番近い楽器ですよね。人の声に近いということは、人間の耳のレンジにちょうど合いやすい。だからこそ、低いところから高いところまでレンジが広く感じられると思うんですよ。自分でも、チェロを演奏していると落ち着くんです。特にメロディーを弾くときなんかは、自分で歌ったり声を出したりする代わりにチェロを奏でているという感覚もあります。

徳澤青弦

―それが、徳澤さんにとってのチェロの魅力なんですね。

徳澤:やっぱり、世の中には「良い音」「悪い音」があって、「良い音」を作れる楽器がチェロなんですよね。最後に戻ってこれる、「着地点」としてある楽器なんだというふうに思います。ジャンルが全然違いますけど、こないだBeyonceの新譜を聴いたんですよ。最初の第一声で、「ああ、やっぱりこの人すごいわ」って思わせる声というか。そういう一音の説得力って、どんな音楽でもあるんです。日本だったら、ハナレグミの(永積)タカシくんの声もそうじゃないですか。自分が目指すところもそこなんだと思いますし、チェロはそれが可能な楽器だと思っています。

イベント情報
『Throwing a Spoon「awakening」release tour』

2014年2月15日(土)OPEN 17:30 / START 18:30
会場:大阪府 北浜 天満教会
出演:Throwing a Spoon
料金:前売3,500円 当日4,000円

2014年2月16日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 東大前 求道会館
出演:Throwing a Spoon
料金:前売3,500円 当日4,000円

2014年3月14日(金)OPEN 19:30 / START 20:00
会場:愛知県 名古屋 JAZZ茶房 青猫
出演:Throwing a Spoon
料金:前売3,000円 当日3,500円

2014年4月13日(日)OPEN 19:00 / START 20:00
会場:石川県 金沢 柿木畠 shirasagi/白鷺美術
出演:Throwing a Spoon
料金:前売3,000円 当日3,500円

Throwing a Spoon『awakening』発売記念ミニライブ

2014年3月16日(日)15:00~
会場:東京都 タワーレコード渋谷店7F イベントスペース

リリース情報
Throwing a Spoon
『awakening』(CD)

2014年2月9日(日)発売
価格:2,500円(税込)
cote labo / cote004

1. Clouds
2. クェイシーの水泳
3. Sofia
4. Hello Bricks
5. 名もつかぬ銅像
6. Hectopascal
7. Ranchiu
8. E.V.A
9. Dancer's Awakening

プロフィール
Throwing a Spoon(すろーいんぐ あ すぷーん)

2012年初夏、徳澤青弦とトウヤマタケオで結成されたチェロとピアノのデュオ。隙のある曲作りと節度ある即興によって極上の楽曲を構築している。作曲と演奏にボーダレスな二人だからこそ生まれる独自の室内楽。静かな衝動と美しさと隙。



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