フィリピンで育んだ感性が輝く、ヘンショクリュウの踊るための音

これぞ、新世代。氣志團、フジファブリック、赤い公園などを発掘した「GREAT HUNTING」が昨年開催したオーディション『BAND ON THE RUN』にて、最優秀バンドに選出された千葉出身の3ピースバンド・ヘンショクリュウ。結成から1年足らず、未だ平均年齢22歳の彼らが奏でるディープなソウル / ファンクは、決して狙って作り出せる類のものではない。これはもう、演奏者の生活の根源から血と汗と共に絞り出されたとしか思えない……そんな生々しいファンクネスが、彼らのデビューミニアルバム『NIPPOP』には渦巻いている。

取材の中で、フィリピン生まれのフロントマン・ハギハラ“ZINE”ヂーノは繰り返し語った。「音楽を聴いて踊ることは、子どもの頃から当たり前だった」と。彼にとっての音楽とは、常に生活の傍らにあるものであり、「喜び」そのものだった。「音楽とは喜び」――この、あまりにシンプルな方程式を躊躇いなく提示することは、意外と難しい。ヘンショクリュウの音楽の根底には、日々の喧騒から滲む痛みと哀しみがある。それは間違いない。しかし、それでも「音楽とは喜びだ」と言い切る彼らの無邪気に澄んだ眼差しに、音楽が存在する意味を、その未来を、感じ取れはしないだろうか。ヘンショクリュウにとって初めてのインタビュー、新しい息吹に触れてください。

日本では、ブラックミュージックが本来持つ肉体的で肉感的な部分を感じながら音楽を聴いている人が少ない。(ヂーノ)

―デビューミニアルバムのタイトル『NIPPOP』に、すごく強い意志を感じました。これは、「NIPPON(日本)のポップ」という意味ですよね?

ヂーノ(Vo,Ba):そうですね。ヘンショクリュウは「自称」J-POPバンドなんです。僕が作る曲って、周りの人にはよく「変わってるね」って言われるんですけど、自分では普通だと思っているんですよ。僕らの音楽はファンクとかブラックミュージックの要素が強いからそう言われるんだと思うんですけど、日本にもそういう音楽って多いと思うんです。ただ、ブラックミュージックが本来持つ肉体的で肉感的な部分を感じながら音楽を聴いている人が少ない。

左から:奥村大爆発、エルベッコ、ハギハラ“ZINE”ヂーノ
左から:奥村大爆発、エルベッコ、ハギハラ“ZINE”ヂーノ

―J-POPにも音楽性としてのブラックミュージックは溢れているのに、ヂーノさんが言う「肉体的な受け取り方」をされないのは、どうしてだと思いますか? たぶんこれは、日本と海外での「音楽に何を求めるか?」という部分に繋がる話だと思うんですけど。

ヂーノ:言葉にするのはすごく難しいんですけど……やっぱり、聴く側の習慣や環境、国民的な文化が違うんですよね。たとえば、すごくノリノリでグルーヴィーな曲がかかると、僕は踊ってしまいたくなるんです。テンションが上がって、体が勝手に動いてしまう。でも、そのノリノリな曲の歌の内容が「先日、彼女にフラれました」だと、日本人は「切ない曲だな」って受け取るじゃないですか。日本は歌謡曲文化なので。

―日本人は、身体より観念で音楽に反応するということですよね。これと同じようなことは、奥村さんとエルベッコさんも感じますか?

奥村(Dr):俺は昔、友達に「正しい音楽の聴き方の作法」というのを諭されたことがあるんですけど(笑)、それはラジカセの前に正座して歌詞カードを見ながら聴くというものだったんです。日本語は表情豊かな言語だと思うので、そういう楽しみ方もありだとは思うんですよ。でも、それはもう、踊りとはかけ離れているじゃないですか。

奥村大爆発

―正座していますもんね(笑)。

奥村:でも、最近は変わってきているのかなって思います。フェスに行くと、みんな飛び跳ねているじゃないですか。それは僕らが思う「踊り」の文化とは違うかもしれないけど、独自のものは形成されてきているのかなって。

―自分たちが思う「踊り」の文化とはズレがあることに、違和感を感じますか?

奥村:それもありだとは思います。ある意味、新しいダンスミュージックが生まれてきているということだから。

エルベッコ(Gt,Vo):フェスで邦ロックバンドを観ると、みんな手を挙げてるけど、あの光景って計り知れないよね。

ヂーノ:うん、計り知れない。

奥村:でも、それとヘンショクリュウがやっているダンスミュージックは、根本が違うんですよ。僕らがやっているのは、「飛び跳ねる」というよりも「揺れる」なんです。

フィリピン人は、「音楽は踊るものであり、みんなで騒ぐためのもの」という捉え方をしていて、それが僕の根本にあるんだと思います。(ヂーノ)

―そもそも、みなさんが今言ってくれたような音楽の受け取り方をするようになった理由は、どこにあるんですか?

ヂーノ:僕の場合は、別の文化で育ったからだと思います。僕は小学校5年生までフィリピンで暮らしていたんです。母はフィリピンとスペインのダブルで、ダンサーなんですけど、家では1980年代のディスコとか1960年代のブルースがいつも流れていたんですよね。マイケル・ジャクソン、Earth, Wind & Fire、Kool & the Gangとか、よく聴いてました。フィリピン人は、「音楽は踊るものであり、みんなで騒ぐためのもの」という捉え方をしていて、それが僕の根本にあるんだと思います。幼い頃はおやつを食べた後に、ベビーシッターさんと一緒にラジオから流れてくるディスコミュージックで踊る習慣もありましたから。

ハギハラ“ZINE”ヂーノ

エルベッコ:僕も、イギリスやアメリカの音楽から入ったので、日本のチャートに上がるような音楽に触れてこなかったですね。最近いろんなバンドと対バンさせてもらうようになって、やっと「こういう感じがJ-POPなんだ」ってわかってきました。

―奥村さんも、やっぱり洋楽が多かったですか?

奥村:いや、実は俺はBUMP OF CHICKENを聴いて育って、それからスピッツにハマって……という感じで、ヂーノくんに出会うまでは、日本の流行の音楽ばかりを聴いて育ったんです。なので、ヂーノくんに初めて出会った時、「こういう音楽もあるんだ!」と思って驚きました。でも、だからこそ、俺はあまりジーノくんの色には染まらないようにしようとしている部分もあります。俺はあくまで日本的なポップ感覚を持ち続けながら、ヘンショクリュウを俯瞰する立ち位置でいれたらいいなって。

ヂーノ:うん、その観点はすごく信用しています。僕は偏り過ぎちゃうから、バランスを取ってもらっている感じですね。

僕は、自分が外人でもあるけど日本国籍でもあるから、中間の位置にいると思っているんですね。そういう視点から見ると、日本人はすごく真面目だなって思います。(ヂーノ)

―ヘンショクリュウの「揺れる」踊りの感覚と奥村さんが指摘したフェスの「飛び跳ねる」感覚、そこにある文化の違いって、どれだけ音楽が日常に密接であるか? ということなんじゃないかと思うんです。フェスって、刹那的だし、非日常な場所である。それに比べてヘンショクリュウの持つブラックミュージック由来のビート感は、日常に根差したものなんじゃないかと。

ヂーノ:それはあると思いますね。こんな言い方すると変ですけど、僕、すごく適当に曲を作っているんですよ。シャワーを浴びながら、お皿を洗いながら、朝起きて「今日、雨かぁ」なんて思いながら……そんな場面で曲を作ってるんです。逆にイスに座ってパソコンの前で作ろうと思っても作れない。だから、曲を作ることが本当に生活の一部なんですよね。これって、自分のいいところでもあり、悪いところでもあるって自覚はしているんですけど。正直、聴いている人がどういう感じで受け取るかということを、今はまだ考えられていないということでもあるので。

―曲を作ろうとして作るのではなく、逆にお皿を洗いながら作れるって、ある意味すごいですけどね。

ヂーノ:ブラックミュージックって、本来そういうものだと思うんです。語弊があるかもしれないけど、悪く言うと適当、良く言うと奔放。僕は、自分が外人でもあるけど日本国籍でもあるから、中間の位置にいると思っているんですね。そういう視点から見ると、日本人はすごく真面目だなって思います。きっと、他のミュージシャンは、「お客さんを盛り上げるために!」とか考えたりしながら作っているんだろうなぁって。でも、僕は適当です。ナチュラルで、リアルで、適当。

エルベッコ:だから自分たちの音楽を言葉にするのが難しいのかも。僕らの音楽があまりにも生活的だから。

中央:エルベッコ

―なるほど。じゃあ、自分の中から音楽が生まれてくる原動力やモチベーションも説明しづらいですか?

ヂーノ:あ、それは説明できますよ。椎名林檎さんに会いたいからです。

―あはは!(笑) ……本当ですか?

ヂーノ:はい、さっきお話ししたJ-POPに踊る要素を入れたい云々の話は、あくまで目標です。音楽をやる動機は、完全に「椎名林檎さんに会いたいから」です。ファンクラブも5年目ですから(笑)。

―どういうところが好きなんですか?

ヂーノ:彼女って、似ている人がいないじゃないですか。だから好きです。林檎さんに会ってしまったら、もう音楽をやる動機はないので、絵を描くと思います。本当は漫画家を目指しているので。

―そうなんですか! でも、そんな動機で生まれた音楽が、これほどヒリヒリとした切迫感を持っているのは、どうしてなんでしょう? 『NIPPOP』に収録された曲のタイトルを見ると、“逃げ出したい”とか“やめられない”からは、自分の願望が現実には叶えられない閉塞感を感じるし、“今夜は朝まで”からは現実逃避的な切なさを感じるのですが。

ヂーノ:まぁ、僕も21歳になりましたから、税金も払わなきゃいけないし、色々ありますからね……きっと、自然体であるがあまり、悲しいことも楽しいことも、そのまま曲に出ているんだと思います。う~ん……この話、しますか? 恥ずかしいからあんまりしたくないんですけど……。

俺は、自己顕示欲の塊だと思います。漠然と、聴いている人に恐怖を与えたいって思いながらドラム叩いています。(奥村)

―教えてください(笑)。

ヂーノ:バイトしながらバンドをやっている、今の自分の生活が嫌なんですよ。バイトをサボりたいから“逃げ出したい”し、でも生活のためには“やめられない”し、バイトはいつも“今夜は朝まで”だし……。別に、ヒリヒリした音楽がやりたいわけじゃないんです。もし、僕がお金持ちになったら、もっと幸福な表現になると思う。生活がそうだからというだけで……でも、このアルバムってそんなにヒリヒリしてます?

―うん、ヒリヒリしていると思いますよ。じゃあ、『NIPPOP』に収録された曲の中で、ヂーノさんの幸福な感情が刻まれている曲は、どれだと思いますか?

ヂーノ:全部です(笑)。確かに、作っている時には苦しい瞬間もあるかもしれないけど、こうやって作品になれば、もう楽しい瞬間しかないです。

―あぁ、なるほど。「踊りたい」とか、「椎名林檎に会いたい」とか(笑)、ヂーノさんにとって音楽は、ひたすら喜びを追い求めるためのものなんですね。

ヂーノ:そうなのかも。

―ヂーノさんは自分の生活から生まれる音楽を、なぜファンクミュージックとして鳴らすんだと思いますか?

ヂーノ:子どもって、お母さんのことを好きじゃないですか(笑)。そこに理由なんてないのと一緒で、僕が本当に小さい頃からこういう音楽に触れていたからだと思います。ファンクに惹かれたというより、音楽で踊ることは日常的で当たり前だったから。

―音楽、特にブラックミュージックは時として、そこに抑圧された者からの反抗の意志や、自分たちの存在を正当に世に示さねばならないという思想を持っていますよね。ヘンショクリュウにも、音楽をやることで自分たちの存在や、あるいは自分たちの生活の在り方を世に示したいという気持ちはないですか?

ヂーノ:……あまりないですね。政治的なことを言いたいとも思わないし、曲をお客さんに聴いてもらうことで、僕という人間を知ってもらえるとも思えない。僕の曲を聴いたって、僕のことはわからないと思うんですよ。たとえば髪の毛って、生えている時は自分のものだけど、抜けたらゴミじゃないですか。それと同じ感覚です。もちろん、音楽はゴミじゃないですよ(笑)。曲が僕の一部、体の一部だという感覚はあるけど、それが僕から離れた瞬間、何か特別意味のあるものになるとは思っていないというか。それでみんなと一緒に踊りたいとは思うけど、僕を知って欲しいとは思わない。

―この点に関して、奥村さんとエルベッコさんはどうですか?

奥村:俺はむしろ、自己顕示欲の塊だと思います。漠然と、聴いている人に恐怖を与えたいって思いながらドラム叩いています。あと、俺の理想は、バンドの中で一番すごい人のやりたいことを形にすることだから、俺はヂーノくんを椎名林檎さんに会わせたい!

右:奥村大爆発

エルベッコ:僕は、そこはあんまり考えてないですけどね(笑)。でも、僕も自己顕示欲の塊でしかないです。ギターの音から僕の人格、身なり、いろんなことを好きに想像して欲しい。たとえば絵画って、それを見た人がその絵画の意味を考えたり想像したりするじゃないですか。僕のギターもそうありたいなって思いますね。ただノリがいいだけじゃなくて、僕が何を考えて弾いているかとか、好き勝手に考えて欲しい。

―ヂーノさんもエルベッコさんも奥村さんも、少しずつ違った素養やモチベーションを持っているじゃないですか。この三人を繋ぐものって、何だと思います?

ヂーノ:「人となり」だと思います。僕は人としてこの二人が好きだから、一緒にヘンショクリュウをやっている。「好きな人が楽器上手くてラッキー」くらいの感じというか。だからこそ、この三人でしかヘンショクリュウはやりたくないです。

ヘンショクリュウ

「J-POP」の定義を広げるためには、音楽自体に変化が必要なんじゃなくて、消費している側に変化が必要なんだと思います。(ヂーノ)

―改めて思うのは、ヘンショクリュウにとって音楽は「目的」ではなく「手段」なんですね。生きていく上で、何かを得るための手段。

ヂーノ:だって、音楽は神ではないですから。こんな俺でもレコーディングできちゃうくらいだから、そんなにすごいものじゃないと思います。もちろん形式美は感じるけど、僕にとっては、こんな言い方をすると語弊があるかもしれないけど、生活に使える「道具」に近い感覚です。

エルベッコ:俺たちが「J-POPバンド」って自称して、J-POPの範囲を広げようとしているのも、自分と趣味の合う友達が増えればいいのになっていうのが根本の理由ですからね。女子高生とブルースの話とかできたら嬉しいもん(笑)。

ヂーノ:そう! ほんと、それだけなんですよ。僕らが「J-POPバンド」を名乗っていると、たまに「皮肉なの?」って言われるんですけど、決してそういうわけじゃない。

―でも、ヂーノさんの作り出す曲は、どこまでもヂーノさんの日常や人格に対してリアルじゃないですか。それに比べて、今の日本のJ-POPは、作り手や聴き手にとってリアルなものになっていないと感じたりしませんか?

ヂーノ:いや、今のJ-POPはJ-POPで、聴いている人たちにとってリアルなんだと思います。僕らは、別にJ-POPが嫌いなわけじゃないんですよ。むしろ、J-POPに加わりたいんです。

―昨今はジャンルが細分化している分、どこからどこまでを「J-POP」と呼ぶのか難しいですよね。

ヂーノ:僕の考えですけど、J-POPって、売れている音楽のことを指すんだと思うんです。ポップスはミュージシャンが作るものじゃなくて、消費者に作られるものですから。だから、「J-POP」の定義を広げるためには、音楽自体に変化が必要なんじゃなくて、消費している側に変化が必要なんだと思います。そうしたら、友達も増えるのになって(笑)。

―音楽は人が生む。だとしたら、人が変わるためにはどうしたらいいと思いますか?

エルベッコ:もっと意識的に音楽を聴いてくれる人が増えるといいですよね。

ヂーノ:うん。単純に、音楽が好きなら、もっと音楽を聴いて欲しいです。みんな無意識に自分が聴く音楽を選んでいる部分もあると思うんです。それが悪いとは思わないけど、もっと人それぞれが自分の感性で判断することが当たり前になればいいのになって。感性って、会話した人間の数や、読んだ本の数、見た映像の数、聴いた音楽の数……それで磨かれる単純なものだと思うんです。誰もがそうやって感性を磨いていけば、今、日本で埋もれている素晴らしい音楽も日の目を見るのになって。その理想が、ヘンショクリュウが「J-POPバンド」を自称している真相なのかもしれないです。

リリース情報
ヘンショクリュウ
『NIPPOP』(CD)

2015年9月9日(水)発売
価格:1,500円(税込)
POCS-1346

1. 新しい踊り方
2. 逃げ出したい
3. 今夜は朝まで
4. やめられない
5. 悪ション×3

イベント情報
『ヘンショクリュウ pre.「変色竜日本譜発売記念(仮)」』

2015年10月14日(水)
会場:東京都 下北沢 SHELTER

CINRA presents
『exPoP!!!!! volume81』

2015年11月26日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:
ヘンショクリュウ
and more
料金:無料(2ドリンク別)

プロフィール
ヘンショクリュウ

ハギハラ“ZINE”ヂーノ(Vo,Ba)と奥村大爆発(Dr)が高校時代から活動していたバンドに、ライブハウスで出会ったエルベッコ(隅田川リンス)(Gt,Vo)が2014年10月に参加。2015年、GREAT HUNTING主催のバンドオーディション「バンド・オン・ザ・ラン」において、3000を超えるバンドの中から最優秀に選ばれ、プロデュース・亀田誠治、デザイン・木村豊、MV・島田大介とトップクリエイターとのコラボでデビューアルバム『NIPPOP』を9月9日にリリースする。ファンクミュージックをルーツにしながらも、自分たちだけにしか出せない不穏な空気をダンサブルに伝えることを目標としている。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • フィリピンで育んだ感性が輝く、ヘンショクリュウの踊るための音

Special Feature

coe──未来世代のちいさな声から兆しをつくる

ダイバーシティーやインクルージョンという言葉が浸透し、SDGsなど社会課題の解決を目指す取り組みが進む。しかし、個人のちいさな声はどうしても取りこぼされてしまいがちだ。いまこの瞬間も、たくさんの子どもや若者たちが真剣な悩みやコンプレックス、生きづらさを抱えながら、毎日を生きている。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて