NYの写真家15人を追った女性監督が語る、ストリート写真の魅力

世界中から様々な人が集まり、最先端のカルチャーとエネルギーが溢れる街ニューヨーク。日々変化し続けるこの街には、路上で起こるハプニングや一瞬の夢、そして闇や絶望をも捉える写真家たちの姿がある。彼らは何を求めてストリートを徘徊し続けるのか。

ドキュメンタリー映画『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』には、カラー写真の草分け的存在であるジョエル・マイエロウィッツや、ヒップホップシーンを撮り続けるリッキー・パウエルなど、15人の写真家が登場し、彼らの目を通してニューヨークのストリートカルチャーが語られる。SNSの浸透で自分や仲間を撮る機会が増える中で、「他者」を撮るストリートフォトの魅力や意義とは何か? 自身も写真家であるシェリル・ダン監督に、制作の経緯から現在の社会を取り巻く写真の状況まで話を聞いた。

ストリートフォトグラファーは、人間を観察してできごとを予期し、何か起きたら素早くシャッターを切る。

―この映画に登場する15人のインタビューと作品を通して、「ストリートフォト」とひと言で言っても実に多様であることがわかりました。

シェリル:まさにそれが伝えたかったことですね。嬉しいです。

シェリル・ダン
シェリル・ダン

―本作に登場するストリートフォトグラファーたちは、人類学や社会学といったバックグラウンドをもつ人が多いのも印象的でした。

シェリル:ストリートフォトは人間を撮るのが第一なので、人間観察の能力がもっとも重要ではないかと思います。その意味で、私たちと人類学者たちの仕事に重なる部分があるかもしれませんね。

ジョエル・マイエロウィッツにインタビューした際に聞いたのですが、彼の父親はスラップスティックコメディーの演劇をやっていた俳優で、人間観察のプロだったそうです。そんな父親からマイエロウィッツは、「何か面白いものを見つけたら、それで満足しないで、さらにそこで面白いことが起こるまで待ちなさい」ということを教わったと言っていました。

ジョエル・マイエロウィッツ / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ジョエル・マイエロウィッツ / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

ジョエル・マイエロウィッツが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ジョエル・マイエロウィッツが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

―面白い被写体を見つけたら、そのまま撮るのではなく、さらに何かが起きるまで待つんですね。

シェリル:実際にこの映画の中でも、ブギー(セルビア出身の写真家。ニューヨークでもっとも危険とされる地域でギャングやドラッグ常習者たちのリアルな現状を捉える)が十字架の描かれた柱を見つけて、向こうから人が来るのを待ってシャッターを切るシーンがあります。

そのように、いいものがもっと良くなるのを狙っていくのがストリートフォトグラファーに共通の特徴だと思います。人間を観察してできごとを予期し、何か起きたら素早くシャッターを切る。そのとき、カメラは「持っている」のではなくて、身体の一部にしておくというのが重要ですね。

ブギーが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ブギーが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

現在ストリートで活躍する写真家たちにインタビューすることで、ニューヨークの街の歴史を語りたかった。

―この映画は美術館に依頼された短編がもとになっているそうですが、制作の経緯を教えていただけますか?

シェリル:ニューヨーク南部の海岸沿いにあるサウス・ストリート・シーポート・ミュージアムで、アルフレッド・スティーグリッツ(近代写真の父と言われ後世に大きな影響を与えたアメリカの写真家。画家ジョージア・オキーフの夫としても知られる)の展覧会があって、その関連企画として、友人のキュレーターから「何かアイデアある?」と聞かれて、自ら提案したのがきっかけです。

―なぜニューヨークのストリートフォトグラファーばかりを集めたのですか?

シェリル:現在ストリートで活躍する写真家たちにインタビューすることで、ニューヨークの街の歴史を語りたかったんです。美術館で公開されたのは35分の映像でしたが、私のアイドルであるブルース・デビッドソン(ニューヨークの写真家。『Brooklyn Gang』や『Subway』シリーズが著名)に1時間も話を聞いたのに5分しか入れられなかったりして。それでやっぱり長編にしようと決意して、何人かの写真家のインタビューを追加して再編集し、今の形になりました。

左から:ブルース・デビッドソン、シェリル・ダン / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
左から:ブルース・デビッドソン、シェリル・ダン / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

ブルース・デビッドソンが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ブルース・デビッドソンが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

ブルース・デビッドソンが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ブルース・デビッドソンが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

―ロバート・フランクをはじめとして、多くの写真家がニューヨークを舞台に写真を撮り続けていますが、彼らにとってこの街が特別な理由は何だと思いますか?

シェリル:昔から移民がとても多いので、人種的にも文化的にもいろいろな人がいることがまず大きいですね。それとマンハッタンにはエリアが集中しているので、歩いてすぐに異なる表情をもった場所に行けるし、ガラスのビルが多いので、光の反射が時間帯によって刻々と変化するのも魅力的。

写真家にとって、好奇心を刺激するものがすべて詰まっている街ですね。ロバート・フランクやウィリアム・クラインといった過去の偉大な写真家たちも、ニューヨークを歩き、街や文化を理解するために写真を撮っていたと思います。

―撮影当時96歳のレベッカ・レプコフは、1936年代から51年にかけてニューヨークに存在した写真グループ「フォト・リーグ」について語っていて、本作は貴重な歴史的資料としての役割も担っていると感じました。

レベッカ・レプコフ / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
レベッカ・レプコフ / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

レベッカ・レプコフが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
レベッカ・レプコフが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

シェリル:映画完成後に、レベッカとマリー・エレン・マーク(ヒューマニズムをテーマに写真を撮り続けている写真家。マザー・テレサのポートレートやムンバイの売春宿などで有名)が亡くなってしまったんですね。とても残念ですが、この映画で少しでも彼女たちの映像と歴史が残すことができたことは本当に良かったと思います。

マリー・エレン・マーク
マリー・エレン・マーク / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

マリー・エレン・マークが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
マリー・エレン・マークが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

どうやってコミュニティーやカルチャーに接していくのか、その「嗅覚」は写真家にとってなくてはならないものです。

―写真を撮っている様子を撮られることを嫌がる写真家もいると思うのですが、取材する上で苦労はありましたか?

シェリル:信頼関係が築ければ、撮影も取材もOKしてくれる人がほとんどでした。たとえばエリオット・アーウィットには、「30分、時間をやる」と言われたのですが、60年以上のキャリアがある巨匠の仕事を30分で聞き出さなければいけないので、過去のインタビューを全部読み、もし時間が延びても対応できるように、2時間の用意をして臨みました。

―被写体との信頼関係の構築の結果が、そのまま映画に表れているとも言えるわけですね。ギャングたちのリアルな生活を捉えたブギーや、グラフィティカルチャーにいち早く注目したマーサ・クーパー、アフリカ系アメリカ人コミュニティーを撮り続けているジャメル・シャバズなど、登場する写真家たちも「被写体へのリスペクト」という言葉を度々口にしていて、他者とのつきあい方についても学べるドキュメンタリーだなと思いました。

マーサ・クーパーが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
マーサ・クーパーが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

ジャメル・シャバズが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ジャメル・シャバズが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

シェリル:信頼関係というのは私たち写真家にとってとても重要です。インタビューでも語られているように、ブギーも最初からカメラを持ってあのギャングたちを撮影したわけではなく、お酒を飲みながらいろんな話をして仲間になって信頼関係を築いていきました。どうやってコミュニティーやカルチャーに接していくのか、その「嗅覚」は写真家にとってなくてはならないものです。

―写真家が信頼関係を築くためには「嗅覚」が必要。

シェリル:私も東京で面白い髪型の子や大きなアイスを食べている女の子たちを撮ろうと声をかけたら、彼女らは「撮られて嬉しい」という態度を見せてくれましたが、ロシアに行ったときは、首からカメラを下げているだけで、「撮るな」と言われたことがあります。たとえ同じ場所に行ったとしても、6か月後にはまったく別のカルチャーに変わってしまっている場合もありますから、人を理解し、その文化を理解した上で写真を撮るためには、被写体との信頼関係をその都度どう探れるかがもっとも重要になるんです。

写真はテクノロジーによって、写真それ自体だけでなく、撮られる人の意識も常に変えてきた。

―一般人を撮影するというところで、プライバシーの観点からいろいろ言われる時代だとも思うのですが、そのあたりはどのように考えていますか?

シェリル:アメリカはプライバシーに関する法律が州によって個別に決められていて、ニューヨークの場合は、公共の場で歩いている人のプライバシーはゼロなんです。つまり誰を写真に撮ってもOKということ。とはいえ、個人的には、相手が嫌だったら撮りませんし、撮っていいか確認して撮るようにしています。

でもこの映画にも出ているブルース・ギルデン(ブルックリン育ちの写真家。良いと思った歩行者の前に突然カメラを向けて撮る彼の写真は、何気ない人間の表情や仕草を映画のワンシーンのように切り取る)のように、もっとアグレッシブに撮る人もいますし、自由に撮影する権利自体は認められています。

―ブルース・ギルデンに、目の前で急にフラッシュを焚かれて怒る人もいましたね。

ブルース・ギルデンが路上で撮影し、怒られているシーン / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ブルース・ギルデンが路上で撮影し、怒られているシーン / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

ブルース・ギルデンが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday
ブルース・ギルデンが撮影した写真 / 『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』 ©2013 Alldayeveryday

シェリル:近年、プライバシーとの関係で一番話題になったのは、写真家のフィリップ=ロルカ・ディコルシアが、タイムズスクエアを人が通った瞬間に、通行人の頭上にセットしたストロボが光るような装置を用意して、自分は離れたところから望遠レンズで被写体に気づかれずに撮った『Heads』というシリーズの作品です。

ストリートを歩く人の頭部を拡大した作品をギャラリーに展示して販売したんですけど、写された中の1人がユダヤ人の方で、写真を撮られるのが宗教的にダメだったらしく、「知らないうちに撮られたことも、それを大金で売られたのも認めない」と訴えたんです。でも裁判では、公共の場にいるなら写真を撮られるのは許容すべきで、アーティストが公共の場で作品を作るのは問題ないということで、写真家が勝ちました。

シェリル・ダン

―表現の自由が幅広く認められるアメリカならではという感じがしますが、興味深い事例ですね。

シェリル:でも、今は監視カメラが街中にあって、誰もが何かしらの映像を常に撮られているのに、それについてはみんなあまり言及しないじゃないですか。映画の中でも述べられていますが、写真を撮られて嫌がる人は以前より逆に減っているのではないかという気もします。

このドキュメンタリーで評論家のリュック・サンテが、かつて写真は一生に一度撮るかどうかのもので、人々は真面目な顔をして写っていたけれど、「映画が現れたことによって、人は初めてカメラの前で笑うことを覚えた。テクノロジーで撮られ方を学んだ」と言っています。写真はテクノロジーによって、写真それ自体だけでなく、撮られる人の意識も常に変えてきたんですよね。

自分たちの写真を撮るのは楽しいかもしれないけど、それだけでは新しいことは学べない。

―日常的にInstagramやFacebookに写真がアップされる時代になって、写真に対する人々の意識はどのように変化したと思いますか?

シェリル:SNSにおいては今まで以上に、前よりもいい写真を見たがり、いい物語を欲しがっているように思います。また、本作では1989年にトンプキンズ・スクエア・パークで起こった暴動で、ニューヨーク市警の暴行の様子をビデオカメラで撮影していたクレイトン・パターソンの映像が裁判の証拠になった例を紹介していますが、今は事件現場に居合わせた人がスマホで映像を撮れるようになり、政治的にも市民ジャーナリズムというものが現れているのも興味深いです。時にはあなたの撮ったものが武器になる時代だということです。

―写真はそういったジャーナリズム的な側面も持ち得る一方で、一般的に今のSNSでシェアされる写真というのは、たとえば自撮りや友人との写真など、内向きのコミュニティーの強化に使われるケースが多いと思います。しかしこの映画で描かれているストリートフォトの対象は「他者」であり、同じ写真でもその差には大きなものがあると感じました。

シェリル:自分たちの写真を撮るのは楽しいかもしれないけど、それだけでは新しいことは学べません。でも、ストリートフォトグラファーは常に変化し続ける外の世界を撮ることによって、そこから多くを学ぶことができます。なぜ私たちは人に惹かれるのか? なぜこれが好きでこれは嫌いだと思うのか? 写真を通してなぜ自分がそれを好きなのかを理解することは、自分自身を理解することにもつながります。

シェリル・ダン

シェリル・ダン

―滞在中、シェリルさんは東京のストリートで何を見つけましたか?

シェリル:4度目の来日なのですが、今回は初めて日本に来た息子と一緒なので、何にでも驚いている息子の新鮮な目で改めて東京の街を見ることができました。それに、ちょうど日本で『Pokémon GO』がリリースされたばかりなので、昨日訪れた代々木公園はすごい光景でした(笑)。1年後に来たらこの光景は見られなかったと思うので、写真を撮るには最高のタイミングでしたね。何が起きるかわからないからストリートフォトはやめられないんです。

作品情報
『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』

2016年8月6日(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督:シェリル・ダン
音楽:エンドレス・ブギー
出演:
ブルース・デビッドソン
エリオット・アーウィット
ジル・フリードマン
ブルース・ギルデン
レベッカ・レプコフ
マリー・エレン・マーク
ジェフ・マーメルスタイン
ジョエル・マイエロウィッツ
マーサ・クーパー
ジャメル・シャバズ
クレイトン・パターソン
リッキー・パウエル
Boogie
マックス・コズロフ
リュック・サンテ
配給:Akari Films

プロフィール
シェリル・ダン

ニューヨークの写真家・フィルムメイカー。スケーターたちやグラフィティアーティスト、バイカー、デモの人々など、ストリートのキャラクターを撮り続けてきた。長編初監督となる今作は、2010年にサウス・ストリート・ミュージアムからの依頼で撮り始めたものだが、映像を納品後に、インタビューキャストを徐々に増やしドキュメンタリー映画として発表された。前衛的なアートから、ストリートカルチャーまでの幅広い題材を、誰しもの心に響かせる映像として昇華させる、才能あふれる女性監督。



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