リオ五輪閉会式に感服したゲントウキ、表現者としての焦りを吐露

社会も、音楽も、とにかく激しく移り変わっている。そんなことを実感せずにはいられない2016年。国と国の、個と個の分断は強まっているけれど、Radioheadや宇多田ヒカルのような重要アーティストたちの新作リリースは、音楽が、いまだ人々の心を揺り動かす「ひとつ」の大きな力であることを証明してもいるようだ。

そんな時代の変換点にあって、ゲントウキこと田中潤の10年ぶりの新作『誕生日』は、激動のさなかに産み落とされた一粒の祈りの滴のような作品である。2000年代にデビューし、当初は渋谷系の後続的な位置で、良質なポップソングを鳴らしていたゲントウキが久方ぶりの新作で辿り着いた場所は、かねてから名前を引き合いに出されていたKIRINJIが、新作『ネオ』で辿り着いた場所にも近い、新しく、あたたかく、そして野心と冒険心に満ち溢れた場所だった。

躍動感と祝祭感に満ちたエレクトロニックなファンクチューンに乗せて、ゲントウキは歌う。<今 まさに 世界の夜明けだ 歩きはじめよう 今日が君の 0歳の誕生日>(“誕生日”)――そう、時代は今、再びゼロ地点。でも、音楽が鳴り止むことはないし、僕らはここから歩き出さなければいけないのだ。10年の沈黙を破った田中潤に話を訊いた。

やっぱりゲントウキって、ヒットチャートのど真ん中ではなく、もっとサブカル寄りの1990年代の名残りの場所にいたんですよ。

―10年ぶりのリリースとなりますが、この10年間、田中さんがゲントウキとしてのリリースを行ってこなかったのは、どうしてだったんですか?

田中:2007年にそれまで所属していたメジャーレーベルとの契約が切れて、単純に他の仕事をしなければいけなくなったんです。そこで、作曲家 / 編曲家として活動し始めたんですけど、そっちの活動のベースを作るのに必死だったんですよね。

言ってみれば、SMAPのシングルA面曲になるような「ど真ん中」の曲を書けるスキルを身につけないといけなかった。それができないと食っていけないし、それに自宅でもメジャークオリティーのものを作れるようなスタジオを作りたくて、その機材を買うためにお金を貯めないといけなかったっていうのもあって。それで10年かかってしまったんです。

―「ど真ん中」の曲を作るのは、それまでのゲントウキでのソングライティングとは別の筋肉を使う作業でしたか?

田中:そうですね。でも、まだ自分でも「ど真ん中」を作れている感覚はないんですけどね。SMAPの曲も書いたけど、シングル曲ではなかったし(2010年リリースのアルバム『We are SMAP!』収録曲“短い髪”の作曲を担当)。……やっぱりゲントウキって、ヒットチャートのど真ん中ではなく、もっとサブカル寄りの1990年代の名残りの場所にいたんですよ。フリッパーズ・ギターからキリンジに続く流れの最後の世代だと思う。そういう場所にいたから、「ど真ん中」を作るのがいまだに苦手なんです。

―デビューした頃のゲントウキの世代感や時代感って、具体的にどんなものでしたか?

田中:捻くれてしまう世代というか……ちょっと偉そうなんですよね(笑)。他と違うことで存在証明しようとするというか。僕らが活動を始めた当時は、パンクとかビジュアル系とか、それぞれにカルチャーがわかれていて、お互いまったく口を利かないような時代だったんです。

その中で、フリッパーズ・ギターのようなギターポップ / インディーポップから派生して、ソフトロックの中古盤レコードを掘りながら「お前、これ知ってるか?」って言い合っているような場所にいたから……性格の悪い奴らだったんですよ(笑)。今思えば、すごく小さなモラトリアムの世界だったなって思いますね。あぁ、恥ずかしい。

―ははは(笑)。

田中:でも、あの世代ってみんなそうだったんじゃないかなぁ。お笑いでも、90年代のダウンタウンに影響を受けた世代はみんなツンケンしている、みたいな(笑)。

―お笑い界にとってのダウンタウンみたいな大きな存在は、ゲントウキがいたシーンでは、やはりフリッパーズ・ギターでしたか?

田中:そうですね。僕自身は直接的な影響を受けていないんですけど、世代的にはものすごく大きかったと思います。でも、僕にとってはフリッパーズよりもキリンジの存在の方が大きかったですね。フリッパーズって、元ネタがある曲が多いじゃないですか。

―洋楽からの直接的な引用が多いですよね。

田中:そうそう。でも、キリンジにその感じはなかった。だから、キリンジが出てきたときは、「ついに出てきてしまった!」と思って焦りましたね。全然敵わないなぁと思った。冨田恵一さんがアレンジしていたし、名前も日本語だし、かっこいいなって。

ここで一度、僕たちの青春時代を共に過ごしてきた音楽CDというアート形態に「ありがとう。今までお疲れ様でした」って言いたかった。

―今年はKIRINJI(2013年に堀込泰行が脱退して以降、キリンジは「KIRINJI」に表記を変更)も新作『ネオ』を出しましたけど、かつて同じ磁場にいた人たちが、こうやって同時期に作品を出すのは面白いですよね。今作の特設サイトにはKIRINJIメンバーからのコメントも寄せられていますし。

田中:KIRINJI、新作でサウンドがむちゃくちゃ変わりましたよね? 彼らは、今、世界や世間で起こっていることを敏感に感じ取りながら、あのアルバムを作ったんじゃないかと思うんですよ。その部分で、「同じことを考えているんだなぁ」って思った。実際、KIRINJIに今回の音源を送ったら、「ゲントウキも変わったか!」って、すごく感動してくれて、コメントもくれたんです。

KIRINJIは変化を求める仲間なのかなって、勝手に思っていますね。変化といっても、「海外でEDMが爆発的に売れているから、それをやろう」みたいなことではなくてね。もっと大きく「時代」を感じ取っているというか。

―今作でゲントウキは、どう時代を感じ取り、どんな変化を見せようとしたんですか?

田中:正直、新しい何かに辿り着けているかといえば、そうではないかもしれない。やっと1枚作れたっていうのが現実だから。なので、自分の中でこの作品は、次に進むための区切りだと思っていて。

ここで一度、僕たちの青春時代を共に過ごしてきた音楽CDというアート形態に「ありがとう。今までお疲れ様でした」って言いたかったんですよね。もちろん、この先も同じ形態で出すかもしれないんですけど。

―なるほど。このアルバムは、変化する時代を前に作られたレクイエムである、と。

田中:そう。ただ曲に関しては、もう「ど真ん中」じゃなくてもいいっていう吹っ切りはあると思います。もちろん、今も楽曲提供やCMの曲作りはしているし、「ど真ん中」を狙うときは狙いますけど、もう音楽業界全体として、「ど真ん中」ですらお金が動かないかもしれないですよね。

そうなったとき、新たに価値を作るには「まったく新しいもの」を考えた方がいいのかなっていう気がしていて。テクノロジーも進化して、自分の頭の中にある音のイメージも具現化しやすくなっているし。

今、ゲントウキをやる理由は、「ど真ん中」じゃない人間だからこその使命感のようなものだと思う。

―実際、今回のアルバムは、田中さんがほぼすべての音を構築して作られている、実質的にはソロアルバムなんですよね。

田中:そうなんですよ。本当は、もっと人に手伝ってもらってもよかったなって思いますけどね(笑)。かなり孤独な作業でしたから。でも、人と一緒にやると、細かいことをプレイヤーに指示してしまうけど、今はサンプラーで自分の欲しい音を手に入れることもできるし、今回は、全てを自分の責任のもとに作ることができたから、そこには意味があったと思いますね。

田中潤
田中潤

―この10年間、作曲家 / 編曲家として裏方的な立ち位置にいたぶん、今回の作品には田中さんのエゴが存分に出ているわけですよね。

田中:そう。今、ゲントウキをやる理由は、「『ど真ん中』じゃない人間だからこそやらなければいけない」という使命感のようなものだと思う。むしろ「外側」を意識して冒険に出る感覚というか。

―今の田中さんにとっての「外側」って、具体的にどんなものですか?

田中:国境の外側っていうことですね。日本って、それだけで大きな経済圏なので、どうしても中に閉じ籠ってしまいがちですよね。でも、今の時代、作品が日本で売れようが売れまいが、どこの国の人が見てくれているかわからないっていう視点は絶対に作品に入れなければいけないと思うんですよ。ちゃんと、日本の外に出しても恥ずかしくないものを作らないといけない。

―その感覚って、田中さんの中には一貫してあるものですか?

田中:そうですね……2000年代に入ってからSNSが急速に発達したけど、最初、Myspaceに火がついたじゃないですか。あのとき、数は少なかったけど、ゲントウキにも海外にファンがいることがわかったんですよ。

今でもFacebookを通して、アメリカやイギリスや韓国だけじゃなくて、ペルーにいるファンの人たちとも繋がってて。なので、今回のブックレットには歌詞の英訳も入れたんです。本当は中国語訳も作ったんですけど、それはさすがにスペース的に入れるところがなくて。

―たしかに2000年代って、世界の人たちとインターネットを通じて繋がれることがすごく楽しかったし、その恩恵を受けるミュージシャンも多かったと思うんです。でも時代が進むにつれて、同じ趣向の人たちによるコミュニティーの結束が強固になり、逆に対話が途切れて、分断が強まった……それが今なのかな、とも思います。

田中:それはすごく思いますね。結局、自分が見たい情報しか見なくなったわけですから。一瞬、国境がなくなるんじゃないかと思わせて、今、国境が逆に強固になっている。ヨーロッパでも移民排斥の動きがあったりしますしね。

だからこそ、どんなものを作るにしても、ドメスティックな気持ちではいけないと思うんですよ。可能性を捨ててはいけない。それがたとえ日本の中で消費されるだけであっても、普遍的な何かを入れていかなければいけない。

―今、逆に日本ではドメスティックな消費だけを目的に作られていく音楽も多いですよね。

田中:ドメスティックでかっこいいものだったら全然いいんですけどね。たとえば、この間のリオ五輪の閉会式。あれは完璧でしょう。あの“君が代”は最高だと思いますね。日本人にしかわからないドメスティックなものはダメだけど、あれは海外の人にも絶対に伝わるじゃないですか。

中田ヤスタカさんとか、椎名林檎さんとか……あれを作った人たちは僕と同世代だと思うんですよ。だからすごく悔しいんだけど、リオの閉会式では「今、これをやらなあかんねん!」っていうものが爆発していた気がするんですよね。少なくとも、あれを見た人と見ていない人では、今、見ている景色は違うと思う。あれを見た瞬間に襟を正した日本の表現者は多かったはずです。

―リオの閉会式が顕著でしたけど、強固になった国境を超えるのは、より強烈にドメスティックな個性を持ち、かつ表現として開かれたものだと思うんです。この先のゲントウキの表現においては「日本的な要素」っていうのは、ひとつのポイントになりそうですか?

田中:それはね、考えていることはあるんだけどね……まだ言いたくない(笑)。まだ自分の力はそこに及んでいないし、この先、自分がそれを仕事としてできるかどうかもわからないから。

この作品をメジャーレーベルから出せたのは、僕の誇りでもあるんです。この作品の価値に対して、ちゃんと「承認」があるということだから。

―ただ少なくとも、この『誕生日』という作品には、変化していく時代を見つめながら、その変化を肯定しようという力強さがあると思います。たとえば<未来へ 希望へ 君と僕と世界は少しずつ進んでいるみたいだ>と歌う2曲目の“5万年サバイバー”にあるのは、5万年というとても大きな時間軸で人類を見ながら、未来に希望を持とうとする意志ですよね。

ゲントウキ『誕生日』ジャケット
ゲントウキ『誕生日』ジャケット(Amazonで見る

田中:そうですね。偶然ですけど、KIRINJIの『ネオ』に入っている“The Great Journey feat. RHYMESTER”も似たテーマですよね。向こうはラブホテルだけど(笑)、こっちは人類がサバイブしてきた物語を書いている。この曲には明確なテーマがあって。

5万年前に人類は初めて「言葉」という情報を使えるようになって、アフリカ大陸を出たと言われているんです。つまり、5万年前が情報化社会の始まりなんですよね。そして、言葉という情報を伝達することによって、文明や宗教が生まれて、今に繋がる人類の歴史が始まった。そう考えると、今、何が起こっているかというと、言葉が一瞬にして地球の裏側にまで行ってしまうという状況ですよね。それは、5万年前、人類が言葉を得てアフリカ大陸を出たときと同じくらい大きな変化かもしれない。

―そして、その変化を、田中さんはとても肯定的に見ている。

田中:そうです。芸術家って、進んでいく世の中に背を向けがちじゃないですか。僕はそうでありたくないんですよね。テクノロジーと芸術は相反しないと思う。たとえば、ジョン・ライドン(ex.Sex Pistols、Public Image Ltd)は「俺の敵はTwitterとFacebookだ」と言ったんですよ。その瞬間に「この人、終わったな」と思ったんです。そんなことを言っていたって何かが変わるわけではないのに。 でも、ジョン・ライドンの発言みたいな価値観は日本社会にも蔓延している気がするんです。特に音楽家って、言っていることが優等生なんですよね。違うジャンルの人たちがすごく面白いことを言っているのに……。

―ただ、テクノロジーの発達に対して音楽家が批判的になるのは、音楽が持っていた物質的な価値が薄れている現状もあるからだと思うんです。その現状に対して、田中さんはどう見ているんですか?

田中:今は痛みの時期なんだと思うんですよ。僕はチームラボが大好きなんですけど、猪子(寿之)さんは、「幸福と物質的な所有は関係ない。人々を物質から解放したい」って言ってるんですよ。「お金がいらなくなったら幸せになるんじゃないか」っていうことを真剣に考えている人たちなので、僕も完全についていけてはいないんだけど(笑)。でも、チームラボだって、企業に頼まれた仕事をやったりしながら、遂に実を結び出していますよね。

―『DMM.PLANETS』のような大きなイベントを成功させたりしていますね。

田中:そう。もちろん、まだお金がないと困る時代だけど、要は、アートに「価値を与えてあげる」ことが、これからの僕らの仕事だと思うんですよ。DMMの社長は最初、チームラボに「お前ら、どんだけ請求書回してくんねん」って思ったらしいんです(笑)。でも、『DMM.PLANETS』の会場を見た瞬間に、「ありがとう」って言ったらしいんですよ。

―チームラボは、自分たちの作品に価値を与えることができた。

田中:そうなんです。その点で、今回の僕の作品も、自主制作やインディーズからは出したくなかったんですよね。それでは、作品の価値に対する「承認」がないということだから。今、クラウドファンディングみたいなやり方も出てきているけど、僕はちゃんと投資してくれる人がいるべきだと思う。だから、この作品をメジャーレーベルであるビクターエンタテインメントから出せたのは、僕の誇りでもあるんです。この作品の価値に対して、ちゃんと「承認」があるということだから。

東日本大震災のとき、たしかに混乱も生まれたけど、人々の強い気持ちだって見えたじゃないですか。僕は、そっちを表現したいと思ったんです。

―今はクラウドファンディングも活発になってきているし、最初から大きな経済基盤を想定せず、自分たちの周りで小さな経済圏を作って活動を回していこうという考え方もありますよね。でも田中さんは、あくまでも他者の承認を得て、「外側」に向かって行こうとしているんですね。

田中:海外では、もう超ビッグアーティストしか食えていないでしょう。もし、アメリカや中国の常識が今の日本に入ってきたら、中堅以下のミュージシャンは一瞬で潰れてしまいますよね。それなら、音楽家自体が変わっていくべきだと思うし、僕はもう「音楽家」と呼ばれなくてもいいくらいの気持ちはありますね。もちろん、音楽は絶対になくならないですよ。でも、もはや「音楽」っていうひとつの形態を超えないと、音楽業界の先はないと思う。

―「ひとつの形態を超える」というのはどういうことなのでしょう?

田中:「音楽」そのものにとらわれるのではなく、「音楽を使う何か」に移行するぐらいの気持ちがないと、音楽としての新しいジャンルは生まれないと思うんですよね。そのために、作り手はどんどんと孤独になるはずなんです。でも、そこを耐えられる人がやるしかない。……もちろん、それが自分にできるかどうかはわからないんですけどね。

―ただ、今の田中さんのモードは、変化していく時代のシビアさを見つめながらも、表現者として夢を見続けることにあるわけですよね。だからこそ、今作のタイトルトラックは“誕生日”だし、この曲は<今 まさに 世界の夜明けだ>と歌う祝福に満ちている。

田中:そうですね……親としての想いみたいなものも含まれているのかもしれないですね。この“誕生日”と“5万年サバイバー”は、3年前にはもうできていたんです。最初にできたのは“誕生日”だったんだけど、あの曲ができたとき、「作品を作らなきゃいけないな」って思ったんですよ。

2011年3月11日に東日本大震災が起こったあと、当時4歳だった息子に対して「この子は混迷の時代を生きていくんだな」って思ったんです。もちろん、うちの息子だけじゃなくて、あの年に生まれた赤ちゃんだっている。ああいう災害が起こったとき、たしかに混乱も生まれたけど、人々の強い気持ちだって見えたじゃないですか。僕は、そっちを表現したいと思ったんですよね。

―田中さんは、人が持っている「他人を思いやる気持ち」や「愛」みたいなものに未来を託したかったのかもしれないですね。今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

田中潤

リリース情報
ゲントウキ
『誕生日』(CD)

2016年9月21日(水)発売
価格:2,800円(税込)
VICL-64642

1. 誕生日
2. 5万年サバイバー
3. カモメの気持ち
4. Bye Bye
5. 愛の砂漠
6. ソフトクリームとスカートの記念日
7. アルゴリズム
8. Busy Days
9. 素敵な、あの人。(Acoustic Ver.)

イベント情報
『ゲントウキ New Album「誕生日」リリースツアー』

2016年10月14日(金)
会場:東京都 青山 月見ル君想フ

2016年11月日(月)
会場:大阪府 心斎橋 Music Club JANUS

料金:各公演 前売3,500円(ドリンク別)

『ゲントウキ アルバム「誕生日」発売記念 ミニライブ&サイン会』

2016年9月30日(金)
会場:兵庫県 ミント神戸2Fデッキ特設ステージ

2016年10月5日(水)
会場:愛知県 名古屋パルコ店西館1Fイベントスペース

プロフィール
ゲントウキ
ゲントウキ

シンガーソングライター田中潤のプロジェクト。トリオバンドとして活動を開始し、2007年より田中のソロになる。様々なジャンルを消化したアレンジの上に、ポップなメロディーをのせて歌う。ソロ活動として、2008年から作編曲家、プロデューサーとしてSMAP、倖田來未、高杉さと美、土岐麻子、May J.など多くのアーティストを手掛ける。多数の楽曲提供や編曲に携わる一方、映画音楽や広告音楽、近年はCM音楽も手がけるなど、マルチに活動中。



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