母親、歯科医、ジャズ歌手。三足のわらじを履く山田ゆきの生き方

母親、歯科医師、そしてジャズシンガーと、二足ならぬ「三足のわらじ」を履く山田ゆきが、前作『LOVE』からおよそ4年ぶりのニューアルバム『2』をリリースする。

本作は、ジャズピアニスト椎名豊によるプロデュースのもと、ジャズのスタンダードはもちろん、ボサノヴァやポップス、オールディーズに映画主題歌と、おそらく誰もが一度は耳にしたことのある有名曲をジャズアレンジしたものが収録されている。「ジャズ」というと、つい「ハードルが高くて」と身構えてしまう人たちにも、非常にとっつきやすく、それでいてジャズの真髄に触れられる内容だ。

「ジャズは会話であり、コミュニケーションである」と話す山田と椎名に、新作についてはもちろん、「即興みたいに人生と向き合っている」という山田の生き方、そしてジャズの魅力や楽しみ方について訊いた。ここ数年は、新世代ミュージシャンたちの活躍により、若者を中心にかなり浸透してきたジャズ。その奥深い世界を、改めて案内してもらおう。

J-POPも大好きだったけど声が低いので、流行していたキーの高い楽曲は歌えなかったんです(笑)。(山田)

―まず、山田さんがジャズを歌い始めたきっかけは?

山田:小さい頃から母の影響で、ずっとジャズを聴いて育ってきました。学校の送り迎えの車の中、塾や習い事へ行く道すがらなど、常にジャズが流れていたんです。

本格的に習い始めたのは大学に入ってから。J-POPも大好きだったのですが何せ声が低いので、当時流行していたようなキーの高い楽曲は、とても歌えなかったんです(笑)。それで、代々木にあるジャズライブハウス「NARU」へ行き、そこのママに先生を紹介していただいたのが、ジャズの入口でした。

取材現場に一緒に来ていた次女を抱く山田ゆき
取材現場に一緒に来ていた次女を抱く山田ゆき

―それ以前は、何か音楽活動をしていました?

山田:中学生のときは、女の子だけの合唱部に入っていました。パートがアルトだったので、主旋律を歌うことはまずなかったんですけど、そのおかげでハモリのコツを掴めるようになったので、即興でスキャットするときにも役立っています。

―合唱部のそういった部分がジャズに役立つのですね。

山田:それで言うと、3歳から高校に上がるまで習っていたクラシックバレエも通じる部分があります。「いち、に、さん、し」と均等にリズムを刻むだけでなく、「い~ち、に、さ~ん、し」とか、色んなステップの踏み方があるんですよね。足だけでなく、手や体の動きも使ってリズムを表現しなければならない。そのリズム感が、ジャズを歌う上ですごく役に立っているなって最近よく思います。

―リズムのうねり、いわゆるグルーヴやスウィングと呼ばれるものですよね。

山田:そうです。あと、体全体で音楽を表現するという意味では、ステージパフォーマンスにも影響していると思います。「動きすぎ」って言われることもありますが(笑)、それを「楽しい」と言ってくださる方もたくさんいらっしゃって。

椎名:例えば言葉の抑揚でもグルーヴを生み出すことができると思うんですけど、そういうところを意識してこだわっているのは、シンガーとしての特徴だと思います。

さきほどスキャットの話が出ましたが、今作『2』のスキャットの部分は全てゆきさんが、その場で思いつくがまま即興で歌っています。バックの音楽に反応して、「ピアノがこうきたから、自分はこう歌おう」とか、即興の要素もふんだんに盛り込みました。

右:椎名豊
右:椎名豊

山田:スキャットというのは、自分が色んな音楽をたくさん聴いて、吸収した中から生まれてくる。その人の持っているものが、そのまま出てくるのが即興なんです。だから、私にとっては合唱やバレエの経験なども引き出しになっているんだと思います。

若さがあってこそ歌える素晴らしい曲も沢山ありますがジャズは歳を重ねたり、経験を積んだりして出る「味」みたいなものが活かせる音楽なんじゃないかと。歳を重ねながら経験を積んでいけば、引き出しが増えて自分の音楽性も変わっていくんだろうなって思うと、今後もすごく楽しみです。

―「ジャズは一生聴ける音楽」と言われるのは、そういう楽しみがあるからなんでしょうね。

椎名:ええ。演じる側も聴く側も、感性がどんどん変わっていって、その時々で楽しめるのがジャズの良さですね。

山田:トニー・ベネットさんとLady GaGaさんのデュエットとか、どちらもメチャクチャかっこいいじゃないですか。60歳差のコラボですら成立してしまうのもジャズの魅力の1つですよね。

子育て、仕事、歌、全てが私にとっていいスパイスになっている。忙しいけれど、とにかくマイナスは1つもないです。(山田)

―今作『2』では、ジャズだけでなく様々なジャンルの音楽をカバーしていますが、曲は山田さんがセレクトしたのですか?

山田:はい。自分が大好きな曲ばかりです。しかも、例えば“Sunny”のような、ジャズを知らない人にも馴染みがある曲を中心に選びましたね。“It Don't Mean A Thing"はディズニーシーでミッキーマウスがビッグバンドを率いて演奏しているように、ジャズを全然知らない人が聴いたときに、少しでも取っ掛かりになればいいなと思って。

山田ゆき『2』ジャケット
山田ゆき『2』ジャケット(Amazonで見る

椎名:でも、彼女自身が選ぶ楽曲はマイナー調が多いんですよ。すごく明るい性格で、ライブのMCも「ガハハハ!」って感じなのに、曲が始まるとグッと切なくなる。

山田:最初のうちは、やっぱりジャズの厳格なイメージが私の頭の中にもあって、「笑わない方がいいのかな」「MCもなるべくしっとりとした感じでいこう」とか思って試してみたんです。でも、「あーこれはムリだわ」と(笑)。それからは、あるがままの自分をさらけ出すことにしました。

でも歌うとなると、ハッピーであっけらかんとした楽曲は、あまり歌ったことがなくて。私は歯科医師をやっているので、院内でも流せるしっとりしたものっていうのを意識してしまうところもあって(笑)。

左から:山田ゆき、椎名豊

―ご自身の生活と紐づいているんですね(笑)。今作にあたっての雑誌のインタビューで「ようやくリスナーの顔をイメージできるようになった」と話していらっしゃったのを拝見しました。

山田:前作『LOVE』のときは、とにかく作ることで精一杯になっていて、リスナーのことまで考えが及ばなかったんです。この4年の間に椎名さんたちと何度もライブをやらせていただいたことで、聴いてくださる人たちのことを、やっとイメージできるようになってきました。CDを再生して、最初に飛び出してきた音に「おお!」って驚いてもらえるような、初めて聴いたときに得られる感動を詰め込んだ音楽を作りたい! って思うようになりましたね。

―ライナーノーツも山田さんご自身が書かれていますね。

山田:椎名さんのご提案で書いてみました。今、私は子育てをしているので、ジャズ好きしか集まらない狭いコミュニティーとは全く違う環境にいて。そのことによって、より多くの人たちにジャズを聴いてもらいたい、自分と同じ「子育て中のお母さん」たちへ、気軽にジャズを届けられる場を増やしていきたいという気持ちが強くなりました。

そういう人たちでも楽しんでもらうにはどうしたらいいかな? って考えたときに、楽曲の背景や、歌うときの気持ちみたいなものを文章にすれば、すごくとっつきやすいかなと思ったんです。

椎名:ジャズだけでなく全ての音楽は、色々なものに影響されながら、ずっと受け継がれてきたわけですよね。その曲が作られた歴史や背景が必ずある。僕らは演奏することの意味や意義なんかも考えながらプレイしますし、それをできる限り分かりやすく伝えていくのは、とてもいいことだと思います。言葉にすることで今度はそれを、演奏で超えていこうとしますし。

椎名豊

山田:確かにそうなんですよ。言葉で書いてみることで、より深く理解できたり、気づくこともありました。「私はこういうことがしたかったんだ」というのを再確認できたのも嬉しかったです。それを踏まえて歌ってみることで、「伝えたい」という気持ちがより明確になりました。

―お子さんが生まれたことで、活動が変わったと思う部分はありますか?

山田:活動というか、子育て、仕事、歌、それぞれに割く時間配分が変わりましたね。今まではひたすらジャズのことばかり考えていましたけど、今は「子育ての合間に歌う」というか(笑)。子育てが音楽活動にとって「いい気分転換」になったり、その逆もあったりして、気持ち的にはすごく楽になったし、いい意味で力を抜くことができるようになりました。全てが私にとっていいスパイスになっている。だから、「今後もずっと、ジャズを続けていきたいなあ」と強く思っています。忙しいけれど、とにかくマイナスは1つもないです。

いつも椎名さんに「ジャズは会話であり、音のキャッチボールである」と言われるんです。(山田)

―山田さんと椎名さんとの出会いは、どういう経緯だったのでしょうか。

山田:私が歌い始めた頃からお世話になっているベースの北川弘幸さんを通じてご挨拶させてもらったのが最初だったのですが、お会いする前は「カタブツで、怖い人」というイメージがあったんです(笑)。

椎名:そんな(笑)。

山田:すみません(笑)。でも、まだまだジャズについて勉強中の私に、「そんなにジャズを難しく考えなくていいんだよ」とおっしゃって、優しく広い心で受け止めてくださいました。当時はまだ、椎名さんが世界中で活躍しているすごい方だと知らなくて、後で思い知らされ恐縮しまくりましたね。

山田ゆき

椎名:とにかく彼女は天真爛漫なんですよね。ステージの上でもかっこつけたところが一切なく、そういう飾らないところが、初めて観にきたお客さんにも好印象なのでしょうね。おしゃべりも、歌っている姿も、本当に楽しそうなんです。

―そういう見せ方だと、ジャズの初心者も親しみやすいですよね。椎名さんは国内外問わずレクチャーやワークショップを開催するなど、教育活動も活発にやっていらっしゃいます。それは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

椎名:北海道の釧路へ行ったときに、ジャズを聴き始めて間もない中学校の先生とお会いする機会があって。「演奏中にどんなことを考えているのか?」とか「即興演奏って、どういうことなのか?」とか、色んな質問をしてくださったんです。

それで、即興演奏というのはミュージシャン同士のやり取りだけでなく、その場にいる観客の反応でもどんどん変わっていくし、観客もミュージシャンも一緒になって、その場で音楽を作り上げていく、「一度限りのコミュニケーション」だという話をしたら、大変興味を持ってくださったんですよ。「そんな素晴らしい音楽の世界を、ぜひ子供たちにもお話ししてほしい。できれば吹奏楽部の子たちに実際に教えていただけませんか?」と言っていただいたのが、そもそものきっかけでした。

椎名豊

―今も釧路での指導は続いているそうですね。

椎名:はい。今年(2016年)で18年目になります。僕が音楽で最も大切にしているのは「コミュニケーション」なんですよ。教育活動としても、優秀なプレイヤーを育てることより、子供たちが自分を解放してコミュニケーションを繋ぐ楽しさや、一体感を持って何かを作り上げる喜びを感じられることを大切にしています。

中にはコミュニケーションが苦手な子供もいるのですが、音楽に反応したり、音楽を通して自分を表現したりしていく中で、少しずつ心を開くケースもありました。「感じること、ジャズを表現することに答えはない。間違いはない」ということを繰り返し伝えると、子供たちの意識に自信が生まれて、感じたことを積極的に表現できるようになるんです。もうひとつ、ジャズの演奏で大切にしているのは「仲間を助ける」ということです。

―「仲間を助ける」ですか?

椎名:ハーモニーやリズムパートがどんな音色とダイナミクスを持って、メロディーパートを助ければ、音楽が素晴らしくなるかを考えることです。譜面に書かれた自分のパートを、譜面の指示に従って、ただ演奏すればいいというものではないんですね。耳と感性を使ってイマジネーションを広げて助け合うように演奏することが大切です。この活動では色んな人との繋がりや、コミュニケーションが生まれて、それが子供たちの喜びにも変わっていきます。

現在、釧路だけでも中学生をメインとして、180名の参加者がいるのですが、その中には他校の生徒や先生、OBもたくさんいます。色んな世代の人たちと協力し合いながら、1つのコンサートを作り上げていく達成感というのは、何物にも代えがたいんです。その喜びや感動、感謝の気持ちを、音楽を通して返していく。

ただ音楽を演奏するだけでも楽しかったのが、「誰に、どんな気持ちになってほしくて、どんな気持ちを、どうやって伝えるのか」ということを音楽を通して学び、実践することで、さらに楽しく感じられるし、社会に出たときにきっと役に立つと信じています。

左から:山田ゆき、椎名豊

山田:いつも椎名さんと演奏するときに「ジャズは会話であり、音のキャッチボールである」と言われるんです。「今、その場で起きていることは、もう二度と起きない。後で同じようにやり直しても、絶対に同じにはならない」ということを、ライブに来たお客さんにいつも話していらっしゃるんですよね。「やっている側も、聴いてくださる方も、今この瞬間を一緒に楽しみましょう」って。

椎名:こうやって我々が会話しているのと一緒ですよね。誰か1人が話しているときは、みんな話を聞いていて声を出さない。そして、話している人の言葉が区切れた瞬間に、反応して他の誰かが話し始めます。このときの「間」というかタイミングは、たとえもう一度、一言一句同じ内容の会話をしたとしても、全く同じようには再現できない。これはジャズの演奏と同じなんです。

―たしかにそう考えるとみんな即興をしているんですね。

山田:音楽だけでなく、仕事も、そして子育ても、あまり先のことを考えすぎてしまうと、どうしても構えてしまうというか、不安になってしまうと思うんですよね。きっと真面目な方ほど、そうなりがちなのかなって。ジャズの即興じゃないですけど、その場その場で反応しながら、臨機応変に向き合っていけば道は拓けていくと思います。いい意味で「適当」に生きていきましょう。

リリース情報
山田ゆき
『2』(CD)

2016年11月2日(水)発売
価格:2,700円(税込)
SN-001

1. Sunny
2. Too Close For Comfort
3. Aqua De Beber
4. Love For Sale
5. The End Of The World
6. ROUTE66
7. Calling You
8. What Is This Thing Called Love
9. Smoke Gets In Your Eyes
10. Georgia On My Mind
11. It Don't Mean A Thing

プロフィール
山田ゆき (やまだ ゆき)

ジャズシンガー。東京と名古屋に拠点をおく。ジャズボーカルを習っていた母親の影響で大学生時代からボーカリスト六角幸生に師事。『代々木NARUボーカルオーディション』第19回受賞。その後、歯科医の傍らジャズボーカリストとして活動を始める。現在、代々木NARU、新宿J、六本木サテンドール、名古屋lovely、名古屋swing、名古屋star eyes、岐阜BAGU、金沢もっきりや、リゾートトラスト八瀬離宮・布池教会の美食会などでライブ活動中。井上ゆかり、椎名豊、田中裕士、納谷嘉彦、山本剛、鈴木良雄など様々なミュージシャンと共演。

椎名豊 (しいな ゆたか)

ジャズピアニスト。1964年、東京都墨田区生まれ。父親の影響で3歳より本格的なピアノレッスンを始め、国立音楽大学作曲科在学中よりプロとしての活動をスタート。大胆さと繊細さをあわせ持ち、縦横無尽にスイングする椎名のピアノタッチはイマジネーションにあふれ、そのピアノサウンドとオリジナル曲は世界の音楽ファンを驚嘆させている。



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