神聖かまってちゃん・の子が語る、20代からの成長と現代への怒り

2008年、“ロックンロールは鳴り止まないっ”という衝撃的かつ普遍的な名曲を携えて、神聖かまってちゃんが世の中に現れてから、もうすぐ10年。同時期に頭角を現したバンド、それぞれが提示したサウンドとアティチュード、そして辿った道のりを考えると、この10年が音楽シーンにとって、いかに変化の季節であったのかがわかる。

あらゆる価値観が、かつてない速度で咲き乱れ、ときとして散っていった中、「ロックンロールは鳴り止まないっ」と、終わることのない衝動とロマンを掲げた神聖かまってちゃん。そのフロントマンであり、稀代のアジテーター・の子の現在地は、どこなのだろう?

新曲“夕暮れの鳥”を聴いたとき、「この曲は、鳴り止まなかったロックンロールの、ひとつの解答だ」と思った。まるでBon Iverをローファイに解釈したような、ささくれ立ったゴスペル。圧倒的な名曲である。この名曲の興奮を本人にぶつけようと、の子の単独取材に向かった……のだが、こちら側の興奮もなんのその、の子はロックバンドとのインターネットの狭間で、とても静かに苛立っていた。

なんで、僕らみたいなおっさんバンドが、世の中に対するアンチテーゼの役目をまだやっているんですかね?

―ニューシングル、本当に素晴らしいです。特に、アニメ『進撃の巨人 Season2』のED主題歌でもある“夕暮れの鳥”は、神聖かまってちゃんの表現が新しい地平に行ったことを示す名曲だと思いました。

の子:そうですかね? 新しいことをやった感覚は、自分の中ではないかなぁ。“夕暮れの鳥”で新しいのって、歌詞が英語っていう部分だけだと思うんですけどね。それ以外は、今までの僕の曲のままかなって。こういう、世界観がグワッとくるような曲は、得意とするものでもあるので。

の子
の子

―もちろん、ゴスペルをかまってちゃん流に解釈したサウンドは、これまでにもあったと思うんです。ただ、“夕暮れの鳥”には、の子さんの自我すら音の中に溶け込んでいるような壮大さがある。もちろん、英語詞であることも影響していると思うのですが、今回はなぜ、英語なんですか?

の子:この曲は、もともとは日本語詞だったんです。でも、『進撃の巨人』のアニメ制作チームから、「異国感が欲しい」っていう要望があって英語にしました。別に、フランス語でもなんでもよかったんだろうけど(笑)。

―なるほど……。

の子:まぁたしかに、この曲に関してはファンの人たち以外からもすごく反応はいいんですよ。それは、ありがたい話だと思います。逆に、「『進撃の巨人』の曲をかまってちゃんがやりやがって! ムカつく!」って思う人もいるかもしれない(笑)。

―そんな短絡的な反応ありますか?(笑)

の子:僕らの音楽を聴くのは、単純にいい曲を求めている人たちばかりではないんですよ。だから、いろんな大人の反対意見があっただろうに、そこを突っ切って、諫山先生(諫山創。『進撃の巨人』の原作者)が僕らを指名してくれたのは、「イカしてんなぁ」って思います。先生も、何かイライラすることがあるんだろうなぁって。

―ははは……。

の子:まぁ、こういうタイアップ、もし他の有名バンドがやっても、「あ、そうですか」っていう感じですからね。それが、「今回の『進撃の巨人』は神聖かまってちゃんだ」というところに、デカい衝撃があると思います。

―たしかにそうかもしれないです。

の子:この、底辺が上流階級にかましてやる感。正直、世の中に対するアンチテーゼの席は、すぐに奪われると思っていたんですよ。なんで、僕らみたいなおっさんバンドが、この役目をまだやっているんですかね? いろんな若いバンドが出てくるけど、ここまでガッとくる人はいない。こういうの、バンドシーンでもなんでも、もっと世の中にあってほしいです。

バンドはあくまでもツールのひとつであって、それが全てだとは思ってない。

―あまり若い世代のバンドにはピンと来ていませんか?

の子:もちろん、新人バンドが『Mステ』に出れば「おっ」って思いますよ。でも、それだけじゃ弱いんだよなぁ。もっとギリギリの感じの奴らに出てきてもらいたいんですよね。

老害の考え方なのかもしれないけど、僕はもっとひっくり返るところが見たい。フェスだけで盛り上がっている感じもくだらないし。このままだとバンドシーンは、つまらないまま、ちょっとした綺麗な夢で終わっていくと思う。まぁ別に、僕はそれでもいいんですけどね。

の子

―でも、バンドシーンがなくなると、神聖かまってちゃんの居場所もなくなってしまうかもしれないですよね。

の子:僕はバンドに固執していないですよ。バンドはあくまでもツールのひとつであって、それが全てだとは思ってない。バンドがなくても自分の表現はネットを使えばできるし、それで十分、成立するものだとも思う。それに今、若くてひねくれている面白そうな奴らって、音楽やってないですからね。

―何をやっている人が多いんですか?

の子:最近、「神聖かまってちゃん好きです!」って言ってくれるのは、バンドマンじゃなくてYouTuberが多いです。今、僕が若かったら、バンドマンじゃなくてYouTuberになっていただろうなって思うからすごく嬉しい。

―たしかに、日本の音楽シーンにおいてネット動画や生配信を駆使したのは、かまってちゃんがパイオニアだと思うし、その価値観は、少なからず今のYouTuber世代にも引き継がれていると思います。それは裏を返せば、の子さんと今のYouTuberの原動力には通じるものがあるのかもしれない、ということですよね。

の子:そうですね。僕の原動力は「自分を出したい」に尽きます。自分の鬱屈とした気持ちを発散したかったし、とにかく「オンリーワンになりたい」とだけ思い続けていた。

「芸術は爆発だ」じゃないけど、本気で、そこに通じるものはあります。

―「オンリーワンになりたい」という思いから、動画や配信を選んだんですか?

の子:自分にしかできないことがやりたかったんです。でも、自分だけの新しい表現スタイルをどれだけ探したところで、音楽の中ではすでにやり尽されたことばかりだった。だから、ネットシーンにいったんです。今でこそ、子どもでも当たり前のように顔を出してネット配信しているけど、10年前くらいって、そんなことあり得ない時代だったじゃないですか。

の子

―そうですね。

の子:だからこそ、「先にやってやろう!」って思った。今みたいな未来が来るって、僕にはわかっていたから。

―ただ、ネットを主戦場にする人たちは、決して、の子さんのようにパイオニアになろうとする人たちばかりではないですよね。むしろネットが広まったことによって、「少人数のインフルエンサーと、それに付き従う大衆」のような構造が顕在化した側面もある。

の子:そうですね。「自分の意見がない連中が増えたな」と思います。まぁ、サンプリングの時代ですからね。意見もサンプリングして、ちょっとそこにあるものを使って何かをやろうっていう感覚の人も多いし、1から自分で生み出すっていう考え方はなくなってきているんでしょうね。

だからこそ、かまってちゃんを聴く人は、横の意見にとらわれず、自分の意見で判断して生きてくれたらいいなって思います。でも、みんながみんな、自分の意見をはっきりと出せるほど強い人間ではないし。

―そうですね。今は、人間の弱さがどんどんと明るみになっている時代でもあると思います。

の子:僕は、弱いと思われていることが多いけど、自分を強い人間だと思っているんです。

の子

―話を少し戻すと、「ネットで十分」という考え方があるにもかかわらず、その上で、の子さんの表現方法の中に、バンドも常に存在する理由はどこにあるのでしょうか?

の子:ビジュアルとしてカッコいいから(笑)。単純にそれだけです。もちろん、思っていることを歌詞やメロディーに乗せて、「自分」というものを一番わかりやすく出せるのは曲なんですよ。

でも、ニコ生やツイキャスのようなネット配信は、曲よりももっと目の前にいる一人ひとりとの「やり取り」がダイレクトなんです。外に出て暴れたりすることも、ただ単にメチャクチャやっていたわけではなくて、「いつかみんな、これをやるだろう」って、自分なりに確信があってやっていたことですから。

―ファンとの直接的なやり取りをやりすぎると、アーティストのカリスマ性やスター性が損なわれたりしませんか?

の子:昔からそう言われますけど、僕の認識は逆です。配信しないよりは、配信する方が絶対にいい。そりゃ、黙っている方がカッコはいいですよ。だからこそ、みんな黙っているんでしょうけど、僕からしたら、黙ることで守られているものって、結局イメージでしかないからつまらない。

もちろん、僕みたいな人間は喋ったら喋った分だけボロが出るから損ですよ。でも、それをしないことよりも、そういう場に身を投じて、ダイレクトに聴き手と繋がりを持つ方が、僕はアートしていると思う。

―の子さんにとって、アートであることは生身であることなんですね。そして、アートを体現していくときに、ネットはうってつけのツールだった。

の子:そうです。「芸術は爆発だ」じゃないけど、本気で、そこに通じるものはあります。考えて考えて、積み上げて積み上げて、それを最後にぶっ壊しているだけなんです。

自分の表現が誰かを傷つけるんじゃないかと考えたことはあるけど、それをリミッターにするわけがない(笑)。

―ネット配信を使ってのやり取りには、相手に対して遠慮する、みたいな一般的なコミュニケーションで必要とされる感覚が削ぎ落とされてしまう部分もありますよね。失礼で愛のない言葉も飛び交うと思いますけど、それも、の子さんにとってはポジティブなことですか?

の子:別に、いつもポジティブじゃないですよ。ムカつくときはムカつくし、傷つくときは傷つく。ただ、結局、僕らはネット配信を続けてきたことによって、人間性も全部バレていますから(笑)。隠しているものは何もないっていう強さがあるんですよ。

―芸術の在り方として、の子さんのスタンスはかなり現代的かもしれないですよね。ただ、一般社会においては、むしろ言葉に対する規制も強くなってきている部分もあると思うんです。の子さんは、ご自身の表現が誰かを傷つけるんじゃないかと考えたことはありますか?

の子:考えたことはありますけど、リミッターにするわけがない(笑)。傷つけられた本人も、絶対に「リミッターなんてかけなくていい」って言うと思いますよ。「何様だよ」っていう感じじゃないですか。

の子

―たしかに。でも、たとえば、の子さんが表現として「死ね!」と言い放ったとき、本気で死のうとする人は、そうそういない。でも、泣きながら「なんで、そんなにひどいことを言うの?」と訴えてくる人って、今は逆に多いのかもしれない、とも思うんです。

の子:そんな奴はリアルにぶっ飛ばしてやりたい。今は曲よりも配信の方が「死ね」って言っていますけど、「そんなこと言うな」なんて言われると、余計、言ってやりたくなるんですよね。

こういう僕の天邪鬼な性格をわかっているから、周りも「『死ね』なんて言うな」とか言ってくるんです。もちろん、こういう配信のやり取りで、1000人はファンを減らしていると思うけど(笑)、でも、別にそれでもいいんです。そんなことより、僕が僕であることが一番大事なので。

僕は誰よりも自分が可愛いので、ずる賢く続けていく道を選んだんです。

―の子さんは、この10年間で台頭した国内ミュージシャンの中では、かなり強固にパブリックイメージがついている人でもありますよね。ファンの人たちが、の子さんに対して抱くイメージに振り回されることってないですか?

の子:それはないですね。「知ったこっちゃねーよ」ってイライラするぐらいで(笑)。最近、「の子は大人になった」とかよく言われるんですよ。でも、「だからどうした?」っていう感じなんですよね。「そりゃ、なるだろ」っていう。

の子

―「大人になった」という感覚は、の子さんご自身にもあるんですか?

の子:そりゃ、今年で32歳ですからね。10代の頃から千葉ニュータウンっていう同じ場所にずっと住んで活動していて軸は変わっていないけど、成長するにつれて、ずる賢くはなっていると思います。

20代でこの仕事を始めたばかりの頃は、力の抜き方がわからずカオスな状態になっていたと思うんですけど、20代の頃に比べれば、その辺は「上手く」なりました。その良し悪しは、ファンの認識に任せます(笑)。

―の子さんにずる賢さ、ありますか?

の子:ありますよ。そうじゃないと、「メジャーバンド」っていうやつをここまで続けることはできないと思います。ある程度は手を抜いたりしないと、辞めているんじゃないかな。

真面目真面目でやっていたら、神聖かまってちゃんが出てきた頃の、刹那的な印象で終わっていたと思います。でも、僕は誰よりも自分が可愛いので、ずる賢く続けていく道を選んだんです。やっぱり、不真面目にやっているから、ここまで来ることができたんだと思う。

の子

―それこそ、“ロックンロールは鳴り止まないっ”の頃で終わっていたら、神聖かまってちゃんはすごく美しい存在として語り継がれていたと思うんですけど、その美しさを否定したい、という意識も、の子さんにはあったのでしょうか?

の子:あぁ~、その感覚はあるかもしれないです。「早く自殺しろよ」って言ってくる人もいましたけど(笑)、そういう人たちはもう、僕たちの前からは去っているんですよね。

たとえば、The Beatlesも徐々に大人になっていって、ジョン・レノンもソロになって一気に落ち着いて、「曲、クソになったな」って僕は思った(笑)。でも、彼の人生を絵巻物として見れば、トータルで作品になっているんですよね。歳を取ったら歳を取ったで、難しいことってあると思うんです。転がり続けることの難しさ。それに伴う、様々な意見(笑)。

―ははははは(笑)。

の子:もちろん、その意見はミュージシャンだけじゃなくて、いろんな表現者に向けられてきたものだと思うんですけど、でも、歳を取って死んだときに完成されるものもあるじゃないですか。そりゃ、老いた姿を見せるよりも、若いうちに死んでりゃ、誰だって美しいよ。でも、歳を重ねた人は、美しくないにしても、力強さはあると思う。それは信じたいなぁ。

僕らの病んでいる曲だけ好きっていう人の期待には応えられないから。

―の子さんが目標とするような、年輪を重ねているミュージシャンはいますか?

の子:厚かましいですけど、自分が影響を受けてきた戸川純さんや大槻ケンヂさんは、本当にすごいなって思います。彼らは僕なんかよりも、もっともっとファンや世の中の声を受け止めていると思うし、それで50代を過ぎても活動していてカッコいいです。それができるのはきっと、どこかで弱い自分、情けない自分をちゃんと曝してきている証なんじゃないかと、僕は思っちゃうんですよね。

の子

―戸川さんにしろ、大槻さんにしろ、ファンとすごく深い関係性を築いてきた人たちでもありますよね。そして、それはの子さんも同じかもしれない。

の子:そうですね。「メンヘラ」とか「サブカル」とか、そういったもののアイコンになっていますよね。僕自身はもう、そういうカテゴライズからは抜けていますけど、20代の頃は背負っていたというか、求められているものと変に闘っていた時期もあった気がします。

今でも、「こういうの子さんであって欲しい」っていう気持ちを持っている人もいると思うけど、僕らはそれを裏切ってきたし、裏切っていきたい。僕らの病んでいる曲だけ好きっていう人の期待には応えられないから。

―最後に繰り返しますけど、“夕暮れの鳥”は、の子さんのイメージとか、そういうものを飛び越えた名曲だと思います。

の子:はい(笑)。……でも、元々、僕らの曲が好きで、「今のかまってちゃんは大人になった」とか言っている人って、他に何を聴くんですかね? 僕、それがほんとうにわかんないんですよ。世の中がこんなにクリーンになっていて……神聖かまってちゃんを聴かなくなったら、何を聴くんですか?

リリース情報
神聖かまってちゃん
『夕暮れの鳥 / 光の言葉』(CD)

2017年5月24日(水)発売
価格:1,620円(税込)
PCCA-04531

1. 夕暮れの鳥
2. 光の言葉
3. 男はロマンだぜ!たけだ君っ(2017新録音ver.)
4. コンクリートの向こう側へ(2017 最新リマスター)

イベント情報
『進撃のかまってちゃん駆逐ツアー』

2017年6月23日(金)
会場:大阪府 umeda TRAD

2017年6月29日(木)
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO

2017年7月2日(日)
会場:東京都 鶯谷 東京キネマ倶楽部

プロフィール
神聖かまってちゃん
神聖かまってちゃん (しんせいかまってちゃん)

の子(Vo, G)、mono(Key)、ちばぎん(B)、みさこ(Dr)の千葉県在住メンバーからなるロックバンド。の子による2ちゃんねるバンド板での宣伝書き込み活動を経て、自宅でのトークや路上ゲリラライブなどの生中継、自作PVの公開といったインターネットでの動画配信で注目を集める。2009年には一般公募枠で『SUMMER SONIC 09』に出演。2010年3月に初のCD作品となるミニアルバム『友だちを殺してまで。』を発表、ワーナーミュージック・ジャパンと契約し、2010年12月にunBORDEから『つまんね』、インディーズレーベルPERFECT MUSICから『みんな死ね』の2枚のアルバムを同時リリース。2011年4月にはバンド史上最大規模の会場となる両国国技館ワンマンライブを行う予定だったが、東日本大震災の影響により中止に。これを受け、全国8都市を回るフリーライブツアーを敢行した。2017年5月24日にはTVアニメ『進撃の巨人』Season2のエンディングテーマ主題歌“夕暮れの鳥”収録のダブルAサイドシングル『夕暮れの鳥/光の言葉』をリリース。の子自らの体験や感情をタブーなき赤裸々な言葉で紡ぎ、美しいメロディーによる楽曲と強烈なライブパフォーマンスで、常に話題になるインターネットポップロックバンドとして活動中。

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