里咲りさ、アイドル界の闇も突破してきた。栗原監督と歩みを聞く

現在26歳、里咲りさのこれまでの活動は、一筋縄ではいかない。アイドルユニットで業界の内情を学んだあと独立し、自ら事務所を立ち上げアイドルグループ「少女閣下のインターナショナル」として活動をはじめ、マネージメントやマーチャンダイジングなど運営にも携わった。ファンからは「社長」の愛称で呼ばれ、メディアからは「ぼったくりアイドル」と呼ばれるなど、そのユニークなポジションは他に例を見ない。現在はレーベル「HAWHA MUSIC RECORDS」を立ち上げ、シンガーソングライターとして活動している。ときには押しつぶされてしまいそうな試練を、いったい彼女はどのようにして乗り越えてきたのだろうか。

今回CINRA.NETでは、そんな里咲に波乱万丈な半生について前半でたっぷり語ってもらったあと、後半では3か月連続リリース・第1弾シングル『深呼吸』のミュージックビデオについて、監督の栗原航平と語ってもらった。栗原は、KANA-BOON“春を待って”のミュージックビデオなどを手がける人物でもあるが、青みがかった独特の色味などは里咲本人によるこだわりであり、クリエイターとしての里咲の才能をも示す力作に仕上がっている。里咲が切り拓く道は、アイドルとして悩んでいる人たちやクリエイター志望者へ、道標と勇気を与えるように思う。

「小山薫堂さん、秋元康さん、鈴木おさむさんは絶対!」って、子どもの頃から思っていました(笑)。(里咲)

左から:里咲りさ、栗原航平

―アイドルとしても活動していた里咲さんですが、もともとはシンガーソングライター志望だったんですよね?

里咲:はい。作詞作曲を始めたのは小6くらいだったんですけど、その前からお父さんとよく、たとえばスピッツの曲を流してそこに違う歌詞を即興で付け合うゲームみたいなことをしていて。あとから知ったんですけど、お父さんは昔「秋元康作詞塾」に通っていて、そこで教わった作詞術のひとつだったみたいです。

―へえ!

里咲:そんなふうに育ったから、小さい頃から絵本を描いたり、小説を書いたり、とにかくもの作りが好きだったんです。だから芸能界の裏方への憧れもありました。書くのが好きだから、脚本家や放送作家の道も考えていて。中学2年生のとき、書き溜めていた原稿や映画の脚本を、小山薫堂さんの事務所に持ち込んだこともあるんですよ。

―え、中2でですか?

里咲:もちろん薫堂さんとは会わせてもらえなくて、受付で預かってもらったんですけど(笑)。そのときは超悲しかったんですよね、「相手にされないんだ……」って。あとから社員の方に、「その行動力、素晴らしいと思うので頑張ってくださいね」というメールをいただいたのも覚えています。

実は去年、そのときのエピソードを薫堂さんのBSの番組にメールしたんですよ。そしたら連絡をいただいて、10年越しにご本人とお仕事をすることができました。

里咲りさ(さとさき りさ)
1992年9月25日生まれ、群馬県出身のシンガーソングライター。HAWHA MUSIC RECORDSの社長も務める。2014年アイドルグループ「少女閣下のインターナショナル」を旗揚げし運営兼メンバーとして活動。グループ活動休止後はソロ活動に専念し、すべて手焼きでリリースした初のミニアルバムが累計3000枚のセールスを記録し、CD-Rとしては異例のオリコンランクイン。2017年、Zepp DiverCity TOKYO公演を成功させる。

―本当にすごい行動力。放送作家への憧れは、お父さんの影響も大きいのでしょうね。

里咲:そう思います。「小山薫堂さん、秋元康さん、鈴木おさむさんとは絶対にいつかお仕事ご一緒したい!」って、子どもの頃から思っていましたから(笑)。

朝から晩まで週6で働いてたけど、お金は全然ないし、本当に大変でした。(里咲)

―早稲田大学文化構想学部に在籍していた頃は、「リサ」名義でのタレント活動や、バイトでテレビの裏方仕事などをしていたそうですね。

里咲:はい。でも全然お金にならなかったから、「もう全部やめて仕切り直しするぞ!」と。大学を中退して、アパートも解約して実家へ戻ろうとしたんですけど、当時「預かり」だった事務所へ最後の挨拶をしに行ったら、「ちょっと待って、最後にひとついい仕事あるから」と言われて。「いやもう住むところも引き払ったし」って感じだったんですけど、「有名な芸人さんが命名したアイドルグループが始まるから、そこに入らない?」って。

その頃はまだ経験も浅かったので、「やった! 千載一遇のチャンスきた」って舞い上がってしまって(笑)。シンガーソングライターになるつもりが、いつの間にかアイドルになっていたんですよね。

―そのアイドルユニットの活動は、なかなかハードだったそうですね。

里咲:「家電量販店で働くアイドル」というコンセプトだったんです。メンバー全員、本当に家電量販店で働いていました。私、その家電量販店で、プロバイダーの契約をめちゃくちゃまとめていたんですよ! 売り上げ成績が日本一とかになっちゃって。

―すごい(笑)。

里咲:朝から晩まで週6で働いて、そのあとレッスン2、3時間やって。だけどお金は全然ないし、一人暮らしで本当に大変でしたね。消費者金融の前で悩んだこともありましたよ、「今月あと3万足りない……」って。

事務所をやめて、お店の雇用になったら……めっちゃ給料をもらえたんですよ!(里咲)

―日本一の売り上げ成績を出しているのにその状況……。

里咲:それでだんだん疲れが溜まってしまって、「もう、ここ(家電量販店)で普通に働いたほうがいいや」って。で、そのユニットと事務所をやめて、お店の雇用になったら……めっちゃ給料をもらえたんですよ!

―ああ……。

里咲:普通に仲介手数料と、あとは大所帯のグループだったから、きっと経費もたくさんかかっていたんだと思います。それはあとで自分がグループを運営してみてわかりました。ちゃんと曲を作って衣装も支給してくれて、いい会社だったと思います。

とにかくそれで、お店で直接働くようになったらどんどん貯金が増えていって、生活も安定してきたら心の余裕も出てきて。「私、家電量販店で働きながらアイドルをやりたかったんじゃなくて、曲が書きたかったんだよな」って思い出したんです。そこから昔のノートを引っ張り出して、またガーッと曲を作り始めました。

里咲:生活費とかを引いてもお金が余るから、「これで会社を立ち上げられる!」と思って開業届を税務署に提出し、個人事業主でレーベルを始めることにしたんです。自分で作った楽曲の編曲をアレンジャーさんに外注したり、レコーディングのためのスタジオを手配したりしていました。

―それで立ち上げたのが、「レーベル・フローエンタテイメント」だったんですね。でも、シンガーソングライター志望だったなか、なぜ再びアイドルユニット「少女閣下のインターナショナル」を結成したんですか?

里咲:その頃、唯一友達だった子が「BELLRING少女ハート」というアイドルにハマっていたのもあって、「暇だからアイドルグループでもやろうか」ってなったんです(笑)。

もともと「少ナショ」は、その友達を含め、身内だけでやりたかったんですよね。もし契約上のトラブルとか起きたら、社長の私が全部責任取らなきゃならないじゃないですか。でも、気づいたら一緒にやってた子たちが勝手にオーディション雑誌に「メンバー募集」を載せちゃって、めっちゃ応募が来ちゃったんですよ。「待って、責任取れない無理!」ってなって、そのまま実家に逃げて、3週間くらい逃亡してました(笑)。

―責任感があるのかないのかよくわからない(笑)。

里咲:そうですよね(笑)。結局、レーベルの社長としてアイドルグループを稼働していかなきゃならない流れになっちゃって。「まあ、こういう人生なのかな」と思ってシェアハウスを借りて、3畳くらいの部屋で暮らしながら活動してましたね。

吉田豪さんが、矢沢永吉さんの『成りあがり』をプレゼントしてくれたんですよ。(里咲)

―経営ノウハウなどはどうやって身につけたんですか?

里咲:うち、自営業の人が周りに多くて。確定申告とかやっているのを見てたので、その記憶もあったんですよね。あと、中学生の頃はホリエモン(堀江貴文)さんの本をめっちゃ読みました。もう当時はバイブルみたいな感じで、付箋を貼ったり赤線を引いたりして。

それと、2016年の私の誕生日イベントに出てくださった吉田豪さんが、矢沢永吉さんの著書『成りあがり』(角川文庫)をプレゼントしてくれたんですよ。そのときは豪さんが私に「タオルを売れば生計を立てられるよ?」ということを伝えたくてその本をくれたと思っていたんですよね(笑)。それで、タオルに名前を書いて売るっていう「ぼったくり物販」を本格的に始めるんですけど。

―はははは(笑)。

里咲:実際、それが売れたおかげで当時働いていた会社もやめられたんです。豪さん本当にありがとう! って感じだったんですけど、今年『成りあがり』を読み返して、さらに他のインタビューを読んでみたら……。

矢沢永吉さんも社長業をやっているけど、本当は他人の人生なんて背負いたくないし、周りに全部お膳立てしてもらって曲作りだけを悠々とやっていたかったのに、運命に導かれるように会社を作って自社ビルを建てて、という人生を送られていて、気がついたら社長業が板についちゃった、みたいなことが書いてあったんですよ。……あれ? 豪さんが私に読ませたかったのはここか! って、そこで初めて気づいたんです(笑)。

―「タオルを売れ」というメッセージじゃなかったんですね(笑)。

里咲:私もいつの間にか、社長業が板についてきていたんですよね。イベントとかでファンに「社長ー!」なんて呼ばれているうちに、だんだんその気になってきて。今では普通に社長業をやっていて、契約書類を作ったり、経理をやったりもしているんですよ。

紆余曲折ありすぎた人生だけど、大筋の流れっていうのがあったんだろうなとも思います。振り返ってみると、自分で考えているというより「流れに乗っている」みたいな感じもありました。あまり一喜一憂していると無理なタイプなので、そのときにやれることをやっていたらこうなったというか。

アイドルとしての賞味期限が切れてしまったときに、戦えなくなるなと思った。(里咲)

―現在は「シンガーソングライター・里咲りさ」としての活動をメインに行っていますね。

里咲:はい。何年か前までは、破天荒なソロアイドルというキャラクターを全面に押し出して、「ぼったくり物販」とか、「ネオカイザー」の非公式PRとか、ワケわかんない「奇行」を繰り返していて。そのうえで「だけど音楽もいいよね」という評価だったんです。でも、それだとアイドルとしての賞味期限が切れてしまったときに戦えなくなるなと思って。

もともと音楽が好きなのだから、「音楽ありき」でふざけたこともするっていうスタンスでありたいんですよね。別に、今までのキャラを全部消したいわけではなく、もう少し音楽への愛情を前面に打ち出していけたらいいなと思っています。「あの人の音楽いいよね」「でもやってること面白いよね」っていう順番になったらいいなと。

―紆余曲折ありつつも、そこで得た経験をすべて取り込んで、「シンガーソングライター」というもともとの夢を叶えているのはすごいことですよね。

里咲:大変だった時期もあるけど、無駄なことはなにひとつなかったなと思います。しかも最近は、「ピノ」(森永乳業)のウェブ動画のタイアップソングに決まったんです。

それも、もともとは私が「ピノ」を好きすぎて、冗談でSNSに「これから私は里咲ピノに改名します」って書き込んだことが発端になっているんです。そのときはファンの間で大騒動になってしまい、ニュースサイトなどから改名についての取材依頼まできてしまったりしたんですけど。

―(笑)。

里咲:今も「里咲ピノ事件」として語り継がれているんです(笑)。それはまだよかったんですけど、昨年はさらに、「Pinokko」に改名してミュージシャン活動を始めるも、結局また「里咲りさ」に戻すということをやらかして。「この大事な時期になにやってんだ!」とファンが本気で呆れてしまったんですよね(笑)。

しばらくそれで、ファンも私も意気消沈してたんですけど……ラブコールが届いて、ピノのタイアップソングに決まって、コラボポスターまで作らせていただける未来は想像していなかったので、自分でもびっくりしています。

―里咲さん、持ってますねえ。

里咲:なので、失敗に見えることもきっと完全な失敗なんてきっとなくて、挑戦したいことには挑戦していいと感じました。とにかく、大変な時期もみんなあるけど、願いは叶うかもしれないし、生きているといいものだよね、というのを実感しました。そういうことも伝えていけたらいいなと思っています。

今回は里咲さんも意見をたくさん出してくれて、共同作業のように進めていきました。(栗原)

―そうやって「シンガーソングライター」としてさらに進んでいこうとするタイミングで3か月連続リリースをやることになり、その第1弾として『深呼吸』をリリースされたと。ここからは“深呼吸”のミュージックビデオ(以下、MV)を作られた映像作家の栗原航平さんにも加わっていただき、お話を伺いたいと思います。

栗原:今回は里咲さんも意見をたくさん出してくれて、共同作業のように進めていきました。最初の打ち合わせの段階から、「色数を多くしたい」「走りたい」とか、いろいろ要望を出してくれていたんです。

栗原航平(くりはら こうへい)
1996年生まれ。首都大学東京インダストリアルアート学科卒業。映像ディレクター、モーショングラフィックデザイナー。『コエ オーディション』最終選考にて、KANA-BOON“春を待って”のミュージックビデオを手がける。

―「一発撮り」にしたのは、どういう意図からですか?

栗原:里咲さんからの要望を受けて、「『深呼吸』ということは『肺』だよな、肺は『循環器』だよな」というふうに考えを巡らせていって。ステージを「肺」に見立てて、白いツナギを着た里咲さんがステージの周りを走って「循環」している間にいろんな人からペンキで「色」を付けられ、再びステージに上がった里咲さんが、そこで発散してまた真っ白に戻るっていう。そういうふうにしたら、「深呼吸」という楽曲のテーマと親和性の高い映像が撮れるんじゃないかなと思ったんです。

―なるほど! 里咲さんは赤血球だったんですね(笑)。一発撮りは大変だったのでは?

栗原:当日は8割くらいがリハーサルでした。衣装のツナギにペンキを塗るから、一度も失敗が許されなかったんですよ。

ミュージックビデオの撮影で使用したツナギを着用

―カメラ回したのは、一度だけだったんですか? すごい!

栗原:ツナギにペンキを塗るまでのシーンは、何回かやり直したんですけど(笑)。

里咲:私、それまで「一発撮り」は絶対にやりたくないと思ってたんです。当然一度で決めなきゃならないし、「ここ差し替えたいな」と思ってもできないし。絶対無理! と思ってギリギリまで悩んでいたんですけど、栗原さんに押し切ってもらって(笑)、結果的に挑戦してよかったです。

今年は「勝負の年」だと思っている。(里咲)

―栗原さんが手がけられたKANA-BOON“春を待って”のMVもそうでしたが、“深呼吸”もモーショングラフィックスが印象的ですよね。

栗原:そこは自分が得意としているところでもあって。今回はサビのところで全面的に歌詞を入れてみました。

文字の動き方にもちゃんと意味があって。たとえば「追い風」の「追」のしんにょう部分をくにゃくにゃっとさせて、風が吹いているようにしたり、「笑う」という文字は、それ自体が笑っているようなデザインにしたり。ほんの一瞬しか映らない文字なんですけど、そこを楽しんでもらえたらいいなと。

あと、サビの最後で里咲さんの顔の寄りがパーンって映るんですけど、そこも最初はモーショングラフィックスを入れる案があったんです。でも、あえて抜くことでコントラストを出したいなと思って。それもうまくいきましたね。

里咲:あれ、私めっちゃ好きです。

―色味は里咲さんのこだわりでもあったそうですが、すごく青が効いていますよね。

里咲:そうなんです。“深呼吸”は、私の3か月連続リリース第1弾シングルで、「ここからまた頑張っていく」という意味でも「新しい里咲りさ」を出していきたかったので、爽やかで、新しいエネルギーのある、パワフルな作品を目指したんですね。

それでジャケット撮影のときも、太陽光の青と白を強調してもらったので、MVもそれに寄せたくて。カメラはブラックマジックを使ったんですけど、独特の色味があって面白かったです。カラーグレーディング(色味調整)の作業も超楽しかった!

里咲りさ『深呼吸』ジャケット

―色味にこだわるようになったきっかけってなにかあるんですか?

里咲:『深夜に発見!新shock感~一度おためしください~』(テレビ東京)という深夜番組に出させてもらったとき、「映画撮影の裏側を覗く」というコーナーがあったんですね。そこでカラーグレーディングの専門職があることを初めて知って。

同じRAWデータでも色味を変えることで、まったく印象が違ったんですよ。まるで事件が起きる前のような不穏な雰囲気にすることもできるし、とてもハッピーでキラキラとした印象にすることもできる。「色味ってすごい!」と思って、それからは人のMVも自分のMVも、色味やカメラ選びをすごく意識するようになりました。

―今回編集をする際、マウスコンピューター「DAIV」のノートパソコン「DAIV-NG5800U1-M2SH5」を使用したそうですが、里咲さんは事務所でもDAIVのデスクトップを使っているそうですね。

里咲:仕事柄、写真や動画のデータが大量に溜まっていくし、動作が遅いのはすごくストレスだから、カスタマイズのパソコンがいいなと思っていて。乃木坂46さんのマウスのCMもすごく好きだったので「マウスにしよう」と(笑)。サイトからの注文も簡単で、自分の仕事に合わせてカスタマイズしたので、めっちゃ使いやすいです。

―今回のMV制作において、DAIVのノートパソコンはどう役立ちましたか?

里咲:私、ノートよりデスクトップのほうが、スペックもいいと勝手に思い込んでいたんですけど、色味編集をするときにDAIVのノートを使ってみたら、デスクトップとなんら変わりなく使えました(笑)。本当に快適でしたね。

栗原:モーショングラフィックスを作る作業上、パソコンのスペックは普段から気にしていて。Adobe After Effectsというソフトで思いっきりアニメーションをかけて作業したりすると、全然プレビューができなくなってしまうパソコンが多いんですよ。そこをDAIVのノートはちゃんと耐えて動いてくれたので、すごく快適でした。かなりサクサク作業ができてありがたかったです。

―栗原さんは今回、里咲さんと一緒に仕事をしてみてどんなところに魅力を感じましたか?

栗原:とにかく、クリエーションに関してとても熱い方だなという印象を最初からずっと持っていました。ディレクターとしては、一人で考えることなく一緒に意見をぶつけ合いながら作業ができたので、とても刺激的で楽しかったです。

―クリエイターとしても、シンガーソングライターとしても活躍する里咲さん。今後はどんな展望をお持ちですか?

里咲:今年は「里咲りさ」での活動5周年という節目でもあり、音楽活動という意味では「勝負の年」だと思っているので頑張ります。これからも大きなこと、面白いことをたくさんやって、みなさんを驚かせたいです。

“深呼吸”ミュージックビデオのメイキング映像

商品情報
ノートPC
「DAIV-NG5800U1-M2SH5」

狭額縁による大画面液晶。高負荷作業も可能な持ち運べるクリエイティブ環境。

サイト情報
「CREATOR'S VOICE」

里咲りささんの作品制作にかける思いを伺ったインタビューと、ミュージックビデオの制作過程を撮影したメイキングムービーをお届け。

プロフィール
里咲りさ
里咲りさ (さとさき りさ)

1992年9月25日生まれ、群馬県出身のシンガーソングライター。HAWHA MUSIC RECORDSの社長も務める。2014年アイドルグループ「少女閣下のインターナショナル」を旗揚げし運営兼メンバーとして活動。グループ活動休止後はソロ活動に専念し、すべて手焼きでリリースした初のミニアルバムが累計3000枚のセールスを記録し、CD-Rとしては異例のオリコンランクイン。2017年、Zepp DiverCity TOKYO公演を成功させる。2019年4月には三作品連続リリースの第一弾として『深呼吸』を発売。

栗原航平 (くりはら こうへい)

1996年生まれ。首都大学東京インダストリアルアート学科卒業。映像ディレクター、モーショングラフィックデザイナー。大学入学と同時期にモーショングラフィックス / モーションデザインを独学し、映像制作を始める。『コエ オーディション』最終選考にて、KANA-BOON“春を待って”のミュージックビデオを手がける。



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