Kvi Babaが歌う、「死にたい」でしか表せない「生きたい」

とてつもない才能だ。

ここ数年で広く認知されるようになった「SoundCloudラップ」と呼ばれるシーンと共鳴する、1990年代のオルタナティブロックを飲み込んだサウンド。ラップと歌の間を流麗に泳ぐ、熱く重みのある声。巨大な闇を広げるトラックを貫く、まるで赤子の泣き声のようなギターの音色。さらには、死のギリギリ手前に立つからこそ湧き出る生への渇望をくっきりと映したリリカルなメロディが、心の一番奥の部屋へと染み渡る。どこを切り取っても、死と生、絶望と喜びの間で揺れることでしか心のありかを認識できない人間の一番切実な部分が鳴っている。

誰にも理解し得ぬ深い闇の中で蜘蛛の糸を手繰り寄せるように自己問答を繰り返し、そしてその重暗い闘争が、絶望と諦観に沈む今のユース世代の輪郭を克明に映し出す。だからこそ、ラップミュージックとして以上に、現代の若者のリアルとして音楽シーンを横断する可能性を持った存在。それがKvi Babaだ。

2枚のEPを経て、ファーストアルバム『KVI BABA』をリリースしたKvi Baba。ここに彫られた絶望は本当に絶望なのか? ここにある叫びはどこから生まれるのか? なぜ彼の歌は死と絶望に生きる実感を求めないといけないのか? その深奥を覗いたインタビューだ。

僕は他の誰かになれなかったし、自分を探し続けないと死んじゃうと思うんですよ。

―『KVI BABA』というご自身のお名前を冠されている通り、生い立ちも、背負ってきた悲しみも、今抱いている希望も、非常に生々しく、かつ美しい歌で表現されたアルバムだと思いました。ご自身ではどういう作品ができたと思われていますか。

Kvi Baba:自分の名前を作品タイトルにした通り、人間として以上に音楽で「自分ができた」と思える作品ですね。自分自身でも気に入ってるし、やりたいことができたと思います。

―「音楽で自分ができた」とおっしゃいましたけど、元々ラップをやりたくてラップを始められた方なのか、音楽で自分を表現するための方法としてラップが自分にフィットしたのか、どういう感じだったんですか。

Kvi Baba:ラップもやりたいし、音楽で自分も見せたいし、その両方だったと思いますね。たとえばラップだからヒップホップなのかって言ったら、きっと上の世代の人は僕の音楽を「ヒップホップじゃない」って言うと思うんですよ。だけどそれは自分にとって大きなことではなくて、音楽と歌がただ「自分にできること」なので。それをやるだけだっていう感じですね。

―自分を表現する方法はたくさんある中で、それが音楽だったのはなぜなんだと思います?

Kvi Baba:うーん……音楽が好きだったから。あとは、自分を直接表現できる一番早い方法が音楽だと思ったので。

Kvi Baba(くゔぃ ばば)
大阪府・茨木出身。1999年生まれの20歳。2017年よりSoundCloud上で立て続けに楽曲を発表し音楽活動をスタート。トラップ、オルタナティブロックを飲み込んだ音楽性を持つ。2019年2月に1st EP『Natural Born Pain』を、同年3月に2nd EP『19』を立て続けにリリース。そして2019年9月25日に1stアルバム『KVI BABA』を発表した。

―歌と音って、解釈より速く人の心に届きますもんね。

Kvi Baba:僕は、自分みたいなヤツがいるって誰かに知ってほしい欲求がずっとあったんですよ。だって、僕は他の誰かになれなかったので。憧れたアーティストもいますけど、そういう人たちにはなれなかったんです。だから僕は僕を表現するしかないし、自分を探し続けないと死んじゃうと思うんですよ。

―生きる意味や自分の形が掴めないと、そこには死しか残らない?

Kvi Baba:そうですね。間違ってるかもしれないけど、自分がどんな存在なのか理解できないと、生きていけないと思うんです。自分が本当の意味でわからなくなった瞬間に僕は本当に死ぬんだろうなって。そう思うんです。

1st EP『Natural Born Pain』収録

―それは、大事なものがぶっ壊れて何もなくなることの怖さを知っているからこその言葉ですか。

Kvi Baba:……誰からも自分の存在を認められなかったし、たとえ誰かから「君はこういう存在だよ」って言われても、納得できなかったんですよ。だから自分は自分で探さなきゃいけないと思っていて。

それから明確には言えないことなんですけど、自分の家庭に問題があったのは確かで。まあ、自分が恵まれていたのか恵まれていなかったのかを話してもしょうがないんですけど……でも、そこで僕は何もできなかったっていうのはありますね。それが嫌だったんです。

―Kvi Babaさんの音楽を聴いて一番胸を掴まれたのは、歌そのものの切実さなんです。リリックの中には痛みも悲しみもたくさんあるけど、死んでしまいたいっていうギリギリのところで「生きたい」が響いてきて。そこがグッとくるんですよ。ご自身は、自分の歌とラップに滲んでくるのはどういうものだと思われてますか。

Kvi Baba:歌は全部、自分が自分をどう思うかっていうことだけ考えて書いてるんですよね。鏡の前に立ってレコーディングしてる、みたいな。誰かのためにっていう部分もあるけど、でもそれは、自分の人生を提示することの結果として誰かに響くものだと思っているので。僕に似て「自分を探さないと死んでしまう」っていう考えを持ってる人とか、あるいは真逆の考え方の人にも、僕が何かを吐き出すことで伝えられることがあるんじゃないかなって思ってますね。

―たとえば1990年代のオルタナティブロック / グランジの音色をエスカレートさせたようなギターが終始鳴っていたり、その上で歌われる言葉の数々も、歪んだ音色にフィットするようにして自分の虚無や悲しみを吐くものが多いわけですけど。ご自身が音楽という表現に惹かれたのは、どういう経験からだったんですか。

Kvi Baba:きっかけとしては、大阪の西成に知り合いがいて。そのツレのスタジオに遊びに行った時に、「やってみなよ」って言われて、瞬発的にリリックを書いて歌ったんですよ。そしたらできて。

―そこでどう思ったんですか。

Kvi Baba:俺にもできることあるじゃん、って思いましたね。いいこと言えんじゃん、って。自分にもできることがあるし、自分にしかできない音楽がある。すなわち自分にも価値があるって初めて思えたのがその時だったんですよ。ラップなら俺にもできるって。

元々音楽は好きで、ポップスもEDMもヒップホップもレゲエも、それこそオルタナティブロックも好きだったんですけど。それで、音楽が誰かとコミュニケーションを取れるものだとは知ってたんですよね。だから、それが自分にもできるとわかって嬉しかったんです。

2nd EP『19』収録

落ちた時に死にたくなるってことは、それだけ生きていくことを求めてるってことだと思うんですよ。

―コミュニケーションを欲していたし、そのための一番の方法として音楽を見つけたと。

Kvi Baba:そうですね。そんなに音楽に詳しかったわけでもないんですけど。

―とはいえいろんな音楽を聴かれていた点で聞くと、自分の中のどんなセンサーが働いて好きな音楽を見つけていたんだと思いますか。

Kvi Baba:完全に、親父センサーですね。これはさっき言った家庭のことですけど、嫌なことが起きた時にそのバックでかかっていた音楽たちを聴いてたんだと思います。そういう音楽も好きなんですよ。悲しくなるけど。

―悲しい気持ちになる音楽でも好きなのはどうしてなんですか。

Kvi Baba:だって、どんなに無茶苦茶な状況でも音楽って鳴ってくれるじゃないですか。そこがよかったんですよ。

―ああー、なるほど。悲しくても死にたくても、そこにいてくれた存在。

Kvi Baba:そうなんですよ。言い換えてみれば、音楽って言語じゃないですか。ひとりでも、誰かが耳元で喋ってくれるんですよ。それが寂しさを埋めてくれることも、それによって誰かと心が繋がることもある。だから音楽には絶対にネガティブな側面がないんですよ。それはスゲぇことだと思うんですよね。

―いわば音楽に話しかけてもらうほうだったKvi Babaさんは、そんな音楽が自分にもできると知ったことで、自分にもずっと言いたいことがあったんだと気づけた感じだったんですか。

Kvi Baba:ああ、言いたいのに言えなかったことは絶対にありましたね。それは小さい頃からずっとあったんだろうけど、でも言う手段がなかったから。だって、たとえば先輩にワケわからないことで怒られて納得できなくても、その場では言えないじゃないですか。それを言えるヤツがストリートではカッコいいんでしょうけど、僕は言えなかった。でも音楽の中でならきっと言えるから。

―だし、音楽なら「言いたいこと」が作品になるしひとつの自己証明になりますよね。それが傷であったとしても。

Kvi Baba:そうなんですよ! 全部自分に刻みつけていくことで、僕は僕でいられてるっていう感じなんですよね。

―傷と申し上げましたけど、実際、Kvi Babaさんの歌の中には悲しいことや消えない痛みもたくさん入ってくるじゃないですか。

Kvi Baba:そうですね、悲しいと思いますよ。

―ただ、これは「悲しい歌ですね」って言いたいわけじゃなくて、「どんな音楽にもネガティブな側面がないんです」とおっしゃった通り、悲しみや痛みを曝け出すことで、どんなに傷ついても生きたいんだっていうことが伝わってくる歌だと思っていて。そういう倒錯や転覆を表現にできるのが音楽の力だと思うし、Kvi Babaさん自身も、その力に自覚的な方なんですか。

Kvi Baba:そうだと思います。よく「ネガティブエナジー」って言うんですけど、ネガティブだからこそ生み出せるパワーって絶対にあるんですよ。たとえば僕で言えば生まれた場所のしがらみがネガティブな要素になってたけど、そこから生まれるものをパワーにできるって一番感じられたのがヒップホップだったんですよね。団地育ちで金ないとか、親がいないとか、いろんなラッパーがいるけど、もしその人たちが金持ちのおぼっちゃまで生まれてたら、今どこかで痛みを感じてる人を救うことはできなかったと思うんです。

―それに、ここで鳴ってるものの要素として大きいグランジもそういう音楽でしたよね。なんとか生きていくための選択肢として吐き出さなくちゃいけないネガティビティがあそこにはあったし、人には「死にたい」でしか表現できない「生きたい」もあったと思うし。

Kvi Baba:本当にそうで。それこそ<消えてしまいたいほどに / 生きていたいという想い>(“Life is Short”)っていうリリックがあるんですけど、僕はそこが気に入ってるんですよ。

―素晴らしいラインだと思います。それに、ここがKvi Babaさんの歌の切実さの真ん中にあるものだと感じました。

Kvi Baba:「消えたい」っていうのは何かに対して絶望するっていうことだけど、でも逆に言えば、光や希望を求めたからこそ落ちるわけじゃないですか。だからズドーンと落ちた時に死にたくなるってことは、それだけ生きていくことを求めてるってことだと思うんですよ。だから僕は、死にたいほどに生きていたいんですよね。

―自分は何に一番絶望していると思います?

Kvi Baba:今の世の中に溢れてるヘイトにも絶望してるし、逆に、愛し合ってるのに壊れちゃう人間たちがいるのも悲しいですし。……というか、絶望は大量にしてますね(笑)。だって、どこ見ても全然平和じゃねえと思うし、今はTwitterの中ですら戦争してるじゃないですか。楽しそうに見える人も、実は誰かに対して優位に立とうとしてるだけだったりするし。いろんな物事から絶望が入ってきますね。

ただ、それがキツいから楽しいっていうのも感じてるんですよ。キツいし、おかしくなって死にたくなることも未だにたくさんあるけど、だけどそう感じられる心があるから僕は僕でいられてるんですよね。

2nd EP『19』収録

悲しいことや痛みが僕を追い込んでくれるほど、その中でどう在りたいかを考えられるんですよ。

―今おっしゃったことは、まさに“Humanity”でも歌われてますよね。<目を覚ます意味><落とし込む死に><時に希望に><時に悪夢に><だけど これでいい><生きた証に>というふうに、揺れ続けることが自分の証だと表現されている。その上で愛が欲しいと歌えているところが、ご自身の名前を掲げた作品の心臓だと思ったんです。美しくて儚くて、素晴らしい歌です。

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Kvi Baba:……揺れれば揺れるほど、それをはっきり歌わないと揺れ過ぎて何もできないと思ったし、俺は情緒不安定だってはっきり歌うことがすごく大事だったんです。僕も気に入ってるんですよ、“Humanity”。いいですよね。

―この曲はトラックもメロディアスで美しいわけですけど、これまでの作品と比べて、自分の揺れや不安定さを赦せたり、抱き締めたりできるようになったところもあるんですか。

Kvi Baba:そうだと思いますね。だから言ってもらったように、“Humanity”はアルバムの軸になってる曲で。この曲で歌ってる内容――何を遺すべきかを探しているからこそ、他の曲も生まれていった。そういう意味で基盤になった曲なんです。

Kvi Baba:たとえば「明日会社行きたくないな、でも行かなきゃ」みたいなごく日常的な心のブレも、その揺れの中で自分は何をすべきかっていうことも、この曲からは感じ取れるんじゃないかなって思いますね。そういう意味で、この曲は僕にとってファイトソングなんですよ。

―どうして、自分の心の揺れを思い悩む形じゃなくそのまま肯定して歌おうと思えたんですか。

Kvi Baba:うーん………歌わなきゃ死んじゃうからですね。これは変わらないところなんですけど、自分の心の迷いを歌にすることで、自分を問い正しているところがあるんですよ。歌わずにほっといたら僕は死んじゃうから。

―Kvi Babaさんの歌って、パンチがあるっていう意味以上に、すごく強いんですね。その強さって、自分の襟首を掴んで向き合ってるところから生まれてるのかもしれないですね。

Kvi Baba:誰かを攻撃する音楽を作ってもしょうがないじゃないですか。だって、自分にはずっと自分しかいなかったから。だから自分に歌うしかないし、絶対自分に嘘をつけないんです。でも、世の中を見てみたら、みんな絶対に自分に嘘をついてると思うんですよ。それが、僕の思う本来の人間の姿からどんどん離れていってる感じがして。

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Kvi Baba:やっぱり本来の人間って、歓ぶために考えるし、考えることで次の世代に歓びを伝えていく生き物だと思うんです。そこがぐちゃぐちゃになっちゃってるのが今だと思うんですよね。どんなに戦争がなくなっても、みんながお金持ちになっても、きっと問題は出てくる。それでも、いろんなことを深く考えて、意味を知って、歓びを感じるために模索する。それが人間じゃないですか。なのに、自分の人生観や今後のことも「まあええわ」って思っちゃってる感じがするし、自分がわからないから人を攻撃しちゃう人が多いんだと思う。それが破滅を生んでると思うんですよ。

―逆に自分が「まあええわ」になれないのは、何を諦め切れないからなんですか。

Kvi Baba:……やっぱり、悪い時の僕みたいな精神状態になる人はいてほしくないし、子供の前でお母さんが自殺する光景もあってはいけない。そういうものをなくしたいから僕は船を漕いで、バットを振ってるんだと思います。誰にも見てもらえなくても、それを諦め切れないんだと思いますね。

―今おっしゃったことは、“All Things are Fate”で歌われていることにも入っていると思うんですけど。自分と向き合って歌っているとおっしゃいましたけど、この曲は、悲しみや痛みに対峙してきた歌が人のためになると信じている曲ですよね。

Kvi Baba:そうですね。この曲に至るまで、生きる幸せや歓びをストレートに歌ったものはなかったんですけど。でも、ようやく歌えるようになったんだなって思います。

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―どういうきっかけがあって、生きる喜びを歌えたんですか。

Kvi Baba:きっと、これまでにネガティブなことがたくさんあったからですね。悲しいことや痛みが僕を追い込んでくれるほど、その中でどう在りたいかを考えられるんですよ。で、さっき音楽はコミュニケーションだと言いましたけど、自分のネガティブから生まれた「こう在りたい」っていう歌がちゃんと誰かの心に届いていたり、それが誰かの力になったり、そういうことを感じられたので。その時に、悲しみから花が咲くんだと思えたんですよね。

涙ってポロポロ下に落ちていくけど、その涙が土の上に落ちて花が咲くんです。苦しい時もあるし、今も「死にたい」と思う瞬間はある。それでも、悲しみが深いほど花が咲くんですよ。だって、こうしてインタビューを通して人と出会える瞬間も、悲しみから出てきた歌によって生まれたものですからね。それが本当に嬉しいんですよ。

みんなが本当にひとつになってしまったら、それこそ地球は滅びる。互いに違うからそこに愛が生まれるんです。

―涙って、心が揺れ動いているから出てくるものですよね。生きている証のひとつだとも言える。

Kvi Baba:そうなんですよ! 涙ってめちゃくちゃ濃いじゃないですか。だって、心の一番奥から出てきてるものだから。あ、花粉症は別ですけど。

―はははははは。でも、ピュアな部分の爆発ですよね、涙って。

Kvi Baba:そう思います。だから涙から芽吹いた歌も、きっと一番ピュアで濃いんですよ。そのピュアなものを表現できるのが、僕にとっては音楽だったんです。

たとえば人間って昔から音楽が好きだったじゃないですか。なんの情報も言葉もない頃から、人が何かを伝える時には歌や音を使ってたわけです。「おーい!」って叫んだり赤ちゃんが泣いたりするのも、一番真っさらな音楽じゃないですか。だから僕は音楽が一番ピュアで嘘がないと思うし、それで自分を伝えたいと思ってるんですよね。

―今作はより一層ギターが活きたトラックになっていて、しかもこのグシャッとした歪みには異様な執着とフェチズムを感じるんですね。今のお話でいうと、こういうギターの音が好きなのも、最も「泣き声」に近い音だからなんですか。

Kvi Baba:うーん……どうなんだろう。でも間違いなくギターの音は求めてましたね。いろんな楽器がある中でも、音色が一番心に響くのがギターなんです。ただ、これは恥ずかしいけど、なぜ好きかは上手く言葉にできないです。だけど、やっぱり自分の歌を解放できるのはあの音なんですよ。嘘なく自分を表現できる。

……まあ、本当は嘘も上手くつければいいんですけどね。だって、なれるならギャングスタラッパーになりたかったし、ストリートで強いこと言えるヤツになりたかった。でも、やっぱり自分に嘘をついてる人の音楽は浅いし、どんなに苦しい境遇でも自分を前面に出して歌う人の歌は強いと信じてるから。

―強くなれなかった人が自分の居場所を作る物語が歌い鳴らされているし、同じように痛みや悲しみや涙を抱えている人の場所にもなれる音楽だと思います。現代のグランジとしてのSoundCloudラップとの共鳴点はそこにあると思っていて。

Kvi Baba:……世界がどうかはわからないけど、日本人は特に、思ってもないことを言って自分を守ろうとするところがあるじゃないですか。そうやって溜め込んで、苦しい想いをしている人がたくさんいると思うんですよ。孤独も絶望は絶えず存在してるって思うし、それを見過ごし過ぎなんじゃないかなって思います。

―たとえばSoundCloudラップと呼ばれる音楽がNirvanaをはじめとするグランジを飲み込んでいるのは、当時「ジェネレーションX」と呼ばれた世代の虚無と種類こそ違えど、今また未来に対する絶望がそこかしこに表出しているからですよね。Kvi Babaさんは、そのリアルを感じ取って、しかもちゃんと血の匂いのある熱い歌・メロディとして響かせていると思うんです。

Kvi Baba:……熱い歌。初めて言われました。とりあえずみんなから「エモラップ」って言われるばっかりなんですけど、僕は「エモラップ」って言い方があんまり好きじゃなくて。だって、人はみんなエモいものを持ってるから。それに、これまでもきっとNirvanaまで遡らなくても孤独や絶望を掬った音楽はたくさんあったんでしょうけど、それじゃ足りなかったんでしょうね。やっぱりカート・コバーンくらいの孤独じゃないと今にはフィットしなったんだろうなって。

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Kvi Baba:ただ、前提としていつの時代もみんなが孤独だと思うんですよ。そこをすっ飛ばしてるから、人の顔色ばかり窺って嘘をついて、人は苦しんでると思うんです。だってどんなに友達が多い人でも、お互いの心は覗けないわけですよ。今は「僕らはひとつだ」って言う向きも強いですけど、それは綺麗事を並べ過ぎだと思うんですよね。

―<皆が皆で皆と それぞれの道を行けば / 寂しくなんてきっとならない>(“Decide”)というラインもありますよね。

Kvi Baba:やっぱり、人は誰かのものではないので。誰もが孤独だって思えれば、人それぞれが本来の姿、本来の形になれると思うんですよ。それに、みんなが本当にひとつになって同じ心の動きになってしまったら、それこそ地球は滅びると思うんですよ。自分と同じだと思う人ばかりになったら、おかしくなるじゃないですか。

―それはつまり自分という存在がなくなることでもありますからね。

Kvi Baba:そうなんですよ。それは死を意味する。人と人は違うし、それぞれの悲しみや痛みだって、本当の意味ではわかり合えない。でも、互いに違うからこそ愛が生まれるんですよ。だからこそ、ここには俺みたいなヤツもいると知ってほしいし、その証になる心の揺れをちゃんと表現したい。自分も含めてそれぞれを許し合える愛がほしいと思うし、ずっと愛を感じられず生きてきた自分が歌うからこそ、今は愛を与えたいと思ってるんですよね。

SpotifyでKvi Baba“Decide”を聴く(Apple Musicはこちら

―許し合うことが、自分にとっての愛ですか。

Kvi Baba:はい。それに、自分の命削ってでも守りたいっていうのが愛だと思うんですよ。だから言ってみれば究極はアンパンマンだし、たとえば映画によく出てくる「今、自分の血をあげれば彼女は助かる」っていうシーンで自分の血をあげられるか。そこだと思いますね。今の時点で、その対象が何かって考えたら……音楽。あとは、家族ですね。それにしか命は捧げられないです。

―わかりました。改めて、自分の全部を音楽に曝け出してみて、自分はどんな人間だと思えていますか。

Kvi Baba:うーん……このアルバムを作ったからと言って、別に世界の見え方が変わったわけでもないんですよ。なんなら、見え方が変わってないからこの作品を作れたとも思うんです。自分がどういう人間か考えても、音楽を通して見つけた自分がいても、結局は自分が名前をつけた自分から勝手に巣立って行ったクソガキが俺です。これが俺です。話してみて、自分を再認識できました。

SpotifyでKvi Baba『Kvi Baba』を聴く(Apple Musicはこちら

リリース情報
Kvi Baba
『KVI BABA』

2019年9月25日(水)発売
価格:2,268円(税込)
KVB-003

1. Crystal Cry
2. Life is Short
3. Rusty Man feat. 鋼田テフロン
4. Nobody Can Love Me
5. Cheat on Me
6. Humanity
7. Decide
8. Hope
9. All Things are Fate

プロフィール
Kvi Baba
Kvi Baba (くゔぃ ばば)

大阪府・茨木出身。1999年生まれの20歳。2017年よりSoundCloud上で立て続けに楽曲を発表し音楽活動をスタート 。トラップ 、オルタナティブロックを飲み込んだ音楽性を持つ。2019年2月に1st EP『Natural Born Pain』を、同年3月に2nd EP『19』を立て続けにリリース。そして2019年9月25日に1stアルバム『KVI BABA』を発表した。



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