「いま、台湾は世界で最も危険な場所のひとつといわれます。しかし実際には、1949年(中華人民共和国の成立)以来、台湾海峡は常に戦争の危機にありました。それでもこの75年間、戦争に直面する台湾を描いた作品が制作されたことは一度もありません」
台湾ドラマ『零日攻撃 ZERO DAY ATTACK』の脚本家・プロデューサーである鄭心媚(チェン・シンメイ)は、2024年秋に日本で開かれた本作の記者会見でこう語った。
本作は、昨今の世界情勢において勃発が危惧される「台湾有事」を題材とした全10話のシリーズだ。ある日、中国の偵察機が台湾東部沖の太平洋で姿を消した。中国は捜索と救助の名⽬で大量の海軍・空軍を投⼊し、台湾を包囲。社会不安が急速に⾼まるなか、いよいよ戦争へのカウントダウンが始まる……。
これまで台湾で「台湾有事」を正面から扱う作品は製作されたことがなく、本作は配信前から台湾のみならず日本でも注目を集めてきた。さらに、日本からは高橋一生や水川あさみも出演している。
8月15日にAmazon Prime Videoで開始された日本配信に先がけ、8月上旬、鄭心媚とエグゼクティブ・プロデューサーの林錦昌(リン・ジンチャン)、エピソード監督の蘇奕瑄(スー・イーシュエン)が来日。「台湾がいま直面している脅威も、決して日本にとっては他人事ではありません」と製作陣は語る。
1時間にわたる単独取材で、台湾に迫る危機をエンターテイメントとして描く意義と狙いを聞いた。
「まさか本当に実現するとは」大きなリスクを抱えての挑戦

©︎ZeroDay Cultural and Creative Company Limited.
鄭心媚「本当に台湾海峡で戦争が始まったらどうなるか―中国の脅威を身近に感じる台湾で、長年この題材を温めてきました。大きなきっかけは、ロシアのウクライナ侵攻と、中国政府が香港の民主化デモに介入して市民を厳しく弾圧したこと。台湾も実際に侵略を受けたら、二度と自由に作品を作ることができなくなると思いました」
リスクが高く、実現が難しい企画であることは承知だった。「少人数で挑戦するのは怖い。けれど、『赤信号もみんなで渡れば怖くない』という気持ちだった」と話す。わずか2週間のうちに参加する監督たちが決まったが、当時は予算もなかった。「まさか本当に実現するとは誰も思っていなかったのでは」と鄭心媚は笑う。

鄭心媚(チェン・シンメイ)
実現のキーパーソンが、エグゼクティブプロデューサーの林錦昌だ。2000年代に政界入りし、国家安全会議の副秘書長(副幹事長)を務めたほか、2012年の総統選挙では前総統・蔡英文(ツァイ・インウェン)の演説原稿などを執筆。『零日攻撃』の企画を鄭心媚から聞かされたときは、「本当に勇敢だと思った」という。
林錦昌「私の所属していた国家安全会議では、中国と台湾が戦争になったら何が起きるのか、あらゆる状況を想定したシナリオを作っていました。たとえば銀行が停止して預金を下ろせなくなる。インターネットが不通になる。出所不明のフェイクニュースが流れる。そして社会が大パニックに陥る―それが現代の戦争だと。これを物語の骨格として、脚本家と監督が中心となってストーリーを膨らませていきました」

林錦昌(リン・ジンチャン)
リアルなシミュレーションで描く「台湾有事」
シリーズは全10話だが、各話のストーリーは基本的に独立しており主人公も異なる。ジャンルも政治スリラーやサスペンス、ブラックコメディ、フェイクドキュメンタリー、ファンタジー、青春物語などさまざまだ。中国の武力侵攻や浸透工作が、政治・経済・文化・メディア・家族などの局面にもたらす影響が、それぞれの語り口で描かれている。

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各話のテーマやストーリーは、国家安全会議のシミュレーションに基づき、鄭心媚と監督・脚本家チームが話し合ったうえで決定。緻密なリサーチや専門家の協力をふまえ、議論を重ねながら全話の脚本を練り上げた。あるエピソードの主人公が別の回には脇役として登場するなど、全体の物語は緻密につながっている。
第1話『戦争か平和か』は、総統選の投票所で爆弾テロ事件が発生し、さらに戦争の足音が近づくなかで女性新総統が決断を迫られる物語。第2話『ショーザイ』ではフリーターの青年が恋人の妊娠を知り、生活のために努力するも、社会混乱を画策する派閥に取り込まれていく。

第1話では、女性新総統が台湾有事に向き合う様子が描かれる。©︎ZeroDay Cultural and Creative Company Limited.
第3話『放送中』では、台湾全土で大規模な通信障害が発生し、フェイクニュースが蔓延。高橋一生演じる巨大企業の幹部・藤原は、中国に関する重要な情報を伝えるため台湾の報道番組に独占取材を打診する。キャスターたちは事態を打開すべく奔走するが……。
このエピソードで監督・脚本を務めたのは、映画『青春の反抗』(2023年)やNetflixのドラマシリーズ『返校』(2020年)の蘇奕瑄(スー・イーシュエン)。本作の打診を受けたとき、真っ先に「メディアの問題を描きたいと思った」と語る。
蘇奕瑄「現代はメディアをよりよくすることが重要です。人々の認知がメディアによって左右されるなか、正しいメッセージを伝える責務を全うできているか、別の誘惑に負けてはいないか。インターネットで誰もが情報を発信できる状況で、真実と嘘を本当に見分けられるのか、何を信じるのかという問題を扱いたいと思いました」

「言葉では伝わらなくても、作品を通せばコミュニケーションが生まれる」
蘇奕瑄は、社会や時代のうねりと、そのなかを生きる人々の心の機微を丁寧にとらえる作風が特徴だ。第3話『放送中』は緊急事態とメディアの問題を描くスリラーだが、その美点はまったく変わらない。
蘇奕瑄「どんな時代の物語であれ、起こった出来事と人々の反応を描くことに関心があります。それらはいま、この時代に大きな意味をもたらすものだから。同時に、映画というものは、その作品が作られた時代を記録すべきだとも思うのです。後世の人が観たときに、『この時代にはこんなことがあり、人々はこう動いたんだ』と理解できるように」

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『零日攻撃』は、言うまでもなく2025年の台湾が直面している問題に正面から切り込んだ作品だ。しかしながら、製作陣が何よりも心を砕いたのは、政治的・社会的なテーマだけでなく、高い娯楽性とクオリティを両立することだった。
全話の脚本開発に携わり、シリーズの統括を担当した鄭心媚はこう語る。
鄭心媚「優れたエンターテイメントでなければ作品として成立しません。いかにフィクションとして面白いドラマにするかが私たちの大きな課題でした。現代の観客は目が肥えているので、ある意味ではそこが一番難しい。確固たる枠組みと多面的な登場人物、感情移入しやすい物語が必要だと思いました」
エグゼクティブプロデューサーの林錦昌は、本作を「政治よりも人間を描いたドラマ」だと語る。
林錦昌「昨今は台湾だけでなく、国内に対立を抱える国が非常に増えています。他者の言葉を聞かず、他者の立場を考えようともしない。だからこそ、あらゆる階層の人々が登場する10の物語が、我々の社会をもう一度見直すきっかけになればと思います。言葉では伝わらないことでも、作品を通せばコミュニケーションが生まれるかもしれません」

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台湾政府からの補助金や企業からの投資
驚くべきは、本作に台湾政府や行政機関、大企業から巨額の投資が集まったことだ。製作費2億3000万台湾ドル(約11億円)のうち、文化部(日本の文部科学省や文化庁に類似する省庁)の補助金が約3分の1を占めるほか、文化コンテンツの支援や国際化を推進する文化内容策進院(TAICCA)の投資、高雄市の映画助成プログラム、さらに台湾最大の通信会社・中華電信ほか複数の民間企業からも投資を受けている。
デリケートな題材の作品に対する予算的な厚遇は、日本の映画やテレビドラマではあまり想像できないことだ。しかしそれゆえに、本作は親中派の最大野党である国民党の議員から、台湾の独立性を重視する与党(民進党)の「プロパガンダだ」「政治的メッセージのために国家予算が使われている」などと批判された。
ただし、林錦昌は「みなさんが想像されているような事実はありません。メッセージ性が強い作品だから資金を得られたわけではない」と言い切る。リスクの高い企画とあって、むしろ当初は資金調達に苦労したそうだ。
林錦昌「投資や補助金には評価基準があります。大切なのは良いストーリーであること。まぎれもなく台湾の物語であり、海外にも受け入れられるテーマ性を備えていることです。台湾と中国の関係が世界的な話題であることはたしかですが、そのうえで10話それぞれの脚本の完成度が高く、キャストも決まっており、台湾への国際的注目度を高められると判断していただけたことが大きいと考えています」

配信にあわせて第3話に出演する俳優の楊大正(ヤン・ダージャン)、連俞涵(リェン・ユーハン)も来日した。
もうひとつ重要だったのは、このような作品だからこそ、出資者の意向が創作面に影響しない環境を作りあげることだった。
監督の蘇奕瑄は、「過去の作品では出資者の影響を受けたこともありますが、今回はそういうことがまったくなかった」と明かす。鄭心媚も「出資者の干渉を受けず、私たちの作りたい作品に仕上げられたのは林錦昌さんのおかげです」と感謝を述べ、政治的な介入が一切なかったことを認めている。
キャストやスタッフの降板、中国からの批判も

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むろん、『零日攻撃』を業界の誰もが歓迎しているわけではないことは早くから明らかだった。キャスティングは早くから動き出していたが、「参加すると中国市場での活動に影響が出る」と判断されて難航した部分もあったという。
第1話では当初予定されていた監督が撮影直前に降板し、第7話の洪伯豪(ホン・ボーハオ)監督が急遽後任を担当。第10話のAKIRA監督をはじめ、多くのスタッフがエンドクレジットでは本名を伏せることを選んだ。今後の中国での仕事が制限されることや、中国にいる家族に危険が及ぶ可能性などを考慮しての判断だ。
放送開始に先がけ、7月末には中国の国防部が記者会見で本作を批判。「戦争の不安を煽り、戦争を誘発するもの。台湾独立のために台湾の人々を犠牲にしようとしている」として、「(与党の)民進党は両岸紛争のために台湾を傷つけ、破壊しようとしている。彼らは心をつかめず、必ず失敗する」と述べたのである。
これに対し、『零日攻撃』の公式Instagramはすぐさま会見の映像を引用するかたちで「国防部報道官の強力なお薦めに感謝します」と反応した。
鄭心媚は「ギャラを払ってもいないのに、ボランティアで宣伝してもらえた」と笑顔を見せたが、林錦昌とともに「これほど激しい反応が来るとは予想していなかった」と認めた。
林錦昌「過去には台湾総統が外国を訪問した際や、総統選挙の結果が出たあとに、中国から『台湾は国ではない、総統というものは存在しない』といった声明が出されたことはあります。けれどもエンターテイメントであるテレビドラマに対し、ここまで強烈なクレームを公の場で入れてくるとは思いもしませんでした」

台湾でも第1話の放送後、メディアやSNSを通じて賛否さまざまな反応があった。しかしながら、業界でもっとも物議を醸したのは、複数の制作会社から「『零日攻撃』に参加した人物は今後雇用しない」との通達が出ているとの情報だった。
ちなみに、劇中には台湾と中国の現状と重なる部分が随所に見受けられるが、脚本は2年前の時点で全話完成していたとのこと。鄭心媚は「予言のように思われそうですが、実際はいろんな要素や推測を積み重ねたもの。よりよい脚本を目指し、たくさんの視点と発想を組み込んだ結果です。緻密な計算ではなく、むしろ激しい議論の賜物ですね」と笑った。
戦争は「文明の巨大な失敗」。「日本にとっては他人事ではない」
『零日攻撃』には日本から高橋一生と水川あさみが出演しているほか、2020年に香港から台湾へ移住した杜汶澤(チャップマン・トウ)も重要な役どころで出演。日本を含む国際展開を前提としたキャスティングだと思われたが、作品の完成まで日本配信は決定していなかった。

本作に出演した高橋一生。第3話に出演している。©︎ZeroDay Cultural and Creative Company Limited.
日本でPrime Videoでの独占配信となったのは、Amazon側が2話ぶんを視聴して作品を気に入ったため。「テーマとストーリーに優れており、想像以上にエンターテイメント性に富んでいる」と判断されたことが決め手だったという。
いよいよ日本配信が始まったいま、このシリーズを通じて世界に訴えたいこととは何なのか―。
林錦昌は、戦争を「文明の巨大な失敗」と呼ぶ。「天災や自然災害を超えた悪であり、決して存在すべきでないもの」だと。
林錦昌「誰もが戦争を避けたい、なくしたいと思っているはず。しかし、それでも現実になってしまったらどうなるか……。台湾と日本は、正式な国交がないにもかかわらず、親密な絆によって互いに支え合ってきました。台湾がいま直面している脅威も、決して日本にとっては他人事ではありません」

水川あさみは第5話に出演。©︎ZeroDay Cultural and Creative Company Limited.
監督の蘇奕瑄は「台湾も日本も、いまは周囲に対して無感情になったり、何も考えたくなかったりすることが多いように思います」という。「だからこそエンターテイメントであるドラマを通して、見た人のなかに何かを芽生えさせられたら成功。何かを考える力を与えられる作品になっていれば本望です」
そして鄭心媚は、この作品が戦争の不安や恐怖を煽るものではなく、むしろ「平和を訴える物語」であることを強調した。「台湾で戦争が起こったら、日本を含む諸外国にも必ず影響が及ぶ。そのことは絶対に避けなければいけません」と。
鄭心媚「いま、世界では浸透工作やフェイクニュースが身近なところに蔓延しています。すでに日本も同じ状況にあると思いますが、台湾はより深刻です。お互いが協力しあい、戦争が起こるリスクをいかに下げていくのか―そのことを、私たちはともに考えなければいけません」
- 『零日攻撃 ZERO DAY ATTACK』
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2025年8月15日(金)から Prime Videoにて配信開始
あらすじ:物語の舞台は、総統選挙を終えた台湾。中国が軍事演習を拡大、台湾海峡情勢が緊迫化する中、南シナ海を横断した中国の偵察機Y-8が東台湾沖の太平洋に墜落、消失。中国はその捜索と救助の名目で、南シナ海と東シナ海に向け大量の海軍と空軍を投入した。それに伴い台湾島内では社会不安が日に日に高まり、中国軍が台湾に上陸する「Zero Day」へのカウントダウンが始まる。総統はいまだ力が弱く、さらには台湾内でも反戦デモと、中国を支持する勢力の台頭の脅威に直面し、正式に宣戦布告するかどうかの決断を迫られている。アメリカ、日本、韓国が固唾をのんで台湾の行方を見守る中、台湾に生きる人々は、自分たちの未来の運命を果たしてどのように決めるのだろうか…。
©︎ZERODAY CULTURAL AND CREATIVE
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