北九州市の夜をポップにアップデート。台湾・韓国・日本のイラストレーターが表現する「夜景」の魅力

個性あふれる多彩な顔を持ち、独自のカルチャーが生み出されてきた街の魅力を、ポップなフィルターをとおして表現して発信している「ニュー北九州シティ」プロジェクト。これまでも、日本・韓国・香港・台湾のイラストレーターたちとコラボレーションし、北九州発祥の文化「角打ち」をフィーチャーした企画を行なったり、 2020年と2021年の日本の開催都市に選定された「東アジア文化都市」において、コロナ禍における日中韓の学生達を撮った写真展「#放課後ダッシュ」を実施したりしてきた。

第3弾となる今回の企画では、2022年の「日本新三大夜景都市」で1位にも選ばれた、北九州市の「夜景」をフィーチャー。台湾、韓国、日本のイラストレーター3名とコラボレーションし、アニメ動画を制作した。3名のアーティストに共通する点は、懐かしくも新しい、80年代風のポップな絵柄だ。彼らの作風は、なぜわれわれの心をつかむのだろうか?

レトロなのに新しい。北九州市の街並みを彩る夜景

九州の最北端に位置し、交通の要衝として「アジアの玄関口」と呼ばれ、栄えてきた北九州市。明治22年に開港した門司港は、そんな北九州市の歴史を象徴する場所のひとつだ。当時の建物は現在も保存され、白と茶のタイルが印象的な「大連友好記念館」や、アインシュタインが宿泊した「旧門司三井倶楽部」など、明治から昭和初期にかけての歴史ある建物を見ることができる。

さらに高度経済成長期になると、この港を拠点として、製鉄、化学、電機など、世界に誇れる技術を有する産業が数多く生まれ、「ものづくりのまち」として日本の産業を推し進めてきた。工業の発展に伴い盛んになった商業地域にも、時代を感じさせる懐かしい街並みが残る。

そんな風情豊かな北九州市の風景だが、日が沈むと昼間とは異なる魅力を放つ。それが「夜景」だ。実際に、8つものエリアとイベントが「日本夜景遺産」に認定され、門司港の展望室から眺める関門海峡の夜景、皿倉山から見る大パノラマ夜景、冬の風物詩である小倉イルミネーションなど、バリエーション豊富な夜景を見ることができる。さらに2022年には、3年に1度、全国にいる夜景観賞士による投票が行なわれる「日本新三大夜景都市」に、全国1位で認定された。認定されたのは2018年に続き2度目。

今回はそんな魅力あふれる北九州市の夜景を表現すべく、台湾出身のJennie(以下、ジェニー)、韓国出身のYoungjin Hwang(以下、ヨンジン)、日本出身のUtomaru(以下、ウトマル)が集結。いずれも80年代のカルチャーを新鮮なまなざしでとらえ、ポップにアップデートした作風を持つ作家だ。それぞれのアーティストが作品に込めた想いや、北九州市の街の印象についてインタビューを行なった。

Jennie / ジェニー(台湾)

―今回制作した作品のポイントをお聞かせください。

ジェニー:今回の作品は、鮮やかで夢みたいな感じにしたくて、どのような色使いにするかすごく考えました。特にイメージしたのが、大好きな『美少女戦士セーラームーン』です。それと、洞窟のなかなどでキラキラと輝くアメジストのような鉱石も、夜景のイメージに重なると思い参考にしました。

もうひとつのポイントは、夜景を眺める2人の人物です。ここではかわいらしく描きながらも、人と人のあいだに生まれるコミュニケーションやつながりを表現できるよう意識しました。

―夜景を描くうえで、特にこだわったところはありますか?

ジェニー:いままでの作品は、背景を細かく描くことはなかったのですが、今回は夜景を表現するために、初めて建物を細かく描きました。特に今回は高塔山公園から見る「若戸大橋」がポイントだったので、橋と建物の比率も気をつけながら描きました。

―ジェニーさんの現在の作風は、どのようにして確立されたのでしょうか?

ジェニー:イラストレーターとして活動を始めた最初の頃は、輪郭線がないイラストを描いていましたが、YouTubeなどにアップされているフューチャーファンク(※)の音楽とともに映し出されるアニメの影響で、輪郭線があって明るい色のイラストを描くようになったんです。

※日本の80年代シティポップを歌詞とともにサンプリングし、リズムやフィルターなどを補強したり、編集したりして仕上げたサウンド

ジェニー:はじめてそのような作風で描いたのは、アイドルの女の子を描いたアニメ作品でしたね。それをインターネットにアップしてみると、すごく反響があって。この作風にしたことでアイデアがたくさん浮かぶようになったし、自分でもしっくりきました。そこからいろいろな動画や音楽の資料を調べて、調整していき、いまの作風になりました。

―切っても切り離せない、日本の80年代のシティポップミュージックとイラスト。それについて、ジェニーさんはどう感じていますか?

ジェニー:フューチャーファンクの音楽は大学の先輩に教えてもらったのですが、80〜90年のサウンドがミックスされているのがめちゃくちゃいいなと思って、衝撃を受けました。そこからいろいろ調べていくなかで、さまざまなアーティストに影響を受けましたね。80年代を代表するイラストレーターとして、大瀧詠一さんのレコードジャケットを描いたイラストレーターの永井博さん、漫画『ストップ!! ひばりくん!』を描いた江口寿史さんも知りました。

80年代風のレトロなイラストは、線の使い方がはっきりとしていて、シンプルでわかりやすく、誰でも受け入れやすいところが魅力です。また、ぼくは32歳なので、幼少期にそういったイラストやアニメを見て育ってきたこともあり、懐かしいと思う気持ちもあります。

逆に10代、20代の若い人からは、「このイラストのテイストがすごく好きなのですが、どう検索すればいいですか?」と聞かれることもあります。当時のことを知らなくても、80年代風のイラストが新鮮で魅力的に映り、作品自体を純粋に評価している。その現象も面白いと感じています。

―北九州市の夜景には、どのような印象を持ちましたか?

ジェニー:じつはまだ、北九州市はおろか、日本にも行ったことがありません。ですから、今回の作品を描くために、YouTubeで音楽をかけながら北九州市の夜景を撮影したドライブ動画などをたくさん見ました。動画だけでもすごく良さが伝わってきましたね。台湾の若者は友達と山のほうに行って夜景を見ることが多いので、そこに日本との違いも感じました。

―最後に、日本や北九州市に来て、やってみたいことを教えてください。

ジェニー:ゆっくりと街を歩きながら、異国の雰囲気を感じたいですね。一番やりたいのは、『きまぐれオレンジ☆ロード』の聖地巡礼かな。北九州市へ行ったら、自分が描いた若戸大橋を見に行って、自分の作品と違うところ・共通しているところを確認してみようと思います。

Youngjin Hwang(ヨンジン・ファン / 韓国)

―今回制作した作品のポイントをお聞かせください。

ヨンジン:今回想いを込めたところは、メインとなる赤毛の女性キャラクターの背景に描いた、工場夜景です。どこか寂しさを漂わせる景色が、描きたい女性キャラクターのイメージにぴったりだと思い、迷わず選びました。韓国の工場はボックス型の建物が多いように思うのですが、北九州市の工場にはドーム状の建物もあって、そこにモチーフとしての魅力を感じたんです。

ヨンジン:一般的に工場はグレーっぽく色味がないイメージがありますが、今回はポップな要素も取り入れたイラストにしたいという思いがあり、ハイライトにピンクやペールグリーン、影にパープルなど、色彩をふんだんに使いました。それからエネルギー基地としての輝きや、建物のディテールにもこだわりましたね。ローファイ・ヒップホップ(※)に似合うような作品にすることができたと思います。

※ジャズやソウル、その他音楽をサンプリングし、ドラムを補強するなどしたサウンド

―ヨンジンさんは、日本の文化にどのようなイメージがありますか?

ヨンジン:子どもの頃から絵が好きだったので、マンガやアニメ文化が盛んな日本にずっと興味がありました。日本に初めて行ったのは20歳の頃。東京を中心に、新宿・原宿・渋谷の街に行ったことを覚えています。そして6、7年前には名古屋にも行きました。訪問してみて、建物の色が可愛らしく、街が整理整頓されていると感じましたね。おいしいものもたくさん食べました。それと、あだち充さんの『H2』が好きなので、その関連の書籍も買いました。

―ヨンジンさんの現在の作風は、どのようにして確立されたのでしょうか?

ヨンジン:韓国のテレビでは、よく日本のアニメが放映されていて、それを子どもの頃から見て育つうちに、当時の絵の感覚が身についていったのだと思います。といっても、最初の頃は紙とペンを使ったアナログなイラストがメインで、細密に絵を描くことが多かったですね。

転機が訪れたのは5年ほど前。絵を描くことが嫌になったとき、作業をやめて旅行していたのですが、何気なくYouTubeを開いて、シティポップの音楽に、アニメふうのタッチのイラストが合わさった動画を見たんです。そのときに、このノスタルジーな感じが、逆に新しくていいなと思って。それを見てから、デジタルツールを使い、昔に見たような絵を描くようになりました。

―影響を受けたアーティストはいますか?

ヨンジン:松田聖子さんですね。特に『青い珊瑚礁』の映像に影響を受けました。それを見て、同じ時代に韓国で活躍した人たちのことを思い出したし、なによりその当時の松田聖子さんがすごく可愛くて。当時の経済状況もあったのでしょう、みんな余裕があって、幸せそうなんですよね。ぼくのイラストにも、そのような誰もが夢見る生活のイメージが、色彩表現にも現れているというか。松田聖子さんや、ぼくが子どもの頃に見てきた、可愛らしい女性像も反映させています。

日本の80年代のシティポップを象徴するイラストは、輪郭線を明確に描いて、面と面が分けられているところが魅力です。そうすることで、パッと一目でわかる印象的な絵になるし、色の表現もいい。「自分の部屋にポスターにして飾りたい」と感じさせてくれる魅力があると思います。

―最後に、日本や北九州市に来て、やってみたいことを教えてください。

ヨンジン:今年は、妻と福岡市に行く計画をしています。アニメーション動画のリリース直後は、北九州市の小倉駅などでも放映される予定だと聞きました。実際に見るのがすごく楽しみです。

Utomaru(ウトマル / 日本)

―今回制作した作品のポイントをお聞かせください。

ウトマル:「北九州市の夜景のイラスト」というお題でご依頼いただいて、実際に現地には行ったことがなかったので、打ち合わせのときにたくさん写真を見せてもらい、門司港のイラストを担当することになりました。門司港の夜景は、真っ暗な空間に小さい光がキラキラと輝くというよりも、建物全体が明るくライトアップされていて、夜景だけれど明るいんですよね。その幻想的でドリーミーな雰囲気を表現したくて、暗めの色は使わず明るめのパープルをベースにしたイラストに仕上げました。

イラストを描くにあたり、門司港に行ったことがある友だちにもたくさん写真を見せてもらいました。

この場所自体がフォトジェニックな場所なんだなと感じたので、手前に描かれた子たちが写真を撮っていて、絵文字やタグづけをしているようなイメージを表現しつつ、ファンタジックな雰囲気を表現できればと思いました。

―北九州市の夜景について、どんなイメージを持ちましたか?

ウトマル:私はもともとお台場に住んでいたので、夜景といえばレインボーブリッジのように、橋や建物の光が海に反射しているようなイメージが強かったんですよね。一方で門司港の夜景は建物全体がライトアップされ、建物の美しさが強調されています。夜景といってもいろいろあるのだなと感じました。

―ウトマルさんの現在の作風は、どのようにして確立されたのでしょうか?

ウトマル:もともとアメリカやヨーロッパのコミックが好きで、70年代から80年代にかけてのファンタジックなイラストレーションやコミックのアートを真似していきながら、日本の漫画のキャラクターが持つかわいらしさを組み合わせていき、いまの作風になりました。私の作品は、日本の方からは「アメリカっぽい」と言ってもらえて、海外の方からは「めっちゃ日本っぽくていい」と言ってもらえるんです。どちらの視点から見ても、異国のカルチャーを感じられるというのは面白いですよね。

影響を受けたとはっきり言える作家はいないけれど、すごく好きな作家はウィリアム・スタウトさん。彼は映画の美術もやっていてその作品が好きでよく見ていました。私が線をしっかり描くのは、彼の作品の影響があると思います。日本人だと、横尾忠則さんとか田名網敬一さんとか。アバンギャルドで色彩がビビッドなアートにたくさん触れていたので、色彩感覚はそこから影響を受けているのかなと思います。

―80年代風のレトロなイラストの魅力について、ウトマルさんはどうお考えですか?

ウトマル:80年代は印刷のやり方も違かったし、つくり方にさまざまな制限があったなかでイラストが生み出されてきました。そんなローテク時代のアートは、時代が一周したいま、逆に新鮮に見えていい。だからこそ、現在の技術を使って80年代のローテクっぽい感じを再現しながら、自分のなかの新しい表現を探り、遊びを入れていく面白さがあるのだと思います。

―最後に、北九州市に来て、やってみたいことを教えてください。

ウトマル:おいしいものをたくさん食べたいです。そして新しい友だちもつくりたいですね(笑)。その土地の魅力は地元の人が一番知っているはずですから。家で仕事をしていると、プライベートと仕事の境界線がなくなってきて、ずーっと仕事している感覚になってしまう。旅行はその感覚から完全に切り離される唯一の手段だと思うので、北九州市に行って人と出会ったり、情報を吸収したりして、心身ともにエネルギーを供給したいですね。

イベント情報
プロフィール
Jennie (ジェニー)

ペンネームは母親の英語の名前「Jenny」からとったもの。日常生活のさまざまな体験をもとに創作している。 マンガ、イラストなどの表現手法で自分の感情を彼岸の母に伝えると同時に、記憶にあるヴェイパーウェイヴの音色が充満する時代を再構築したい。PIXIV WAEN GALLERY 2021 『ARTISTS IN TAIWAN』画集展入選。

Youngjin Hwang (ヨンジン・ファン)

懐古趣味と絵を愛する韓国のイラストレーター。芸術文化を基にファッションや音楽業界、広告などさまざまな分野で活躍する。レトロで懐かしいマンガのような作風から生まれる作品を世に届ける。

Utomaru (ウトマル)

Illustrator / Art Director。日米のポップカルチャーの影響を色濃く受けたキャラクター造形と色彩表現が特徴の作家。 CDジャケット、MV、雑誌への作品提供から、キャラクターデザイン、コスチューム原案、漫画制作、プロダクト開発など幅広く活動中。 アメコミを彷彿とさせるポップなイラストレーションで、ポップカルチャーシーンで活躍するアーティストへのアートワーク提供も行なう。



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