瀬戸康史が「既知」と遭遇。『アール・ブリュット2025巡回展』で感じた、日常の可能性

使い終わった割り箸、郵便受けに溜まるチラシ、コンビニに佇むコピー機……身の回りにある「既知」のものに隠れた可能性とは、どんなものなのだろうか。

現在、東京・渋谷にある東京都渋谷公園通りギャラリーで開催中の『アール・ブリュット2025巡回展「既知との遭遇 自伝的ブリコラージュの世界へようこそ!」』では、既存の美術の枠にとらわれず、自らの考え方や手法でありふれたものに思いがけない姿を与える、日本のアール・ブリュット作家6名が参加。その独創的で生き生きとした作品群は、私たちに新たな想像の扉を開いてくれる。

今回は本展覧会の音声ガイドを務めた俳優・瀬戸康史さんが展示を体験。自らもアート制作を行う瀬戸さんが作品から受け取った驚きと気づきに加えて、「型にはまらないことを意識している」という自身の制作についても話を聞いた。

作家の人生を映す「ブリコラージュ」の面白さとは?

1940年代、フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが提唱した「アール・ブリュット(Art Brut)」。日本語では「生の芸術」と訳され、美術教育や時代の潮流にとらわれることなく、自らの内側から湧き上がる衝動や発想に従って独自に生まれた芸術を指す言葉だ。日本でも2000年代以降から徐々に注目されるようになり、国内のアール・ブリュット作家の活動も国際的な広がりを見せている。

『アール・ブリュット2025巡回展「既知との遭遇 自伝的ブリコラージュの世界へようこそ!」』は、そんな独自の発想や表現方法で作品を発表してきた日本のアール・ブリュット作家6名の作品を、都内3か所を巡回して紹介するものだ。

「既知」と「遭遇する」とは? タイトルに込められた意味

本展覧会のメインタイトルである「既知との遭遇」は、SF映画『未知との遭遇』(1977年)にかけて名づけられている。映画では、宇宙人との出会いによって登場人物たちが不思議な体験に魅了されていくが、本展覧会はむしろ「すでに身近にあるもの」すなわち「既知のもの」のなかに潜む驚きを、来場者に体感してもらいたいと意図している。

また、副題にある「自伝的ブリコラージュ」の意味も、展覧会を楽しむために知っておきたいポイントだ。「ブリコラージュ」とは、フランス語で「身の回りの素材を使って工夫する」という意味。既存のものや使い古されたものを組み合わせ、再利用しながら新たな意味を生み出していく手法のことだ。

本展覧会に参加している作家は、すべてこのブリコラージュの手法を創作に応用している。なおかつそれらの作品には、作家自身の日常生活や環境、そこから生まれる感情が密接に結びついている。そんな「自伝的ブリコラージュの世界」には、作家それぞれが見つめる世界や生き方がユニークなかたちで映し出され、見る者の想像力をかきたててくれる。

「こんな使い方があったなんて」瀬戸康史が驚いた、身近なものでつくられた作品たち

「僕自身も独学で絵を描いたり、立体作品をつくったりしてきたので、アール・ブリュットの世界にも興味がありました」という瀬戸さん。展覧会で作品と向き合うなかで、何を感じ取ったのだろうか。

「もとは割り箸ということを忘れる存在感」

まず瀬戸さんが注目したのは、武田拓さんの作品『はし』。そば屋やラーメン屋、高級料亭の廃棄物として回収した割り箸を再利用する仕事をするなかで、牛乳パックに割り箸を詰める作業から発展した作品だ。

展示のために粘土や接着剤で固められているものの、基本的には割り箸を突き刺すだけで構成されている本作。その形は、部屋の片隅でじっくりと考えながら生まれたそう。

通っている障がい者福祉施設のスタッフの後押しもあり、破棄された割り箸を使った制作を継続。2か月が経つころには2メートル以上の大きな作品が続々と完成したという。

石や木を削り出す引き算の彫刻ではなく、とにかく足し算をしていくことで生み出されるエネルギッシュな形。その全体像に圧倒されながらも、使われている割り箸一本一本には、噛み跡や割れ跡などの個性が宿る。

瀬戸康史(以下、瀬戸):思っていたよりもかなり大きい! いったい何本の割り箸が使われているんでしょうか……。人が使った割り箸の生々しさを残しながらも、大きな塊になることでまったく別のものとして見えてきます。なにかの生き物というか──シャチホコに見えるものもありますね。

瀬戸:固定するための接着剤に光沢感があるからか、お砂糖のコーティングに見えて、芋けんぴのようでもある(笑)。いろんな角度から見たくなるし、想像が広がります。

鑑賞していると、作品のなかに鉛筆が紛れ込んでいることを発見した瀬戸さん。「他にも何かイレギュラーなものがないか、探したくなる面白さもありますね!」

「作家の化身のような、力を感じる作品」

多種類の糸を巻きつけて塊にした『のうだま』は、納田裕加さんの作品。施設で機織りなどの作業に携わってきた納田さんは、身近にある廃材の糸や布を結び、ぐるぐると巻きつけながら形をつくり出していく。

最初は施設の仲間の作品に触発されてつくり始めたそうだが、制作を重ねるうちに「サムライ」や「芋虫」など、具体的なイメージを持ったオリジナリティのある作品を生み出すようになったという。

現在は寄付された糸やフェルト、毛糸、リボンなどを用いて、自らの体の半分ほどもある大型の立体作品も制作している。

納田さんにとって作品は、自分の「分身」であり、愛情を注ぐ対象。そのため柔らかさや丸みのあるフォルムとなり、見る者にどこか温かさとユーモアを感じさせる。

瀬戸:毛糸やラメ入りの糸など、たくさんの質感があって、大胆だけどしっかりつくり込まれていますね。カラフルなので明るい印象もあるけれど、身近にあるものを使っているからか、この作品からもなんだか生々しさを感じます。

作品の内側にもたくさんの布や糸が詰まっていることを想像すると、作者の内側にあるものが、見る人の無意識にある心理に触れていく力があるような気がします。

瀬戸:大きなナマコのようなもの、オオサンショウウオのようなものなど、多様な形があるけれど、そのどれもが作者の分身のようにも感じます。

瀬戸さんが特に気になったのは、最も大きな作品(★写真の左下の作品)。「最初は牛に見えたけれど、学芸員さんから『人のようにも見える』と聞いて驚きました。誰かと意見を交わしながら見るのも面白いですね」

「コピー機で表現の可能性を探ってみたくなりました」

廊下の壁一面に展示されている井口直人さんの色鮮やかな作品群は、よく見ると人間の顔やシール、砂糖やコーヒーの缶など、日用品や身近なものが映し出されている。

じつは、ここに写った人間の顔はすべて井口さん本人のもの。自分のお気に入りのアイテムをコピー機の上に即興的に並べ、そこに顔を押し当てて撮影・プリントするという方法で制作されている。

井口さんはこれを22年以上、街のコンビニや自身が通う福祉施設のコピー機でほぼ毎日続けてきたそうだ。制作手法もさまざまな要因で変化し、近年はフルカラーではなく2色刷りにも挑戦。制作のペースも加速させているという。

また、ある現代アーティストとの出会いから、2色刷りしたものをさらに2色刷りするという技法を学び、多重露光のようなより不思議なイメージをつくり出すようになった。最近では福祉施設の来館者と一緒に撮影するなど、コピー機がコミュニケーションのツールになっているそうだ。

瀬戸:実際に見ると迫力が全然違いますね! 全体を見ると時間の流れが感じられるし、一つひとつをじっくり見るといろんな発見があります。たとえば、多くの作品で顔の横にはたくさんのシールやレース柄のビニール袋が並べられていて、井口さんのお気に入りなんだということが伝わります。

瀬戸:2回プリントを重ねている作品は、1枚の写真のなかに顔が2つあったりして独特の雰囲気がありますね。毎日のように実験的な試みをして、膨大な作品をつくり続けていくことで、より型にはまらない作品に進化していることがわかって面白いです。特に眼差しがこちらを向いているものは、他のものとまったく違う印象があって、どこか神秘的で、いろんな感情が伝わってきます。

「色のグラデーションが美しいですね。2色刷りのコピー機で表現の可能性を探ってみたくなりました」

「どの作品も、ものすごい熱量。圧倒されます」

その後も、会場に展示された作品群をじっくりと見てまわった瀬戸さん。展覧会を通して何を感じ取ったのか。

瀬戸:アール・ブリュットに触れる経験は今回が初めてでした。音声ガイドの収録をする際も、資料で作品を見て「本当にすごいな」とは思っていたけれど、展示会場へ行って作品を見ると、ものすごく力強いエネルギーを感じて、圧倒されました。

作品の細かいところまで見ていくと、より作家自身の眼差しや熱量を感じられて、どれも面白かったですね。各作品にはもちろん作家たちの個性が反映されているけれど、不思議と展覧会全体がひとつの作品のように感じられたのも興味深かったです。「身近なものを使い、そのときの思いのままにつくっている」という共通点があるからかもしれません。

「一つひとつがすごく細かい……! 全体を見ると街に見えるけれど、昼なのか、夜なのか、上か下かもわからない不思議な空間。夜中の制作特有の変なテンションが作品に反映されているように感じました」

「絵本の『スイミー』を彷彿とさせますね。小さな点が集まってひとつのものになっているような」

「セロハンテープの劣化による色味も相まって、最初はハチミツみたいに見えました。一方で、呪物的なものにも見えるから面白い」

「ギリギリまで顔を画面に近づけて、なりふり構わず描いているのかな? 全体が見えていないからこその画面の切り取り方というか、近すぎるが故の視点だなと感じました。色使いも斬新で驚かされます。モチーフは穏やかな日常のものなのに、ものすごい情熱と荒々しさを感じますね」

瀬戸康史が語る、アートと日常のつながり。展示を見て感じた、自身の作品制作との共通点とは?

今回、自身が音声ガイドを担当紹介した展覧会を体験した瀬戸さん。日常の見方や普段の作品制作にどのような視点が加わったのだろうか。

瀬戸:僕自身もこれまで作品をつくってきたからか、「よくそんなことを思いついたな!」という驚きがいくつもありました。

ありのままの自分を作品にぶつけることが気持ちよさそうで。日々の暮らしのなかでどこに目を向けるかで、世界はひらいていくものだと思ったし、とらえ方を変えればなんでもアートになりうる。可能性は無限大だと気づかされました。

瀬戸:ありふれたものが、ふとした行為や衝動と運命的な結びつきをすることで作品は生まれるのかもしれない。日常にそんな可能性が秘められていると思うと、すごくワクワクしますね。

僕自身が絵を描くときは、特にテーマを決めず、まずは自分の頭のなかに浮かんだものを自由に描いてみて、そこから形を決めていくことが多いんです。今回見たブリコラージュの手法に内在している「最初の衝動」とはすごく共通点があるなと感じました。

なるべく型にはまらないことを意識しているので、作品を見ながらたくさんの刺激を受けました。アートってすごく身近なものだし、特別な教育も必要ない。「自由でいい」とあらためて感じましたし、もっと挑戦していきたくなりました。

展示空間では、作家それぞれの世界観を感じられるような工夫も施されている。たとえば鶴川さんの作品の展示では、制作時の環境をイメージし、一部を空白にすることで窓のような部分をつくっている。来場者がそこから覗き込むことで、作家の視点を追体験できるという。

また、床のグラフィックは、道路標識やサインをモチーフに、ルールと偶然が入り混じるようなデザインに。展示テーマ「既知との遭遇」に合わせ、既視感と違和感が同居するよう意図されている。

瀬戸:いろんな人が訪れやすく、作品を楽しく鑑賞できる、明るい雰囲気の展示空間ですよね。よく見ると、街にあるありふれたものをモチーフにデザインされていて、渋谷という街から展示空間までがナチュラルにつながっている。

壁越しに他の展示を見たり、しゃがんで見たり、ギリギリまで近づいて見たりして、自由に見て回ることができました。「どんな質感や重さなのだろう?」と触って確かめたくなるシーンもたくさんあったので、視覚に障害のある方が触って鑑賞できる機会があってもよさそうですね。

実際に11月からは視覚障害がある方のための触図を使った鑑賞ツアーや、分身ロボット「オリヒメ」を使った鑑賞ツアーなど、アクセシビリティのプログラムも用意されている。

また、誰もが展示を楽しめる取り組みも実施。「やさしい日本語」や4コマ漫画を使い、作家や作品のことをわかりやすく紹介する鑑賞ガイド「まめガイド」は、展示をより楽しむための助けになるはずだ。

最後に瀬戸さんから、これから展覧会に訪れる方へメッセージが贈られた。

瀬戸:まずは好きなように、自由に見てくれたらいいと思います。個人的には、一緒に見たみんなで感想を言い合うのがすごく好きですね。

同じ作品でも「幸せを感じた」「悲しく見えた」と真逆のとらえ方をしたりする。そのとき自分が置かれている状況によっても変わってくると思うし、今回の展覧会の作品は特にいろんな見方ができると思うので、ぜひ意見の交換をしてみてほしいですね。いろんな見方をして、いろんな意見を持つことをぜひ楽しんでみてください。

東京都渋谷公園通りギャラリーでの展示は2025年12月21日まで。その後、2026年1月15日から25日までプリモホールゆとろぎ(羽村市生涯学習センター)、1月31日から2月9日まで板橋区立成増アートギャラリーと、都内3か所を巡回する。

全会場で無料で聴くことができる、瀬戸康史さんによる音声ガイドとあわせて、素直な驚きを楽しもう。

イベント情報
『アール・ブリュット2025巡回展「既知との遭遇 自伝的ブリコラージュの世界へようこそ!」』

会場:東京都渋谷公園通りギャラリー
2025年9月27日(土)〜12月21日(日)

会場:プリモホールゆとろぎ(羽村市生涯学習センター)展示室
2026年1月15日(木)〜1月25日(日)

会場:板橋区立成増アートギャラリー
2026年1月31日(土)〜 2月9日(月)
プロフィール
瀬戸康史

1988年5月18日生まれ。福岡県・嘉麻市出身。2005年にデビュー。舞台『関数ドミノ』で第72回『文化庁芸術祭』演劇部門新人賞受賞。映画『愛なのに』にて、第44回『ヨコハマ映画祭』で主演男優賞を受賞するなど活躍。ライフワークにもしているデジタルアートを活かし、地元・嘉麻市との地方創生活動『SETO×KAMAプロジェクト』にて、オリジナルキャラクター「カマシカちゃん」を考案・制作、2023年にはアニエスベーとコラボしたLINEスタンプを手掛けた。



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