butajiが語る、自らが何者かを知って。愛のあり方は多様でいい

butajiのニューシングル“中央線”で何度も繰り返される「君を愛している」という言葉を聴き、筆者がまず思い出したのは、彼が2018年に発表したアルバム『告白』の1曲目が“I Love You”だった、ということだ。あるいは、もしかすると『告白』と“中央線”の主題はそこまで変わらないのではないか、と。

事実、今回のシングルに収録されている2曲は、どちらも『告白』のリリース前からライブで頻繁に披露されており、タイミングとしては『告白』に収録されてもおかしくなった。しかし、結果として“中央線”“same things, same time”はシングル作品としてこのたび発表される運びとなった。

“I Love You”が表現していたのは「怒り」だった。それは自分の「I Love You」という感情が他者に受け入れられなかったこと、互いの感情をいつまでも理解し合えないことへの怒りであり、『告白』はその怒りが徐々に冷めていく過程を描いた作品でもあった。

一方、今作“中央線”でbutajiはこうも歌っている。<それでも愛している / まだ まだ / それを受け取ったの>。『告白』における「愛」は、報われないものだった。しかし、その愛が報われないものだったとしても、誰かを愛さずにはいられないのが人であり、“中央線”はそんな人の生き方、多様な愛のあり方を肯定した歌のように聴こえる。つまり、“中央線”と『告白』は地続きであり、同時にbutajiの新たなモードを伝えている作品なのではないかと。

何よりも、この2作のジャケット写真を並べてみるといい。『告白』のときに俯いていた彼は今、とても穏やかな表情でしっかりと前を見据えている。では、早速そのbutajiに今回のニューシングルが生まれた背景と、現在の心境を伺ってみよう。

butaji(ぶたじ)
藤原幹によるソロユニット。幼稚園頃からバイオリンを習い始め、クラシックに親しむ。2018年に2ndアルバム『告白』をリリースし、七尾旅人を招いてリリースパーティーを開催。2019年12月、初のシングルとなる『中央線』を発表した。

「『告白』のときに自分が困窮していたのって、振り返って考えるとシスジェンダー的な思想だったのかもしれない」

―『告白』のリリースから1年と数か月が経ちました。あれからbutajiさんを取り巻く環境にはどんな変化がありましたか? butajiさんの心境も、きっと『告白』の頃とはだいぶ違うんじゃないかなと思って。

butaji:そうですね。とはいえ、ガラッと何かが変わったなんてことはまったくなくて。僕自身、『告白』を出すことでいろんなことが変わるんだろうなと予測してたんですけどね。実際はそんなこと全然なかった。甘かったですね、考えが(笑)。

butaji『告白』を聴く(Apple Musicはこちら

butaji:ただ、あのアルバムを通じて友達ができたのは変化したところかな。『告白』のジャケット写真を撮っていただいた植本一子さんとも仲よくなれたし。

イラストレーター / コミック作家のカナイフユキさんとか、現代美術家のミヤギフトシさんとか、セクシュアリティーに関する問題を取り上げることで社会とつながろうとしている方々に知り合えたのは大きかったです。

―セクシュアルマイノリティーに関する問題を取り上げた雑誌『Over magazine』にbutajiさんのインタビューが掲載される、ということもありましたね。

butaji:僕自身も『Over magazine』から学んだことがいろいろありました。先ほど名前を挙げた方々にしてもそう。みんな自分の内面を深く掘り下げていて、それを表現として外側に出している。そういう方々の作品を目の当たりにすると、自分の考えはまだまだ浅いんだなと思えたし、何よりもそれで僕自身が救われたんです。

butaji:やっぱりずっとひとりで考えてると疲れちゃうから、周りから刺激をもらったり、新たな知見を与えてもらえると気持ちが楽になるんですよね。

―自分と同じような悩みを抱えている友人が、以前はあまりいなかったということ?

butaji:そう。なので、今は話せる人がいるってことが単純に楽しいんです。

―自分の考えがまだ浅いというのは、具体的には何を指しているのでしょうか?

butaji:そうだな……たとえば『告白』のときに自分が困窮していたのって、振り返って考えるとシスジェンダー的(生まれたときに割り当てられた性別と性同一性が一致し、それに従って生きる人)な思想だったのかもしれないと思ったり。

要は、「こうあるべき」みたいに自分で自分を絡め取っちゃっていたんじゃないかなと。なので、“中央線”ではその「こうあるべき」から自分自身を解放したかったのかもしれない。

かつて受け入れてもらえなかった「I Love You」。butajiが今、<それでも愛してる>と歌うに至るまで

―『告白』はbutajiさんが個人的な問題と向き合うなかで生まれた作品だったから、その制作は苦しみを伴うものでもあったと思う。一方で今回のシングルは自分の内面というより、ベクトルを他者に向けて歌っているように聴こえたのですが、いかがですか。

butaji:そうですね。“中央線”ができたきっかけはいくつかあるんです。なかでも大きかったのが、2018年3月に新宿ピットインで七尾旅人さんと梅津和時さんの公演を観たこと。

そのときに七尾さんと梅津さんがカバーした、忌野清志郎の“スローバラード”を聴いたときに、何か感じ入るものがあって。当時の僕が考えていたことがそこで一気にまとまって、そのライブを観終えてから家に帰るまでのあいだに、“中央線”の曲と歌詞がすべて書けたんです。かかったのはだいだい1時間くらいかな。

butaji“中央線”を聴く(Apple Musicはこちら

―その“スローバラード”のカバーに触発されて書いた曲でもあると。

butaji:あとこれは遠因かもしれないけど、同じく2018年3月頃に『あれよ星屑』(『月刊コミックビーム』にて連載)という漫画が完結して、その作者の山田参助さんが紹介していらした戦後の上野駅とかドヤ街の資料を僕も調べてみたんです。そうしていくなかで、その戦後の風景が自分の生活している場所とつながってきて、作品のモチーフになりました。

あと、今回のジャケット写真を撮ってくれたカメラマンの宇壽山貴久子さんと雑談していたとき、宇壽山さんがふと「好きな人は好きなままでいいんじゃない? 一緒にいれないからって、その人を嫌いになる必要はないと思う」とおっしゃったことがあって。それもまた複合的な要因のひとつかもしれない。

―宇壽山さんのその言葉を、butajiさんはどう受け止めたんですか?

butaji:「そうは思えないときもあるけど、たしかにそうなのかもしれないな」みたいな感じかな。“中央線”の<君を愛してる それを受け取ったの>という歌詞は、多分そういうところからきているんだと思う。君を愛してるってことを、自分で受け取ったっていうね。

butaji:<君を愛してる>という言葉って、本来は相手に伝えることなんだけど、実際にこの曲で<君を愛している>と伝えているのは、未来の子どもたちにだけなんですよね。

―“中央線”は、セクシュアリティーをまだ自覚していない子どもたちのことや、それを自覚していくなかで大人になっていく過程について歌っているようにも聴こえます。

butaji:わかります。僕はこれって一般的な話でもあると思うんですよ。その人を愛しているけど、結婚するとなると制度的にいろいろ難しかったりとかね。自分で何かを決断するにあたって、社会的な制度を知ったり、周りの意見を聞いたりすると、それまでの自分の浅はかさに気づかされる。

僕はそこまでを「思春期」と捉えて、この言葉を“中央線”の歌詞に入れたんだと思う。カミングアウトをターニングポイントとしたときに浮かんだ言葉でもありますしね。

―なるほど。

butaji:で、僕はそこから先にいきたいと思ったんです。自分が何者かを知ったうえで、「それでも愛してる」と言えるんじゃないかなって。

ポップスにおける「愛してる」のあり方について。軽薄な言葉ではないからこそ、血を通わせるべき

―<君を愛してる>という言葉はポップソングの常套句でもあるけど、“中央線”はそんな使い古された言い回しを再定義した曲でもあるように感じました。butajiさん自身にそういう意識はありましたか。

butaji:まさにそのとおりだと思います。ポップスの歌詞を聴いていると、「本当にその言葉、日常的に使えると思ってるのかな?」みたいに感じることもあります。

実際に使うとしたら、それは血が滲むような言葉なんじゃないかなと僕は思うし、そこにちゃんと血を通わせたら、その言葉にはもっといろんな意味が出てくると思う。それこそ<君を愛してる>って、僕はそんなに軽薄な言葉じゃないと思うんですよ。

butaji:あと僕、ポップスってヘテロ的な文化なのかもしれないな、とも思ってて。

―ポップスは異性愛を前提にしたものなんじゃないかと。

butaji:特に『告白』のときはそういう気持ちが強かったから、男女の関係性を前提としているJ-POPの骨を入れ替えたいっていう意識があったんです。でも、今はそこをあんまり気にしてないんですよね。その人にとってはそれが真実なら、それでいいと思う。

butaji:とにかく僕はポップスが作りたいんですよ。僕はマスに当てはまるような人間ではないけど、それでも自分の作る曲はみんなが楽しめるものであってほしい。まあでも、サウンドについて言えば、もしかしたら僕はポップスを作ろうとはしてないのかもしれないな。少なくとも僕の曲はJ-POP的な音像から逸脱してると思うし。

マイノリティーを見つめながらポップスを作る、ということ

―J-POPから逸脱しているというのは、どういう意味で?

butaji:これは好みの話なんですけどね。僕は、楽曲にノイズがあることはすごく大事だと思ってて。『告白』に収録されている“EYES”という曲にはノイズを意識的に入れたんですけど、あれもまたひとつの迫力として機能していると思うし、何かそういうひっかかりがないとつまらないと思うんです。

butaji:もっと言うと、僕は歌詞で言い切れないことをノイズに任せているのかもしれない。要は感情の摩擦みたいなものですね。

―なるほど。

butaji:ああ、今ちょっと思い出しました。僕、小学校の頃に放送委員だったんですよ。で、放送室には教材用のCDがいろいろあって、いつも童謡とかを校内に流してたんですけど、それがつまらなくてね。で、あるときにCDの盤面をカッターで傷つけたことがあって。

―(笑)。

butaji:それで音飛びしまくったCDを校内に流したら、先生が放送室に走ってきて「今すぐ止めなさい!」と(笑)。あれは面白かったなぁ。

―小学校の頃からbutajiさんはそんなに変わってないのかもしれないですね(笑)。

butaji:それこそ僕はポップスを作りたいと言いながら、ずっとマイノリティーのことしか見てないですからね(笑)。でも、ポップスはそういう視点でも成立するから。

―果たしてそれがマイノリティーなのかどうかも、僕はわからないなと思ってて。同じ苦悩を抱えている人がこんなにいたってことを可視化したポップソングって過去にもたくさんあるし、それはbutajiさんの音楽にも言えることだと思うんです。

butaji:僕も、今はもっと自分の球を社会に投げ込める気がしてます。もちろん“中央線”も社会に何かを問うた曲でもあると思ってるし。

butaji:あと、今の僕は「今」について歌いたいんですよね。それこそ“中央線”の題材も「今」なんです。つまり、過去と未来じゃない。もちろんJRの中央線もモチーフのひとつではあるんですけど、僕が“中央線”を作るときに思っていたのは、過去と未来の真ん中にあるものが中央なんじゃないかな、ということだったので。

―なるほど。

butaji:なので、きっと次作の題材も「今」になるんじゃないかな。今がどういう時代 / 社会なのか、どういう問題があるのかってことをちゃんと把握したいんですよね。それは過去を題材にした『告白』の反動でもあると思う。

個人として、社会の一員として、butajiが子どもたちに宛てた歌を作った理由

―僕は2曲目の“same things, same time”も、“中央線”に引けを取らない名曲だと思ってるんです。というか、今回のシングルはこの2曲で成立している作品だと僕は捉えていて。

butaji:そうですね。

―もっと言うと、“中央線”では<君を愛してる その意味もわからずに走っていく子供達の全てを愛している>と歌っていて。その子どもたちに宛てた曲が“same things, same time”なのではないかと。まあ、これは僕の勝手な解釈なんですけど。

butaji“same things, same time”を聴く(Apple Musicはこちら

butaji:いいと思います(笑)。“中央線”で<その意味もわからずに走っていく子供達>と歌ったのは、「愛してるってことを本当にわかってるのは子どもなのかもしれないな」と思ったからなんです。子どもって、欲が行動に直結してるじゃないですか。僕はそれってひとつの愛情だと思うし、もしかしたら大人がそれを子どもから教わってるのかもしれないなって。

“same things, same time”の歌詞もそう。ここで歌っているのは「子どもから教わってることってあるよね」みたいなことなんです。たとえば子どもと一緒にいるとき、「この子、どことなく僕と似てるな」と感じたことがきっかけで、記憶のドアが開く瞬間があったりしますよね。そこで昔の自分と目の前の子どもが重なったとき、その子どものことも、昔の自分のことも肯定してあげられたらなって。

―肯定的な言葉を投げかけるのって、難しいことでもあると思うんです。そこに何かしらの裏づけや確信が伴ってないと、無責任な言葉にもなりかねないし。

butaji:そうですね。

―そこでbutajiさんは今、どんな言葉を聴き手に投げかけたいと思ったのでしょうか。

butaji:たとえば、誰かが子どもを虐待したっていうニュースを見ていると、その人自身が親からいい思い出をもらえてなかったり、その人が置かれていた環境に原因がある場合もあるじゃないですか。そういう問題を次の世代に渡さないためにはどうしたらいいのかってことを、僕なりに考えたかったんです。

幼い頃のトラウマが解決できないまま大人になることってたくさんあるし、まずはそれを自分で解決してから未来を考えたいというか。この子を見ていると蘇ってしまう自分のトラウマを解決して、そのうえでこの子に会いたいーー“same things, same time”で書いたのは、そういう気持ちなんじゃないかな。

急速に変化し、混迷する世の中で生きていくために。butajiは、「世界を嫌いにならないでほしい」と語った

―butajiさんは『告白』リリース時のインタビューで、「今の問題は『違和感を抱えている者同士がおなじコミュニティで暮らしていくためにはどうすればいいのか』だと思う」ともおっしゃっていましたよね。

butaji:あのときに僕が挙げていた問題って、解決するまでの段階があると思ってて。その第一段階として、まずは自分自身のことを解決しなきゃいけないと思うんです。

「多様性」というテーマを掲げて『告白』を作ったけど、僕が今考えているのは、多様性は人から認められるものじゃなくて、自分自身で自分を肯定するものなんじゃないかなってことなんですね。そのあたりの意識が『告白』と今作のいちばん違うところなのかもしれない。それに2020年は社会的にとても大変な年になると思うので、今回の2曲はそこに向けた曲でもあると思ってます。

―東京オリンピックもありますしね。

butaji:オリンピックのあとはさらに大変になると思う。だからこそ、その前に自分の周りにあるものをちゃんと知っておきたいんです。この人に頼れるとか、いつでも戻れる場所があるとか、そういうことをちゃんとわかっておくのって、すごく大事だと思う。

―「中央線」の<急げ急げ 社会が変わる 世界が変わる 僕らも変わる>という歌詞も、今のお話につながってくるのでしょうか。

butaji:「社会が変わる」というのは「自分が変わる」ということなのかもしれないですよね。自分は何を根拠にこの判断を下したのか。どういう理由で今ここにいるのか。どういう家庭で育ったのかーーそういうことを自分自身で把握しておくべきだと思う。自分が何者なのかをね。“中央線”はそこに尽きるのかもしれない。

―<君を愛している>という感情を自ら受け取って、それが自分なんだと知ったとき、その人の生きる世の中は複雑になっていく。愛を知るというのは素晴らしいことだけど、辛いことでもあると思うんです。

butaji:うん。何かを知るってことにはリスクがありますよね。いろんなことを理解していくと、自分が何をしたいのかわからなくなってくる。でも、そこで複雑になった世界を嫌いにならないでほしいし、<それでも愛している>と言いたいんですよね。

そのためにも、自分が今どうしたいのか、何を考えてるのかを認識するってことは大事だと思うんです。もっと簡単に言うと、考えてほしいってことですね。

―昨今の社会は、人々を自分で考えさせない方向に誘導してしまっているようにも感じます。というか、ヘタするとポップスもそういう方向にいっちゃってる気がする。

butaji:そうなんですよ。みんなその場を凌ぐだけの快楽性ばかりに流れてる。僕は今それを危惧してて。

―『告白』は「祈り」もテーマのひとつだったと思うんです。でも、今回のシングルにはその感覚はあまりないように感じたのですが、その点はいかがですか。

butaji:たしかに、今の僕は「祈る」という行為から遠ざかってるかもしれない。というか、祈ってる場合じゃないと思ってますね。まだできることはあるし、祈るのはやることをやったあとでいい。それよりも、今はみんなもっと怒っていいと思う。

―僕も最近よく思います。もうチルとか言ってる場合じゃないぞと。

butaji:あはは(笑)。優しい人が多いからね。

―怒るのもエネルギーがいりますもんね。僕も怒るのは苦手だし。

butaji:僕も苦手。でも、それを伝えるのは大事だと思ってます。こういう問題に自分は今、怒ってるんだってことをね。

リリース情報
butaji
『中央線』(CD)

2019年12月18日(水)発売
価格:1,320円(税込)
btj-1001

1. 中央線
2. same things, same time

イベント情報
『Eggs×CINRA presents exPoP!!!!! volume129』

2020年1月30日(木)
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest

出演:
butaji
Hainuwell
工藤将也
ジオラマラジオ
料金:無料(2ドリンク別)

プロフィール
butaji
butaji (ぶたじ)

藤原幹によるソロユニット。幼稚園頃からバイオリンを習い始め、クラシックに親しむ。2013年にBandcampにてEP『四季』や『シティーボーイ☆』を発表し、2015年には初となる全国流通アルバム『アウトサイド』を発表。2018年に2ndアルバム『告白』をリリースし、七尾旅人を招いてリリースパーティーを開催。2019年より主催イベント「VARIANT」を始動、同年12月、初のシングルとなる『中央線』を発表した。



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