永原真夏が歌い切る。多様性への目配せより、目の前の君を愛す

真逆の人間が集まってひとつのものを作り上げるバンド活動。黒と白だけではない、その中間にあるグレイのグラデーションを表現する言葉。これまで永原真夏が体現し、取材の場で語ってきたのは、常に「多様性」についてだったと言ってもいいかもしれない。そして、特に2010年代後半において「多様性」は時代のキーワードとなり、多くの人にその価値観が浸透したわけだが、それでもなおモヤモヤとした気持ちは消えない。どうやら、僕らはそろそろ次の一歩を踏み出すタイミングのようだ。

ソロ活動で苦楽を共にしてきたSUPER GOOD BANDを解散させ、ピアノトリオを軸とした新編成で制作された新作『ラヴレター』には、そんな「『多様性』のその先」のヒントが詰まっている。昨年配信で発表された“おはよう世界”の<他力本願でいい>という歌詞も、大きなヒントのひとつであり、ここには永原の表現の根幹がよく表れていると言えよう。ジャズやヒップホップといった異ジャンルとの出会いによって、むしろパンクという自らのアイデンティティを掴み直した作品でもある『ラヴレター』について、永原に話を聞いた。

SUPER GOOD BANDが私に教えてくれたのは、「どんな状況になったって、何でもできる」っていう感覚だったんです。

永原真夏(ながはら まなつ)
2008年、SEBASTIAN Xを結成(2015年活動休止、のち2017年に再始動を果たしている)。2015年からソロプロジェクト「永原真夏+SUPER GOOD BAND」での活動をスタートし、『BEΔUTIFUL』のツアーを経て2019年11月にSUPER GOOD BANDが解散。SEBASTIAN X結成からの盟友・工藤歩里とのユニット「音沙汰」でも活動する中、2020年3月25日に永原真夏名義でのEP『ラヴレター』をリリース。

―昨年の10月にSUPER GOOD BANDの解散が発表されて、11月にラストライブが行われました。解散を考え始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

永原:去年『BEΔUTIFUL』というミニアルバムを作って、そのツアーファイナルが5月に行われて、そのときにSUPER GOOD BANDのメンバーが、「この形でひとつやり切ったな」って感覚を……そのとき言葉にしたわけではないんですけど、あとあと共有したんですよね。それは一個大きなきっかけで、解散を決めたのもその頃、夏前くらいです。

―真夏さん自身も「ひとつやり切った」と感じた?

永原:私自身もそうですね。ソロになって、いつも一緒にいたメンバーがいなくなって、途中で事務所も独立して、今まであったものがなくなったときに、それでも何でも作れる自分にまずはなろうと思って。それがここまでの4年間くらい。私はいろんなものに寄りかからずに創作活動をしていきたいと思っていて、ゼロから何かを作っていくってことがこの4年で掴めたので、またここで寄りかかるものをひとつ減らしてみようと思ったっていうか。バンド出身なので、メンバーが固定でいるっていうのは超安心なんですけど、でももっとどこにでも行けるようになりたいっていう気持ちの表れだと思います。

Spotifyで永原真夏+SUPER GOOD BAND『BEΔUTIFUL』を聴く

―逆に言えば、SUPER GOOD BANDが安心して寄りかかれる存在にまでなったっていうことでもありますよね。

永原:そうですね。バンドって、ルーティーンをどれだけ輝かせられるかだと思ってるんです。それぞれの手癖や性格がそれぞれのプレイヤビリティには入っていて、そこから生まれるいい意味でのルーティーンをどうドライブさせていくか。それが私の中の、長くやっているバンドのイメージ。

でもソロはそうじゃなくて、一個完成したものをもう一回やるっていうのは、違うんじゃないかなって。SUPER GOOD BANDが私に教えてくれたのは、「どんな状況になったって、何でもできる」っていう感覚だったんです。誠実に話せば人は聞く耳を持ってくれる。むしろ、そういうことでしかモノは作っていけない。ギフトのようにもらったその考え方を貫徹するならば、焼き増しはするべきではないなって。

―じゃあ、実際メンバーで解散の話をしたときは、わりとすんなり「そうだよね」っていう感じだった?

永原:んー、みんな「必要だ」って言われたらやるし、やりたいことがあるならやった方がいいと思うっていう、全員ホントにシンプルな答えでした。歩里(工藤歩里 / SEBASTIAN Xから永原とともに活動)だけ「私は次もやりたーい!」って言ったけど(笑)。

―ははははは。

永原:彼らはずっと「必要ならやるよ」ってスタンスからはずれたことがないけど、それぞれの考え方は全然違って、「解散します」って発表するタイミングに関しては超話し合いました。一人は、「解散」って言いながらツアーを回るような終わりの商売はしたくないっていう美学を持っていて、もう一人は、ちゃんと今までお世話になった人とか、好きでいてくれた人が見られる余白を作りたいって言ってて……。

―誰がその発言をしたかも想像できますね(笑)。

永原:で、「どっちもわかる!」と思って、2人の望んだ解禁日の間を取りました。曲作りからプレイに対する考え方まで、すべてにおいて真逆のメンバーが集まってたんですけど、でもそれで一個のものを作れるのは、自分にとってすごく大きなことで。似たり寄ったりの思想で集まって、自分たちの信じるものを濃く作っていくんじゃなくて、相反する人たちの中で、「でも、これはいいよね」ってものを集めていった4年間は、私の考え方そのものだったなって。

―それはきっと、SEBASTIAN Xもそうでしたよね。

永原:そう、「相反する人が常にいる!」みたいな(笑)。でもホントに、全然違う人たちが集まってひとつのものを作れるっていうのは、常に自分のコンパスになってますね。今回の作品も、リズムミュージックの子たちと出会って、「楽器って面白い!」っていう新たなドアが開いたから作れたと思うんですよ。

「他力本願」が言えなくなったら窮屈だと思うんです。「全部を自分で掴むんだ」っていう空気が蔓延してる気がして、一側面でそれはすごく合ってるけど、でもすごく危ういとも思う。

―新編成に関しては、ピアノ、ベース、ドラムを基本としたピアノトリオになっていますが、どんな音楽的イメージがあったのでしょうか?

永原:楽器隊は3ピースでやろうと思ってたんです。自分の表現の中で、ピアノは自分の芯を食うときに必要な音色なので、そうなるとピアノトリオだなって。長く歩里とやってきたからっていうのももちろんあるんですけど、気づけばピアノが自分にとって重要な楽器になっていたので、そこにもうちょっと向き合った上で、骨組みだけのシンプルな音楽がやりたいと思ったんです。

―ピアノは真夏さんにとってルーツの楽器でもあるわけですか?

永原:いや、ルーツで言うと完璧にギターなので、むしろ常に「ギターじゃないんだ!」って自分で思ってるんですけど(笑)。まずはもともとSEBASTIAN Xから歩里とずっと一緒にやってるから、それは一個超デカい。彼女のピアノが好きで、それは理屈を超えたものがあるというか、阿吽の呼吸みたいなものがあるので。

あと去年くらいからCRCK/LCKSの小西(遼)くんのピアノで曲を作ったり、自分でもピアノを弾くようになったりしたんですよね。最近はウクレレとかドラムも練習してるんですけど、やっぱりピアノが一番フィットする。自分のこれまでの活動や、いろんな人との出会いを経て、「ピアノか!」ってなっていったんです。

―真夏さんはこれまで基本的に「言葉と歌の人」だったと思うから、楽器に興味が向かったのは結構大きな変化のように思います。

永原:今回、音の旅crewっていうレゲエのバンドのリズム隊(大樹、チャック)と、No Gimmick Classicsっていうヒップホップのバンドのドラマー(尾日向優作)に参加してもらっていて。いわゆるリズムミュージックの子たちをウェルカムして作ってみて、リズムの音楽には「楽器って面白そう」って思わせる魅力がすごくあるなって思ったんですよね。詩と歌に関してはもうブレることがないというか、もはや刺青みたいに私の中に入ってるから、他のことも許容できるようになったうえで、今回リズムミュージックの子たちと出会ったことで「楽器って面白い!」って思えたんです。

―ファーストフルアルバムの『GREAT HUNGRY』までの歩みの中で、「詩と歌」は十分体に刻まれたんでしょうね。

永原:そうなんだと思います。だからこそ今回は、「刺さる」とか「泣ける」じゃなくて、「ここ気持ちよくない?」「……気持ちいい、とは?」みたいに飛び交う単語が今までと違っても楽しめたんですよ。私はずっとパンクロックが好きだったから、スクウェアで、ある意味グルーヴしてない音楽っていうか、「アタマ、アタマ」(=アタマの拍)っていう、その遠心力で音楽をやってきたようなところがある。だけど裏打ちのグルーヴに乗って、ベースを聴いてるだけでだんだん気持ちいい感覚が生まれてくるような体験が今回の作品には詰まってますね。

―昨年の12月に新体制の初作として“おはよう世界”が配信されていて、<おはよう世界 新しい日 ステキな未来へ連れてって>という歌い出しや、途中の<みなさんお世話になりました / どうもありがとう>という歌詞からして、ストレートにSUPER GOOD BANDからの旅立ちを歌っていますよね。

永原:まさにその気持ちで作った曲ではあるんですけど、自分の中で大事にしたのは、自分の世界とか場所が変わるときに、「自分で掴んでいこうぜ」って歌詞にはしないようにしようと思いました。「自分で決めて、自分で選ぼうぜ」って、すごく大事だけど、それでも自分一人では決められないこともあるし、それだと選べる範囲が狭くて、「こっちにも人いるよ!」みたいなことになりかねない。自分にとっても大事なタイミングだからこそ、今回自分が一番大事にしたのは「他力本願」っていう言葉で、「他力本願じゃダメだよ」って言われるこのご時世に「他力本願でいい」って、大きい声で言いたかったんです。

―まさに、そこがこの曲のポイントですよね。<他力本願でいい>っていうフレーズだけを抜き出すとマイナスなイメージに受け取られかねないけど、この歌詞の背景には真夏さんなりの哲学があるんだろうなって。

永原:「他力本願」が言えなくなったら、すごく窮屈だと思うんですよね。「全部を自分で掴むんだ」っていう空気が今の時代には蔓延してる気がして、一側面でそれはすごく合ってるけど、でもすごく危ういとも思う。バンドの話と同じで、何人かの人間がいると、そこに適したグルーヴってあると思うんですよ。「私が決める」って人がいて、それを補佐するのが上手い人がいたら、そこには「他力本願」って考え方もあってしかるべきだと思う。そうやって、今に対してちょっと風穴を開ける感覚で歌ってますね。

「君はどう生きるんだ?」っていう問いかけじゃなくて、「あなたと私はどうなりたいですか?」っていう考え方をベーシックに持って、時代を駆け抜けたいと思った。

―SUPER GOOD BANDが本格始動するタイミングで発表された“オーロラの国”でも<てきとうでも生きていける>と歌っていて、ただ力強いだけではなく、大事なタイミングだからこそ風通しを良くしておくというのは、非常に真夏さんらしいと思います。ただ、これはあえて意地悪に聞きますけど、「それでも最終的には自分で決めないといけないし、この考え方は逃げなんじゃないか」って思う人も、もしかしたらいるかもしれない。その意見に対してはどう返答しますか?

永原:でも、それでつぶれちゃったら元も子もないじゃん? っていうのが私のリアルですね。だって、人間は簡単につぶれちゃうから。例えば「俺は絶対逃げない!」って、日本海の岬に裸で立てる人もいるんでしょうけど(笑)、そんなことしたら再起不能な人だっていて。それなのに、みんなで並んで「お前もやれよ」みたいなことだらけだったら、回るものも回らなくなっちゃう。

それに、「生まれたときは誰でも他力本願じゃん」って気持ちがあるし、「自分一人で生きてきた」っていうのはおごりだとも思う。とにかく、私は「逃げてでもいいから、つぶれないでくれ」って思うんですよね。自分が何かを表現したり歌ったりするのは、その余白を作りたいから。それはずっと思ってることです。

―『ラヴレター』ではさまざまな「出会いと別れ」「愛と喪失」が歌われていて、結構生々しいというか、私小説的な色合いも強いように感じられたのですが、いかがでしょうか?

永原:私小説的な部分はずっとあるとは思うんですけど……『BEΔUTIFUL』までは「考え方」にフォーカスが絞られていたと思うんです。さっきお話ししたように、人生に隙間と余白を作りたいとずっと思っていて、「私はこういう考え方なんです」っていうところにフォーカスしてきた。で、その隙間で音楽を聴いたり、ライブを観たりすることで世界との隙間に色がついたというか、そういう人生を送ってきて。その上で、今一度人に対する気持ちを音にしようと思ったというか、人と関わることにもう一回絞ってもいいのかなと思った一作目だと思ってます。

―なるほど。

永原:しかも、「君はどう生きるんだ?」っていう問いかけじゃなくて、「あなたと私はどうなりたいですか?」っていう考え方をベーシックに持って、ものを作ったり、時代を駆け抜けたりしたいと思った。「あなたどう思う? 私はこう思うけど」じゃなくて、「私とあなたで考えるならどれにする?」みたいなことを忘れたくないなって。

―言ってみれば、グルーヴもそうやって生み出されるものですよね。一方向じゃなくて、双方向で音を紡ぎ合うというか。

永原:そうかも! いつも作ってるときは夢中で、後からこうやってお話して気付くことも多いんですけど、新しいグルーヴになって、自分と他人の間に目線が行った作品なのかもしれない。

―グルーヴという意味では、1曲目の“さよならJAZZ”は特に印象的です。ドラムはかなり面白いことになってるし。

永原:面白いですよね。さっきも言った通り、自分はもともとスクウェアなリズムがルーツなので、「もうちょっとだけグルーヴしないでください」みたいなことも言いました(笑)。ドラムの尾日向くんはすごい芸術家気質で、「何連符で」とかじゃなくて「もうちょっとギャングスタしちゃう感じ?」みたいなノリなんです。でも彼の描く絵がすごく良くて、「この人は一見こんなにチャラいのに、こんな静けさも持ってるんだ」って思って、きっと話ができると思ったんですよね。私はライフと音楽の繋がりをすごく信じているので。

―それは他のメンバーに関してもそう?

永原:ベースの大樹は地元が一緒で、隣町の中学に通ってたから、見てきた景色が似てたり、もう一人のドラムのチャックは手数の多いパーカッシヴな部分と、オルタナな部分が混在してるプレイヤーで、あとすごくゲームが好き(笑)。「この人たちはこういうフィルターを通して音楽を見てるんだ」っていうのが掴めていたので、だから安心できた部分はあって。スタジオで発する言葉もすごくフリーで、楽譜じゃなく会話ができたのは自分らしいところかなって。

―音の旅crewはまだしも、No Gimmick Classicsは音だけ聴くとこれまでの真夏さんの音楽とはだいぶ毛色が違うなと思ったんですけど、今の話でなるほどと思いました。

永原:たとえば私はあっこゴリラと仲が良くて、一緒にいろんなことをやってきて。もともと自分はヒップホップも好きだったけど、ヒップホップって音楽的なことだけじゃなくて、活動のスタンスとか考え方も大事じゃないですか? そこで認め合えたのは嬉しかったんですよね。

永原:尾日向くんもヒップホップの子で、小西くんはジャズの子で、私はずっとパンクが好き。そこがブレることなくわかり合えたっていうのは、これから先の日本の音楽を考えたときに、希望があるし素敵だなって。どのジャンルの人でも、話してみると、「ここ!」っていう部分は一致するんですよね。それは自分がひとつのバンドに籠ってたら見えなかった景色で、「ソロで向かって行くと、こんな喜びがあるのか!」っていうのは、4年前と比べて一番変わったところかもしれないです。

これから大事なんじゃないかと思うのは、不特定多数の多様性に脅かされずに、目の前の人とルールを作っていくこと。

―“さよならJAZZ”というタイトルも、今お話いただいたジャンルの話と関連しますか?

永原:タイトル自体はただの語呂ではあるんですけど、前だったらこの単語自体出てこなかったかもしれないですね。ジャンルにせよ何にせよ「その筋の人たち」っていて、その形をトレースしたとしても、絶対同じ表現はできないじゃないですか。その人自身の芯を食うような表現に染み込んでいくのが「ジャンル」だから。でも、むしろ自分の芯を突き詰めていくことこそが、どこにでも行ける切符になるんだと思ったんです。私はパンクを頑なに手放さなかったことによって、ヒップホップにもジャズにも「行こうぜ!」ってなれた。それは長くやってきて掴んだ感覚っていうか。

―自分の芯が確固たるものになったからこそ自由になれたっていうことですよね。今日の話で言うと、「パンク」も刺青として既に刻まれてるのかもしれないですね。

永原:ただ、私は精神性としては持ちつつもわかりやすくパンクだったわけではないので、自分のスタンスを伝えるときにどう表現しようかっていうのはずっと試行錯誤してたんです。で、昔は「あんなやつ全然パンクじゃない」って言われたら、「えーん」って泣いてた(笑)。でも、SEBASTIAN XとSUPER GOOD BANDを経てきた中で、どんなに批判されても動かない芯みたいなものができていって、それは2、3年じゃきっと見つからなかったと思う。だから、今回自分の変わらない部分をより認識できたし、いろんな経験をして、いろんな人と関わって、その中で掴んだものが今回の作品には一番入ってる気がします。

―今日の話もそうだし、SEBASTIAN X時代から真夏さんと話してきたことって、言ってみれば「多様性」の話だったと思うんですよね。世の中には黒と白だけじゃなくて、もっと多様な価値観があって、いかにそれを認め合っていくかっていう話をずっとしてきた。で、2010年代を通じてその価値観はある程度浸透して、「じゃあ、これからその先で何を歌っていくのか?」を考えるタームが今だと思う。ここまで話してきたことの中には、そのヒントが散りばめられてた気がして。

永原:うん、うん。私がこれから大事なんじゃないかと思うのは、不特定多数の多様性に脅かされずに、目の前の人とルールを作っていくことなんです。

―めちゃめちゃいい答えですね。

永原:途中の話と通じてくるけど、みんなの意見を全部聞いてたら、みんなつぶれちゃうってわかるじゃないですか。それぞれにナイーブなところがあって、年齢、仕事、ジェンダー……今は地雷があり過ぎる気がして。たとえばこの間『ロングバケーション』(1996年)を見てたんですけど、「今だったらこの台詞はナシだろ」っていうのばっかりで、すごく前時代的だなって思ったけど……でも、だからこそ響く側面もあったっていうか。

―というと?

永原:「31歳で結婚してないとかマジ終わってる」とか「アンタ女なのによくそういうこと言えるよね」みたいなセリフ、今ならナシだなって思うんだけど。だけどそう言われて傷ついて、それでも強くオシャレに可愛く生きてる南ちゃん(山口智子の役名)は色褪せてなくて。こういう台詞があるからこそ表現できる部分っていうのもあるなっていうのは思って。

―なるほど、確かに。

永原:私は多様性の許容を追い求めて表現をしてきたけど、「多様性」という言葉が不特定多数の概念の中に入ったときに、こんなに力を持たないのかって思ったんですよ。むしろ混乱が増えたかもしれないですよね。

―先ほどおっしゃった「地雷が多すぎる」っていうことですよね。一つひとつ学んでいる最中ではあるけど。

永原:そう。地雷を踏みそうで混乱しても別に過ちではないし、今まで知らなかったことを知れただけでも、超いいこと。だけど、みんなが不特定多数の人にピントを合わせ過ぎるのはよくない。誰か特定の人と向き合うときって、100個くらい地雷を踏んでいかないと無理なんですよ。自分がホントに感情を吐露したときに、「人それぞれの考えがあるからね」って言われたら、「ホントにちゃんと聞いてくれてる?」って思うだろうし。だから、自分の音楽は一緒に地雷を踏む相手になりたい。「他力本願」もそういうことだし。

―不特定多数の「他力本願なんてダメだ」に合わせるんじゃなくて、目の前の人に「他力本願でもいい」って言ってあげたい。たとえ、それが地雷だったとしても。

永原:地雷をよけることが多様性じゃないなって思ったんですよね。「いろんな価値観を認め合おう」って、それができたらいいけど、でも絶対受け入れられないこともあるはずで。そのときにひとりぼっちだと倒れちゃう。そこで戦ってる人に、「今日一日くらいは人に任せよう」とか「朝のテレビの占いに任せとけ」とか、そういう隙間を作りたい。私の音楽を聴いて、「隣にいる友達が今日は楽しそうだな」とか思えるような余白を持ってもらえたら嬉しい。そうやって哲学を小っちゃいライフに戻すっていうか、そういう感覚なんですよね。

Spotifyで永原真夏『ラヴレター』を聴く

リリース情報
永原真夏
『ラヴレター』(12インチアナログ盤)

2020年3月25日(水)発売
価格:2,800円(税込)
MNCP-0002

【SIDE A】
1. さよならJAZZ
2. みなぎるよ
3. BLUES DRAGON

【SIDE B】
4. おはよう世界(2020 ver.)
5. 海と桜

【BONUS TRACK】
1. おはよう世界(朗読)
2. 海と桜(朗読)

プロフィール
永原真夏 (ながはら まなつ)

2008年、SEBASTIAN Xを結成(2015年活動休止、のち2017年に再始動を果たしている)。2015年からソロプロジェクト「永原真夏+SUPER GOOD BAND」での活動をスタートし、『BEΔUTIFUL』のツアーを経て2019年11月にSUPER GOOD BANDが解散。SEBASTIAN X結成からの盟友・工藤歩里とのユニット「音沙汰」でも活動する中、2020年3月25日に永原真夏名義でのEP『ラヴレター』をリリース。

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