七尾旅人インタビュー 「何億もの声」から見えてくるもの

「2010年、最も待望視されていた作品」と言ってしまっていいだろう。弾き語りと即興を中心に、『歌の事故』や『百人組手』といったイベントを主催してきた自由自在なライヴ活動、クリエイターが直接ダウンロード販売できる新システム「DIY STARS」の共同開発、そしてじわじわと僕らの生活に浸透していった名曲“Rollin'Rollin'”と、充実の活動を経て3年ぶりに届いた新作『billion voices』は、何億もの声が聞こえるようになった現代を肯定的に捉え、人生を祝福し、未来に希望を投げかける、感動的な作品だ。誰もが音楽業界の未来をネガティヴに語る今、七尾旅人は毅然とした態度で言う。「明るい兆候がある」と。それでは、緊張感の中にも笑いの絶えなかった七尾旅人との同年代対談を、大ボリュームでお届けしよう。

(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)

二十歳のときにメジャーをドロップしたんですけど、そこからは自分にとって必要なことを1個1個自由にやっていきたいと思った。

―遂にアルバムが完成しました。制作は苦労しましたか?

七尾旅人インタビュー 「何億もの声」から見えてくるもの
七尾旅人

七尾:これまでに比べるとそうでもないですね。実質1年足らずです。全部自主でやっているので、他のインディペンデント・ミュージシャンと同様リリースのサイクルが空きがちなのですが。メジャーだと年に1枚出すことが義務付けられてるけど、できれば、その日のことはその日に決めたいじゃないですか(笑)。僕は二十歳のときにメジャーをドロップしてインディーになったんですけど、そこからは自分にとって必要なことを1個1個自由にやっていきたいと思ったんです。


―前作『911FANTASIA』から3年というスパンに関してはどうですか?

七尾:まあ、ちょうどよかったと思います。前作の『911FANTASIA』は非常にヘビーな制作で、命を引き換えにしてもこれを作るんだってぐらいの勢いで作ってましたし、その前にも『さいはて』っていう結局リリース出来ずじまいに終わってしまった2枚組アルバムを作っていたのですが、それは宗教がテーマで、『911FANTASIA』よりだいぶ重かったんですよ。それと並行して『ひきがたり・ものがたりvol. 1 蜂雀(ハミングバード)』を録ったりもしてたから、'07の夏に『911FANTASIA』が完成した瞬間に、生まれて初めて何かが一区切りできたなって気持ちもあって。

―それで今回、違うタイプの曲も作ってみたと。

七尾:実は俺、ポップスとか作るのもすごい好きなんですよね。『911FANTASIA』が完成した直後に、「いや〜疲れた……趣味性の高い曲も書いてみようかな」なんて息抜きで作ったのが“どんどん季節は流れて”。とても好きな曲です。そういう、これまでならお蔵にしてしまってたようなポップソングも今回は収録しました。のびのびした作品になったと思います。録音、録り方に関してはかなり試行錯誤しましたね。前作、『911FANTASIA』は全部家で打ち込みで作ったのですが、その後、奏者の友人がいっぱいできたんで、皆の助力も得ながら作ってみようと思って。それで、最初バンドで録ってみたんだけど、結局それはやめて家で一人で録り直して。

―それはなぜですか?

七尾:ちょっとトゥー・マッチだったんですよ。俺の音楽って歌とアコギ、2音くらいで成り立つなと、つくづく思い知って。ホントに最高のメンバーで、しかもZAKさんに録ってもらって、最高の状態でやったから、よりはっきりわかったんですよ、「あー、俺ってソロなんだな」って。ライブで5人とか6人でやってると非常に面白いんですけど、綺麗な音で録音してみると、自分の理想の状態と少し違ってたんです。じゃあやはり、基本に立ち返って独りで自宅録音してから、どうしても必要な分だけオーバーダブしようと。仲間に事情を話して、曲ごとに、最小限の追加録音をしました。弾き語りでしか出せないグルーヴと立体感を体感して頂けたら嬉しいです。


【MyX 10.07】七尾旅人 / どんどん季節は流れて

MyX|MySpace動画

ネット・メディアが興隆して、これまでは隠れていた歌、聞こえてこなかった声が顕在化してきた今の状態をなるべく肯定的に捉えて、楽しみたい。

―『911FANTASIA』で初めて一区切りできたというお話でしたが、今回って人生を楽しんでる感じがすごく伝わる作品だと思うんですね。当然シリアスな側面はあるし、作品として濃厚だけど、重苦しい感じじゃなくて、リラックスして聴こえる。ベタな言い方ですけど、「2枚目のデビュー・アルバム」のような印象を受けます。

七尾:うんうん、そうかもしれないですね。すごい新鮮なアルバムになったんじゃないかと思うんですよね。その意味で2枚目のデビュー作ってことはすごい正しいと思います。初めての方に聴いてほしいですね。「七尾旅人」って名前は知ってるけど、なんか難しそうだから聴いたことないって人とか。初体面の人によく言われるんですよ、「こんな人だったなんて!」って。イメージと実物との間のギャップが大きいみたい(笑)。

―(笑)。ではアルバム・タイトルの『billion voices』について教えてください。

七尾:「何億もの声」ってイメージなんですけど、要はネット・メディアが興隆して、YouTubeとかblogとかTwitterとか新しいメディアが台頭してきたことによって、これまでは隠れていた歌、聞こえてこなかった声が顕在化してきた今の状態をなるべく肯定的に捉えて、楽しみたいっていう意図がひとつあるんですね。今作の導入部、1曲目は、とある街のとある少年がネット動画を見ていたら、どこか地方都市の知らないおじさんが歌い始めるという、そんな光景から幕を開けます。

七尾旅人インタビュー 「何億もの声」から見えてくるもの

―2曲目に「Rock Star」というテーマを持ってきたのは?

七尾:で、その無名のおじさんがロックンロールを歌い始めるわけですが、めちゃくちゃ熱いわけですよ。それは全然本職のロックスターにも負けてないわけ。俺の好きなスターがそこらじゅうに居るってことが言いたかったのかもしれないし、そこはこれから1年、2年とあの曲を演奏していく中でいろんなことを思うんだろうけど、現状でお話できる一個の解釈は今言った感じですね。めちゃくちゃホットな熱い命が世界中に60億以上あってそれぞれの歌を歌っているという事実に、想像力が向かいやすくなりそう。新しい時代の始まりですよね、大げさに言うと。90年代から、ここ最近まで、暗くネガティブな言説しか流通してなかったですよね、日本のメディアには。でも今、はっきり言ってしまって構わないと思いますよ。「明るい兆候がある」と。21世紀という新しいパラダイムにようやく皆が慣れ始めていて、新しい身体感覚の中から、新しい創作物が生まれ始めている。そこではスノビッシュに新しいものを消費するんじゃなくて、むしろ泥臭く、自分の本当に大切なものをもう一度思い出しながら、新しい試行錯誤を始めたいですね。

もう一回21世紀のインディペンデントを一から考え直してくってことをやりたかったんです。

―「新しいインフラ」と言うと、「DIY STARS」(アーティスト自身のサイト内で楽曲ファイルなどのダウンロード販売を可能にするWEBサービス)がまさにそうですよね。

七尾:そういうのがないとミュージシャンが困るんじゃないかと思って。俺最初98年にメジャーからデビューしたのですが、その年をピークにものすごい勢いでCDって売れなくなるんですよ。奈落の底へ、ストーンと落ちてくわけ。俺自身2年ぐらいでリストラされて、作りかけの2枚組を持ったまま路頭に迷うの、3年ぐらい。告知もできなくて苦しかったですけど、公式サイト作ってからはゆっくりゆっくり体勢を立て直して、自分の考えを書いたり告知したりしながら、何とかライブで食べていくっていう。そのときに思ったのは、音楽業界はどんどん衰弱するだろうけど、その代わり巻き返しのチャンスは増えていくだろうってこと。

―「DIY STARS」の構想はいつ頃からあったんですか?

七尾:2003年位かな?携帯型MP3プレイヤーを手に入れて、こういう風にデータ・ファイルで音を聴くってことが一般化して行くのであれば、ミュージシャンが自分で作品を売ることも可能になるなって思ったの。誰かがそういうシステムを2005年ぐらいになったら作るだろうと思ってた。でも、そうはならなくて、代わりにすごく著名な海外のアーティストが配信実験を始めたんですよ。

―はい、そうですね。

七尾:自分のウェブから自由に値づけできる形で売ったり、無料で撒いてみたり、値段の違ういろんなパッケージを用意してみたり。いろんなダイナミックな動きを始めたんですけど、海外のビッグ・アーティストがやってることは、自分の周囲にいるインディ・ミュージシャン、すごくがんばってるんだけど、いまいち食えてない、そういう人たちのリアリティとはかけ離れてるって思ったんですよ。強力な知名度がないと取れない方法だったから。だからもっと誰でも利用できるような形で、個々で配信システムを持てるようにならないかってずっと思ってたんです。

―なるほど。

七尾:そしたら、今年に入ってから一緒に作れそうな人が見つかったんで、話持ちかけてすぐ作ってみたって感じなんです。DIY STARSを使うと、何でも同梱して売れるんですよ。CDでは収録できないような、長尺のものや、高音質のファイル。それから動画や、スキャニングした手書きの手紙や、漫画、小説、ソフトウェア。値段も自由につけて、好きなタイミングでアップして、告知して、すぐ売り始められるっていう。創作意欲が湧いちゃって仕方なくなるシステムなんです。俺も今、「あれしよう、これしよう」って状態になってて(笑)。

―(笑)。

七尾:友達のミュージシャンにもいい感じに共有してもらってて、ホントにワクワクする感じで盛り上がってるんですよ。日本アンダーグラウンドを代表する才能が集結しつつあります。そういう素晴らしい音楽家たちに、これまでは存在し得なかった作品を発想してもらうための新しいインフラを作って、もう一回21世紀のインディペンデントを一から考え直してくってことをやりたかったんです。

体内に格納してる大自然っていうのが、ほとんど殺されないまま表出してるんだよね、黒人音楽って。

―3曲目の“one voice(もしも私が声を出せたら)”の「歌うことができない女の子」と、4曲目の“検索少年”の「どんなに検索しても見つけられない君」っていうのも、1曲目・2曲目と同様に関連性があるように思うんですけど。

七尾:そうっすね、一応つなげて入ってるんですけど…想像を膨らませてほしいですね。

―ちなみに個人的にパッとイメージしたのは「ネット・アイドル」なんですよね。

七尾:新解釈ですね(笑)。すごい意外な意見(笑)。ネット・アイドルは俺正直よく知らなくて、俺にとってのネット・アイドルを無理やり上げればU-zhaanとドラびでお一楽さんかな。あの二人のTwitterが面白すぎるから、俺にとってのネット・アイドル(笑)。あとハラカミさんのTwitter!ハラカミさんがいちばんアイドルっぽいかも。ツンデレキャラだし。可愛らしいつぶやきの数々に萌え死に寸前ですよ。実際のところ“one voice”はネット・アイドルとは全く関係ないですけど、そう取ってもらっても全然いいんですよね。今すごい新鮮な風が吹いてきて面白かった。

何も言わないのも申し訳ないんで、“one voice”についてひとつかふたつお話できることを言うと、まずSalyu(ボーカル/コーラスで参加)ちゃんは二十歳ぐらいから友達なんですけど、ずっと歌ってもらうのが夢だったんです。今回それが叶って嬉しかったっていうのがあり、あと“one voice”っていうのはアルバム・タイトルと対応してて、無数の声が湧き出した状況下にあって、「ここにもひとつの声がありますよ」っていう意味ですね。

―“シャッター商店街のマイルスデイビス”と“BAD BAD SWING!”は共通して「ジャズ」っていうテーマがあると思うんですけど、ソウル、ブルース、ゴスペルとかも含めて、黒人音楽に対する愛情がより強くなってるように思うのですが、いかがですか?

七尾:どうなんですかね…以前と同じくらい好きですね。一貫して好きです、子供のころから。親父がすごいジャズ・ファンで、家で毎日かかってて。中一ぐらいになって自力でB'zとか聴き出すまでは、ジャズ漬けだったんで。ソウルとかも一貫して好きですね。ふだん黒人音楽だけ聴いてるわけではないんですけど、13歳までずっと耳にしていたのは、ジャズですね。

―ベーシックなところには、間違いなくあると。

七尾:それはもう間違いないです。“シャッター商店街のマイルスデイビス”も実際に親父の車に乗って地元のシャッター街を通過してるとき、車内ではマイルスがかかっていて、それで思いついた曲。子供のころに大好きだった商店街が廃墟みたいになっちゃってて。そこに案外ジャズが合うんですよ。マイルスが演ってたのって都市の先端的な音楽なんだけど、廃墟化した地方都市にも合うし、海や山にも合うんだよね。間口が広いの。それが黒人音楽の不思議なところで、体内に大量の大自然を格納してる感じがする。どれほど都市の人間として近代化されたとしても、根源にある大自然の力は強い。辺境から来たミュージシャンって面白いじゃん? ミルトン・ナシメント(「ブラジルの声」の異名を持つ、ブラジリアン・ポピュラー・ミュージックの代表的アーティスト)とか、エルメート・パスコアルとか、フェラ・クティとか。新しいグルーヴや奇妙な空間感覚でこれまでになかった価値観を作り上げながらも、歌はやけにスピリチュアルで素朴だったりする。俺はあんまり聴かないけど、MIAとかビョークもそういう部分があるんじゃないの?

―ああ、まさにそうですね。

七尾:そのアンバランスが面白い。体内に格納してる大自然っていうのが、ほとんど殺されないまま表出してるんだよね。黒人音楽はその度合いがとても強い。ニューヨーク行って思ったことなんですけど、足下数センチから聴こえてくる地下鉄の音とか、街のざわめきとか、もうホントにどう聴いてもビバップなんですよ。「あ、普通に街の音なんだ」っていう。もし俺が佐野元春さんだったらめちゃくちゃ長いポエム書いてますよ(笑)。ものすごい自然力の強い存在が、あまりにも異質な環境下に移動した結果、圧倒的な焦燥と共に進化していく、その感じが好きなの。環境に適応しつつ抗うために、結果的に世界のエッジに立ってしまうっていう、そういう音楽なんじゃないかな。

いろんな人たちの歌が聞こえてきて、刺激を受けたり、勇気付けられたりしてるんだと思う。改めて、人間をいとおしいと思ってるんだと思う。

―中盤の静謐な楽曲を経て、アルバム後半はよりパーソナルな色合いが強くなっていきますよね。以前のCINRAのインタビューで“Rollin'Rollin'”は元々奥さんへのラブソングだったとも話されてましたし。

七尾:そうですね。その次に入ってる“1979、東京”では生まれて初めて田舎の家族について歌ってて、彼らへのラブソングになってる。曲の最後には、家族だけじゃなくこれまで出会った方全員に感謝する一節が出て来たりとか。俺にとっては今回のアルバムの中で一番特別な曲かもしれませんね。知らない間にできてたってぐらい作為なくフッとできたんです。15才から毎日曲を書き続けてきて、30才にしてやっとこういう曲が作れるようになったんだなって思いましたね。ちょっと恥ずかしいけど、いろんな方に聴いてもらいたい気もします。

七尾旅人インタビュー 「何億もの声」から見えてくるもの

―アルバムを通じて「billion voices」の中の「one voice」が次々と現れて、アルバム終盤になってご本人の声が現れてくるっていう…

七尾:そうなんですよ。まさにそういう風な構成になってます。20世紀に比べて何億人もの歌に想像が届きやすくなるはずの、これからの状況が、俺にとっては希望的で、そういう何億分の1として歌う事で、初めて自分はシンガーソングライターになっていけるのかもしれない。俺のこれまでの作品に単純な一人称ってほとんどないわけです。シンガーソングライターのくせにどうしてもそれができなかったので、実は同業者に対してけっこう憧れがあるんですね(笑)。今2010年っていう現実の中で、もう一度個の歌を歌い直せるっていう段階に自分が来てるのかもしれないです。世界中からいろんな人たちの歌が聞こえてきて、刺激を受けたり、勇気付けられたりしてるんだと思う。改めて、人間をいとおしいと思ってるんだと思う。

かつてポップ・カルチャーが活況を呈していたけど、今はCDも売れないし、全部ダメなんですとは言われたくないじゃない? そう言わさないためであれば、なんでもするつもりです。

―最後にUAがカバーした“私の赤ちゃん”ですね。

七尾:最後の産声も「one voice」ですよね。実は(産声は)2曲目にも入ってるんですよ。猫の声も入ってます(笑)。1個1個のちっちゃい声に耳を澄ませてみてほしいですね。思ってもみない歌が聴こえてくると思うんで。世の中ホント面白いですよ。どんな状況になっても、1個1個の歌に耳をすませると、何もダメになってないし、希望はいっぱいあるってことが瞬時にしてわかるわけ。そういう気持ちでやっていけば、どんどんまた新しいものを生んでいけるんじゃないかって思いますね。これから出てくる十代の人とかが、ネガティブな言説に絡めとられず、希望いっぱいに、「いろんな新しい魔法を引き起こして世界をひっくり返してやろう!」っていう感じで音楽の現場に入ってきてほしいし、そうあるべきだと思うから。かつてポップ・カルチャーが活況を呈していたけど、今はCDも売れないし、全部ダメなんだとは言われたくないじゃない? そう言わさないためであれば、なんでもするつもりです。

俺にとってこれは音楽への執着なのか、人間への執着なのか、時代への執着なのか、よくわからないんですよ、もう。

―そもそも、旅人さんがそうやって音楽にのめりこんだきっかけってなんだったんでしょう?

七尾:普通はほら、中学とかでエレキ買ってもらって何か好きなバンドのコピーから始めるんだろうけど、俺は少し違ってて、自然発生的だったんです。不登校児で、将来が見えず、完全に行き詰っていた。何かうなり声でも良いから声を出したかった。でも、声を出すだけじゃダメだっていうのがあるわけ。自分縛りが超あるんですよ。「これしなきゃあれしなきゃ」っていう強迫観念がちっちゃいころからあるわけ。自己抑圧が高いっていうか。人と話すのも、普通には出来ない。誰かに何か聞いてもらうなら、歌にしなきゃいけない。ただ語りかけるなんて失礼っていうか、何かが足りないと。だからメロディを与えて、リズムを与えて、音楽化して、そこで初めてものが言える。一人称じゃなくて、もっと多層構造にして、ひとつの状況を生み出してから。

―そうしなければいけなかった理由は何なのでしょう?

七尾:一言では言えないですね。個人的な気質もあるでしょうが、絶対的な軸がない時代に育ったことも一因かも。震災とかオウム事件とか酒鬼薔薇とか、冷戦構造が崩壊して日本国内に目が向いたときに、社会を根本から揺るがすような事件が多発したじゃないですか? そういう最中に少年期を過ごしたので、俺の中には世界を上手く定義付けられるような明瞭な物語はないわけ。だから、シアトリカルな構造を採ってたんだと思います、初期作品は。「夢から覚めたらまた夢で」みたいな曲があったりとか、そういう完全に中心軸が失われた世界の中でもがく登場人物たちが居たり、過剰な歌唱法やサウンドスケープがあったりとか。新しい歌を作り続ける事で、何か確かなものを打ち立てたい、回復したいと思ってやってきたところがあると思うんです。もうちょっと上の世代は中心軸がなくてもその分裂的状況を軽快に消費しながら、楽しめたんだよね。例えば80年代初頭の日本は経済だけでなく、文化的にもピークだった。その頃活躍した世代って、話してても、その時代の高揚感みたいなものを強く感じさせる。「未来へ、未来へ、どこまでも先にいける」って。

―うん、確かに。

七尾:俺もそう思いたい性格なんだけど、俺の世代っていうのは日本社会の敗北と崩壊を見過ぎてるわけ。でも俺はやっぱり、ものすごい夢とかわくわくとか魔法みたいなものを現出させるのがミュージシャンの役割だと思ってるから、なんとかしてお客さんにありえないミラクルを見せたいよね。夢見がちだって言われるかもしれないけど、そういうのが社会の根っこの部分を活性化するんだと信じたいよ。いくら政治家とか学者が偉ぶっても、根っこが死んでる国はもうダメ。でも、民衆文化っつーの?歌手とかクラブ・カルチャーとか、映画とか漫画が元気なうちは絶対に大丈夫。どんだけ世の中が傾いても、立ち直れる。

七尾旅人インタビュー 「何億もの声」から見えてくるもの

―なるほど。

七尾:90年代中盤から後半は、個がかつてないほど分断された時代だったと思うんですよ。かなり異様な社会状況があったけど、まだそれを緩和するためのツールがなかった。分断化された個をつなぐためのツールがなかった。その後、携帯電話の爆発的な普及があったり、ネット・メディアの発展、2ちゃんやミクシイやyoutubeを経てTwitterやUstが出てきて、ようやくその新しいインフラにみんなが慣れ始めてる。当然いろんなものが分断化されていく現象は起こり続けていて、もっと細かくなっていってるんだけど、みんなの身体感覚がその状況に追いつきつつある。そこでやっと「DIY STARS」も出していけるし、こういうアルバムも出せる。

―やっと環境が整ってきたわけですね。

七尾:90年代に俺は今と同じことを言ってたけど、なかなか伝わらなかったから。どんな存在、声だって、美しい歌であるということ。そして、新しい身体感覚が必要だと、歌を通して新しい身体性を回復していかなきゃいけない、それでやっと文化がジャンプアップできるんだって、ずっと言い続けてきた。そうやって長い間もがいてきて、俺にとってこれは音楽への執着なのか、人間への執着なのか、時代への執着なのか、よくわからないんですよ、もう。ミュージシャンっていう職業は、日々の創作の中で自己が抱えてる限界を突きつけられ続けるのと同時に、時代が抱えてる限界にも向き合う事になる。自分の限界であり、時代の限界であり、同時代の作り手を広く見渡してもまだ誰も埋めることが出来ていない部分、そこが常に課題になってくると思うんですよ。そこを突破していくために、自分の創作だけじゃなくて、DIY STARSのように、才能豊かな仲間たちに自由に泳いでもらうための方法論を提供してるんです。

―今ってまずは自分の周りを整えることで、それを外に発信できるツールがあるわけですからね。

七尾:そうそう、ロック的なこと言わせてもらうと、なんかさ、一発逆転したいんだよね。個がぶった切られてく時代で、もうビッグ・ヒットは出ない、ビッグ・スターは出ないって言われてるし、確かにそうも思うじゃん? 実際マイケル・ジャクソンみたいなやつはもう現れないと思う。でも、現れないとしながらも、またもう一度見てみたい。奇跡的な作品、奇跡的な存在、別に一個人じゃなくても、ムーブメントとかさ。今を精一杯生きる皆を奮い立たせるような、何か面白い事を引き起こしたいわけ。ポップカルチャーでしか成立しない魔法を。「DIY STARS」なんて個の極みで、何県の誰でも自力で作品を売れるんだけど、YouTubeで100万ビューとか、一夜にして人気者が生まれてしまう今だったら、例えば島根県のやつが地元で地道に創作を続けていつか100万ダウンロード行く可能性だって否定できないじゃないですか? 個が分断化された末に生まれてきた、個のためのショップである「DIY STARS」から、世界的なマーケットで何百万も売れる存在が出るかもしれない。それは20世紀までの音楽産業構造では絶対に描けなかった夢ですよ。そういう一発逆転がしたいわけ。やり方は無限にあると思う。今は無理だって思われてることの裏に、実は何かあるんじゃねえかって思ってるの。

リリース情報
七尾旅人
『billion voices』

2010年7月7日発売
価格:3,000円(税込)
felicity cap-96 PCD-18615

1. MIDNIGHT TUBE
2. I Wanna Be A Rock Star
3. one voice(もしもわたしが声を出せたら)
4. 検索少年
5. シャッター商店街のマイルスデイビス
6. BAD BAD SWING!
7. なんだかいい予感がするよ
8. あたりは真っ暗闇
9. beyond the seasons
10. どんどん季節は流れて
11. Rollin' Rollin'
12. 1979、東京
13. おめでとう
14. 私の赤ちゃん

プロフィール
七尾旅人

79年夏生まれのシンガーソングライター。98年のデビュー以来、幾つかの問題作を発表。07年9月11日には3枚組というボリュームで、驚異に満ちたインディペンデント・ミュージカル作品『911ファンタジア』を発売。また、ライブパフォーマンスも圧倒的な存在感を見せつけており、自身ライフワークと位置付け全国各地で開催してきた弾き語り独演会『歌の事故』、全共演者と立て続けに即興対決を行う『百人組手』の二つの自主企画を軸に、各地のフェス、イベント、Ustでも伝説的ステージを生み出し続ける。twitterで驀進中!!!Check it!



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