その海の向こう側にあるもの

もう、音楽について書きたくない。そう思う瞬間が多々ある。いままでいかに音楽を聴いてこなかったか、音楽のなにを聴いてきたのか。音楽家にしても評論家にしてもライターにしてもファンにしても、筆者の周りには本当に音楽を信じ、愛し、好きな人間が多い。その気持ちの強さの前にただ立ちすくみ、その中で書くことにおこがましさと恥ずかしさを感じる日々である。とりわけ皮膚感覚も知識も冴えわたっている音楽家に書かれたら、勝ち負けではないけれど、太刀打ちできない。しかも文字で、光の次に速い音をすくいとって書くことなんてできるのか? だから7月20日、東高円寺UFO CLUBで行われたBO NINGENと下山のライブレポートを書きたいと言ったものの、とても気が重かった。

イギリス発のジャパニーズバンドBO NINGENと、大阪から東京に拠点を移したサイコデリシャスハードポアバンド下山という話題の2組の対バンだけあって、チケットは開催前にソールドアウト。オーディエンスの関心の高さをうかがわせる。「長髪」「サイケデリック」「爆音」でくくられることの多い2バンドを、日本ロックの黎明期を記録したジュリアン・コープ著の『ジャップ・ロック・サンプラー』になぞらえたり、「ほにゃららの正統なる継承者」だとのたまったりすることはたやすい。またハードロックとヘビーサイケを軸に、BO NINGENはニューウェーブとメタルを少々、下山はハードコアとヒップホップを少々という言説はもういいだろう。ここではっきり言っておくが、両者は違う。音の鳴り方も、見せ方も、目指したいであろう方向も。

下山(撮影:福井葉子)
下山(撮影:福井葉子)

開演時間から15分ほど押して、プロレスの入場曲風オリジナルSEが流れ、各々ポーズを決めながら下山の4人が登場。彼らは、予定調和ではないライブパフォーマンスが魅力だ。セットリストも毎回違うし、2、3曲で終わることもあれば延々演奏することもある。この日は、どこかかわいらしさを感じさせるバラッド“春の膝”でスタート。歌詞を少し変えていた“三島と口紅”、キレキレのドラムとぶっ放されるギターが快い“月面の爪”、短いセッションと続く。ドローンな“甲虫の和解”、ギターリフが耳に残る“ストリップチーズ”、初聴のバラッド“蒼白のとおく”で終演。真っ直ぐな歌心が出ていてとてもいい。年季の入った針で水風船を突き刺すような、かたいのにやわらかさを感じさせる音。破天荒で攻撃的なイメージのある下山、ややもすると真っ赤なスプレーでタギングするストリートギャングといった様相だが、根底に流れるのは静かに澄んだ青であるように思う。“蒼白のとおく”しかり、“春の膝”の一節「青い地球の/赤い子宮に響かす/最後のメロディ」しかり。ボーカル&ギターのマヒトゥ・ザ・ピーポーがつまさきを上げてマイクに向かう姿を見るたび、哀しみの青を赤い鼓動で奮い立たせているかのようだ。彼のMCは悪態ばかりが取り上げられがちだが、「いかに自分から自分を押し出すかばかり考えてる」「雨に放射能がまじってるから濡れちゃだめって言われるけど、雨に濡れられないなら死んだほうがまし。季節とか匂いとか、忘れたくないと思います」と言っていて、心に残った。

Bo Ningen(撮影:福井葉子)
Bo Ningen(撮影:福井葉子)

同じ轟音と言っても、シャボン玉のなかにいるような感覚になるBO NINGENは、ボーカル&ベースのTaigenのシャウトから始まった。白を身にまとった、シティ・フィロソファー(哲学者)というイメージの4人。“Daikaisei Part1〜Part3”で観客をつかみ、ダンサブルな“Henkan”へ。新曲の“Shin Ichi”“32 Kaiten”は、より削ぎ落とされた音で聴きやすい。決めの1曲“Koroshitai Kimochi”とアンコールの“Maguro”では、前のほうでヘッドバンギングが起こったり、ふらっふらの外国人がミラーボールをさわさわして陶酔状態だったり、後ろから「I LOVE YOU!」と叫び声が上がったりで盛り上がっていた。筆者の周りは口をそろえて、彼らのバランスのよさを口にする。どこか優しくフラットな音だから、ニューロティックなハイトーンボイスがよく似合っていると思う。見るたびに安定感が増していっているのは、海外でも日本でも日本語で歌い続けるTaigenが、日本人を前に日本語で歌うことに、より自信をつけてきたからだろうか。ちなみに「BO NINGENはヨーロッパツアーで鍛え上げられて百戦錬磨」という言説をよく見かけるが、「あなたは現地に行ってBO NINGENを見たことがあるの?」とつい問いかけたくなってしまう。確かにそうかもしれないが、いい加減、日本の欧米コンプレックスはどうにかならないものかなあと感じる。BO NINGENはイギリスを、下山は大阪から東京を選んだ。ただそれだけのことだ。ともあれ、東高円寺UFO CLUBは濃ゆくていいライブハウスだが、もう2バンドには狭すぎると思った。

ところで、「いきのしかた(息の仕方)」と「いきかた(生き方)」という言葉は似ている。そして前者から後者を引くと、「のし(の死/詩)」という言葉が残る。この死/詩にいかに肉薄するかで、ライブという数十分の瞬間の連なりにおける音楽家の生きざまの強度が、決まってくるのではないだろうか。ライブは映画とも美術とも文学とも違い、観客にとっては、いままさに死に向かいゆく、老いゆく演者を眼前で目撃する場だ。この日も、そんなことを思い出させる1日だった。

「お前の目から俺の目に、海をうつしてくれ」。とある映画の台詞である。世はもはや「一億総批評家時代」、変なことを言おうものならボッコボコだ。それでも筆者が書き続けようと思うのは、つなぎえぬものを誰かのなかでつなげられる、言葉をできるだけ遠くに投げたらそのくるぶしを誰かがつかんでくれる、己が見た美しい海を誰かにうつすことができると信じているからだ。BO NINGENには、下山には、もっと大きくふくらんで、もっとたくさんの人の目にそれぞれの海をうつしていってもらいたいと思う。

イベント情報
『BO NINGEN×下山 2マン!!!』

2012年7月20日(金)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:東京都 東高円寺 U.F.O. CLUB

出演:
BO NINGEN
下山



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