ノエル・ギャラガー3作目で「らしさ」を封印。賛否両論も狙いか?

ノエル・ギャラガー、ソロ3作目はキャリア史上最大の挑戦作

2008年にイギリス最大の音楽フェス『Glastonbury Festival』の大トリをラッパーのJay-Zが務めたとき、ノエル・ギャラガー(ex.Oasis)はこんなふうに批判をまくし立てていた。「グラストンベリーにはギターミュージックの伝統があるんだ。俺はグラストンベリーにヒップホップは認めない」。メディアのご意見番としても知られる彼は、かつては保守的なロックミュージシャンの顔役だった。

ノエル・ギャラガー
ノエル・ギャラガー

『Noel Gallagher’s High Flying Birds』(2011年)収録曲

しかし、月日の経過は、ノエルの価値観をも塗り替えてしまったようだ。彼のソロプロジェクト、Noel Gallagher's High Flying Birdsによる通算3作目のアルバム『Who Built The Moon?』でオープニングを飾るのは“Fort Knox”。この曲はなんと、カニエ・ウェストが2010年に発表した大問題作『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』に収録された“Power”にインスパイアされているという。

『Who Built The Moon?』収録曲

猛々しい女声コーラスが先導する、エキゾチックで催眠的なグルーヴは、これまでのノエル作品とは一線を画したもの。さらに、ほとんどインスト曲のように仕上がっているのも「カニエに提供するつもりで作った」からだという。

ノエル:このアルバムを聴けば、きっと度肝を抜かれるだろう。まるで俺ではないかのような曲だってあるからね。でも、考えてみると、実は俺の曲に聴こえるんだ。

自画自賛はギャラガー兄弟の十八番だが、ここまで大きく変貌した姿を前にしたら黙って頷くしかない。たしかに近年のノエルは、1990年代には犬猿の仲だったBlurのデーモン・アルバーンとすっかり和解し、最近もGorillazの新作『Humanz』(2017年)にゲスト参加するなど、心境の変化はいくつも窺えた。それを踏まえても、50代を迎えたベテランがここまで覚醒したのは、さすがに珍しいケースではないだろうか。ここには大物ロッカーの成功秘話のみに留まらない、イノベーションを生み出すためのヒントが隠されていると思う。

『Who Built The Moon?』収録曲

「いかにもOasisらしい曲」で悲願の全英1位を奪取したリアム・ギャラガー

新作の話に入る前に、避けて通れないトピックとして、弟のリアム・ギャラガーがほぼ同時期に発表した初のソロアルバム『As You Were』(2017年)について触れておこう。

そもそもOasis解散後、袂を分かち合った二人のキャリアには大きな差が開いていた。リアムは兄以外のOasisメンバーを引き連れてBeady Eyeを結成するものの、バンドの民主制にこだわったことが仇となり、2014年に解散。その一方でノエルは、Oasis時代を清算するような1stアルバム『Noel Gallagher's High Flying Birds』(2011年)で特大ヒットを記録。さらに続いて、2015年の2ndアルバム『Chasing Yesterday』ではセルフプロデュースに挑戦し、余裕で2作連続(Oasis時代から数えたら9作連続)の全英チャート1位に輝いている。

Beady Eye『Different Gear, Still Speeding』(2011年)収録曲

『Chasing Yesterday』収録曲

この時期、リアムがOasisの幻影に翻弄されていたのとは対照的に、リアムのボーカルスタイルという制約から解き放たれたノエルは、昔よりも自由なソングライティングを標榜するようになった。それは“AKA... What A Life!”(2011年)や“Ballad of the Mighty I”といった曲に顕著だが、持ち前のメロディーを殺すことなくグルーヴの構造改革に着手したことが、もったりしたリズムの曲しか作れなかったBeady Eyeとの命運を分けたとも言えそうだ。

そのように長らく苦汁を味わってきたリアムも、『As You Were』では、グレッグ・カースティン(AdeleやSia、テイラー・スウィフトを手がける)を筆頭としたプロデューサー / 作曲家チームの助けを借りることで、ソロアーティストとして一本立ち。一流プロが手がけた「いかにもOasisらしい曲」をリアムが歌うことで、幅広い世代が安心して楽しめる一枚となり、チャート上でも全英1位に輝くなど復活を遂げている。

リアム・ギャラガー『As You Were』収録曲

賛否両論すら狙い通り? ノエルの変貌を決定づけた、大物プロデューサーの一言

そんな『As You Were』とは対照的に、ノエルのニューアルバム『Who Built The Moon?』は、「賛否両論になることを狙っていた」と本人も嘯くほど、野心的でアーティスティックな作風が貫かれた作品だ。

どちらのアルバムも主役の持ち味を活かすことを徹底しているが、それを実践するための方法論はほとんど真逆かもしれない。それこそ『Who Built The Moon?』の制作中に、プロデューサーのデヴィッド・ホルムスは、ノエルにこんな一言を放ったという。

デヴィッド:今のもいいけれど、君がそうしてきたのを既に何千回も聴いている。これまでとは違うことを何かやってみてくれ。

デヴィッド・ホルムスは、アシッドジャズからテクノ~ハウスまで股にかけた大御所DJ / トラックメイカーで、映画『オーシャンズ』シリーズなど映画サントラを多数手がけているほか、U2のリミックスやPrimal Screamのプロデュースにも携わってきた人物だ。彼のそういった経歴を踏まえれば、『Who Built The Moon?』でのエレクトロニックで実験的な音作りにも納得がいく。

デヴィッド・ホルムスが手がけたPrimal Scream『More Light』(2013年)収録曲

ポール・ウェラーが弾くオルガンと吹き荒れるブラスを軸とした、ウォール・オブ・サウンドへのオマージュ“Holy Mountain”や、Electric Light OrchestraとNew Orderが組み合わさったような“She Taught Me How To Fly”のような曲は、ホルムスの作家性も大いに反映されているのだろう。しかし、それ以上に彼の貢献で大きかったのは、天下のノエル・ギャラガーに対しても物怖じせず、ダメ出しできるほどのビジョンと度胸を持ち合わせていたことにありそうだ。ノエル自身もこう認めている。

ノエル:歳を重ねるごとに、自分以外の誰かに「これまでとは違う何かを試してみなよ」と言ってもらう必要があるのかもしれない。新しいことをやる忍耐力や時間、エネルギーがなくなって、いつものやり方に落ち着いてしまいがちだからね。

ノエル・ギャラガーが、「世界は美しい」と訴えるように歌う理由

レコーディングの進め方も従来とは異なり、ホルムスは事前に曲を一切持ち込ませず、自身が所有するスタジオでゼロから曲作りをはじめた。ノエルはそのプロセスを、「何が起こっているのか、さっぱりわからなかった」と述懐しているが、こういった即興的なアプローチに上述のダメ出しが加わることで、必然的にソングライティングの手癖は封じられることになる。

「いかにもOasisっぽい曲」はもちろんNG。アルバムを形にするためには、これまでの自分よりも一歩進んだ曲を書くしかない。そうやってノエルを安全地帯から引っ張り出す一方で、曲の断片をホルムスが繋ぎ合わせることで、まったく別の曲に生まれ変わったものもあったという。

アルバム本編の11曲を作り上げるまでには50曲も録音したそうだが、こういったタフな共同作業を乗り越えた甲斐もあり、『Who Built The Moon?』は新機軸を盛り込みつつ、どの曲にもノエルらしさが濃厚に滲み出ている。とりわけ白眉なのが、“It's A Beautiful World”。ダンサブルなトラック自体はThe Chemical Brothersとのコラボレーションを思い出させるが、包容力に満ちたアンビエンスや、フランス人女性による意味深なモノローグはこれまでの作品にはなかったものだ。

『Who Built The Moon?』収録曲

それ以上に印象的なのが、ノエルの訴えかけるようなボーカルで、この曲にはソングライターとしての矜持と、2017年を生きる人々へのメッセージも込められているという。

ノエル:パリやマンチェスターでのテロを目にしたり、日本上空で北朝鮮がミサイル攻撃するという話はファッキン悲しいが、それについて曲を書きたいとは思わない。テロリズムや憎しみのある現在の世界のあり方を考えると、音楽をもっと世界にもたらすべきだと感じるね。そして、そういう音楽はある種の喜びを秘めているべきだ。ソングライターとして喜びの曲を書くのは、物事に屈しないという意思表示でもある。憎しみに直面しても「世界は美しい」と言えるのは、物事に屈しないというメッセージになると思う。

「何歳になっても人間は成長できる」ことと一緒に、「揺るがぬ信念があって、初めて人間は成長できる」ことも本作は教えてくれるだろう。「俺のレベルは今作でピークに達したのだと思う。これ以上の作品を作ることができたら大偉業だね」とノエルは語っている。リアムはこの作品を聴いて、何を思うだろうか?

Noel Gallagher's High Flying Birds『Who Built The Moon?』初回生産限定盤ジャケット
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リリース情報
Noel Gallagher's High Flying Birds
『Who Built The Moon?』初回生産限定盤(CD+DVD)

2017年11月22日(水)日本先行リリース
価格:3,672円(税込)
SICX-95/6

[CD]
1. Fort Knox
2. Holy Mountain
3. Keep On Reaching
4. It's A Beautiful World
5. She Taught Me How To Fly
6. Be Careful What You Wish For
7. Black & White Sunshine
8. Interlude(Wednesday Part 1)
9. If Love Is The Law
10. The Man Who Built The Moon
11. End Credits(Wednesday Part 2)
12. Dead In The Water(Live at RTE 2FM Studios, Dublin)(ボーナストラック)
13. God Help Us All(ボーナストラック)
[DVD]
1. Who Built The Moon? Track By Track
2. Noel Gallagher Discusses The Past And Looks To The Future

リリース情報
Noel Gallagher's High Flying Birds
『Who Built The Moon?』(CD)

2017年11月22日(水)日本先行リリース
価格:2,376円(税込)
SICX-97

1. Fort Knox
2. Holy Mountain
3. Keep On Reaching
4. It's A Beautiful World
5. She Taught Me How To Fly
6. Be Careful What You Wish For
7. Black & White Sunshine
8. Interlude(Wednesday Part 1)
9. If Love Is The Law
10. The Man Who Built The Moon
11. End Credits(Wednesday Part 2) 12. Dead In The Water(Live at RTE 2FM Studios, Dublin)(ボーナストラック)
13. God Help Us All(ボーナストラック)

プロフィール
ノエル・ギャラガー
ノエル・ギャラガー

1991年にイギリスはマンチェスターにて結成された、The Beatles以来の最強ロックグループと評されるOasisのメインソングライター / シンガー / ギタリスト。2009年8月、Oasisを脱退。2011年秋、ソロプロジェクト「Noel Gallagher's High Flying Birds」を始動。1stアルバム『Noel Gallagher's High Flying Birds』は、日本で10月12日に発売され、オリコン洋楽アルバムランキング1位、全英アルバム・チャートも1位を獲得。翌2012年は1月に続き、5月にも武道館公演を含む2度目の単独来日公演を大成功させ、さらに7月には『FUJI ROCK FESTIVAL』2日目のヘッドライナーとしても来日を果たした。2015年3月にはソロ第2弾アルバム『Chasing Yesterday』を発表。1stアルバムに続き全英1位、日本でもオリコン洋楽チャートで1位を獲得。4月には東京・武道館公演を含むジャパンツアーを敢行し、同年7月にはソロとして2度目の『FUJI ROCK FESTIVAL』のヘッドライナーとして登場した。2017年9月9日、爆破事件以来閉鎖していたマンチェスター・アリーナの再オープンを記念し開催された追悼公演イベント『We Are Manchester』に出演。事件後マンチェスターのアンセムとなった「Don't Look Back In Anger」は文字通りの大合唱となった。そして2017年11月、Noel Gallagher's High Flying Birds待望の3rdアルバム『Who Built The Moon?』が遂にリリースされる。このアルバムは、Oasis時代の7作(全て全英1位)、ソロ2作(共に全英1位)に続き、ノエル・ギャラガーのキャリアにおける記念すべき10作目のスタジオ・アルバムとなる。



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