『インビクタス/負けざる者たち』ラグビーで分断を繋いだマンデラの功績

差別によって引き起こされる、人種間の対立。多くの国が悩まされている問題だが、国内が大きくふたつに分断されるなか、スポーツが持つ力によって、人種の異なる大勢の国民同士の心情をつなぎとめた指導者がいた。巨匠クリント・イーストウッド監督の『インビクタス/負けざる者たち』は、実在の人物が成し遂げた奇跡の出来事を映画化した作品だ。

ここでは、作品で描かれた内容を振り返るとともに、直接描かれなかった部分も解説しながら、日本を含めていま世界的に重要な問題ともなっている本作のテーマを、より深く掘り起こしていきたい。

『インビクタス/負けざる者たち』予告編

白人のスポーツであったラグビーは、人種隔離政策に苦しむ南アの8割を占める非白人にとって「敵のスポーツ」だった

南アフリカ共和国といえば、国内の白人と非白人(黒人やアジア系など)を分けて生活させる、悪名高い人種隔離政策 「アパルトヘイト」が1990年代のはじめまで存在していた国である。時代錯誤の制度が国連で問題視され、国際社会から孤立することで経済制裁を受けたことが、撤廃を後押しすることとなった。

本作『インビクタス/負けざる者たち』は、反アパルトヘイト運動を行なったことで反政府主義者として27年もの間投獄されていた、黒人の運動家ネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)が釈放され、帰路を行く場面から始まる。その道を挟んで左右のグラウンドで、サッカーをする黒人の子どもたちが喝采を送り、ラグビーをする白人の子どもたちが苦々しい顔で視線を向けている。

マンデラはその後、南アフリカ初の「全人種選挙」の実現に尽力し、その成功をもって『ノーベル平和賞』を受賞、選ばれて南アフリカ大統領の座につくことになる。これまで国民の2割を占めるだけの白人によって統治されていた国を、ついに黒人大統領が指揮するようになったのだ。国内の黒人の多くは新しい時代の到来を歓迎し、差別的な思想とともに白人の作った文化的伝統を塗り替えようとしていく。そのひとつが、白人に人気のあるスポーツであるラグビーだった。

『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.

マンデラは大統領の公務としてラグビー国際試合の視察に訪れるが、会場を埋め尽くしているのは白人ばかり。アパルトヘイト時代の旗を掲げる差別主義者や、黒人大統領を嫌う人々が多く、そのなかで挨拶するマンデラに対し、ブーイングする観客すらいる。南アフリカにおいて、そんな差別との親和性が高かったスポーツが、黒人たちにとって忌み嫌われる存在だったのは当然だといえる。だから会場に来ている数少ない黒人たちは、相手国のチームを応援しているのだ。

そんな状況下で自国のナショナルチームを応援し、国民にも支援することを呼びかけるマンデラ。ここが本作における肝の部分である。この意外な決定には、彼の計算と、本作で直接的には描かれない、激しい想いがあった。

『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.

反アパルトヘイト運動に身を投じたことから27年間も投獄されたマンデラは民族の融和をはかる。「許しは魂を自由にする」

もともとマンデラが反逆者として逮捕されたきっかけには、「シャープビル虐殺事件」という凄惨な出来事が関係していた。これは、黒人に身分証明書をいつでも携帯させるという、人権を無視した法に対して抗議に集まった群集を、警察官が多数射殺したというものだ。当時、反アパルトヘイト運動に身を投じていたマンデラは、この事件に対して黒人側の武装を呼びかけ、その武装グループの指導者として収監されることになったのだ。

刑務所でマンデラは長期間の過酷な労働を課され、呼吸器や目に深刻なダメージを負い、長い獄中生活のなかで家族も失った。こんな目に遭わされた人物なら、白人に対する積年の恨みから、白人文化を弾圧したくなるのが、むしろ人情ではないかとすら感じてしまうところだ。

『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.

しかし、マンデラはあくまで大統領として国家をまとめあげるため、伝統あるラグビーチームの名前を変えようとする流れを阻止するなど、片方の人種を無視したり敵視するのでなく、自分を嫌う、すでにマイノリティとなった白人たちも尊重し、民族の融和をはかっていこうとする。「許しは魂を自由にする」と語りながら。

マンデラからラグビーチームに受け継がれた不屈の精神。時間も場所も離れたイギリス詩人の一節

本作でマット・デイモンが演じる、ナショナルチームのキャプテン・フランソワは、マンデラに直接会うことでその人柄に心を打たれ、あきらめかけていたワールドカップ優勝を誓う。そしてチームは、世界が見守る大会で予想を超えた快進撃を見せることになる。

『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.
『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.
『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.

なぜそのような力を持つことができたのか。その理由を、本作はイギリスの詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの作品『インビクタス』の、「私が我が運命の支配者 私が我が魂の指揮官なのだ」という一節に集約させている。これはマンデラが獄中生活を送るなかで、心の寄りどころにしていた言葉である。

時間も場所も離れたイギリスの詩人の言葉がマンデラを励まし、過酷な日々を乗り切ったマンデラの不屈の精神。それがフランソワに継承され、やがてチームメイトたちに波及する。そして彼らの活躍は、国民たちに人種を越えた感動をもたらすのだ。

『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.

ラストシーンの、黒人と白人が入り乱れて歓喜に包まれる様子は、善良な人間たちが歴史のなかで積み上げてきた叡智が勝利した瞬間でもある。それを眺めながら、マンデラはサングラスを外し、思わず目頭を押さえる。そしてまた次の目標に向かうべくサングラスをかけ直す。フリーマンの抑えた演技と、イーストウッドのダンディーな演出が光る、素晴らしい場面だ。

混迷を深める社会に融和をもたらすのは、私たち一人ひとりが持つ「意志」

高潔な精神によって、偏見や悪感情を捨て去ることは、誰にでも簡単にできることではない。だが、自分にとって楽で安易な方向に向かってしまう卑怯な心に打ち勝たなくては、いつまで経っても差別や偏見は世の中からなくなっていくことはないのではないか。マンデラはそれを率先して行なった人物のひとりである。

本作のように、スポーツによって混迷を深める社会に道筋を与えるケースがある一方で、ナチスドイツの行なったオリンピックのように、民族を分断する思想を広めた例もある。さらに近年、ドーピングを繰り返してまでメダルを獲得し、国民の高揚を利用してオリンピック直後にウクライナを軍事攻撃したロシアのケースもあった。

スポーツがもたらす影響は負の方向に働く場合もある。日本で行なわれているラグビーワールドカップや、開催される東京オリンピックが、本作のように国や世界に融和をもたらす方向へ持っていく契機になり得るかどうかは、政治のあり方はもちろん、国民一人ひとりがどういう意志をもつかというところも大きいのではないだろうか。

『インビクタス/負けざる者たち』場面写真© Warner Bros. Entertainment, Inc.
番組情報
金曜ロードSHOW!『インビクタス/負けざる者たち』

2019年9月20日(金)21:45〜日本テレビ系で放送(放送開始時刻は変更の可能性あり)
監督:クリント・イーストウッド
脚本:アンソニー・ペッカム 原作:ジョン・カーリン
音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーブンス 出演:
モーガン・フリーマン
マット・デイモン



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