コラム

機材で聴くヒップホップ。90年代の音を支えたSP-1200

機材で聴くヒップホップ。90年代の音を支えたSP-1200

テキスト
大島純
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

30年以上経ってもなお愛される。現在のSP-1200事情

ロジャー・リンが赤井電機と共同で作り上げたMPCは、操作性で他のあらゆるサンプリングドラムマシンの性能や機能を凌ぎ、16ビットのMPC3000が出た1994年には多くのプロデューサーたちがSP-1200からMPCへと鞍替えした。ただピート・ロックやEasy Mo Beeのように、それでもSP-1200に固執したプロデューサーたちもいたようだ。私は1994年頃までのニューヨーク・ヒップホップが最も好きなのだが、それはSP-1200の最盛期と重なる。SP-1200は1987年の発売から1998年までモデルチェンジなく生産されたのだが、それだけで本機がどれほど特別なマシンだったかがわかるだろう。

ロジャー・リン 撮影:大島純
ロジャー・リン 撮影:大島純

現在は中古市場で5,000~8,000ドルで取引されるという高騰ぶりで、2020年にはSP-1200の35周年限定モデルが発売される。そして今年は偶然にもSP-1200リバイバルの年となり、フロリダのIsla Instruments社というインディペンデント系の電子楽器メーカーが「S2400」というリバイバルマシンを発売予定だ。ちなみにSP-1200のクローンで言えば、waveTracingからリリースされたVST/AUプラグインの「SP950」は、私が試したものの中で最も忠実にデジタルサウンドをSP-1200のような音に変化させることが可能だ。

さらにフランス、リヨンのビートメイカーで、ソフトウェア・エンジニアでもあるLow Hissは「eSPi1200」という、最もオリジナルに忠実なソフトウェアを発表した。これは20ドルと安価だがとてもよくできていて、現在中古市場でさえ手の届きにくいSP-1200の全ての機能を堪能できる。12ビットをエミュレートした荒々しい音や、フィルターの作り出すノスタルジックなベース音、そしてピッチフェーダーを下げることで生じるノイズや歪みなどが再現できるので、このソフトを使うことでピート・ロックのような本物の天才たちがどうしてSP-1200を愛して止まなかったのかを知る手がかりになるだろう。

ここ数年の間にMPCを使ったサンプリングドラムマシンの生演奏や、Rolandの「SP-404」や「SP-404SX」を用いてローファイ・ヒップホップをビートメイクすることが若い世代を中心にトレンドとなっている。コンピュータで作って、ストリーミングで聴くような2010年代以降のヒップホップのビートに関して、私は正直熱心なリスナーにはなれていないのだが、このハードウェアを使った制作やパフォーマンスへの回帰はとても嬉しく思える。テクノロジーと蜜月に進化した、ヒップホップという音楽ジャンルの本質を理解する上でSP-1200、MPC、S950等の果たした大きな役割を知ることはとても大切だと思う。特にSP-1200を意識した上で1990年代の巨匠たちが遺した文化遺産をぜひ皆さんにもあらためて堪能して頂きたい。

ピート・ロック『Return of the SP1200』を聴く(Apple Musicはこちら
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書籍情報

『MPC IMPACT!-テクノロジーから読み解くヒップホップ』
『MPC IMPACT!-テクノロジーから読み解くヒップホップ』

2020年1月23日(木)発売
著者:大島純
価格:1,980円(税込)
出版:リットーミュージック

プロフィール

大島純
大島純(おおしま じゅん)

映像作家・教育者。東京アドバタイジング、JWTでの6年間の広告代理店勤務を経て渡米。NEW SCHOOL大学院修士課程で映画制作を学ぶ。現在NYと東京に半々在住。撮影監督として参加した短編Surfaceが2010米アカデミー賞(学生部門)金賞を受賞。Google、Facebook、LVMH、Sony、NHKなどのプロジェクトを手がける。2016年NHK長編ドキュメンタリー「秋吉敏子:スウィングする日本の魂」にディレクター兼カメラマンとして携わる。その他音楽関係ではキース・リチャーズ、坂本龍一、マンデー満ちるを撮影する。2013年よりNEW SCHOOL大学院およびPARSONS美術大学教員として映像・メディアの制作を教える。2019年よりデジタルハリウッド大学特任准教授。2020年、大学院からの10年の研究をまとめた「MPC IMPACT!-テクロノジーより読み解くヒップホップ」をリットーミュージックより刊行。

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