こだわりは「嘘をつかない」制作。「亀岡バーチャルヒストリア」で江戸時代以前をメタバース上に再現

現在、美術館や博物館では、資料のデジタルアーカイブ化の動きが加速している。そんななか、さらに一歩先をいく自治体が現れた。

京都・亀岡市では所蔵する文化財や歴史文化資源のデジタルアーカイブに加え、過去の亀岡をオマージュした世界をメタバース上につくり、ゲーム感覚で地域の歴史にふれられるデジタル文化資料館プロジェクト「KAMEOKA VIRTUAL HISTORIA -亀岡バーチャルヒストリア-」を発表。ユーザーはメタバース上に広がる昔の亀岡市を歩き、各所にちりばめられた文化財を集めることで、地域にまつわる歴史を学ぶ、という仕組みだ。

今回は、「亀岡バーチャルヒストリア」を手がけた亀岡市文化資料館の学芸員の飛鳥井拓(あすかい たく)氏とstuの青木雄斗氏に、本サービスの狙いを聞く。また、歴史をゲーム化した背景や、それによってメタバース上にどのような世界観を生み出したのか、つくり手の視点から本制作の意図や狙いを紐解く。

約2,500の文化財を、若い世代にどう伝えていくか?

「亀岡バーチャルヒストリア」は、亀岡市文化資料館が所蔵する文化財をはじめ、市内各地の伝統芸能・祭事・風習・自然などの文化財、文化資源をメタバース空間に再現するというもの。この世界では過去の景観と、現代の風景をリンクさせながら、ゲームのような体験を通して文化を学ぶことができる。

「2022年に博物館法が改正され(2023年4月1日施行)、博物館の事業として、デジタルアーカイブの作成と公開が明記されました。亀岡市としてもこれをひとつの契機として、文化財のデジタル化を進めていかなければならないと考えました」。こう語るのは亀岡市文化資料館の学芸員・飛鳥井拓氏だ。

飛鳥井:亀岡市では、全国の地方自治体と同様に少子高齢化で人口減少が加速しており、文化財を護持し、また祭礼行事を担っていく後継者の不足が大きな問題となっています。文化財の後継者確保のために交流人口・移住人口の増加が求められるなかで、デジタルアーカイブや、メタバースを通して若い世代に向けて亀岡の魅力を発信することがひとつの解決策として適切だと考えました。

亀岡市は約1,300年前の奈良時代に丹波国分寺が創建されたことを機に多くの寺社が建立された。また、足利尊氏や細川氏など多くの武将がこの地に関わりを持っていたことから、街の至るところに数々の貴重な文化財が残されている。中心部には明智光秀が丹波統治の拠点とした亀山城跡があるなど、亀岡市の街全体から歴史の息吹を感じることができる。

それでは、これらの歴史や文化をメタバース空間で体験できるという「亀岡バーチャルヒストリア」とはどのようにつくられたのだろうか。

古くから残る資料をもとに、「新しい」メタバースをつくりあげる

今回、「亀岡バーチャルヒストリア」として歴史や文化をメタバース空間で復元するのは、XR、メタバースといった先端技術の開発や、開発した技術を駆使した空間演出・コンテンツ制作までを手がける新興クリエイティブカンパニーのstuだ。

stuで先端技術開発事業のリードエンジニアを務める青木雄斗氏は制作にあたり、亀岡市に何度も足を運び、歴史や文化に触れるために飛鳥井氏やスタッフとともに亀岡市内を周ったという。

「ぼく自身、そんなに歴史に造詣が深いほうではなかったのですが、旅行者とは違う情報量、丁寧さで教えてもらいました。かなり飛鳥井さんに育てていただきましたね」と笑う。飛鳥井氏とのやりとりを振り返ると、120時間以上の会議を重ねて密に詰めていったと青木氏は言う。

青木:多くの人は自分に縁のある場所なら歴史や文化に興味をもちますが、そうではない土地にフォーカスすることはほとんどありません。ではどうしたら興味を持ってもらえるのか。それ考えたとき、いま、世界でメタバースが「新しいもの」とされている時代だからこそ、メタバースを活用することに大きなメリットを感じました。

青木氏が話すように、歴史や文化をメタバース空間で再現するこのプロジェクトは、自治体の「未来のあり方」を体現しているともいえる。

青木:いま行なわれていること自体も未来から見ると歴史の一部になりうる。そう考えると、これから先、歴史の情報量はどんどん増えていきます。それらが消えてなくなる前に、早いタイミングで情報として残すことが必要です。

徹底したのは、嘘をつかないこと。「過去のデジタルツイン」が示す価値

「亀岡バーチャルヒストリア」は、亀岡市の自然・歴史・文化を象徴する「丹波亀山城」、「保津川」、「丹波国分寺跡」、「福壽山金剛寺」、「霧の宝物殿」、「棚田の村」などのエリアに分かれている。

青木:メタバースというとSF的な「未来」や「非現実」というイメージが強いですが、過去にあったものをタイムスリップ的に見せることに軸を置きました。街を舞台に何かをつくるとき、その場所とまったく無関係なものになることはありません。それであれば、歴史をしっかりと再現して、「過去のデジタルツイン」のようなアプローチを取ろうと思ったんです。

本来、歴史とメタバースはあまり近いところにないコンテンツだと思います。思い切ってそこをつなげたことによって、じつはすごく親和性が高いことを我々も再認識しました。

取材時は、舞台のひとつである丹波国分寺跡と亀山城跡を飛鳥井氏と青木氏と一緒に訪れた。丹波国分寺は聖武天皇による詔勅により築かれた建物だが、戦国時代に焼失。現在ある本堂や山門は江戸時代中期に再建されたものだ。

飛鳥井氏は「寺院が建立された当時は高さ50メートル以上にもなる七重の塔が建てられていた」というが、すでに実物はなくなっている。このような実物がないものをメタバースで再現するのは難しいのではないだろうか。

青木:過去の建造物など資料が残っていない場合があり、国分寺については、あえて抽象的な「光の柱」で表現しています。嘘をつかず、「ない物はつくらない」ことを心がけているんです。

メタバースでは、どんな非現実的なことでもつくろうと思えばなんでもつくれてしまうのですが、「亀岡バーチャルヒストリア」では、現存する資料に基づいてその時代の正しさを守り再現しているところに価値があります。想像でつくっても、訪れた人には真実のようにみえてしまう。つくり手によって歴史を変えてしまう恐れも出てくるんです。歴史的な意味合いや、大切にしてきたものを軽視したアウトプットにならないよう細心の注意を払いながら進めてきました。

僧坊の跡地(写真右のグレーの地面部分・東から)。奈良時代にはここで、多くの僧が寝食をともにしながら仏教を学んだという
丹波国分寺跡の正面付近(東から)。現在は空き地になっているが、以前はここに大きな中門や回廊が建てられていた
七重塔に現存する礎石

デジタルアーカイブ×ゲーム要素を組み合わせて「没頭して遊べる」を目指す

「亀岡バーチャルヒストリア」のユニークなポイントのひとつは、ゲーム性のあるストーリーを体験できることだ。青木氏をはじめとした制作メンバーが、亀岡市の歴史や文化財について学び、面白いと感じた部分をもとにゲームのストーリーを提案したという。

プレイヤーは亀岡の歴史を調査する「歴史ハンター」となって街を歩き回ったりその時代に住んでいる人の話を聞いたりしながら、どんどん歴史を調査する。それが「ヒストリア」と呼ばれている歴史書のページに追加され、「亀岡の物語」という歴史書が出来あがっていく。

この歴史書のページを増やすというミッションに取り組みながら、亀岡を知るにあたって重要な要素や歴史上の出来事を理解していくというストーリーだ。

歴史ハンター。現代からの使者というコンセプトで和洋折衷のオリジナル衣装を身に纏っている
歴史書「ヒストリア」。現代から持ち込むものという設定になっている

取材時、亀山城跡で飛鳥井氏にうながされ内堀跡近くの石垣を眺めると、積み上げられた石に「□」や「卍」などの刻印が見られた。この刻印も忠実に再現され、「亀岡バーチャルヒストリア」の世界ではミッションの要素のひとつになっているという。

飛鳥井:メタバースのなかには、石垣の刻印、オオサンショウウオ、アユモドキなど、ミッションとして収集する動植物や文化財が散りばめられています。メタバースの世界に一回入っただけではなかなか見つけられない文化財もあり、探す楽しみもあると思います。

石の表面に刻印が見られる

なぜ今回はミッションというゲーム要素をメインに入れたのだろうか。青木氏は工夫した点を次のように語る。

青木:まず、ふらっと入ってきた人が2~3時間くらいは没頭して遊べるようなコンテンツをつくることを考えました。最近では交流を主目的におくメタバースも多いですが、コミュニケーションをコンテンツのメイン価値にすると、人がいないときは楽しくないですよね。体験や没入感を提供したいと考えたとき、必ずしも交流に重きをおかなくてもいい。

リアルの博物館のように1人でも滞在しやすい要素をつくっておけば、コミュニケーションはそこにいる人同士で勝手に行なわれるはずです。メタバースのいいところと博物館のいいところの両面を併せ持ち、さらに楽しみながら学ぶことができるエデュテインメント(エデュケーション+エンターテインメント)という考え方が、デジタルアーカイブの活用にすごくいいのではないかと思いました。

身近な存在として「体験」してもらいたい。細かな歴史の再現がもたらす意義とは?

「歴史物語」の完成というミッション達成に向けて、アバターはカメラ機能を使って街にちりばめられたものを収集する。青木氏は「カメラ機能は魅力のひとつ」だと言う。

青木:スマートフォン世代の子はライフログとして写真を撮るので、メタバースのなかでも手軽にシャッターを切れるような機能を実装しました。

撮ったものは図鑑に収録されます。カメラ機能があることで能動的にものを見ようとする意識づけがされ、見えているものの解像度も高くなるでしょう。

メタバースの世界に広がる文化財や自然を写真に収め、図鑑に記録する。「収集する」楽しさにゲーム性がある。リアルな世界観を構築するために、自然や動物の歴史考証も欠かせないと青木氏は続ける。

青木:この植物が入ってきたのは1800年頃だから、この時代にこれはないはずだ、というようにひとつひとつ検証しています。大きさや色など間違えてつくってしまうと、その土地の環境で育ったもののように見えなくなってしまう。とくに植物は外来種などもあり、当時何の植物がどんな色やかたちで生えていたのか、再現が大変でした。

飛鳥井氏も、どういう景観だったのか、どういう建物があったのかなど調べられる限りの情報を提供しているという。メタバース上で時代を細かく再現することと、現実の博物館で展示することの違いについてはどうとらえているのだろう。

飛鳥井:博物館では、歴史的な史料を観ることはできてもその時代を「体験する」ということはなかなか難しい。今回、メタバース空間上で亀山城の天守を復元し、円山応挙の絵画の襖絵を復元していますが、博物館のなかでこれらを行なおうとすれば、模型をつくるか映像を流すといった方法になってしまいます。

メタバース空間上では、文化財を従来のように並べて展示しないのが特徴です。例えば民具や農具は農村の生活のなかで出てくるようにしているので、生活の様子を見ながら民具の使われ方も学ぶことができます。

文化財をもともと伝来してきたような環境のなかで改めて見せる。リアルに近い感覚で体験できるといった意味で、「亀岡バーチャルヒストリア」には大きな意義を感じています。

亀岡資料館で展示されいる民具
メタバース上で見られる、民具を使用している様子

デジタルアーカイブから、リアルの世界へ。メタバースに閉じない魅力を伝え続ける

メタバースでのミッションを通じて、遊びながら学べる「亀岡バーチャルヒストリア」。亀岡市として今後、どのような展開を考えているのだろうか。飛鳥井氏は次のように話した。

飛鳥井:亀岡に移り住んでいただいたり、亀岡で子育てしていただいたり。亀岡のことを好きになってもらえるのが最終目標です。「メタバース、楽しかったな」で終わるのではなく、メタバースをきっかけとして亀岡市に興味をもって足を運んでもらい、魅力的な文化財を見ていただいて、市のことを好きになってもらいたい。ですから、今後もメタバースのクオリティーを上げるような取り組みを続けていきたいです。

飛鳥井氏の話を受け、青木氏も次のように語る。

青木:歴史の情報は、勉強として詰め込まれてもなかなか定着には至らないと思います。今回はゲーム要素を入れることで使命感をもってメタバース空間に滞在してもらい、モチベーションを保ちながら没頭できるような仕組みづくりに注力しました。

亀岡市のメタバースには、海外の、地球の裏側からでも入れます。京都や東京はすでに海外からの認知も高いですが、まだそこまで認知されていない自治体が、魅力的なメタバースによる発信を行なうことで、世界中から興味を持ってもらえるチャンスがあると感じています。「亀岡バーチャルヒストリア」が若い世代に届いて、歴史を知ることを楽しいものとして認識してくれたらいいですね。

リリース情報
「KAMEOKA VIRTUAL HISTORIA -亀岡バーチャルヒストリア-」
亀岡市文化資料館が所蔵する文化財をはじめ、市内各地の伝統芸能・祭事・風習・自然などの歴史文化資源を再現したメタバース空間。現在はみられない⻲山城天守や御殿などの江戸時代以前の亀岡の街並みを舞台に、ユーザーは各所にちりばめられた歴史資料を集めることで、地域にまつわる歴史に触れることができる。アプリ等のインストールは必要とせず、お手持ちのデバイスから亀岡市文化資料館のホームページにアクセスするだけで誰でも手軽に楽しむことが可能。


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