広告色の強いコミュニケーションが届きにくくなった時代において、ブランドはどのように人の背中を押し、社会との信頼関係を築いていけばよいのだろうか。その問いに、長年の実践を通じて答えを出し続けてきたブランドが二つある。コクヨのロングセラー文具「キャンパス」と、ネスレ日本の代表的チョコレート菓子「キットカット」だ。
一見すると異なる領域にある二つのブランドだが、どちらも長年にわたり学生に寄り添い、応援し続けてきたという共通点を持つ。そして、キャンパスは発売50周年を機に単なる文具ブランドから「まなびかたを届けるブランド」へと大きく舵を切った。一方のキットカットは、「応援する人を応援するブランド」として進化を続けている。アプローチは異なるものの、その根底にあるのは、「一人ひとりに寄り添う」という思想である。
今回、コクヨでキャンパスブランド担当の堤沙也佳さんと、ネスレ日本でキットカットブランドを担当する佐藤由樹さんに、「学生応援」を軸としたブランドづくりの考え方や、それを長年育み続けてきたプロセスについて話を伺った。
文具ではなく、まなびかたを届けるブランドへ
ーキャンパスは2025年に発売50周年を迎え、「“まなびかた”をもっと明るく(Bringing joy to learning)」というブランドコンセプトを掲げ、大々的なリブランディングを実施しました。その背景には、どのような課題意識があったのでしょうか?
堤:大きく舵を切るきっかけになったのは、中期経営計画で「単にものをつくって売るのではなく、体験価値を提供していく」という方針が掲げられたことでした。
これまでコクヨは、「いいものをつくれば売れる」という時代を長く歩んできましたが、コロナ禍をきっかけに教育現場でもICTツールが急速に普及し、文具が使われるシーンは大きく変化しました。実際、日本におけるノートの使用量も減少傾向にあります。
さらにAIの登場によって、知識そのものの価値やまなびかたまで変わりはじめています。これまでと同じ価値を提供し続けるだけでは、キャンパスもいずれ選ばれなくなってしまうのではないか。そんな不安がありました。
堤沙也佳さん。コクヨ株式会社グローバルステーショナリー事業本部マーケティング部ブランド戦略グループ。2017年コクヨ株式会社入社。消しゴムやペンケースの商品企画にはじまり、シリーズ商品の企画・開発・商品戦略などを担当。途中、新規事業開発を行うイノベーションセンターを兼務。2025年よりキャンパスリブランディングのブランド戦略を担当。
堤:そこでブランド調査を実施したところ、キャンパスは認知度こそ高いものの、「いつも身近にあるけれど、印象には残らない」という評価が多かったんです。
親しまれてはいるけれど、ブランドとしての存在感は薄い。その結果を、私たちはかなり深刻に受け止めました。
ーブランドの未来に対して、強い危機感があったわけですね。そこから、どのようにしてリブランディングを進めていったのでしょうか?
堤:まずは、本当に学生が求めているものは何なのかを知ろうと考えました。実際にキャンパスを使っている学生たちに会いに行き、インタビューを重ねながら「いま、何に困っていますか」と聞いて回ったんです。
すると、意外だったのは「文具に困っている」という声はほとんどなく、「どう勉強すればいいのかわからない」という悩みが圧倒的に多かったことでした。学校では教科の内容は教えてもらえるけれど、自分に合ったまなびかたまでは教えてもらえない。だから、みんな手探りで試行錯誤していたんです。
その声を受けて、私たちは発想を大きく転換しました。「文具を売るブランド」ではなく、「まなびかたを届けるブランド」になろう、と。そこで新たに掲げたブランドコンセプトが、「“まなびかた”をもっと明るく」でした。
実際の施策としては、これまで紙製品中心のラインアップを展開してきましたが、2025年9月に12種類56品番の商品を新たに発売しました。また、まなびかたのメソッドと文具を掛け合わせた「まなびレシピ」をリリースし、「メモ勉」「ちょこ勉」「とじ勉」「モチ勉」といったまなびかたの提案を行っています。
あわせて、レシピに使う文具や手順を紹介する遊び心のあるショート動画や、店頭での販促物も制作しています。
受験応援は、お客様がつくった文化だった
ーキットカットは「受験生を応援するブランド」というイメージが定着している印象があります。このブランド戦略は、どのようにはじまったのでしょうか?
佐藤:じつを言うと、もともとのきっかけは私たちが企画した施策ではないんです。
2000年代初頭、営業から「受験シーズンになると、九州で売り上げが異常に伸びる」という報告が上がってきました。調べてみると、九州の方言で「きっと勝つとぉ(きっと勝つよ!)」が「キットカット」に似ていることから、受験生やその家族が受験のお守り代わりに買ってくださっていることがわかったんです。
さらに当時、インターネット上の験担ぎランキングに、神社のお守りに次いでキットカットが上位に入っていました。そこで、「これは九州だけの現象ではなく、全国へ広がりはじめているのではないか」と考えるようになったんです。
佐藤由樹さん。ネスレ日本株式会社 コンフェクショナリー事業本部 インツーホームマーケティング部。2021年7月にネスレ日本株式会社に入社。2024年から「キットカット」の主力製品担当として「キットカット オトナの甘さ」リニューアルや、受験生応援キャンペーン、部活応援をリードしている。
ー企業がゼロからつくったブランドイメージではないんですね。では、どのようにして自社のブランド施策に昇華させたのでしょうか?
佐藤:ちょうど同じ頃、世界共通のブランドスローガンである「Have a break, have a KitKat.」を、日本ではどのように伝えるべきかを調査していました。すると、日本のお客さまが求めていたのは「体を休めること」ではなく、「心を休めること」だったんです。
受験生は、大きなプレッシャーや不安を抱えながら毎日を過ごしています。そんな人たちに、キットカットを通じて少しでも心がほっとする時間を届けられないか。そう考え、お客さまが自然に育ててくださった文化に寄り添う形で、2003年から受験生応援キャンペーンをスタートさせました。
佐藤:受験生が宿泊するホテルを、チェックアウトする際に、フロントの方から「頑張ってください」というメッセージとともにキットカットを渡していただいたり、受験会場へ向かうタクシーを「キット、サクラサクよ。」というメッセージでラッピングしたり。そうした施策を続けていった結果、現在では受験生のおよそ5人に1人が試験会場へキットカットを持って行ってくださるようになっています。
ー20年という月日を重ねるなかでブランド力を培ってきたわけですね。ブランド調査なども実施されているのでしょうか?
佐藤:「受験応援のお菓子といえば何ですか?」という調査を毎年行っているのですが、おかげさまで2003年から現在まで受験シーズンのブランド認知は高い状態を維持しています。
そのため、受験生応援キャンペーンは毎年最も力を入れるプロジェクトになりました。キャンペーンが終わるとすぐ翌年の企画を考えはじめるくらい気合いが入っています。
「よかれと思って」が、ブランドを遠ざけることもある
ーブランドを知ってもらいたいという思いが強いほど、「こう伝えたい」という気持ちが先行して、お客さまとのあいだにギャップが生まれることもあるかと思います。発信する際に心がけていることはありますか?
佐藤:その課題には、常に向き合っていますね。「受験生を応援したい」という思いは毎年変わりませんが、施策によっては「つくり手側だけが盛り上がっているように感じる」といった声をいただくこともあります。
たとえば、キットカットのパッケージに載せている応援メッセージについて「この言葉はあまりうれしくない」「少し押しつけがましく感じる」というご意見をいただいたことがあったんですね。それまで社内でメッセージを考えて載せていたのですが、つくりものっぽさがあったんだと思います。そこでSNSなどで実際に受験生やそのご家族が使っている応援の言葉を集め、それをもとに表現をつくり直すことにしました。
応援の言葉は、ほんの少し選び方を間違えるだけで、励ましではなくプレッシャーになってしまうことがあります。だからこそ、「本当に相手に寄り添えているか」を毎年自問しながら、コミュニケーションをアップデートし続けています。
堤:キャンパスでも似た経験があります。リブランディング後は「こんなまなびかたがありますよ」と積極的に提案していました。もちろん、それが学生の役に立つと信じていたからです。
ところが、実際に売り場で学生の行動を観察してみると、学生はまなびかたよりも「この文具は何なんだろう」「どういう商品なんだろう」という興味が先にあることがわかりました。そこで店頭でのコミュニケーションを「こんなまなびかたがあります」と説明するのではなく、「勉強でこんな困りごとはありませんか?」という共感から入り、その悩みに合わせて商品やまなびかたを紹介するかたちへと変えていったんです。
ブランドが届けたい価値と、お客さまが知りたいことは、必ずしも一致しません。だからこそ、自分たちが伝えたいことを押し出すのではなく、お客さまがどこで立ち止まり、何に関心を持っているのかを観察し続ける。その姿勢が、ブランドには何より大切なのだと感じています。
ー特に近年は、広告色の強い発信より、自然なコミュニケーションが求められている印象があります。SNSの使い方も含めて、その変化を感じることはありますか?
佐藤:広告そのものに対して距離を置く人は、確実に増えている印象です。だからこそ、私たちも広告っぽさを前面に出さないことを常に意識しています。
たとえば、インフルエンサーの方々とご一緒する際も決められたセリフをお願いするのではなく、「受験のとき、お母さんからもらってうれしかった」「友達に渡したことがある」といった、ご自身の体験を自然な言葉で語っていただくようにしています。ブランド側の主張を強く打ち出すよりも、発信者自身が話したいと思えるエピソードのほうが、結果としてずっと伝わるんです。
また、TikTokで展開している学生生活のショートドラマでも、ブランドを前面に出すのではなく日常の風景に溶け込むことを大切にしています。「久しぶりにキットカットが食べたくなったな」と思い出してもらえれば十分。それくらいの温度感と距離感のほうがいいんです。
堤:キャンパスも考え方はすごく近いですね。以前は、「どうすればSNSで口コミが広がるか」という発想で商品を発信していました。でも調査を重ねると、それが必ずしも購買にはつながっていないことがわかったんです。
では、学生たちがどこで新しい文具を知るのかというと、圧倒的に多かったのが学校生活でした。クラスメイトの手元を見て「そのペン使いやすそう」とか「その消しゴムいいね」といったやりとりが生まれ、それが購買に結びついていたんです。
そこで「SNSで話題になる商品」ではなく、「友達との会話が生まれる商品」をつくろうと考えました。たとえば、5個セットの小さな消しゴムをグミのようにパックしてシェアしやすくしたり、キャンパスノートのロゴにさりげなく隠れ文字を入れたり。「これ知ってる?」と隣の友達に話したくなるような、自然な距離感を意識しています。
「伝える」ではなく、「寄り添う」ことが大切
ーお二人のお話を聞いていると、ブランドとして何かを発信すること以上に、「お客様が何を求めているのか」を起点に考えている印象があります。
堤:そうですね。商品をつくるときも、まずは学生がどんな勉強をしていて、何に困っているのかを知るところからはじめます。
学校へ足を運んで話を聞いたり、実際に商品を使ってもらったり、オンラインでヒアリングをしたり。そのなかで見えてきた困りごとに対して、「どんな文具があれば解決できるだろう」と考えていくんです。
コクヨはノートだけでなく、バインダーや付箋、ペンなど幅広い文具をつくっています。だからこそ、「この商品を売りたい」という発想ではなく、「この困りごとを解決するには何が必要か」という視点で、商品カテゴリーを越えて考えられます。
「“まなびかた”をもっと明るく」というブランドコンセプトを掲げてからは、その考え方がさらに強くなりました。たとえば、隙間時間を上手に使っている学生を見かけたら、「そのまなびかたをもっと快適にする文具は何だろう」と考える。文具を売るというよりも、文具を通して新しいまなびかたと出会ってもらうことが、私たちの役割だと思っています。
商品を単体で届けるのではなく、まなびかたまで含めた体験を届けること。それこそが、いまのキャンパスというブランドが目指している役割だと考えています。
佐藤:キットカットも、考え方は同じです。昔から大切にしているのは、「主役はどこまでもお客様」ということです。
私たちが寄り添いたいのは、受験生ご本人はもちろん、その背中を押そうとしている親御さんや先生、友人たちです。ブランドが前に出るのではなく、応援する人の気持ちが主役であること。その「頑張ってね」という思いを届けるきっかけとして、キットカットがそっと寄り添えたらいいなと思っています。
私たちが直接応援するのではなく、誰かを応援したい人の気持ちを後押しする。それが、これからも変わらないキットカットの軸であり、ブランドの役割だと考えています。
ーでは、お二人はブランドを通して、これからどんな存在になっていきたいと考えていますか?
佐藤:今日お話ししながら、あらためて思ったのですが、私たちが目指しているのは「寄り添うこと」なんだと思います。
それは受験生にかぎった話ではありません。部活動でも、学校生活でも、大人になってからの仕事でも、人は誰でも「あと少し背中を押してほしい」と思う瞬間があります。もちろん、キットカットがその悩みを解決できるわけではないのですが、普段は照れくさくて言えない「頑張ってね」や「応援してるよ」という気持ちを届けるきっかけにはなれる。そんな存在であり続けたいと思っています。
堤:ブランドという考え方を持つようになってからは、商品を売ることだけではなく、その商品と出会ってから使い終わるまでの体験全体を考えるようになりました。店頭で商品を見つけて、「これなら勉強が少し楽しくなるかもしれない」と思う。実際に使ってみて、新しいまなびかたに出会い、それが少し自信になって、「これ、いいよ」と友達にも勧めたくなる。そうした一連の体験まで含めてデザインすることが、ブランドの役割なのだと思っています。
学びは勉強だけではありません。学校で過ごす時間そのものが、人生にとって大切な学びです。だからキャンパスも、これからは文具ブランドという枠を超えて、学生一人ひとりの毎日に寄り添うブランドへと進化していきたいと考えています。
- プロフィール
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- 堤 沙也佳 (つつみ さやか)
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2017年コクヨ株式会社入社。消しゴムやペンケースなどの商品企画に携わり、シリーズ商品企画の立ち上げや商品戦略の担当をしながら、途中、新規事業開発を行うイノベーションセンターを兼務。お客さまの声に真摯に耳を傾けながら、価値づくりに取り組む。2025年からはキャンパスブランドの戦略を担当。長年多くの方に親しまれてきたブランドの歴史の重みを受け止めつつ、社内外のメンバーと協力しながら、キャンパスブランドをグローバルでまなびに寄り添うブランドへと成長させるため日々試行錯誤を重ねている。
- 佐藤由樹 (さとう ゆき)
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2021年7月にネスレ日本株式会社に入社。2024年から「キットカット」の主力製品担当として「キットカット オトナの甘さ」リニューアルや、受験生応援キャンペーン、部活応援をリードしている。
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