ボリビアの「沖縄村」を追う 佐々木加奈子インタビュー

歴史的な出来事や人の記憶をテーマに、「セルフポートレイト」などユニークな手法で表現するアーティスト・佐々木加奈子。今回、戦後の移民政策によってボリビアに渡った沖縄の人々が暮らす「沖縄村」を実際に訪れ、写真や映像でその歴史や現在の姿に迫るプロジェクト『Okinawa Ark』が、資生堂の公募展「第三回 shiseido art egg」に入選した。現在、東京・銀座の資生堂ギャラリーにて個展を開催中(2009年3月1日まで)の彼女にお話を伺ってみた。

ボリビアに移住した最初の頃は、ジャングル同然の土地に絶望し、伝染病も蔓延して亡くなった方もいたそうです。

―今回の個展はボリビアにある沖縄村がテーマになってますが、佐々木さんが沖縄村を知ったきっかけは何だったんでしょうか?

佐々木:始めて知ったのは随分前のことなんですよ。海外の学校に通っていたときに、ボリビア人の同級生がボリビアに日本人だけの村があることを教えてくれたんです。それ以来ずっとその人たちに会ってみたいと思っていて。

―それから、ずっと温めていたんですね。でもどうしてボリビアに日本人の村があるんでしょうか?

佐々木加奈子インタビュー

佐々木:第二次世界大戦のときに沖縄では上陸戦が行われたので、戦後の沖縄は仕事がなくなって大変な状況だったんですね。その時、「無料で土地をあげるので農作業をしてください」と申し出たのがボリビア政府だったようです。ブラジルやアルゼンチンではすでに日本人が移住して成功していたので、ジャングルが多く、農作技術もなかったボリビアも積極的に移民を受け入れていって。でも、ボリビアに移住した最初の頃は、ジャングル同然の土地に絶望し、伝染病も蔓延して亡くなった方もいたそうです。それでも、あとには戻れないという。

―最初は大変だったんですね…。現在の村の様子はどんな感じなんですか?

佐々木:今はボリビアの中でも沖縄村が成功していることは有名なんです。沖縄村の人々は大農場を経営する立場になっていて、地元のボリビア人が仕事を求めてそこにやってくるようになっています。私も現地に行くまでは、「日本に帰りたくても帰れない」というネガティブな部分があるんじゃないかと思っていたんですけど、全然そういう感じじゃないんですよね。移民の方々の家に個別訪問してアンケートを書いてもらったんですけど、「日本に帰りたい」なんて誰も書かない。むしろ「ボリビアの日系人社会を守りたい」というのが多かったんです。

―『Okinawa Ark』のwebサイトにもそのアンケートが掲載されていましたね。とてもポジティブで驚きました。

佐々木:辛いことはあったけど本当に前向きで、なんだか自分も勉強になりました。やっぱり家族の絆って、場所は関係ないんですよね。

佐々木加奈子インタビュー

―そうしたテーマが今回の展示にも反映されていると思うんですが、会場に入るとまず大きな三つのスクリーンに小学校の映像が投影されていますね。授業風景や校庭で遊ぶ子どもたちの姿などがゆるやかに流れてきますが、学校を映像作品のモチーフにしたのはどうしてですか?

佐々木:小学校時代の記憶は誰もが持っているので、見る人が入り込みやすいんじゃないかと思ったのが一つですね。撮影したのは沖縄村にある「ボリビア第一日ボ小学校」というところで、日系人の子どもたちが通っています。私が初めてここに行ったとき、体育館で沖縄戦をテーマにした劇の練習をやっていたのを見て、ショックというか、とてもビックリしたんです。一回も日本に行ったことがないのに、「日本人なのに自分たちはどうしてボリビアにいるのか?」を理解するために、沖縄戦が言い伝えられているんですよ。それを見て私は、小さな子どもたちが過去に対してこんな風に向き合って、取り組んでいるということを、たくさんの人に見せたいと思ったんです。

メディアで報道されていることは真実じゃないって思うようになった

―異国の学校なのに、自分の小学校時代を思い出したり、何かが繋がっている気がしました。

佐々木:そうなんですよ。地球の裏側にあるボリビアなんて関係ないじゃん、とは思われたくなかったので、沖縄村のディテールをしっかり見せることが重要だったんです。過去にあった沖縄戦やこれまでの苦しい道のりよりも、今の村の姿を。家族のことや、小学校の普通の一日を見せたいなと。

佐々木加奈子インタビュー

―見る時に大きな3つのスクリーンに囲まれるので、臨場感もありました。

佐々木:そう、見てる人たちが取り囲まれる感じにしたくて。スクリーンを三面にしたのは、多文化を表す意味もあるんです。この子どもたちは英語も日本語もスペイン語も話す、文化がミックスする中で生活しているんです。それで三つ違うスクリーンを置きました。

―三つとも映像がゆらゆらしていて気持ちいいですね。

佐々木:船に乗って学校の中を移動しているイメージを出したくて、カメラを揺らして撮ったんです。海に囲まれた沖縄から船に乗って海のないボリビアまで移住してきたことから、このプロジェクトには最初から船のイメージがあって。子どもたちもみんな心地良さそうにしていたし、あまり悲しい風に撮りたくなくて。

佐々木加奈子インタビュー

―今回の展示作品にも2つありましたが、佐々木さんと言えば、ご自身が被写体になる「セルフポートレート」作品が特徴的ですね。

佐々木:やっぱり出てみたいなって思って(笑)。ボートに乗っているのと、岸辺を走っている映像があるんですが、移民の人たちが沖縄を離れるときの思いや、分かれるときの心情を妄想して実演して、っていう。

―ご自身が演じることで、取り上げる人たちの気持ちに近づこうと?

佐々木:そうですね。過去にも『アンネの日記』をモチーフにした作品(※1)※1 ”Walking in the jungle”シリーズの一部。佐々木がアンネに扮して、架空の一場面を創作する。2009年1~2月に京都造形大学ギャルリ・オーヴで開催されたグループ展『戦争と芸術』にも出品された。を作ったんですが、自分でアンネを演じることでアンネと繋がれたらという思いがありました。自分が戦争を経験していないので、その痛みを知りたいというか、その環境に自分を置いてみたくなる。物語として聞いているだけじゃ足りない気がするんです。

―沖縄村にしても『アンネの日記』にしても、背景には「戦争」というテーマがありますね。佐々木さんはアメリカの大学でジャーナリズムを専攻されていたんですよね。

佐々木:高校生のときにジャーナリストに憧れて、大学に進学したんです。でも、ジャーナリズムを勉強するうちに、メディアで報道されていることは真実じゃないって思うようになっていって。だから、この消費文化のなかでのメディアの役割とか、そのなかで自分はどうやって人と対話すればいいのか考えていました。

日本人だとか女性だというのも超えて、自分や相手がありのままで居ることが大事だと思っています。

―「真実を伝える」ために、作品を作ろうと思ったんですか?

佐々木:表象的な事実を淡々と語るよりも、作品として表現したほうが伝わるような気がして。それで、自分に出来る手法が写真だと思ったんです。私の作品を観ている人たちにいかに「気づいてもらえるか」がテーマですね。

佐々木加奈子インタビュー

―アメリカやイギリスへ留学したり、色々な国でレジデンス(滞在制作)をするなかで、やはりコミュニケーションが大切だと思われるようになったんでしょうか。

佐々木:そうですね。私はコスモポリタンでいたいなと思ってます。語学だけじゃなくて、日本人だとか女性だというのも超えて、自分や相手がありのままで居ることが大事だと思っていて。そういうことを忘れないようにしていたい。自分なりに消化して制作に繋げていきたいと思っています。

―ありのままでいるためにも、現在のように制作の拠点を定めない活動のほうがいいんですか?

佐々木:だいたい1年のうち半分くらいは海外に滞在しているので拠点がないんですけど、本当はどこか一ヶ所にいたいと思ってるんです。でも、行き詰まるとすぐ他のとこに行っちゃいます(笑)。違うところに行くとリフレッシュするし勇気をもらえるんですけど、その反面、制作に集中できなかったりもして。自分の本能で移動するのはプロじゃない気がするから、「今年はやめよう」って毎年思ってるんですけど。

―今後制作で訪れる予定の国はありますか?

佐々木加奈子インタビュー

佐々木:今年の秋に、何度か訪れたバルト三国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)を再訪する予定です。日露戦争を通じて日本と歴史的なつながりがあることや、ロシア領になったりドイツ領になったりと周囲の大国に翻弄された複雑な歴史にとても興味があります。あと、街並の懐かしい雰囲気が好きです。西ヨーロッパはEUで統合されてどこも印象が同じになってきているけど、東はまだ昔の感じが残っているんですよね。自分のおばあちゃんの世代にワープして行ってる感じで。懐かしさとか記憶っていうのがやっぱり私の中ではテーマの一つになってます。

―今回の展示にも、やはりそうしたテーマが反映されていますね。

佐々木:この展示は今までのスタイルとちょっと違いますが、自分と同じ世代の人たちに観てもらいたいし、沖縄の人がボリビアに行ったという事実自体があまり知られてないので、より多くの人に紹介できたらと思ってます。今回の展示の自分なりの結論は、「家族の絆」とか「愛」だから、それが伝われば嬉しいですね。

佐々木加奈子インタビュー

―このプロジェクトはまだ続きますか?

佐々木:はい、続きます。ボリビアでも展示をしたいし、ウェブサイトでも発表を続けて、進化させていきたいと思ってます。二年前くらいから取り組んでいるけど、まだ始まったばかりだと思っていて、今回資生堂ギャラリーで発表できたことは本当にラッキーでした。あと、自分のプロジェクトは全体が繋がっていて、今、恵比寿のMA2ギャラリーで開催中の個展でも船が登場します。そういったところも見てくれたらと思います。

イベント情報
『第3回shiseido art egg展』佐々木加奈子展

2009年2月6日(金)~3月1日(日)
会場:資生堂ギャラリー(東京・銀座)
時間:平日11:00~19:00 日曜・祝日11:00~18:00
休廊日:月曜
入場:無料

佐々木加奈子個展『Drifted』

2009年2月13日(金)~3月14日(土)
会場:MA2 Gallery(東京・恵比寿)

プロフィール
佐々木加奈子

1976年宮城県生まれ。2001年米国イサカ大学ジャーナリズム学科卒業、04年米国スクール・オヴ・ビジュアルアーツ大学院写真映像学科修了、06年に文化庁新進芸術家海外留学制度で英国ロイヤル・カレッジ・オヴ・アート大学院へ留学。近年の展覧会に、個展『ウキヨ』(Gardian Garden、東京、08年)、グループ展『ニューヨークフォトフェスティバル Portrature』(アメリカ、08年)、『風景ルルル』(静岡県立美術館、08年)、『戦争と芸術』(京都造形大学ギャルリ・オーヴ、09年)など。



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