オシャレでもスタイリッシュでもなく『三月の5日間』の最新形

「朝起きたら、なんか、ミノベって男の話なんですけど、ホテルだったんですよ朝起きたら、なんでホテルにいるんだ俺とか思って、しかも隣にいる女が誰だよこいつしらねえっていうのがいて…」。こんな言葉遣いで始まるチェルフィッチュの『三月の5日間』は、ゼロ年代の演劇シーンをガラリと変えてしまった。イラク戦争が起こっている5日間に、渋谷のラブホテルで過ごす男女を中心に日本の若者たちを描いたこの作品。俳優の癖をサンプリングしたダラダラした身体表現は、演劇はおろか、ダンスシーンにまで深い影響を及ぼした。そしてこれまでアメリカ、フランス、ドイツ、シンガポール…etcと、海外での上演を重ねているこの作品が100回目を迎え、熊本と横浜で上演される。このたび演出家の岡田利規と、初演から出演している山縣太一、松村翔子、シンガポール公演からこの作品に参加した武田力の役者陣による座談会を行い、初演から7年を経ても評価され続ける『三月の5日間』の魅力や、最近迎えつつある変化についてたっぷりと伺った。

今の『三月の5日間』は寄席でも上演できます(岡田)

―『三月の5日間』は、初演から7年が経ちましたね。時を経るに連れて、どのように変化してきているのでしょうか?

岡田:意識的にはあまり変えていないんですが、役者のパフォーマンスがだんだん「濃く」なってきていると思います。一発芸大会みたいに、いきなり出てきてなんかやる感じっていうか(笑)。2006年にSuperDeluxeで再演した頃が一番オシャレだったんじゃないかな。今は寄席でもできる、的な上演になってるんじゃないかと。

岡田利規 &copyNobutaka Sato
岡田利規 ©Nobutaka Sato

―俳優のみなさんも、作品の変化を感じますか?

山縣:幅広い人に見てもらえるようになってきていると思いますね。以前は「トガっている人はわかる」という作品でしたが、今は「だれでも気軽に見られる」といった感じになっています。

松村:私は初演の頃とは、違う役をやっているんです。新しい役になると、作品自体がだいぶ変わったように感じられますね。前の役のほうが台詞を覚えていたりもしますし。

―武田さんは2008年のシンガポール公演から参加されていますね。途中から参加することにプレッシャーを感じましたか?

武田:シンガポール公演は、じつはわけがわからないまま行って帰ってきたという感じだったので、プレッシャーを感じる余裕もなかったですね(笑)。

『三月の5日間』場面写真 KUNSUTEN FESTIVAL @ Berlin 2007,5
『三月の5日間』場面写真 KUNSUTEN FESTIVAL @ Berlin 2007,5

「ミッフィーちゃん」みたいな女の子は、どの国にもいるみたいです(松村)

―これまでさまざまな国や都市で『三月の5日間』を上演してきましたが、印象に残っているエピソードはありますか?

岡田:1都市にひとつは印象的なエピソードがあるんですよ。シンガポール公演では、建物の上の劇場でクイーンのミュージカル『ウィー・ウィル・ロック・ユー』ってあるでしょ? あれ上演してて、こっちが静かなシーンなのに「ドン・ドン・バン ドン・ドン・バン」って響いてきて笑いました。

山縣:僕が一番嬉しかったのは、パリでやったときにお客さんから「お前は舞踏のダンサーか?」って言われたんです。当然「イエス」って答えたんですけど(笑)、僕、フランスではモテるんですよ。

岡田:アジアでは、トト(松村)がよく出待ちされてるよね。

松村:フィリピン公演の時はよく「写真撮ってください」とかキャーキャー言われていました。アイドルになった気分でしたね(笑)。それから、私が初演の頃やっていた「ミッフィーちゃん」役のような人が友達にいます、と言われたことも印象深いです。ああいうちょっと変な女の子はどの国でもいるみたいで、共感してもらえるんですよね。

2/3ページ:岸田國士戯曲賞を受賞しても驚きませんでした(山縣)

観客によって雰囲気がすっかり変わるのが『三月の5日間』(岡田)

―海外と日本では、観客からの反応の差を感じますか?

山縣太一
山縣太一
"Five Days in March" 2010@Bird Theatre

山縣:海外のほうがやりやすいと感じることはありますね。日本では、もしかすると東京だけなのかもしれませんが、あまり反応が「早くない」というか、熱が伝わるのが遅いような気がします。ドイツの観客はすごくしっかり見てくれて、丁寧にやればやるだけ伝わっていくんです。

松村:ドイツ人は粘り強く見ていてくれますね。すごく真面目なんですよ。


―さまざまな国で上演することによって、得るものとはなんでしょう?

岡田:僕たちにとって当たり前の前提が、何も共有されていないお客さんが世の中にいるということを体験したのはすごく大きい出来事ですね。

―ちなみに新作を創作される場合は、海外で上演することも視野に入れて書かれるのでしょうか。

岡田:そうですね。なので、表現を分かってもらうための前提を提示することが必要になります。それってすごく野暮なこととも言えちゃうんだけど、でもそういうのが必要なんだ、と思えるようになってたところもある。

―俳優として、海外での経験から得たものはありますか?

山縣:ベタなことを恐れずにやれるようになりましたね。身体の状態も変わってきて、よりお客さんに伝えやすい身体になってきています。微細にというよりも、大胆に演じられるようになってきていますね。

松村:土地によってリアクションがさまざまで、公演を重ねるたびに「こういう解釈もあるんだ」という発見があります。特にチェルフィッチュの場合は、お客さんとコミュニケーションを取りながら芝居をするので、お客さんによって芝居の雰囲気が全くと言っていいほど変わってきますね。

『三月の5日間』場面写真 Hong Kong Arts Festival@ Hong Kong 2010,3
『三月の5日間』場面写真 Hong Kong Arts Festival@ Hong Kong 2010,3

岸田國士戯曲賞を受賞しても驚きませんでした(山縣)

―初演の稽古の時は、稽古場の様子はどのような感じでしたか? 全く新しい方法論の作品であり、まだ評価もされる前なので、「これは本当に面白いのか?」と不安になることもあったのかなと…。

山縣:いえ、僕は最初から「絶対に面白い作品になる」と思っていましたね。岸田國士戯曲賞(「演劇界の芥川賞」とも呼ばれる新人劇作家の登竜門)を受賞した時も驚かなかったです。むしろ世間の反応が遅いかな、ぐらいの気持ちでした(笑)。

松村翔子
松村翔子
"Five Days in March" 2010@Bird Theatre

松村:当時は、まだチェルフィッチュのスタイルが何も決まっていない状態でした。演じながら「どんなものに仕上がるんだろう」と感じているというか、誰も見たことがないようなことをやっている実感がありましたね。面白いのかどうかという不安ではなく、どうやって作品を形づくっていこうか、ということについて考えていました。

岡田:初演は『ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバル』という演劇祭だったんです。それまで僕たちは東京の演劇シーンに入らずに活動をしていたので、そのフェスティバルの審査に通った時はすごく嬉しかった。

―そういう意味でも、やはり『三月の5日間』は、他の作品と比較しても思い出深い作品でしょうか?

岡田:他の作品と比較することはないのですが、「初めて」が多い作品ではあります。初めて東京の小劇場シーンに参加できた、初めて賞をもらえた、海外で公演をすることができた、ヨーロッパのディレクターたちとミーティングをすることもできた。ですから、他の作品と比べたら間違いなく特別な作品になっていると思います。

3/3ページ:「スタイリッシュではない」境地に辿り着くのに100回の公演が必要でした

「スタイリッシュではない」境地に辿り着くのに100回の公演が必要でした(岡田)

―先ほども話題にのぼりましたが、『三月の5日間』は六本木のSuperDeluxeで上演し、オシャレな雰囲気を持っている作品ですよね。

岡田:『三月の5日間』なんてすごくそうですし、まあ、チェルフィッチュは「オシャレ」だと思われるところもあるわけですけど、今後はそうではなくなっていきたいなあと思ったりもしてて、まあ、当時はそういうオシャレさで「演劇」の外に向かおうとしていた気がするんですよ。でも、オシャレであることが持つ排他性ってのもあるじゃないですか? そういうのは、もう持ってなくていいかも。

―では改めてお伺いしたいのですが、今後取り組んでいきたいテーマなどはありますか?

岡田:作品を評価されることうんぬんではなく、作品を上演することで何をもたらすことができるか、何を引き起こすことができるか、そういうことを考えています。観客に作品を上手に「使って」ほしい。作品からいろいろなものを得られるような使い方をしてほしい。そういう考え方をすることに興味が湧いてきています。

『三月の5日間』場面写真 Hong Kong Arts Festival@ Hong Kong 2010,3
『三月の5日間』場面写真 Hong Kong Arts Festival@ Hong Kong 2010,3

―最後に、『三月の5日間』をご覧になる観客の方々にメッセージをお願いします。

武田力
武田力
"Five Days in March" 2010@Bird Theatre

山縣:僕は「チェルフィッチュいいよね」というより、「チェルフィッチュ最高!」と言ってもらえるのが好きなので、そう思ってもらえるように頑張りたいと思います。

松村:私は、現在の新しいチェルフィッチュを見てほしいですね。初演を見ている人は「こんな作品だったっけ?」と思うんじゃないでしょうか。「こんな面もあったんだ」という発見のある作品になっていると思います。

武田:僕は熊本出身ということもあり、熊本で公演をできることはすごく嬉しいんです。チェルフィッチュが熊本で芝居をするといったいどんな雰囲気になるのか、とても楽しみですね。

岡田:こんなにも「スタイリッシュではない」という意味では、チェルフィッチュ最新形の上演って言えるかもですね。これはもしかしたらものすごい大きな可能性かもしれないというような気がしています。最初に出てくる役者から、もう全然スタイリッシュな雰囲気じゃない(笑)という。こういう境地にたどり着くのに、100回の公演が必要だったのかなと。

イベント情報
チェルフィッチュ
『三月の5日間』

作・演出:岡田利規
出演:
山縣太一
松村翔子
武田力
青柳いづみ
渕野修平
鷲尾英彰
太田信吾

2011年12月9日(金)~12月11日(日)全3公演
会場:熊本県 早川倉庫
料金:前売2,000円 当日2,500円
(12月9日公演+パーティーセット券 前売3,000円 当日3,500円)
2011年12月16日(金)~12月23日(金・祝)全10公演
会場:神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
料金:前売一般3,500円 当日一般4,000円
※U24チケット、シルバー割引、高校生以下割引なども用意

『三月の5日間』プレイベント

会場:神奈川県 KAAT 神奈川芸術劇場 中スタジオ

『第一部 対談 内野儀 × 岡田利規』
2011年12月7日(水)18:00~19:30(予定)
出演:
内野儀
岡田利規
進行:小澤英実

『第二部 若手作家の座談会』
2011年12月7日(水)19:45~21:30(予定)
出演:
神里雄大(岡崎藝術座)
北川陽子(快快)
二階堂瞳子(バナナ学園純情乙女組)
西尾佳織(鳥公園)
藤田貴大(マームとジプシー)
三浦直之(ロロ)
進行:野村政之
※本編座談会 19:45~21:00(予定)
※質疑応答 21:00~21:30(予定)

料金:無料(公演チケットをご購入された方)
※参加にはメールでの予約が必要

プロフィール
チェルフィッチュ

岡田利規が全作品の脚本と演出を務める演劇カンパニーとして1997年に設立。同年『峡谷』(横浜相鉄本多劇場)が旗揚げ公演となり、以後横浜を中心に活動を続ける。01年3月発表『彼等の希望に瞠れ』を契機に、現代の若者を象徴するような口語を使用した作風へ変化。さらに、『三月の5日間』、『マンション』などを経て、日常的所作を誇張しているような/していないようなだらだらとしてノイジーな身体性を持つようになる。07年5月ヨーロッパ・パフォーミングアーツ界の最重要フェスティバルと称されるKUNSTENFESTIVALDESARTS2007(ブリュッセル、ベルギー)にて『三月の5日間』が初めての国外進出を果たす。以降、アジア、欧州、北米にて海外招聘多数。



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