引きこもった自室から飛び出して 椎名もたインタビュー

弱冠16歳ながら、驚くべきクオリティーを誇るデビュー作『夢のまにまに』を昨年発表したボカロP、椎名もた。その早熟な才能はニコ動を飛び出し、南波志帆への楽曲提供や、渋谷慶一郎のリミックスを手掛けるなど、椎名を取り巻く環境はこの1年で大きく変化していった。しかし、現在17歳の椎名は、この状況に戸惑いを隠せないでいる。無理もないだろう。近年サウンドプロデューサーとして幅広い分野で活躍を始めたボカロPの多くは、元々バンドマンだったり、音楽的な下地や経験がしっかりある人ばかり。一方、ボーカロイドが音楽のルーツである椎名にとっては、今は経験することすべてが新鮮であり、驚きの連続なのだ。そして、だからこそ椎名の音楽には他では味わえない独自の感触があり、未知なるものに触れる興奮がある。18歳を目前に控えた現在の自分をそのまま詰め込んだというEP『コケガネのうた』からも、そんな瑞々しさがしっかりと伝わってくるはずだ。そう言えば、17歳のときの南波志帆は、椎名の尊敬するサカナクションの山口一郎が作曲を手掛けた“こどなの階段”を歌っていた。今まさに、椎名もその階段を一歩一歩着実に昇っていると言っていいだろう。

(社会と接点を持つのは)非常に恐ろしいことでもありますね(笑)。楽しみだけど、怖気づいちゃう。

―前回の取材からちょうど1年ぐらい経って、もたくんの周りの状況も、ボカロシーン自体も、大きく変わりましたよね。

椎名:今年17から18になるんで、そこからさらにまた大きく変わっていくんでしょうね。

―3月で18歳になるんだよね?

椎名:みんな車の教習所とか通い始めて、そういう歳なんだなって思います。

―去年『夢のまにまに』を発表して、同世代の中でいち早く社会に出たような感じがあるんじゃないですか?

椎名:どうだろう……なんていうか、僕は引きこもりですから(笑)。あんまり社会とか実感したことないかもしれないです。

―でも、『夢のまにまに』を出して以降は、南波志帆さんへの楽曲提供だったり、渋谷慶一郎さんのリミックスだったり、活動の幅は一気に広がりましたよね?

椎名:そうですよね……激動でした。ありきたりの言葉ですけど。

―特に、どの仕事が一番印象的でしたか?

椎名:南波志帆ちゃんに曲提供したのはかなりでかかったかな。そこから他のレーベルとのつながりもできたので。でも……現場ではすごいあたふたしてたんですけど(笑)。ボーカルディレクションとか初めてだったから、何を言ったらいいかわかんなくて、(レコーディングのブースと会話をするための)ボタンを押したはいいけど、「ええっと……」みたいな(笑)。

椎名もた
椎名もた

―ボカロで曲を作るのと、実際のボーカルにディレクションするのは全く違う作業でしょうからね。

椎名:ボーカロイドの歌って、物理的に人間には歌えなかったりするんですよね。ボーカロイドって、息継ぎとか必要ないから(笑)。だから南波志帆ちゃんも歌うのがすごい大変そうで、申し訳ないことをしてしまいました。

―そもそもレコーディングスタジオで仕事をすること自体、あまり無い経験ですもんね?

椎名:いつもは自分の部屋だけで完成出来ちゃいますからね。スタジオであんなボタンを押したりとか、紙にペンを走らせて「ここはこうで」って言ったりとか、一人じゃ絶対できない経験でした。

―引きこもって曲作りだけをしてる状況から、社会との接点を持ち始めたってことじゃないですか?

椎名:非常に恐ろしいことでもありますね(笑)。楽しみだけど、怖気づいちゃう。

ボーカロイドっていう枠を外すことによって自分の音楽が評価されるとしたら、それはボーカロイドが音楽のルーツだった身として、ちょっと寂しい。

―去年はライブも定期的にやっていましたが、ライブに関してはどうですか?

椎名:ライブもまだ不慣れというか、探り探りな感じです。でも、目の前にお客さんがいて、自分のライブを楽しんでもらえるっていう、ひとつのサイクルというか、そういうのがこの1年で増えてきて、もっと追究できそうだなとは思ってます。

―ニコ動で人気な曲と、ライブで盛り上がる曲ってまた違ったりしますよね。

椎名:そうですね……、ライブに来る人の求めてるものって「今」を感じれるリアルなものですよね。だから、ニコ動で人気があるものをそのまま出しても全然ダメなときが多々あります。

椎名もた

―そういう傾向があるんですね。

椎名:あと、自信があった曲はあまり受けなくて、逆にちょろっと息抜きで作った曲が受けちゃったり。どちらにせよもちろん嬉しいんですが、なんだかなぁって。

―難しいところですね。自分が本当にやりたいことと、求められるものの差っていうのは。

椎名:やっぱり自分が本当にやりたいことで、ニコニコではもちろん、初音ミクを知らない人にも届くような曲が作りたいです。

―kzさんの“Tell Your World”がGoogleのCMで使われたりして、初音ミクの認知度は一般層でもかなり上がったと思うし、ボカロPがサウンドプロデューサーとしていろんな分野で活躍するようになってきましたよね。そういう状況自体はどう感じていますか?

椎名:どうだろう……変わり過ぎて追いつけないという感じですね。ただ、僕はボーカロイドっていう土壌に残りたいし、ボーカロイドっていう枠を外すことによって自分の音楽が評価されるとしたら、それはボーカロイドが音楽のルーツだった身として、ちょっと寂しいなっていうのがあるんですよね。

―やっぱり、そこがもたくんの大切なアイデンティティーですよね。ボカロが音楽的なルーツにある、「ネイティブがボーカロイド」っていう。去年はもたくん以外にも結構ボカロPに取材したんですけど、やっぱりバンド経験者が多かったりしますからね。

椎名:元バンドマンのボカロPで、「以前は自分が歌ってました」っていう人が自分で歌い出すケースも増えてるんです。それもボーカロイド文化を広める一つの手段ではあるのかもしれないけど、自分はボーカロイドっていう技術、発想、土壌がとても面白いものだと思っているので、そこから離れたくはないなって思いますね。

いいなあ、変拍子。何度でもやりたい。

―今回の『コケガネのうた』は、『夢のまにまに』以降に作った曲のコレクション的な作品なのでしょうか? それとも、作品としての狙いがありましたか?

椎名:17から18になるちょうど境目に出るCDじゃないですか? その変化を詰め込もうと思いました。“7から8へ”っていう曲は、「17から18へ」っていうことなんです。友達に大学7年生がいて、「バカにされてるのかと思った」とも言われましたけど(笑)。なので、音に関しては好き放題やっていて、勝手にやってたら今のありのままが出るかなと思ってやりました。

―クラブ寄りのポップなトラックと、バンド寄りのロックなトラック、この1年でそれぞれが大きく進化してると思いました。“7から8へ”とかは、個人的にはZAZEN BOYSを思い出したり。

椎名:ZAZEN BOYSかぁ。僕の周りだと、andropとかがそれに近いですかね。ここ最近デジタルロックとか変拍子ロックはandropがやっぱり先頭を走ってる印象で比較の対象になるんですよ。「RADWIMPSっぽい+電子音=andropっぽい」なんです(笑)。ちょっとウエットなギターのアルペジオで叙情的にやりつつ、キックとスネアがしっかりクラブのりで鳴ってると、「サカナクションっぽい」って言われたり(笑)。とは言え、ここで言ってるバンドは全部すごく好きなんですけど。

―それだけそういったバンドが浸透してるってことであり、もたくんの楽曲もそこと比較されるだけのクオリティーがあるっていうことだと思いますよ。ちなみに、もたくんってサカナクションとかのバンドからは実際に影響を受けてると思うんですけど、他のボカロPからは影響って受けてないんですか?

椎名:sasakure.UKさんにはものすごい影響を受けてます。安定感がすごいんですよ。音数が少ないのに、不安定の中にちゃんと安定して立ってるというか、それこそとんでもない変拍子だったりとか、展開がよくわかんないものだったりしても、ポップに聴かせることができるっていう。サビ以外全部変拍子でも、マイリストが3〜4万とかで、「すげぇなぁ」みたいな(笑)。こんなわかりづらい曲をポップに聴かせるって、すごいなって。

―若い人に変拍子に対する耐性がついてきてるっていうのは言えるかも。それこそ、ZAZEN BOYSもRADWIMPSもandropもみんな変拍子をやってて、それがかっこいいものとして普通に聴かれる状況っていうのはあるからね。

椎名:今回の曲だと“うたをうたうひと”が超変拍子なんです。いいなあ、変拍子。何度でもやりたい。

―ちなみに、一言で「変拍子」と言っても、すんなり聴きやすい変拍子と、変拍子であることをアピールするようなパターンと、それぞれあると思うんですね。もたくんとしては、どちらにより惹かれますか?

椎名:両方の良さがあるんじゃないですか? 変拍子のためのメロディーと、メロディーのための変拍子があって、メロディーのための変拍子はすんなり聴きやすくて、変拍子のためのメロディーは「なんだこれ、すげえ」ってなる。どっちもどっちで良さがあると思います。

―それでいて、あくまで着地点はしっかりポップにするわけですよね。

椎名:はい。単純に、ポップが好きなんです。

―ちなみに、サカナクションのライブって行ったことありますか? サカナクションはサウンドやライティングもすごいけど、やっぱりポップなメロディーによる会場の一体感っていうのをすごく感じるんですよね。

椎名:行ってみたいです。まだ映像でしか見たことないんで。

―普段はよくライブを見に行ったりするんですか?

椎名:そんなに行かないです。お金が消えちゃうんで(笑)。前東京に来たときに、せっかく来たからライブいっぱい見ようと思ったんですけど、見たらCDとかグッズをめっちゃ買っちゃうんですよ(笑)。それが理由で、しばらく見るのやめとこうと思って。

―そっか、それだけライブは新鮮な体験だったわけだ。まだまだ、これからライブで幸せを感じる瞬間が何度もあると思うよ。

椎名:そうなんでしょうね。楽しみです。

<ありがちな未来>って歌詞があるじゃないですか? それがなんというか……憧れなんです、自分にとって。

―『コケガネのうた』には17歳から18歳への変化を詰め込んだとのことでしたが、小林オニキスさんの“さよならアストロノーツ”をカバーしてるのは象徴的だと思うんですね。『夢のまにまに』には“アストロノーツ”という曲が収録されていましたが、あの曲が「子供が見る夢」を歌った曲であるのに対して、“さよならアストロノーツ”は「大人になること」を歌った曲だと思うんです。

椎名:この曲は個人的に昔から大好きなんです。小林オニキスさんは「今10代のニコニコのユーザーが、10年経って社会を担うようになったときに、自分とこの曲を思い出してもらいたい」って言ってて、それを「10か年計画」って呼んでるんですけど、それに加担したいと思って。ちょうど高校受験のときにこの曲を聴き込んで、救われた身なので。

―受験のときはどういう精神状態だったんですか?

椎名:……思い出せないですね(笑)。

―思い出せないくらいしんどい時期だった?

椎名:しんどかったですね。いろんな事情があって。

―この曲を聴くとどんな気分になれたんですか?

椎名:<ありがちな未来>って歌詞があるじゃないですか? それがなんというか……憧れなんです、自分にとって。毎日のありがたさっていうのが見える曲だと思います。

―18歳を目前に控えた今、未来には期待と不安のどちらが大きいですか?

椎名:不安ですね。「10年後に自分は何してるんだろう?」って考えて、「ああだったら嫌だな」とか「こうだったら嫌だな」って……人には言えないような不安をわりとこじらせてます(笑)。でも、音楽家として成功するのはひとつの夢であり、それで食っていけたら一番いいなって思いますね。

―いい曲を作ることが、不安を打ち消すことになってる?

椎名:そうですね。一曲一曲が一歩一歩になってるっていう感覚はずっとあります。

―それを作品として出すっていうのは、さらに大きな一歩ですよね。

椎名:作品としてまとめることによって、アンカーポイントを打つようなイメージです。「ここからここまでを濃縮した作品ができました」っていう。

―『コケガネのうた』というタイトルも自身の成長と関係してるんですか?

椎名:これは完全に語感と直感です。「コケガネ」っていうのは好きな漫画から取ってきた地名で、ちなみに“さよならアストロノーツ”の「アリオ」っていうボーカルの名前も、同じ漫画から取ってます。石黒正数の『外天楼』っていう漫画で、機械と人の間に生まれた子供がアリオっていう名前で、アリオが死んじゃった場所がコケガネなんです。

―機械と人の間に生まれた子供っていうのは、ボカロのイメージとリンクする部分がありますね。

椎名:はい、そういうイメージで使いました。

―ちなみに、このアリオっていうのは……。

椎名:僕です(笑)。UTAU(歌声合成ソフト)で作ったんです。

―思い入れの強い曲だから、自分の声を使いたかったと。

椎名:ですね。そういうことです。

―では、今後についても聞かせてください。すでに次のアルバムに向けて動いているそうですが、おそらくは18歳で発表するアルバムになるわけですよね。

椎名:「セカンドアルバムが勝負だ」ってよく言われますよね(笑)。とりあえず、『夢のまにまに』を越さなきゃいけないっていうハードルがあるから、それを第一目標に頑張ってます。

―具体的に、方向性は考えていますか?

椎名:もうちょっと人とやることを追求したいですね。GINGA(所属レーベル)と関わるようになってから、人の手で演奏して作り変えるっていうのにすごく興味が出てきたので、そこはまだ追求していきたいです。前作でやって、個人的にはいい結果が出たと思っているので。

―楽しみにしてます。じゃあ最後の質問、18歳になったらまず何をしたいですか?

椎名:なんだろ……変なことしたいな(笑)。ええと……あ、夜中にカラオケ入りたいです(笑)。

リリース情報
椎名もた
『コケガネのうた』(CD)

2013年3月6日発売
価格:1,400円(税込)
GINGA / WRCR-9

1. 3年C組14番窪園チヨコの入閣
2. 7から8へ
3. うたをうたうひと
4. インマイヘッド
5. ましろの色
6. さよならアストロノーツ -cokegane no uta mix-(ボーナストラック)

プロフィール
椎名もた

幼少の頃よりギター、ドラム、エレクトーンなどの楽器を嗜んでおり、中学2年(14歳)のときよりDTMを始める。その後、動画共有サイトに自作曲の投稿を始め、投稿開始後より人気を博し、ストロボシリーズによりその地位を確固たるものへとする。再生数10万を超える幾多の楽曲、多数のメジャーコンピレーションへの参加などするも、2011年初頭、突然の活動休止。半年後、GINGAとの邂逅により活動を再開し、ネクストステップへと歩を進める。ある一定のイメージを与える作風ではなく、どんな状況でもちょっぴり以上良くする類まれなるサウンドメイキングと、天性のグルーブ感、心の隙間にスルッと侵入するどこか人懐っこい詩世界を合わせ持つ。VOCALOIDシーンから生まれ、電子音楽シーンに舞い降りた、弱冠17歳の驚異である。



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