NIHA-Cが明かす、2年の葛藤を経て辿り着いた「自分らしさ」

電波少女の楽曲にも参加しているラッパー、NIHA-C(ニハシー)が、約2年ぶりとなる2ndアルバム『アリバイ』をリリースする。自身のオリジナル作品をリリースすることができなかった2年間のアリバイを証明する本作。トラップやトロピカルハウスなどを昇華した多彩かつキャッチーなトラック群の上で綴られるNIHA-Cのリリックは、どこまでも素直で、真摯だ。そして、その言葉たちの多くは、他者へとむけられた優しい眼差しと共に歌われる。

空白の2年間に何があったのか? 今作にも参加する電波少女やJinmenusagiといった盟友たちとの関係とは? そして、NIHA-Cにとってヒップホップとはなんなのか? それらの問いについて、じっくりと語ってもらった。

「自分が自分である」ということは、何物にも代えられないこと。

―新作『アリバイ』は、1曲目の“It's Going Down”からいまの日本のヒップホップシーンに対するNIHA-Cさんの思いの丈をぶちまけていますね。

NIHA-C:そうですね。ヒップホップシーンに対して、いろいろ思うことはあって。「みんなが夢中になっているものって、そんなに素敵なものなのかな?」と思うんですよ。でも、それをアルバム全部使って言ってもしょうがないので、言いたいことは、1曲にガツっとまとめて最初に持ってきました。攻撃的なことはそこで言い切ってしまおう、と。

NIHA-C
NIHA-C

―このリリックは本当に攻撃的ですよね。<US被れの連中もくっせえ音楽で“REAL”って笑わせる てかぶっちゃけバトルでピーチクパーチク騒いでる奴も同じ>っていう。

NIHA-C:MCバトルって、俺もやっていたし好きなんですけど、いま、流行っているバトルはスポーツ過ぎるというか。ストリートダンスのコンテストと、フィギュアスケートのコンテストとは違うじゃないですか? 最近のMCバトルは、フィギュアスケートみたいに点数を競っている気がして。

そんなことより、自分らしくあればそれでいい。それが「本物」だと思う。同じ点数を目指して競ったところでそれはヒップホップではないし、音楽じゃないと俺は思っちゃいますね。

―NIHA-Cさんがヒップホップに求めるものは、あくまでも「自分らしくあること」であると。

NIHA-C:そうです。「自分が自分である」ということは、何物にも代えられないことで。それ以上に価値があることなんて、ないと思います。他の誰かになろうとしなくていいですよ。俺自身、そう思えるようになったのは最近ですけどね。

NIHA-C

―NIHA-Cさんは何故、そう思えるようになったんですか?

NIHA-C:歳を取ったからじゃないですか?(笑)

―NIHA-Cさん、まだ27歳でしょう(笑)。

NIHA-C:そうですけど、10代の頃は、俺も「このブランドの服を着ていればカッコいいんだ」なんて思っていましたから。でも、自分だからこそ似合う服や、言える言葉、描けない人生のコースがある。そういうものを大切にしたいと、思えるようになりました。

―今作のリリックからは、「ラッパー」という当たり前じゃない人生を歩むことに対する、NIHA-Cさんの覚悟や誇りをすごく感じるんですよね。そもそも、NIHA-Cさんはラップのどこに魅了されたんですか?

NIHA-C:ラップだったら、自分の考えていることを直で表現できる。それがデカかった。ただ、昔は自分のために曲を作っていることが多くて……「俺はすごくて、カッコいい! お前はダサい、邪魔だ!」みたいな。「ヒップホップってそういうもの」と思っていたんですよ。ヒップホップは「悪そう」な音楽で、そこに対する憧れが大きかった。

ヒップホップで、「常にちょっと不幸な日常」を変えたかった。

―ヒップホップって歴史的に見ても、人をいまいる場所の外側へ導き出す力を持ってきた側面もあると思うんです。NIHA-Cさんは、ヒップホップという表現を得たことで、何かから抜け出したと思いますか?

NIHA-C:……強いて言えば「退屈」、ですかね。俺、裕福ではなかったけど、恵まれていない子どもではなかったから。普通の家庭で育って、これといって不自由した記憶もない。でも、俺も含めて、日常がいつもちょっとずつ不幸な人が多い気がするんですよね。生きているだけで疲れる時代だと思います。

その中で、光を見せてくれたのが、俺にとってはヒップホップだった。ヒップホップで、「常にちょっと不幸な日常」を変えたかったんだと思う。

―でも、その「日常を変えたい」という思いが、NIHA-Cさんの人生においては、とても重要なことだったんですね。

NIHA-C:そうですね。大学を卒業したら音楽は辞めようと思って、就職先も決めたんです。でも、その後にちょっとずつ、いい話が舞い込んできて。結局、その会社は1年足らずで辞めて、音楽の道に戻りました。

俺、他に好きなことがないんですよ。学生時代、部活で野球はやっていたけど、全然打ち込めなくて、結局レギュラーになれずに終わったし。音楽を始めていなかったら、ずっと退屈な人生だっただろうなって思います。

NIHA-C

日常生活は、十分、ドラマチックだと思います。

―最新作『アリバイ』について伺う前に、2015年にSKY-HI日高さんの主宰レーベル「BULLMOOSE」からリリースされた1stアルバム『BRIGHT LIGHT』は、振り返ってみて、どんなアルバムだったと思いますか?

NIHA-C:何かメッセージがあるというよりは、当時の自分の感情を詰め込んだアルバムでした。すごい鬱屈として、モヤモヤしていたんですよ。成人しているけど、大人になれていない感じもあったし、「NIHA-C」としてのキャラクターにも自信がなかったし。

本当は、一番イケていて、一番正しいことを言っている、世代のリーダーみたいな存在になりたいと思っていたんですけど、そんな理想と現実の自分との落差をまざまざと感じている時期でした。自分ができることと、自分がやりたいことが全然マッチしていなかったんですよ。それで、「どういうラッパーになりたいんだろう?」「本当の自分って何?」と葛藤してましたね。

―ただ、先ほどNIHA-Cさんは「自分が自分であることには代えがたい価値がある」と仰っていたじゃないですか。この2年間を経て、その葛藤からは、既に抜けているということですよね?

NIHA-C:うん、そうですね。……なんか、徐々にわかってきたんですよ。もしかして、俺はそうなるべきじゃないし、周りから望まれているものも、それじゃないかもしれないって。もうちょっと等身大でいようと思いました。

NIHA-C

―実際、今作『アリバイ』のリリックは、自分を誇示するものというよりは、聴き手に対して開かれている内容のものが多い気がするんです。

NIHA-C:そうですね。このアルバムを作り始めた時期から、ライブを意識するようになったんです。お客さんとなるべく会話したいし、Twitterでリプライが来たら返したい。要は、「音楽の向こうに人がいる」ということを意識するようになって。

―そうした変化は自分でも意識していましたか?

NIHA-C:“Nothing”ができたとき、「あれ、作り方が変わった?」って自分で気づいたんですよ。この曲は、「自分に自信が持てない」「私には価値がない」と不安を抱えている他の人に向けて書いた曲で。どんな人もきっと誰かにとっての特別な存在だし、大切にしてくれる人がいることを伝えたかった。それに自ら気づくのは、意外と難しいことだと思いますね。

NIHA-Cの2ndアルバム『アリバイ』ジャケット
NIHA-Cの2ndアルバム『アリバイ』ジャケット(Amazonで見る

―ヒップホップの不良性に憧れて、「俺はカッコいい! お前はダサい!」とラップするところからNIHA-Cさんのラッパー人生が始まったことを考えると、大きな変化ですよね。

NIHA-C:そうですよね。実際、ヒップホップ的なテーマには、限界がある気がしていて。ヒップホップを普段聴かない人が「ヒップホップは、いつも同じことを言っている」と批判するのを耳にすることもありますけど、俺もそうだなって思うんですよ。「俺はすごい」「俺は強い」「金がある」、ドラッグのネタ、女のネタ……でも、日常生活ってもっといろんなことが起こるじゃないですか。

失恋とか、仕事での失敗とか、誰にでも起こり得る当たり前を自分の中で咀嚼して曲にすることを、いまはすごく有意義に感じていて。日常生活は、十分、ドラマチックだと思うんですよね。

―曲の中で虚勢を張りたい気持ちは、いまはもうないですか?

NIHA-C:ないですね。「俺は強いぜ、俺の方がラップすごいぜ」って言ったって、すごいかどうかは、本人が決めることではないから(笑)。周りの人が決めたなら、それはそうなんだろうけど。

今回は優しいアルバムにしようと思っていました。

―改めて、いま言ってくださった変化を徐々に遂げたこの『アリバイ』制作の2年間は、NIHA-Cさんにとってどんな期間だったと思いますか?

NIHA-C:ゆっくり自分を納得させるための期間でしたね。「充電期間」と言えばカッコいいですけど、この2年間、かなりダラダラしていたのも事実で。葛藤して、周りの人たちが有名になるのを見て、自己嫌悪になって、「なんで俺はこんなにダメなんだろう?」って思いながらも、何もやる勇気もなく、家の中でネットをしながらグダグダして、ブルーになって……そんな期間でした。

NIHA-C

―2年って、長いですよね。

NIHA-C:そうですね。後悔もあるんですよね。もっと早く動けばよかったっていう。でも、電波少女のハシシさんやJinmenusagiが何度も飯に連れ出して、背中を押してくれて、本当に助けられましたね。

―やはり、電波少女さんやJinmenusagiさんの存在も大きかったんですね。

NIHA-C:見捨てないでいてくれたんですよね。俺、この2年間で一時期、本当にダメになっていて。「俺、もう音楽辞めたいっす」っていう感じだったんですけど、ハシシさんが「俺は、NIHA-CくんとJinmenusagiと、みんなで上がっていきたいから、辞めるなんて言うなよ」と言ってくれて。

―実際、電波少女、Jinmenusagiさん、そしてNIHA-Cさんの三組って、「シーン」というより、もっと親密な繫がりを築いている印象があるんですけど、この三組を繋いでいるものって、なんだと思いますか?

NIHA-C:元々、一緒に音楽をやっている仲間はもっと多かったんですよ。でも、徐々に人が減っていって、残っているのはもう数えるほどしかいなくて。その中でも、「本気で音楽で売れるしかない」っていう状況なのが、俺と、電波少女と、Jinmenusagiだと思います。だから、よく話すし、悩みを共有したりしていますね。

―今回の『アリバイ』でJinmenusagiさんが参加している“トモダチ”の<死にたくなったら連絡しろ>って、NIHA-Cさんが参加した電波少女の“MO”でも使われていたフレーズですよね。でも、同じフレーズでも意味が全然違うという。

NIHA-C:そうですね。最初に使ったのが“MO”のヴァースで、あの曲では、極端な愛情表現として書いたいんですよ。「好きな人に対して、一番甘い人ってどんな人だろう?」って考えたとき、やっぱり、相手の言うことを何でも肯定して、許してやる人だと思って。その甘さの極致として、別れた好きな人に、「もし死にたくなったら、俺が殺してあげるから電話ちょうだい」と告げるっていう流れで書いたんですよね。

NIHA-C

―本当に極端ですね(笑)。

NIHA-C:優しさゆえに、殺すところまでやってしまう(笑)。でも、逆に“トモダチ”の<死にたくなったら連絡しろ>は、より親密な気持ちで歌っています。

俺には、自殺しちゃった友達がいるんですけど、そいつが自殺する前日、電話で話していたんですよ。そのときは、そんなそぶりは全然なくて……なのに、次の日、自殺しちゃって。「あのとき、俺が話す内容によっては、自殺しなかったのかもしれない」みたいな後悔もあって。もう、そういう思いをしたくないんですよね。

―このアルバムは、本当に穏やかなアルバムなんですよね。もちろん、1曲目のような攻撃的な曲もあるんだけど、全体を通して感じるのは、聴き手を包み込むような優しさ。それが、いまのNIHA-Cさんの人への向き合い方なんだろうなと思いました。

NIHA-C:優しいアルバムにしたいな、とは思っていました。ラブソングも、あんまり格好つけていないものにしようと思ったり。ヒップホップのラブソングって、「俺が稼ぐからいろんなもん買ってやるよ」みたいなのが多いと思いますけど、「一緒に出掛けない?」くらいのほうが、俺は楽しいと思うし。なるべく素直な言葉で、素直な気持ちで書いた曲ばかりです。

―虚勢を張っていた前作から、素直な気持ちの今作へ変化されたんですね。

NIHA-C:この『アリバイ』という作品自体、この2年間で実際に起こったことを詰め込んでいるので。だから、ありのままの自分を書いています。この2年の空白の期間、「NIHA-C、なにしていたの? どこにいたの?」っていうことのアリバイの証明として、聴いてほしいですね。

NIHA-C

リリース情報
NIHA-C
『アリバイ』(CD)

2017年11月15日(水)発売
価格:2,700円(税込)
RCSP-0085

1.It's Going Down
2.リーダー
3.モナリザ feat. ハシシ from 電波少女
4.夜光虫
5.Touch The Sky
6.Goodbye
7.Take My Hand
8.ABCDEFG
9.Boyfirend Don't Like Me
10.トモダチ feat. Jinmenusagi
11.目を閉じれば
12.Nothing

イベント情報
NIHA-C 2nd Full Album『アリバイ』Release Party

2017年11月23日(木・祝)
会場:東京都 Shibuya Milkyway
出演:
NIHA-C
電波少女
Jinmenusagi
料金:前売2,500円 当日3,000円(共にドリンク別)

NIHA-C『アリバイ』インストアイベント@TOWER RECORDS池袋店

2017年11月17日(金)
会場:東京都 TOWER RECORDS池袋店6階イベントスペース

プロフィール
NIHA-C (にはしー)

浜松出身のラッパー、2015年にSKY-HI主宰レーベルBULLMOOSEより1st Album「BRIGHT LIGHT」をリリース。SKY-HIは「Rapperとして成功するための全ての要素を持っている状態で、シーンのキャリアを始めることができる漢」と評している。更に電波少女のフィーチャリングラッパーとして、「MO feat.NIHA-C」「COMPLEX REMIX feat.Jinmenusagi, NIHA-C」といった電波少女の代表曲にも参加し、活動の幅と広げている。2017年6月26日にJinmenusagiをフィーチャリングラッパーとして招いた第1弾配信限定シングル「トモダチ feat.Jinmenusagi」をリリース。6月26日付iTunes Storeヒップホップ/ラップシングルチャート5位を記録し、8月10日には第2弾配信限定シングルとして電波少女のハシシをフィーチャリングラッパーに迎えた「モナリザ feat.ハシシ from 電波少女」をリリース。8月10日付iTunes Storeヒップホップ/ラップシングルチャート2位を記録し満を持して2ndアルバムをリリースする。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • NIHA-Cが明かす、2年の葛藤を経て辿り着いた「自分らしさ」

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて