能町みね子が中野陽介を掘る 色々あったけど、人は生まれ変われる

ロックスターになれなかったってところからEmeraldは始まったんです。(中野)

中野陽介くん(あえて「くん」付けにします)とは、付かず離れずといった感じで10年以上ふわふわ、不思議なおつきあいです。

以前に彼が組んでいたバンド「PaperBagLunchbox」(以下、PBL)をひょんなことから好きになり、観に行くうちに少し会話を交わすようになって「くん付け」するような関係性になったものの、そのままどっぷり仲良くなるわけでもなく。私もいろいろありましたが、彼もいろいろ(本当に、いろいろ)ありました。

で、いろいろあった結果PBLは解散してしまい、彼はいつの間にか新しいバンド「Emerald」を結成していました。――ということすら、7年も前だ。

先日のEmeraldのライブ(11月21日、渋谷WWW)は、とても平和で、一体感があって、華やかで、それでいて大人の落ち着きがあって。踊れるし、同時に座ってお酒を嗜みながら聴いてもしっくりくるようなエンターテイメントに仕上がっていました。鮮烈だけど繊細だったPBLが解散してから7年、正直、知り合ったときのバンドであるPBLへの思いをいまだに少し引きずっていた私も、このライブを目撃して、彼はEmeraldとしてとっくに生まれ変わっていたのだ、と反省しつつ認識を新たにしました。

この動画は2018年1月のライブ映像

その日、厚みのある音楽のなかで、中野くんは浮遊するように踊りながら歌っていました。中野くんは、いつも浮遊しているよう。

Emeraldが今回新譜『On Your Mind』を出すにあたって私は中野くんへのインタビューをオファーされたのですが、もちろん私はこの新譜を大いにアピールしたいし、内容のすばらしさを宣伝したい。しかし、私には音楽の専門的な知識が圧倒的に足りないし、かといって私は彼のプライベートをとりたてて明かしたいわけでもない。ということで、Twitter中毒の私としては、浮遊する彼の謎めいたツイート群から侵入していくしかないと思ったわけです。

能町:最近、自動車免許取ったんだ。持ってなかったんですね。ちょっと意外。

中野:僕、1か月オフがあったんですよ。車の免許取るくらいしかやることなかったから。教官に教えてもらいながら走って。俺、ロックスター免許、仮免で落ちたな~って考えて落ち込んだりとか。

能町:ロックスター免許?(笑)

左から:能町みね子、中野陽介

中野:ロックスター免許があるとしたら、だいたい28歳までに免許取らないとだめなんですよね。

能町:あー……、わかる気がする。でも、ロックスターになりたかったんですか?

中野:なりたかった!

能町:へええ。

中野:ロックスターになれなかったってところからEmeraldは始まったんです。(PBLを解散して)Emeraldのメンバーに会ったとき、ロックではないなって思ったし、メンバーが目指しているのもそうじゃないだろうなって。

だから、「自分を破壊しながら進んでいく、みたいなスタンスじゃないと、音楽やっちゃだめなんですかね?」って音楽の女神に問いかけるようなところからEmeraldは始まって。そんなはずはねえだろう、愚直に音楽に向き合っていこう、って。

能町:ロックスターは、じゃあもう、今からはもういいですか。

中野:わからないですね。PBLの頃は我を解放して作ってきたんで、それを抑え込んだりとか、一回飲み込んで自分のなかでちゃんと代謝して出せるようになったのは本当に最近なんですよね。

能町:最初は自分を抑えすぎて、疲れたりとか?

中野:してました。でも、メンバーに迷惑かけたくないし、大好きだし、前のバンドの失敗は絶対に繰り返さないぞって、精神改造をずっとしてきたというか。

能町:それは何か具体的に方法があったんですか。

中野:えっとね……「仕事をしてみる」だったと思う。自分のペースに合わせて働いてみようと思って、普通の会社を受けてみて。

中野:僕は、音楽の他は全部修行というか、修行してきたことが音楽に返ってくるっていうスタイルになってしまってるんです。以前も、その時々にあったきついこと、嬉しかったことを歌にしてきたから、自分の魂が常に勉強し続けてないと、音楽に返せるものがなくなってきちゃう。もう人体実験ですよね、魂実験です。

能町:それはわかります。私も会社員やりながらの方が物書きやすかったって思う。なんか別の刺激がないと、出るものも出ないんですよね。

相手に伝えるために色々な言葉を覚えたいし、相手が使う言葉を知りたい。(中野)

能町:自分は丸くなったと思いますか?

中野:それについては僕も考えたんですけど、丸くなってないなと思って。

能町:あ、そうなんだ。

中野:鋭敏なものは鋭敏なままあって、扱いに慣れてきただけ。その周りを、それに負けないくらい強い愛情で包むってことを覚えたんです。それがないと、本当に簡単に人って傷つけられるから。一発で人間の心が折れる言葉とかイマジネーションってあるんですけど、絶対この刃は使わないようにしようと。この封印をずっと解かないでいるためには、本当に大きい愛情を自分で手に入れなければいけないと思う。

能町:それは自分に対する愛情ですか?

中野:いや、世の中とか他者に対する愛情ですね。いいやつになりたいとは思ってないんですけど、人を傷つけたくないんですよ。PBLのときは、自分の周りにいる人間がすごいしんどい思いをしてることに自分の心が耐えられなかった。だから自分も倒れちゃったんですけど、そうならないためにどうするかっていうのは今に至るまでの自分のなかの葛藤でしたね。

能町:じゃあ、今はEmeraldのメンバーとは愛情に包まれた状態でやっている感じですか。

中野:そうですね。人に何かを話すときに、とにかく気を遣うようになったなあと思っていて。言葉を歌っている人間で、そこに影響力を持ちたいと思ってがんばっているんだから、言葉には本当に気をつけないといけない。そうこうしているうちに相手のことを考えるようになっていって、昔よりも丸くなったっていうか……大きくなったのかもしれないですね。

能町:「大きくなった」って、いいですね。

中野:前より丸くなった、みたいに言われることも多いんですけど、本質は変わってないなと思っていて。ただ、Emeraldで新しく何かを作ることになって、PBLとは別の方法を考えようって。相手に伝えるために色々な言葉を覚えたいし、相手が使う言葉を知りたいし。もっと自分の本当にしたいこと、本当に伝えたいことが伝わる方法を探さなくてはいけない旅でした。

観に来た人の心がしなやかに柔らかくなるような体験をさせたい。マッサージっすね。(中野)

能町:だいぶ前のインタビューでメンバーの誰かが、ライブでは基本的には音源の完全再現を目指してるって言ってたのを読んだんだけど、中野くん的には何を重視してるの?

中野:完全再現は、したいです。

能町:それはやっぱり、最低条件。

中野:で、それもありつつ、観に来た人の心がしなやかに柔らかくなるような体験をさせたい。マッサージっすね。

能町:マッサージ! うんうん。

中野:Emeraldのメンバーの音のなかに入ったときも、自分がマッサージされてる気がすごいするんで、それを渡したい。踊れば身体も軽くなるし、立ち止まって、心で聴けば心も軽くなるし。いつもそういうことをイメージしながら歌ってる気がします。昔とは全然変わったかもしれない。

能町:いまステージ衣装に考えとかこだわりとか、あるんですか。

中野:動きの出る服がいいなって思ってて。あとは、大きく見える服がいいなと。細く見せつつ、大きく見せる服がいいなあ、って考えてます。

能町:それはなんで?

中野:僕はラップがすごい好きで、ライブ観たりするんですけど、なんかね、ライブのときはその人たちが実在よりもでっかく見えるんですよ。背が高く見えたり。

能町:なるほど。

中野:オーラなのか、衣装、照明も含めてなのかわかんないですけど。そういう人たちって、動きが出やすい服着てるなって思って。あとは、綺麗な靴を履きたいですね。これもラッパーから見習ったことですけど。あの人たちは本当に靴、超大事にするんですよ。ギアって呼んでるんですけど、このモデルが超欲しかった、やっと手に入った、って。

能町:じゃあ、最近はラッパー憧れみたいな。

中野:ラップと役者には昔から憧れがあって。生まれ変わったらどっちかやりたいなって。

最近豊作で、たまらんです。自分が音楽やんなくてもいいかなと思うくらい、いい。(中野)

能町:こないだ、折坂悠太さんを紹介してましたね。

中野:もうアルバムも出たのかな。めちゃくちゃ最高っしょ、あれ。実は『CIRCUS FES』っていう小さいフェスで共演したことがあって。すごい独特な歌い方をする。

能町:声が強いですよね。

中野:あと、七尾旅人さんの新譜(『Stray Dogs』)が指折り数えるくらいに楽しみ。こんなにワクワクするのはなかなかない。海外だと今CHVRCHESにめちゃくちゃハマってますね。フランク・オーシャンはずっと聴いてるし、あとはジョルジャ・スミスかな、みんなで聴いてるのは。

能町:バンドのみんなで聴くんですね。

中野:Emeraldのメンバーはみんなブラックミュージック大好きなんで。ブラックミュージックは1つのジャンルというよりもベーシックになっていくんじゃないかな。R&Bマナーと呼ばれているものって本当に人間を気持ちよくさせるために作られているものだから、そのビートに乗っちゃえば言いたいこと言えたり、口説く感じになるんですよね。

中野:Analogfishの新譜も最高だった。最近だとほかに、唾奇さんが好きです、ラッパーの。あと、国府達矢さん。最近豊作で、たまらんです。自分が音楽やんなくてもいいかなと思うくらい、いい。でも、やっぱり自分たちにしか作れないなあってのもあるし。どういう曲を作るかも大事ですけど、どうやってそれを人に知ってもらうかが本当に大事だと思っていて。

能町:そうですね。シングルカットしてどうのっていう時代でもないし。

中野:最近メジャーに行ったことを隠すアーティストもいますからね。

能町:ストリーミングだけの人もいますしね。

中野:でも、聴き方がどうであれ、ライブに来てくれたり、音楽の価値をちゃんと自分のなかに落とし込んでくれてればいいんですよ。例えば、フェスに出るときに集まってくれるのが、CD買ってくれた人じゃなくてもいい。ストリーミングでちょこちょこ聴いてたり、プレイリストで見かけて流れてくるたびいいと思ってたくらいの人が観に来てくれて、逆にそこでバンって伝えられれば、自分たちのイベントに来てくれる状況も作れる。結局CDって通過点に過ぎないんで。

能町:手段は問わない。

中野:CDがすごく売れてたっていうのも、それはそれで変わったことで、音楽を手に入れる手段がCDしかなかったっていうだけ。俺はストリーミングでもなんでも、初めから本当はこうなりたかったんでしょ、って思ってる。iPhoneとか見てると、俺、そのうちテレパシーができるようになりたいんだろうなと思いますね。

能町:身体に埋め込むとかね(笑)。

中野:そう。目指してきたところにみんなで行ってるならいいんじゃない? って。ただ、無料で簡単に消費される世の中だけど、やっぱり作品を生み出すのってそんなに簡単なことじゃないし、個人のエゴですけど、伝わって欲しい。で、伝わった結果、もっと音楽全体の価値を上げたい。それだけです。目の前で音楽を演奏してる人の価値が、どんどん下がってるなって思ってて。

能町:それは残念ですよね。当たり前であって欲しくない。

中野:自分だけ聴かれるんじゃなくていいから、社会全体に、音楽の楽しみ方を知って、セールス重視で作られてないものに目を向ける人たちが増えてきて欲しい。そして、結果としてそういう人たちがちゃんと社会に影響を与えられる場所ができてくるといいなって。

僕の目標はカルチャーと関わって生き、僕を使って何かしたいと思う人のために全身を投げ出せる状態であること。(中野)

中野:衣食住さえあればそれが基本で、ほかは「サブです」「道楽です」みたいな考え方をこの世の中からなくしたいですね。

能町:そうですねぇ。何もかも役に立つかどうかで考えたら終わりだなと思います。

中野:役に立つものを作るにしても、想像力の世界じゃないですか。想像力を養うためには何かを人と共有したり、遊んだりしなきゃいけない。そこに例えば音楽や芸術だったり、エンターテイメント全般があるとき、初めてコミュニケーションが面白くなりますよね。

能町:確かに。

中野:そういうものがなかったら、何かをやりたい、作りたい、こうなりたい、ってなりませんよね。すべての根源に「想像する」ってことがあるんですよ。人の想像に深く関わったり、自分がどうなりたいのかってきっかけを与えるのがカルチャーのできることだと僕は思っていて。作っているほうもその自覚が必要だし、世の中に広めていく人もその自覚を持つことが必要。

能町:なるほどねぇ。私はそこまで自覚がないかもしれない(笑)。

中野:いや、周りを見ていると、能町さんとかCINRAの(柏井)万作さんとか、長い付き合いをずっと切らずにきてくださってる人のことを考えたら、「世の中って全然そうなってきてるじゃん、そういうのを支えられる社会にしていこうって人たちがどんどん増えてんじゃん」と思ったんですね。

能町:そうですか。

中野:うん。これを続けていくためにも、この先どう面白くなっていくのかをちゃんと見るためにも、自分は死なないことだな、って思った。そのときに自分も、発信出来る存在でいたい。

僕は家庭もあれば仕事もしてますけど、僕の目標は音楽で食ってくっていうよりはカルチャーと関わって生き、自分の才能をすべて活かし切ること、そして僕を使って何かしたいと思う人のために全身を投げ出せる状態であること。その気持ちは、はっきりあります。ただ、PBLの解散から復活するのに7年かかったかぁ、って感じで。ようやく今、いちばんフラットな状態。

能町:じゃあ今回の作品もそうとう良い状態で作れたんですね。

中野:今がいちばん良いんじゃないかな。どうなりたいかって考えもすごいはっきりしてるし。

Emerald『On Your Mind』
Emerald『On Your Mind』(Amazonで見る

中野くんって、ロックからポップになったというより、アイドルなんじゃないか、って気がしてきた(笑)。(能町)

能町:曲を作るとき、誰が聴いてるか考えますか?

中野:「こういう人が聴いたら、こういう気持ちになるかな」ってことは、Emeraldになってから考えるようになりました。今回はシチュエーションがはっきりしてて、曲ごとの主人公が自分じゃないんでよね。今まではけっこう自分がいたんですけど。

能町:じゃあ、全然自分の気持ちではないものをゼロから創作で作っている感じ?

中野:そうなんです。今作に関しては、例えば“Heartbeat”は、僕が全く経験したことがない恋愛観。美男美女の、関係性の薄いカップル。芸能人同士のカップルとか、周りはすごいすごいって言うけど実はそんなに……みたいなカップルのことを考えてて。

“ムーンライト”は自分の経験なんですけど、それを僕がそのまま表現するのは生々しいなと思って、ちょっと美しいものにしたい、と。

中野:メロディーが宇多田ヒカルっぽくて、これはヒットして大変なことになるかもしれないぞと思い(笑)、せっかくみんなが歌う曲になるんだったら、エグいことじゃなく、いろんな人が想像出来るものにしよう、って。

3曲目の“東京”は寝る暇もないぐらい忙しい男の人が主人公。すごい忙しいのに心が折れない強い男が、なぜそうなれているのか? みたいなストーリーを自分で考えて。

能町:今回はホーンアレンジも多いし、ライブでもサポートメンバーがたくさんいて、Emeraldはどんどんポップに華やかになっていってますよね。

中野:ネガティブなものはやりすぎてて、もういいやって思ったんです。KOHHの“やるだけ”じゃないですけど、ネガティブは見たから、ポジティブにいきたい。俺はあの歌詞を聴いたときに、すごいシンプルな言葉だけど、まあ俺も本当にそうだわって。

中野:ネガティブなイメージ……要は自分をわかってもらえないとか、もっと自分の才能を認めて欲しいとか、そういうパワーで作ってきた結果、あんまりうまくできなかった。お前、向いてないことやってるんじゃないの、ってずっと誰かから言われているような気がするわけです。そもそもお前はそんなこと考えているやつだと周りから思われてないよ、って。

能町:うわー。

中野:ポジティブな面で人と接しようとしてるから、人当たりはいいし、人のこと一生懸命考えるし。俺お前のそういうところ好きだよ、って誰かに言われているような気がして。もし自分と向き合って答えが出たとしても、じゃあその答えを他人は欲しがってるのか? って思うんですよね。

能町:ネガティブなものが必要とされてるかどうかっていう。

中野:そう。いやまずはかっこいいビートとかっこいいコードと説得力のあるメロディーだろ、みたいな話になって。

能町:おお、かっこいい。

中野:それと、東京暮らしの影響はでかいですね。東京って華やかなイメージがあるけど、一人ひとりの人間のなかにあるものって、決して華やかさに彩られた世界ではないと思っていて。でも、そんな東京の汲々とした暮らしのなかでも、人を幸福な気持ちにできるものを生み出せるフェーズに入れないと、魂が成長しないと思ったんです。

中野:そこから言葉を紡いでいくと、言葉も自然と凛としてくるというか。傷つけたところにメロディーを擦り込むっていうのは、たぶんロックの、1990~2000年代の手法だったんです。まずは積極的に相手の傷を見つけてバンって切るんですよ。で、痛い痛い! ってなってるときに大丈夫大丈夫って歌いかける。DVみたいな方法で感動って生まれてたんですよ。

能町:殴ってから抱きしめるみたいな。

中野:そう。ずっとそれをやってきたロックスターもいるわけだけど、それって本当に苦しいことなんですよね。俺はそれをやってきた結果すげえ苦しかったから、ネガティブなものを、靴下をバッと裏返すように全部めっちゃポジティブに見えるようにかっこよく整形していくほうにセンスを注ごうと思って。

能町:なんか、話聞いてると、ロックからポップになったというより、アイドルなんじゃないか、って気がしてきた(笑)。アイドルって、単に明るいわけじゃない。若さと活発さで元気を与えてくれる存在でありつつ、本人にはどこか暗いものが凝り固まっているのが垣間見えることもあるじゃないですか。

中野:あはは、アイドルね。まあ36歳の髭面の長髪ですけど(笑)。

能町:中野くんってライブのMCもめちゃくちゃポジティブですよね。「内向的な人の内向的なMC」ではなくて、すごく楽しそうに見えるし、不思議なバランスだなと思っていたんだけど。アイドルなんじゃないかって思ったらしっくりきた(笑)。純粋無垢に見えるMCだから。

中野:そう、純粋無垢なんだと思いますよ。あと、僕、アーティストの内向的なMC嫌いなんですよね。俺はお前じゃないしって思っちゃうんですよ、この歳になって。でも、アイドルほど覚悟は足りないかな。振り切れてないのかな。

能町:いや、でもアイドルもTwitterとかで結構暗いこと書いてるから(笑)。

こないだFishmans聴いてて、とんかつ思い出しました。

能町:最近たくさん文章書いてるっていうのは、歌詞の一部?

中野:いえ、とにかく思ったことを大量にブワーって書いてるんですよ。でも、文章書きたいって話をメンバーにしたら怖いからやめてって言われました。

能町:(笑)。怖いから?

中野:そういう(文章の)イメージがついても嫌だし、みたいな話になって。でも文章書きたい、でもみんなから止められる……からの、とんかつなんですよ。

能町:あ、とんかつ! ちょっと前、やけに、とんかつについてTwitterに書いてましたよね。

中野:あのとき、なんか「自分が出せない」ことが辛くて。それで他に何か楽しいことないかなって考えてみたら、とんかつがあったんですよ。とんかつについて書く分にはメンバーは面白がってくれるんで、じゃあいいかって。

中野:「元気出ないな~」って思ってるときに、とんかつのことをちょっと考えたらすごい元気になったんですよ。それで、もともと好きだけどもっと特別視してみることにして、月一の営みとして逢引みたいな感じでとんかつを食べるようになってます。食べ過ぎちゃうと太っちゃうし、月一しか会えない彼女みたいな感じで考えるようになったんですよね。

能町:月一しか行ってない割には、ツイート数はけっこう……。

中野:僕はとんかつのこと「御本尊様」って呼んでるんですけど。とんかつのお店をググりながら、衣のれんの奥に豚、御本尊様の周りにある仕切りが漬物、ご飯は菩薩だなあ、みたいなことを考えながらツイートしてるんですよ。元気になったんですよ、とんかつのことだけ考えてたら!

能町:でも、行けない残りの二十何日間は……。

中野:とんかつに出会うための日。だから、普段全然食べてないです。食べログの評価とかはあまり気にせず、街のとんかつ屋をリサーチして、「食べたい! 今だ!」っていう日に自分がいる場所で、例えば吉祥寺だったら『美とん』、下北沢だったら『太志』とか、そこに行って1時間ぐらいかけて食べる。

最後の一切れになったとき、ものすごい切なくなるんですよ! とんかつって、すごく細く切ってるところもあれば大雑把に切るところもあって、一個がめちゃくちゃ貴重なんですよ。でも、実際に食べまくることよりも、どこで食べようか考えてる時間がすごい幸せなんですよね。それでいっときほんとに元気もらったんで……これはとんかつに返していかなきゃいけない。

能町:(なにを返していくんだろう……?)とんかつは、おめでたいときに食べる、とかではないんですか?

中野:とんかつは……会いたい!

能町:恋人なんだ(笑)。

中野:会いたくて会いたくて西野カナ状態からの、今日会える! ってなって2時間だけのバカンス(宇多田ヒカル)みたいな(笑)。「足りないくらいでいいんです」って、崇めてる感じ。本当は毎日会いたいと思うんですけど、それは甘えだなと思って。

能町:とんかつが恋人ってことは、メンバーと食べに行くのもナシ?

中野:基本ひとりで。……まあ、これからは少人数で共有はしてもいいかな、って思ってるんですけど。まずは1対1で向き合いたいっす。

能町:それはいい心がけですよ(笑)。

中野:こないだ、Fishmansの“Season”を聴いてて、<忙しくて 会えないねえだんだん 暑くなってくよ>でとんかつ思い出しました。熱くなって、とんかつのこと考えて。「佐藤伸治さんもきっととんかつ好きだったんだろうなぁ」とか。

能町:いやー、いいもの見つけましたねぇ。私とんかつツイート好き。

中野:ほんとスか! 嬉しい!

リリース情報
Emerald
『On Your Mind』(CD)

2018年12月12日(水)発売
価格:1,944円(税込)
MPLR-004

1. ムーンライト
2. Heartbeat
3. 東京
4. everblue
5. Feelin'

プロフィール
Emerald
Emerald (えめらるど)

Pop music発 BlackMusic経由 Billboard/bluenote行。 2011年結成。ジャズ、ネオソウル、AORといったジャンルを軸にした楽曲群に、ボーカル中野陽介の持つジャパニーズポップスの文脈が加わったそのサウンドは、新しいポップミュージックの形を提示している。2017年にリリースされた2ndアルバム『Pavlov City』では、近年のチルウェイブ等の要素も取り入れつつサウンドをアップデート。Spotifyにて複数のプレイリストにピックアップされるなど、各方面から高い評価を受けている。2018年12月ナイトアーバンポップスを掲げた1st Mini Album「On Your Mind」をリリース。

能町みね子 (のうまち みねこ)

北海道出身。近著「雑誌の人格」「雑誌の人格2冊目」(共に文化出版局)、「ほじくりストリートビュー」(交通新聞社)、「逃北」「言葉尻とらえ隊」(文春文庫)、「ときめかない日記」(幻冬舎文庫)など。ほか雑誌連載多数、テレビ・ラジオにも出演。



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