パブリック娘。が、おちゃらけたノリを卒業 3人に何があった?

パブリック娘。が帰ってきた。結成8年目の2016年に発表した1stアルバム『初恋とはなんぞや』から3年、突然リリースされた2作目『アクアノート・ホリデイ』は、前作を上回る素晴らしい作品になった。2019年に全員30歳を迎えるだけに、前作のやんちゃさから大人のほろ苦さへとリリックの成熟ぶりも目覚ましいが、それだけではない。こだわりはミックスやジャケット写真、パッケージデザインに至るまで発揮され、高い美意識をうかがわせる。前作からの変化、そこに反映された3人それぞれの想いなどを、文園太郎、齋藤辰也、清水大輔に話してもらった。

ヒップホップ云々というより、単純に音楽として価値のあるものにしたかった。(齋藤)

―『アクアノート・ホリデイ』は前作を超える素晴らしい作品ですね。

齋藤:もちろん。

―齋藤さんだけじゃなくおふたりもそう思う?

文園:まぁ、そうですね。

清水:はい。

齋藤:前作はゴミ箱に捨てていただいてもいいですよ(笑)。

パブリック娘。(ぱぶりっくむすめ)
齋藤辰也、清水大輔、文園太郎の平成元年生まれの3人が集まったラップユニット。2019年7月3日、2ndアルバム『アクアノート・ホリデイ』をリリース。同作は、文園による6曲のトラックを中心に、盟友・%CことTOSHIKI HAYASHIが3曲、Ryo Takahashi、ESME MORI、及川創介、Felix Idleが各1曲ずつトラックを提供、ゲストボーカルとして、のもとなつよ(Solid Afro、昆虫キッズなど)と城戸あき子(ex.CICADA)が参加している。
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―今作を聴いて、「パブリック娘。も大人になったんだな」と感慨深かったです。

齋藤: 作品に参加してくれた人や友達からもらったコメントでも、何度も「大人」って書かれました(笑)。なんでみんな勝手に保護者になっちゃうんだろう。

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文園:前作の曲は全部、大学生のときに作りましたけど、いまさら学生時代の思い出は歌わないですからね。

―自然に変わってきたということですね。

文園:逆に、ずっと子どもっぽいバンドとかっていますかね?

―KISSとかRamonesとか……でもあれはファンタジーですからね。ラップグループではあまり思い当たりません。

清水:「本当のことを書く」というラップミュージックの手法を取り入れている以上、大人になるのは当然かなと思います。その手のロックのファンタジーとは違うので。

左から:清水大輔、文園太郎、齋藤辰也

齋藤:僕はロックンロールの人間ですけどね(笑)。ヒップホップ云々というより、単純に音楽として価値のあるものにしたかったんです。曲がよかったから、歌詞もよくしようと思って、テーマも決めて。前作のときは「mixiの日記が音楽になった」みたいなことを言いましたけど、今回はルー・リード先生を心に飼って「この歌詞だとダメですかね?」って先生に随時訊きました。僕としてはむしろ、ヒップホップから離れたかったくらいなんですよ。

―ラップはあくまで方法ということ?

齋藤:そうです。自分が聴きたいと思えるラップがなかなかないから自分でやっているんだと思います。

―手法としてラップを取り入れながら、ヒップホップからは離れたいと思った。齋藤さんのなかではどういうロジックがあるのでしょうか?

齋藤:興味の対象があくまで音楽だから、ということですね。某ラッパーの方が「ヒップホップとはローカルなコミュニティーや助け合う文化であって、ラップミュージックが好きなだけの人はただの音楽ファンだ」みたいなことを言っていたんですけど、だったら俺はただの音楽ファンだなと思って。いい曲に、いい歌詞を書いて、いい音楽を作りたいというだけです。

「ヒップホップから離れたい」ということとはちょっと違うかもしれないけど、かっこいいと言われている現行のヒップホップを聴いても「似たり寄ったりだな」とか、「言ってることが面白くないな」とか、しっくりくるものがないんですよね。“水槽”みたいな曲は、ヒップホップを作ろうとするだけでは生まれないものだと思います。違う形で表現したものはあるかもしれないけど。

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―「ヒップホップから離れたかった」という言葉を聞くと、今作の印象も変わってくるように思いますね。齋藤さんのスタンスに対して清水さんと文園さんはどう考えていますか?

文園:僕はトラックがあって、みんなで歌詞を乗せて、ああだこうだ言いながら作ることが大事で。そういう意味では、今回はたくさん曲を作れたのでよかったです。辰也が言ってることに同意するところもしないところもあるけど、それで全然いいと思ってます。

清水:僕も全部同意ではないし、全部反対でもないって感じですね。長い付き合いでお互いに尊敬し合う関係を築いてしまってるので、意見されることにも興味があるし、それに則ってやってみたら面白そうだなって思うから一緒にやりたいし。僕はラップしたいだけなんで。今回は自分でも聴けるアルバムが作れてよかったです。

それに、資料に「一石を投じる」とありますけど、僕にはそういう気持ちもあります。デモができあがったあとの作業で、エディットや声の入れ方で意図的に他のラップミュージックと差異をつけることはすごく意識しました。

聴く人と1対1で対峙する音楽にしたかった。(齋藤)

―2ndアルバムを作るにあたっては、どんな青写真があったのですか?

齋藤:とにかく自分にとって価値のある作品にしたかったんです。自分がすごく好きなレコードと並べても恥ずかしくないものにしたかった。今、The Velvet Undergroundの3枚目(1969年発表の『The Velvet Underground』)にハマってるんですけど、初めて聴いたときに、こんなにも年代が関係ない、一昨日録ったって言われても不思議じゃない音楽があったのかという衝撃を受けたんです。

あのアルバムにはルー・リードが自分でミックスした「Closet Mix」というのがあって、それはとにかく声が大きくミックスされていてエフェクトもオーバーダブもほとんどないんですけど、なぜそうしたのか考えると、ひとつには、自分の歌と詞に自信があるからだろうと思うんです。

パブリック娘。“泡feat. 城戸あき子”を聴く(Apple Musicはこちら

―声が大きくミックスされているのには、そんな理由があったんですね。

齋藤:(文園)太郎に「クラブでかけたら本当にそこに人がいるみたいに聴こえそう」って言われましたけど、僕はそういうことがしたかったんです。真紀夫さん(萩谷真紀夫、今作のエンジニア)がヴィンテージの真空管を通して声を録音してくれたので、そのよさも活かしたかった。この音楽を聴く人と作った僕たちと、1対1で対峙したかった。といっても暑苦しい感じじゃなくて、ジャケ写みたいに部屋の片隅に佇むような感じで。

作り手側で「歌声は楽器ぐらいにしか思ってない」って言う人がたまにいますけど、少なくともラップみたいに声が前面に出てくる音楽で「歌詞は気にしなくていい」みたいな考え方をしてしまったらダサいし怠慢だと僕は思います。そういうこともあって今回は大きなテーマを歌うことにも価値があると思ったし、“空”は友達や近しい人の死、“水槽”は閉塞感のイメージを書いたんです。

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齋藤:“LOVE”なんて、ジョン・レノンを筆頭にあらゆるミュージシャンが歌ってるテーマでありタイトルですけど、それを自分たちが真正面からやったときにどうなるか知りたいし、やるべきだと思いました。僕はパーティーがどうのこうのみたいなアッパーな音楽はもう聴かないし、自分でやろうなんて思えません。

―ヒップホップって、ルーツがダンスミュージックでありパーティーミュージックだし、聴き手との対峙をそこまで考えるのは、わりとラディカルかもしれませんね。

齋藤:少なくともパーティーミュージックっていう意識では作らなかったですね。このジャケも含めて、どっちかというとフォークに近い。フォークって聴いてる人とやってる人の距離が近いじゃないですか。

最近、ニック・ドレイクとかすごくよく聴いていて、そういう音楽を頭のどこかで意識していました。“LOVE”のトラックでパーティーチューンを作るのは簡単だったと思うんですけど、それはしたくなかったんです。聴く人と1対1で対峙する音楽にしたかった。

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ふたりに言われて追い込まれたほうがいい曲ができるんだなって思いました。(文園)

―“どうする”で<今年で俺らも、30歳>と歌っていますが、今作の背景には、年齢的なことも関係があるのでしょうか?

齋藤:特にないですね。太郎が歌ってるだけです。2年前は<28歳>って歌ってたわけで、たまたまだと思います。強いて言えば、20代のうちに何か納得できるものを作っておきたい気持ちはあったかもしれない。The Beatlesも20代のうちに解散してますからね。たまたまじゃなく、そういうものを作ろうと意図して作れたのはよかったなって思います。今回、太郎からアイデアが出てこなかったから、全部僕が仕切ったんです。そこは前作と大きく違う点です。

パブリック娘。“どうする”を聴く(Apple Musicはこちら

清水:今作は、指揮官的な仕事が齋藤に移りつつ、太郎が作るビートのクオリティーが上がったことが作品のキーになってるんです。それも今回うまく進んだきっかけのひとつだと思います。

文園:実際、ふたりに言われて追い込まれたほうがいい曲ができるんだなって思いました。

文園太郎

―文園さんのトラックということでいうと、今日何度も話にあがった“水槽”はまさに「キー」という感じですね。

齋藤:そのとき表現したかったことは全部そこで書けたぐらいの気持ちがあったかもしれないです。アルバムのなかでも重要な曲だと思います。CDのブックレットに曲の英題を記載したんですけど、この曲は「Invisible Walls」にしたんです。水槽のなかから見たら、見えない壁があるっていうイメージの曲で。

僕は水槽に喩えましたけど、たぶんみんな何かしら見えない壁を感じてると思うんですよ。その壁がどこにあるのかも、高さもそれぞれ違うと思うんですけど。少なくとも僕は感じてたし、書けば誰かしらにわかってもらえるだろうという期待はありました。

齋藤辰也

齋藤:壁をどうこうしたいというのではなくて、そういうものがあるという感覚を音楽で表現したかったんです。誰だって趣味も見ているものも違うけど、これだけは今多くの人が感じているだろうと思える唯一のことでした。だから言及してくれるとすごくうれしいし、やっぱりそうなんだ、って思います。これが書けたのはうれしかったですね。こういうことをラップで歌ってくれてる人っていないなって思っていたんで。

テーマの捉え方とかはある程度合わせましたけど、あくまでも視点はそれぞれ違うんです。そこを揃えちゃうのはサムいと思う。(清水)

―この曲に対して、「サイケデリックとはドラッグを要するものとは限らない。少なくとも現代において、最も強烈なドラッグは素面でいることである」と齋藤さんはコメントされていますよね。

齋藤:太郎から送られてきたトラックをカラオケボックスで集まって聴いたとき、清水くんが「怖い、怖い」って言い出したんですよ。僕が作った曲でもないのに「そうなんだよ」と思って(笑)。当初は清水くんがテーマを設定する予定だったんですけど、結局、僕が決めて「水槽のなかにいる感じでよろしく」って。

清水:聴いたとき「Invisible Walls」っていう感覚があったんです。だから水槽の金魚のことを歌ってるふうだけど、実はそうじゃないみたいな。そういう「ストレスフルな現代社会」みたいなことはみんな感じてるだろうし、共感もするでしょうけど、僕は音楽でそれはやりたくなかったんで、自分のパートはわりとファンタジーで書いています。

清水大輔

―三人三様のスタンスはどの曲でも感じますね。それぞれ勝手に別の話をしている。ラップグループってだいたいそんな感じですけど。

齋藤:でも今回、僕はふたりの歌詞にすごくケチをつけました。歌うに値しないと僕が判断したところは全部、突っ込みを入れました。一緒に録音してクレジットされて曲をリリースする以上、ふたりの歌詞について僕も責任を感じるので。“LOVE”の清水くんのパートは3回ぐらい変わってますね。僕が「こんなカスみたいなこと書いてんじゃねえ!」ってブチ切れて。

清水:「うるせえな」って思いましたけど、うれしかったです。今までは書いてきた歌詞についてちゃんと話し合ったことがなかったので、それができたのは前作との違いですし、それをやれたから納得のいく曲が作れたんだと思います。テーマの捉え方や重さみたいな部分はある程度合わせましたけど、あくまでも視点はそれぞれ違うんです。そこを揃えちゃうのはサムいと僕は思いますし。

文園:ふたりが書いてくる歌詞がすごく面白くて、それがあるから僕もトラックを作りたいって思うので、そこは3人でやってることの面白さだと思いますね。ふたりの歌詞を自分の作った曲に乗せてくれると、やっぱうれしいですし。

僕らみたいな天才でもなんでもない人間が、適当にやっていいものなんてできるわけないんですよ。(齋藤)

―“水槽”に引っ張られている部分も大きいけど、前作がポップで楽しい感じだったのに対して、ある種の陰翳のようなものを感じました。

文園:聴いた人には、「前半ちょっと笑っちゃう」とも言われますけどね。“PS8”とか。

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齋藤:アホすぎるし、聴いてて疲れるからカットすりゃよかったかなって思うんですけど(笑)、イントロとしてうまく使えてるからいいかなと。でも“PS8”ってファンタジーの話だし、アルバムタイトルもプレステのゲーム(『アクアノートの休日』)から引用してるし、前作までのノリからの橋渡しみたいな感じもあって、悪くはないんですけど。

文園:試聴機向きの曲順じゃないですよね。最初にこれが流れてきたら「買わなくていいかな」って思いそうで(笑)。

―“川”から本編がはじまって“白夜”で幕を閉じて、“PS8”と“お風呂”が前後から挟んでいるような印象です。素晴らしい2ndアルバムですよ。今後にも期待しちゃいますけど……。

齋藤:次で解散するかもしれない(笑)。実際、今回は作りながら「これで解散してもいいくらいの作品にしなきゃ」って本当に思ってました。太郎はいつも「ひとつできたら次」っていうのを意識してるみたいですけど、結果そうなるかもしれないだけで、僕はいつ死ぬかもわからないし、いつやめるかもわからないし、それはメンバー全員同じなわけじゃないですか。そういう作品にしないと金と時間と労力を遣って作っている意味が見出せないので。完成してよかったです。全力を出し切って初めて次が見えてくると思うから。

―あるものは全部出し切っちゃおうと。

齋藤:「これは次かなぁ」みたいなことはまったく考えなかったですね。「これで終わりです」って言ってもいいぐらいの気持ちでやりました。僕らみたいな天才でもなんでもない人間が、適当にやっていいものなんてできるわけないんですよ。過去の名盤と肩を並べたいと思うんだったら、そのときに全力でやるしかないと思うんです。

だから制作が終わったあとはボロボロでした。最後の作業が終わったあと、家に帰った瞬間、号泣しながら過呼吸になりましたから。体力的にも精神的にも限界だった。でも、実際に完成したら次のアイデアも浮かんだし。

パブリック娘。『アクアノート・ホリデイ』を聴く(Apple Musicはこちら

文園:次を出すときは世の中どうなってるかわかんないですからね。そのときみんなどうやって音楽を聴いてるんですかね。CDも今やほとんど日本でしか聴かれてないし、翻訳も優秀になっていくだろうから、海外でも聴かれるようになるかも。

齋藤:今回のアルバムは部屋で聴いてほしいですね。配信でもいいけど、加藤風花さんがすごくいい写真を撮ってくれて、太郎のお父さん(文園敏郎)にパッケージもすごくきれいに作ってもらえたから、部屋に飾るだけでもいいからCDで手元に置いてほしいです。物として素敵ですから。

リリース情報
パブリック娘。
『アクアノート・ホリデイ』(CD)

2019年7月3日(水)発売
価格:2,484円(税込)
PCD-83014

1. Intro
2. PS8
3. 川
4. LOVE
5. どうする
6. あるく
7. 水槽
8. 鉄道
9. ショットガンキス
10. 泡 feat. 城戸あき子
11. 空
12. 白夜
13. お風呂

プロフィール
パブリック娘。 (ぱぶりっくむすめ)

文園太郎、清水大輔、齋藤辰也の平成元年生まれの3人集まったラップユニット。2019年7月3日、2ndアルバム『アクアノート・ホリデイ』をリリース。



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