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浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

ボブ・ディラン『Rough And Rowdy Ways』
インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:佐藤祐紀 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

歴史に名を残すことが約束された圧倒的な才能を持つディランは迷いの時期を経て、60歳を間近にしてようやく自分の本当の表現に手をかけはじめる

―自分が今、すべきことの指標になりますよね。

浦沢:60歳のときの『Love and Theft』に関して言うと、あれは、ボブ・ディランにとっての第何期かのスタートラインなんですよ。あのとき、彼はやっと見つけたんです、自分の音楽を。

そもそも、1997年の『Time Out of Mind』の頃に、ディラン自身は「掴んだ」っていう感覚があったみたい。でも、あの頃、病気になって倒れてしまうんですよね。そのあとのインタビューで、「やっと掴んだのに、ここで終わるわけにはいかないと思った」と語っているんです。

1990年代に至るまでディランは精力的にリリースを重ねてきたが、『Time Out of Mind』は前作『Under The Red Sky』(1990年)から7年という短くないインターバルを経て発表された。なお、この7年の間にトラディショナルフォークやブルースのカバー曲集が2枚、デビュー30周年に際してリリースされたブートレッグ集やMTVでのアンプラグドライブを収録したライブ盤が発表されている(Apple Musicはこちら

―『Time Out of Mind』は傑作として名高いアルバムです。それでも、ディランは既に50代後半なわけで、そこで「やっと掴んだ」というのは、なんとも遥かな気持ちになります……。

浦沢:1975年にはじまった『Rolling Thunder Revue』ツアーの頃はロックボーカリストとして油が乗り切っていたし、キリスト教三部作の頃も、リズム&ブルースシンガーとして相当なところまでいっている。でも、そのあとから、「あれ、何がやりたいんだろう?」とディラン本人が思いはじめた感じがあるんですよね。

『Hard Rain』(1976年)に収録された“いつもの朝に(原題:One Too Many Mornings)”を聴く(Apple Musicはこちら

もともとユダヤ教徒であったディランはキリスト教に改宗し、1979年の『Slow Train Coming』を皮切りに「ゴスペル三部作」とも呼ばれる宗教色の濃いアルバムを3作連続でリリースした。ここでディランは、黒人女性のバックシンガーを従えてこれまでにないソウルフルな歌唱を披露している(Apple Musicはこちら

浦沢:で、恐らく1987年のThe Grateful Deadとのツアーをきっかけに、「とりあえずツアーをし続けて、旅芸人になろう」と思ったみたい。それが今でも続いている『Never Ending Tour』のはじまりでした。ただ、『Time Out of Mind』を出す前のあたりはかなりイラついている感じがありましたね。

The Grateful Deadによるコラボレーションライブアルバム『Dylan & The Dead』(1989年)をリリース後、ディランは「けっして終わることのない旅を続けろ」という神の啓示を得て、The Grateful Deadに加入させてほしいと打診したという(Apple Musicはこちら

―なるほど。

浦沢:僕は彼が迷っている時期も見ていましたけど、ディランがセルフプロデュースで、自分の好きなようにアルバム作りを仕切りはじめたのが『Love and Theft』以降なんですよ。ボブ・ディランって、何だかんだで、気を遣う人なんでしょうね。

アルバムを作ったら、「これ、どうかな?」とお伺いを立てる相手が必要だとずっと思っていたみたい。だから常に、自分以外のプロデューサーを立ててアルバムを作ってきた。たしか、1985年の『Empire Burlesque』はセルフプロデュースだったけど、あのときも、詩人のアレン・ギンズバーグなんかに作品を聴かせて反応を見ていたみたいですから。

1980年代のディランは、出演映画『ハーツ・オブ・ファイヤー』(1987年)の失敗を筆頭にことごとく不調であったが、ジョージ・ハリスンらと覆面バンド・Traveling Wilburysを結成するなど、さまざまな可能性を模索している時期でもあった。『Empire Burlesque』ではR&Bやヒップホップのサウンドが取り入れている(Apple Musicはこちら

―ディランが気を遣う人だというのは、意外な感じもしますね。

浦沢:「俺が俺が」っていう人ではないんですよね。「俺が正しいんだ」「俺のやり方でやるんだ」っていう、大御所アーティスト的な押しがない。「今夜の俺は、こんな感じがいいんだけどな~」と思っているくらいじゃないかな。

そういう感じの人だから、なかなかセルフプロデュースに行かなかったんだけど、『Love and Theft』以降、やっと自分のやり方を見つけたんですよね。それを見ていて、「60歳くらいからがスタートなんだな」と思って、心強かったですよ。実際、『Love and Theft』以降のディランは、やることが全部当たっている感じがする。

『Love and Theft』で、ディランは「ジャック・フロスト」という名義で自らプロデュースを手がける。なお同作はアメリカ同時多発テロと同日、2001年9月11日にリリースされた(Apple Musicはこちら

60歳を迎えた浦沢直樹が、今なお自ら筆を動かして漫画を描き続ける理由

―浦沢さんの場合はいかがでしょうか。齢を重ねるにつれ、掴まれたペースや創作のやり方などはありますか?

浦沢:僕も、「これだ」と思うことをやってみて、わかってきた頃には「何か違うな」と思う……そういうことの繰り返しで。ただ、今の自分と『Love and Theft』の頃のディランを比較して考えられるとしたら、僕は今、アシスタントをふたりに絞って、それぞれが自宅で作業できる形態にしているんです。それも、最近のようにリモートが一般的になるより前から。

この2年ほど、僕は仕事場ではずっとひとりなんですよ。アシスタントを絞り、仕事のペースをゆるやかにして、「満足のいく絵を自分で描く」ようにした。それは、ディランがセルフプロデュースをはじめたことに近いのかもしれないですね。「キャリアが長くなると『大先生』になって、自分はほとんど何もしないで、全部スタッフに任せるような生活なんでしょう?」なんて言う人もいますけど、最近の僕は大みそかも『紅白歌合戦』をつけながらずっと漫画を描いていますよ。

―大変ではないですか?

浦沢:いや、すごく楽になった。デビューしてからは、連載スケジュールのためにどうしてもアシスタントを雇わなきゃいけなくて、自分が頭に描いている絵を、時間がないから他の人に任せるということをやってきたけど、実はこんなに辛いことはないんですよ。

上がってきたものを見て「違うんだよなあ」と思いながらも、時間がないからそれを入稿しなければいけない……あのストレスが、自分でやるようになって消えていった。今まで抱えていた苦悩が、自分で背景も描くようにしたことで消えていったんですよね。

浦沢直樹

浦沢:それと、『漫勉』(2014年からNHKで制作・放送されている『浦沢直樹の漫勉』)という番組をやっていて、自分ひとりでやっている作家さんを何人も見たのも大きかった。「自分も子どもの頃は、こうやってきたんだよな」と思ったんです。

漫画を生業として30数年、全部辿れば50年くらい描いていますけど、子どもの頃に漫画を描いていて楽しかった、あのときの状態にどんどんと戻っていっているような感覚が今はあるんですよね。

―……すごいお話です。

浦沢:ディランが『Never Ending Tour』をはじめたのは、「陽が沈んだら演奏の時間だ」っていう生活にしようと思ったらしいですね。「自分を呼んでくれる人がいるのなら、ギターとアンプを背負ってどこにでも行く」と応えているインタビューもある。そういう生活に身を置くことで、新曲を作って、レコーディングして、ツアーをして……っていう商業音楽の流れを断ち切りたかったんですよ。

きっとディランも、ティーンネイジャーの頃にThe Everly Brothersやバディ・ホリーを聴いて、「こういうものをやりたい!」と思っていた、その頃の感覚に、キャリアを経るごとにどんどんと戻っているんじゃないかなあ。初期衝動として、音楽や漫画が本当に楽しくて、「いつまでやってんの」と言われても、やる……その頃の感じに戻っていくような感覚があるんじゃないかと思います。

「永遠に5歳でちゃぶ台の上でお絵描きができていれば、それでよかった」と語ったインタビュー本『浦沢直樹 描いて描いて描きまくる』(2016年、小学館)のなかでは、自身の幼少期を振り返り、のちに『PLUTO』(浦沢直樹×手塚治虫 / プロデュース:長崎尚志 / 監修:手塚眞 / 協力:手塚プロダクション)としてリメイクすることになる手塚治虫『地上最大のロボット』との出会いのエピソードも語られている
「永遠に5歳でちゃぶ台の上でお絵描きができていれば、それでよかった」と語ったインタビュー本『浦沢直樹 描いて描いて描きまくる』(2016年、小学館)のなかでは、自身の幼少期を振り返り、のちに『PLUTO』(浦沢直樹×手塚治虫 / プロデュース:長崎尚志 / 監修:手塚眞 / 協力:手塚プロダクション)としてリメイクすることになる手塚治虫『地上最大のロボット』との出会いのエピソードも語られている(書籍情報を見る
“Cold Irons Bound”が収録された『Time Out of Mind』を聴く(Apple Musicはこちら / Spotifyはこちら

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リリース情報

ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤
ボブ・ディラン
『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤(2CD)

2020年7月8日(水)発売
価格:3,300円(税込)
SICP-6341/2

[CD1]
1. アイ・コンテイン・マルチチュード
2. 偽預言者
3. マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー
4. あなたに我が身を
5. ブラック・ライダー
6. グッバイ・ジミー・リード
7. マザー・オブ・ミューズ
8. クロッシング・ザ・ルビコン
9. キーウェスト(フィロソファー・パイレート)
[CD2]
1. 最も卑劣な殺人

作品情報

『あさドラ!』(3)

2020年2月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

『あさドラ!』(4)

2020年8月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

プロフィール

浦沢直樹(うらさわ なおき)

漫画家。1960年1月2日生まれ、東京都府中市出身。1983年『BETA!!』でデビュー。代表作に『YAWARA!』『MONSTER』『Happy!』『20世紀少年』(すべて小学館刊)など。ルーブル美術館との共同制作作品『夢印』(全1巻、小学館刊)を執筆後、2018年9月より本格連載『あさドラ!』を「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にてスタートさせた。これまでに小学館漫画賞を三度受賞したほか、国内外での受賞歴多数。国内累計発行部数は1億2800万部を超え、昨年まで世界各地で個展を巡回。ミュージシャンとしても精力的に活動しており、これまでに2枚のアルバムを発表している。

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