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浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

ボブ・ディラン『Rough And Rowdy Ways』
インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:佐藤祐紀 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

「漫画も、音楽も、アートはすべて、感銘を受けたらそれをカバーしたり、模写したり……そういうことを繰り返しやっていくもの」――『BILLY BAT』創作秘話も明かす

―2010年代のディランを振り返ると、『ノーベル文学賞』受賞という大きなトピックもありましたけど、『Shadows in the Night』(2015年)、『Fallen Angels』(2016年)、『Triplicate』(2017年)という3作のカバーアルバムの存在も印象的でしたよね。あれらの作品でディランは、フランク・シナトラのレパートリーを多く含むアメリカのスタンダード・ナンバーをカバーしていました。あのカバーアルバム群は、浦沢さんとしてはいかがでしたか?

浦沢:大好きでしたよ。カバーといえど、ノスタルジックなものではなかったし、むしろ「聴いたことのない、新しいものを作るんだ」という気概のある作品だった。実際、『Rough and Rowdy Ways』は、あの3作のジャズアルバム以降の音になっていますよね。きっと、ジャズアルバムを作ったことで、バンドが鍛えられた部分もあったんでしょう。

ボブ・ディラン『Shadows in the Night』を聴く(Apple Musicはこちら

浦沢:それに、2016年のオーチャードホールのライブでは、ジャズアルバムの曲と自分のレパートリーで、ディランはまったく歌い方を変えていたんです。80歳を目前にして、あの人はまた新しいボーカルスタイルを確立したんですよね。素晴らしいなと思いましたよ。

―新作が立て続けにカバーアルバムだった、ということについてはいかがでした?

浦沢:そもそも、ディランは自作とカバーの境がないような人ですからね。「作詞作曲:ボブ・ディラン」になっていても、「いや、あの曲じゃん!」というのがいっぱいあるんですよ(笑)。

言ってしまえば、漫画も、音楽も、アートはすべて、感銘を受けたらそれをカバーしたり、模写したり……そういうことを繰り返しやっていくものですから。「これは新しいものだ」と思ったとしても、同じようなものが、もう何百年も前に既にこの世に生まれていたりする。

ボブ・ディラン『Fallen Angels』を聴く(Apple Musicはこちら

浦沢:だから、「私が生み出した」と勘違いしないほうがいいですよ。「今、初めて思いついた」と思っても、それはきっと、もう既に世の中に存在するものだと思う。ただ、「あれとこれをよく結びつけたね」というものはある。発明ってそういうものですよね。

―浦沢さんが2008年から2016年にわたり執筆された『BILLY BAT』(ストーリー共同制作:長崎尚志)には、すごく「ディラン的」なテーマがあったんじゃないかと僕は思っていて。ディランが2010年代にカバーアルバムを作ったことにも繫がっていく、「伝承」というテーマがそこにはあるんじゃないかと思ったんです。実際に、浦沢さんが『BILLY BAT』を描くに当たり考えられていたのは、どのようなことだったのでしょうか?

浦沢:たとえば、誰もが知っている有名なアニメーションのキャラクターみたいなものがあるじゃないですか。世界中の人が知っているシルエットがあって、それを見たら、シャンゼリゼ通りの人も「ああ、あれね」と言うし、アマゾンの奥地にいる人も「ああ、あれね」と言う。そういうものって、ほとんど神のアイコンに近いですよね。

じゃあ、それはどこから来たんだろう? ということですね。「そういったものが知れ渡っていく……その現象のはじまりはどこなんだろう?」と思ったんです。そのはじまりになるものが、洞窟の壁画に描かれていてもおかしくないわけで。『BILLY BAT』のとき、そういうことをいろいろ考えていたんです。

『BILLY BAT』第1巻書影
『BILLY BAT』第1巻書影(講談社コミックプラスで試し読みをする

浦沢:それは、突き詰めていくと「我々はどこから来たんだろう?」という話にも繫がっていく。なので、『BILLY BAT』は「伝承」というよりも、「人類の通奏低音のように流れている音って何なんだろう?」「スッと引いたこの描線で、我々はなぜ、ときめくんだろう?」ということを描いてみたかったんです。それは、人類のどこからはじまることなのか、あるいは、人類がはじまるもっと前の話なのか……。

―なるほど……。

浦沢:ロマンチックでしょ?(笑)

―はい……すごく。ボブ・ディランも、浦沢さんも、作品に込められる視野がとてつもなく広く、奥深いように感じます。「人類とは何か?」「人間が生きるとはどういうことなのか?」という問いを、数多の文化や歴史を巡りながら追っている。

浦沢:ちょっと話は違うかもしれないけど、『No Direction Home』の冒頭で、ボブ・ディランは「生まれる家を間違えたんだ」と言っていますよね。「本当の家を探しているんだ。そのための旅なんだ」と。

多くの人は、生まれ故郷や、自分が育った家、お父さんお母さん……そういうものに対する愛情を語るじゃないですか。ボブ・ディランにはそれがないんですよ。自分の親のことも、「間違った親から生まれた」と言っていますから。

浦沢:それはどういうことかというと、まだ見つからない、頭に流れている架空の音楽を生み出した何ものか、それが自分の親だと思っているような感覚なんじゃないかな。ボブ・ディランは、それをずっと探している。

僕も、子どもの頃からずっと絵を描いているけど、頭のなかにずっと理想の描線のようなものがあるんです。そして、それは一体どこから来たのかを探している。そこが、自分の帰る場所だと思っている。だから、ディランの「No Direction Home」という感覚はすごくわかるんですよね。自分の生まれ故郷は、本当の生まれ故郷じゃないと思っているような感覚が。

―歳を重ねながら、作り続けながら、帰る家を探している。

浦沢:ブルース・スプリングスティーンとボブ・ディランの違いは、そこなんですよね。スプリングスティーンは、ニュージャージーの親のことを、ちゃんと自分の両親として話すんですよ。ボブ・ディランは、父母すら、「あれは本当の親じゃない」と言う。ずっと、本当の家と、本当の親を探している。

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リリース情報

ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤
ボブ・ディラン
『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤(2CD)

2020年7月8日(水)発売
価格:3,300円(税込)
SICP-6341/2

[CD1]
1. アイ・コンテイン・マルチチュード
2. 偽預言者
3. マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー
4. あなたに我が身を
5. ブラック・ライダー
6. グッバイ・ジミー・リード
7. マザー・オブ・ミューズ
8. クロッシング・ザ・ルビコン
9. キーウェスト(フィロソファー・パイレート)
[CD2]
1. 最も卑劣な殺人

作品情報

『あさドラ!』(3)

2020年2月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

『あさドラ!』(4)

2020年8月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

プロフィール

浦沢直樹(うらさわ なおき)

漫画家。1960年1月2日生まれ、東京都府中市出身。1983年『BETA!!』でデビュー。代表作に『YAWARA!』『MONSTER』『Happy!』『20世紀少年』(すべて小学館刊)など。ルーブル美術館との共同制作作品『夢印』(全1巻、小学館刊)を執筆後、2018年9月より本格連載『あさドラ!』を「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にてスタートさせた。これまでに小学館漫画賞を三度受賞したほか、国内外での受賞歴多数。国内累計発行部数は1億2800万部を超え、昨年まで世界各地で個展を巡回。ミュージシャンとしても精力的に活動しており、これまでに2枚のアルバムを発表している。

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