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浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

ボブ・ディラン『Rough And Rowdy Ways』
インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:佐藤祐紀 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

「その作品で『何を表現したかったのか?』は、読んだ人がそれぞれの受け止め方をしてくれればいいし、最終回を読み終わって何年後かに『ああ、そういうことだったのか」と気づくのでもいい』」

―冒頭でも少しお話にありましたが、コロナ以降、浦沢さんが感じられていることは、今後世に出る作品にも影響を与えていきそうですか?

浦沢:それはもう、影響ありまくりですよ。そういうものは、すべて作品に出ますよね。9.11の同時多発テロや東日本大震災のときもそうだったけど、すべて作品に反映されていきます。この気持ちをどういうふうに作品に封じ込めようか、それをいつも考えながら描いています。物事を創作するということは、そういうことですよね。

浦沢直樹

―現在、『スピリッツ』で連載されている『あさドラ!』は、浦沢さんが現在想定されているなかで、どのくらいのところまで物語は進んでいますか?

浦沢:『あさドラ!』は、まだ「こういう作品だったのか」というところまで辿り着いていないんですよ。もしかしたら5巻や6巻あたりで、「ああ、浦沢はこういう作品を描きたかったのか」ということが見えてくるかもしれない。

まあ、これは昔からそうですけど、漫画でも連続ドラマでも、商業的な作品というのは、「1話目ですべてわからなきゃダメだ。そうでなければ、読者がついてこないぞ」といわれるんですよね。編集部サイドが、なぜかそう言う。でも、僕は昔から、「それは本当か?」と思っていたんです。僕は、最後の最後まで読んで、「ああ、こういうことだったのか」とわかるような作品でいいと思う。

『あさドラ!』第1巻書影
『あさドラ!』第1巻書影(ビッグコミックBROS.NETで1話を読む

浦沢:もちろん、そこに読者を繋ぎとめるためにはドラマが面白くなければいけないけど、面白く作るのは当たり前のことですから。

―最初のお話にも繫がりますよね。「わからない」からこそ、考えたり、探求しがいがあるわけで。

浦沢:その作品で「何を表現したかったのか?」は、読んだ人がそれぞれの受け止め方をしてくれればいいし、最終回を読み終わって何年後かに「ああ、そういうことだったのか」と気づくのでもいい。僕の漫画も、まだ理解されていないところがあるかもしれないけど、2回、3回と読んでもらって、初めて「ああ、そういうことだったのか」とわかってもらえればいいなと思っているんです。

「アーティストが何をやろうと自由なんだから、お客さんの趣味に合わせる必要なんてない」

―最後まで辿り着いたときに、何かがわかるかもしれない……その感覚というのは、先ほどおっしゃっていた「No Direction Home」という感覚にも通じているような気がします。自分の本当の家を探すその旅の過程で、ディランも、浦沢さんも、なぜこうも変わり続けることができるのでしょうか。

浦沢:「変わり続ける」ということは、一体何を指していっているのか、ということですね。僕は、ボブ・ディランという人間は一切、変わっていないと思う。あの気まぐれで、捻くれていて、何でもありな、ボブ・ディランという人間は一切、変わっていない。

じゃあなぜ変化して見えるのかというと、彼がやったことに対して、最初はみんな「え?」と言うけど、3~5年後には、それが主流になっているんですよ。そして当の本人は、みんなが集まって盛り上がりはじめたら、「私は、もういいです」と、その場を去っていく。だからだよね、ディランが変化しているように見えるのは。

時代のヒーローに祭り上げられたディランが、プロテストフォークをやめて作り上げた『Another Side of Bob Dylan』は、リリース当時、その急変ぶりにファンを困惑させた(Apple Musicはこちら

1965年、プロテストフォークから脱却したディランは、エレキギターを手にし、The Beatlesらを筆頭にしたブリティッシュ・インヴェイジョンの影響を受けて『Bringing It All Back Home』を発表。当時のフォーク愛好家からは「フォークに対する裏切り」と受け止められるも新しいファンを獲得する(Apple Musicはこちら / Spotifyはこちら

浦沢:「ロックが売りモノになるらしい」と企業が集まってきたら、「じゃあ、もういい」といってそこから離れていくんですよ。ボブ・ディランは、とにかくマイノリティーを目指すんです。彼の身の置き方はそこなんですよね。みんなが関心を持っていないところに、「もっといいものがあるよ」と見つけることができる。時の権力に対して、絶対に反対側につく。そういう側面は一貫しているんですよ。

―変わらないために、変わり続けているというか。

浦沢:そう、自分の一貫した正直さによって、歌い方やスタイルも変えてしまうことができる。ディランは、自分は「炭鉱のカナリヤ」(何らかの危険が迫っていることを知らせてくれる前兆の喩え)のような存在でありたいと思っているんじゃないかな。自分を見ていればそのときの大多数の危うさがわかるというような。だから、ボブ・ディランがやっていることに対して「何か違うんじゃない?」と思ったら、それはもう、その段階でその人の心は自由でなくなっている可能性がある。

1966年5月17日、ディランのエレクトリック化に不満を持つ観客から、ディランは「ユダ(裏切り者)!」というブーイングを浴びる。その直後、バンドは“Like a Rolling Stone”を演奏する。その日のライブは『The Bootleg Series Vol. 4: Bob Dylan Live 1966, The "Royal Albertd Hall" Concert』で聴くことができる(Apple Musicはこちら

浦沢:すべてはボブ・ディランにとって実験であり、「ただ、好きだからやっている」ことであって、そこに「何か違う」なんて感想はあてはまらないんです。そういうふうに思った段階で、それは聴いている人の趣味でしかない。

でも、アーティストは何をやろうと自由で、お客さんの趣味に合わせる必要なんてないんです。だから、「また面白いことやってんな」と思って見ていればいいんですよ。「また、声変えて歌ってんなあ」とか、「また、自分の曲を破壊しているなあ」とか。

浦沢直樹がディランの振る舞い、在り方から学び取った「アーティスト」の本来あるべき姿

―ディランのライブは、曲が原型を留めていないと聞いたことがあります。(笑)。

浦沢:原曲どおりに演奏するのって、お客さんのためですもんね。あの人が、人が望むことをやったことって、ほぼないんじゃないかな。最初に話した『偉大なる復活』の頃、そのツアーの記事を読んだら、専用ジェット機で大名ツアーみたいなことをやるのが、ボブ・ディランはすごくイヤだったらしくて。普通の人って、そうなりたいわけですよね。みんな、社長になりたがる。

でも、ディランは自分がそうやって周りに扱われたときに、「俺はもう終わった」と思ったらしい。だから、あの人は二度とそんなツアーをやらなかった。翌年くらいにはグリニッジ・ヴィレッジに戻ってミュージシャンを集めて、『Rolling Thunder Revue』という旅芸人みたいなツアーをはじめる。

―『Rolling Thunder Revue』は去年、Netflixでマーティン・スコセッシ監督によるドキュメンタリーが公開されましたけど、本当に旅芸人一座という感じですよね。

浦沢:あそこにも映っていたけど、ボブ・ディランは自分でツアーバスを運転していますから。いわゆるロックスターになって、自家用ジェットで世界を回ってワーキャー言われるのが、ありえないくらいイヤなんだろうね。要は、権威にならない。それこそがまさに、“Like a Rolling Stone”という哲学なんでしょう。ディランのそういう姿を僕は14歳で見ちゃったのでねー。

今はチャートで1位になること、再生回数が多いことを勲章だと思っている人も多いのかもしれないけど、そんなことはどうでもいいことなんですよ。それよりも、自分がどれくらい作品作りやパフォーマンスで満足感を得られるか、何を伝えることができるか、それこそが重要なことなんです。ディランの「自分は売りモノにはならないぞ」という感覚は、今はもしかしたら理解されがたいのかもしれないけど、僕らの世代は、本当の「アーティスト」っていうのはボブ・ディランのような人のことをいうんだって、彼と同じ時代を生きたおかげで学ぶことができた。

―お話を伺って浦沢さんの人生には、ボブ・ディランというアーティストがどれほど強烈に存在していたことがわかりました。

浦沢:そうそう、14歳のときにわかったとか言っておきながら本当はよくわかっていなかった“Like a Rolling Stone”の歌詞の意味。ときを経て1990年頃、自分の創作の幅を広げようとあえてポップにチャレンジした『YAWARA!』が自分の予想をはるかに上回る大ヒットとなり、かなり悠々自適な生活が手に入ってしまったんです。

当時、ちょっと遠ざかっていたんですよ、ボブ・ディラン。そんなとき、たまたま入ったCDショップで『Biograph』(1985年)というベスト盤を買い、久々に“Like a Rolling Stone”を聴いたんです。そうしたら、再び雷のような衝撃が落ちてきまして、やっと今度こそあの歌の意味がわかったように思ったんです。

あの歌のなかで「どんな気分だ?」と指差されて罵倒されていたのは自分じゃないか、と。あのときの“Like a Rolling Stone”のおかげで、道を踏み外さずにまた本来の自分の道に戻れたと思っています。『Happy!』も『MONSTER』も『20世紀少年』もあの日の“Like a Rolling Stone”の衝撃のおかげで生まれたものだと思っています。

浦沢直樹
ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』ジャケット
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リリース情報

ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤
ボブ・ディラン
『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤(2CD)

2020年7月8日(水)発売
価格:3,300円(税込)
SICP-6341/2

[CD1]
1. アイ・コンテイン・マルチチュード
2. 偽預言者
3. マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー
4. あなたに我が身を
5. ブラック・ライダー
6. グッバイ・ジミー・リード
7. マザー・オブ・ミューズ
8. クロッシング・ザ・ルビコン
9. キーウェスト(フィロソファー・パイレート)
[CD2]
1. 最も卑劣な殺人

作品情報

『あさドラ!』(3)

2020年2月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

『あさドラ!』(4)

2020年8月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

プロフィール

浦沢直樹(うらさわ なおき)

漫画家。1960年1月2日生まれ、東京都府中市出身。1983年『BETA!!』でデビュー。代表作に『YAWARA!』『MONSTER』『Happy!』『20世紀少年』(すべて小学館刊)など。ルーブル美術館との共同制作作品『夢印』(全1巻、小学館刊)を執筆後、2018年9月より本格連載『あさドラ!』を「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にてスタートさせた。これまでに小学館漫画賞を三度受賞したほか、国内外での受賞歴多数。国内累計発行部数は1億2800万部を超え、昨年まで世界各地で個展を巡回。ミュージシャンとしても精力的に活動しており、これまでに2枚のアルバムを発表している。

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