いしわたり淳治のコラム集『言葉にできない想いは本当にあるのか』刊行

いしわたり淳治の新著『言葉にできない想いは本当にあるのか』が12月14日に刊行された。

同書は、いしわたり淳治が朝日新聞デジタル『&M』で連載している『いしわたり淳治のWORD HUNT』から、2017年11月から2020年9月まで掲載されたコラムに加筆、修正し、新たに書き下ろしを加え、再編集したもの。日々の暮らしの中で気になった「愛にできることはまだあるかい」「俺か、俺以外か」「君のドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ」「松本 動きます。」といった118のワードをピックアップし、なぜ響いたのかを解説、分析する。

いしわたり淳治のコメント

「はじめに」より
音楽を聞いていると、よく「言葉にできない思い」というようなフレーズを耳にする。自分でも過去にそんな言葉を何度か書いたりもしたことがあるけれど、その表現にこの頃ちょっとした違和感を覚えるようになってきた。
というのも、「言葉にできない思い」があるとわざわざ言っているということは、その人は日頃自分の感情をすべて言葉に出来ているということになる。しかし、どうだろう。私たちは本当にそんな大そうなことを日々やってのけているのだろうか。
自分の感情を他人に伝えるために、人類が発明した非常に便利な道具が「言葉」である。言葉という道具はあまりにも便利すぎて、ともすれば忘れてしまいそうになるけれど、私たちが言葉を使って表現しているのはいつだって「感情の近似値」にすぎない。その意味で、言葉は常に大なり小なり誤差を孕んでいるものではないかと思うのである。
例えば、恋人に「愛している」と伝える時、ただ単に「愛している」と口から発しただけで、愛情がすべて伝わるかというと、残念ながらそうではない。「愛している」の一言だけで、相手のことをどんな風に、どのくらい愛しているかを表現するのはハリウッドの名優でも至難の技だろう。だから私たちは、「君の笑顔だけが僕の幸せだ」とか、「出会った日から寝ても覚めても君のことばかり考えている」とか、「世界中を敵に回しても僕は君の味方だ」などと、「愛している」の言い換えをするのである。
しかし、いくら言い換えて自分の思いと言葉とを近づけようとしても、じゃあ本当に君の笑顔以外では幸せを全く感じないかというとそんなはずはなく、眠っている間に別の誰かの夢を見ることがないかというと当然あるわけで、世界中を敵に回すほどのことをやってしまった人を本当に愛し続けられるかと言われると正直なところ難しい。つまり、これらのセリフは、一見するとさも自分の感情のきれいに言語化したもののようだけれど、どれも感情を大きくオーバーランしている表現なのである。もちろん、こういった大袈裟な言葉を並べることで、思いの熱量が伝わって説得力が増すという効果はあるとは思うけれど、それが自分の感情とイコールかというと、決してそうではないのである。
そんな風に、私たちの口から出る言葉はいつだって、感情よりも過剰だったり、不足していたりする。
「明日9時に集合ね」「そこのペンとって」のような事務的な連絡だけならば正確に言語化できていると言えるのかもしれないが、とかく「感情」という目に見えないものを言語化しようとすると、「言葉」は意外と不便な部分が多く、それこそ「言葉にできない感情」だらけではないかと思う。
作詞家という仕事を生業にして 23 年。日々そのようなことを考えるようになって、誰かが言葉の新しい使い方をしている瞬間に出会うと、うれしく感じるようになった。
音楽、テレビ番組、書籍、映画、CM、広告など、ほとんどの人は気にも留めないだろう誰かの何気ない一言から、誰もが知っている流行語まで、日々暮らしている中で気になった言葉を取り上げては、それにまつわる短いエッセイを綴ることをライフワークにしてきた。
いつか私たちが「言葉」という道具を完璧に使いこなせる日は来るのだろうか。たぶん、それは難しい気がする。なぜなら、言葉は「道具」であると同時に「生き物」だからである。今こうしている間にも世界のどこかで新しい言葉は生まれ、ある言葉は進化して別の使い方や別の意味を持ち、またある言葉は絶滅の一途をたどっていく。今日はうまく言葉に出来たとしても、明日には髪の毛一本の太さの何千分の一くらいにほんの少しだけ、ニュアンスが変わっている。そんな世界で私たちは暮らしている。

書籍情報

『言葉にできない想いは本当にあるのか』

2020年12月14日(月)発売 著者:いしわたり淳治 価格:1,400円(税抜) 発行:筑摩書房
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