レビュー

Fold Musicの「生きる壁」と、Pink Floydの『The Wall』に寄せて

金子厚武
2013/03/28
Fold Musicの「生きる壁」と、Pink Floydの『The Wall』に寄せて

フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズの著作『襞―ライプニッツとバロック』から、「襞(ひだ)」=「Fold」を取って名付けられたFold Musicは、2009年に活動を開始した日本のサイケデリックバンドである。とはいえ、中心人物の小田切冴樹が一人で弾き語りをするときもこの名前が使われているように、不定形なプロジェクトと言った方が正しいのかもしれない。小田切は国・年代・ジャンルを問わず、さまざまなアートを人生の糧として生きてきたタイプの人間のようで(もっとも影響を受けた作品を挙げるとすれば、ノア・バームバック監督のアメリカ映画『イカとクジラ』と、ウィリアム・シェイクスピアのロマンス劇『テンペスト』とのこと)、彼の思想が音楽という形でアウトプットされたものは、どんな形であれFold Musicなのだと言えよう。例えば、今年の2月に発表された彼らの初作『山々よ容喙するな』の一曲目に据えられたタイトルトラック“山々よ容喙するな[The Mountains Must Not Interfere]”について、小田切はこんな風に説明する。

「『君の想い一つで、地面にパンチすれば地球も割れるようなことが起こるかもしれない』。そんな馬鹿げたテーマを真剣に歌った曲です。曲全編を通して挿入したギターのアルペジオは、深い森のなかへ分け入って、草木や土を踏みしめる足音。恐竜の鳴き声のようなファズギターから始まる間奏部のアンサンブルでは、八百万の神との対話を描こうとしました。自然という、そのあまりに不可知な力を前にして、『自己の選択』とは何なのか? 答えのない問いに対し、現代人が常に求められ続ける選択の意味を、Fold Musicのアーバンブルースとして昇華しようと試みた野心的な歌です」


このように、『山々よ容喙するな』の収録曲には、どの曲にも小田切の哲学的な思考とその実践、ちょっとしたユーモアが込められているのだが、彼がFold Musicの曲を作り始めたのは、「生きる壁」という言葉の存在を意識し出してからだそうだ。この言葉の概念を説明するのはなかなか難しいのだが、小田切の言葉を借りつつ説明を試みれば、「生きる壁」とは、「自分と他者を引き離し、遠ざけては孤塁を守ってくれている何か」であり、「イメージを思考から取り出す境目で、ものも言わずに、悠然とそびえ立つ」ものであり、その存在によって、「解釈や無理解を超えて、より神秘的でミステリアスな響きだけがそこには漂う」のだという。なんだか言葉を並べれば並べるほど、本来の意図から遠ざかっているようで小田切には申し訳ないのだが、平易な言葉で簡潔に述べさせてもらえば、「生きる壁」の存在によって、「作り手は自由に表現を希求することができる」と同時に、「受け手の純粋な体験も可能にする」と言えるのではないかと思う。

ここから少し話が飛躍するが、世界のロック史において、もっとも有名な「壁」と言えば、Pink Floydが1979年に発表した『The Wall』だろう。あの作品における「壁」はさまざまな意味を含むものであったが、その象徴的な意味合いは「社会の中で感じる抑圧や疎外感」であった。あれから30年以上、「壁」はさまざまに形を変えながら、常に人々を押しつぶそうとし、その圧はますます強くなっていると言ってもいいだろう。そして、この「壁」に対抗しうるのが、まさに「生きる壁」なのであり、つまりは自由な芸術・表現活動こそが、人々を社会の抑圧から解放する唯一の手段なのである。Fold Musicを突き動かしているのは、こんな表現者としてのある種の使命感のようなものかもしれない。「人間のひずみや異質なものを肯定的に表現する」ためのキーワードとして、「フリークス」という言葉を挙げているように、人々の多様性を認め、社会の真の姿をあぶりだそうとすること。例えば、People In The Boxやアナログフィッシュ、Predawnなどにも通じる真摯な姿勢を、僕はFold Musicの音楽からも強く感じる。それはバンドの今後について語る、小田切のこんな言葉からもはっきりと伝わるものだ。

「この作品は、まだ表には出てきていない『見えない都市』を顕在化する方法のようなものだと思っています。それは特定の宗教性、政治を持たない自治区と言える場所だったりして、例えばそこではミュージシャン同士がセッションを通して道路を行き交い、リスナーが音源を聴く行為によって馴染みのバーで落ち合うことができる。そういうコミュニティを未来へと照らし出して、より強固なものにすることが今後の目標ですね」

もちろん、ここまで書いてきたことはあくまで僕個人の見解であり、実際この作品を聴くときは、一度頭を空っぽにして聴いてみることをお勧めしたい。単純に、本作は優れたサイケデリックロックのアルバムでもあって、楽曲そのものはもちろん、音像の豊かさはぜひとも体験してもらいたいレベルのものだ(マスタリングにはアメリカの奇才、Shimmy Discのクレイマーが迎えられている)。壊れかけのテープレコーダーズから遊佐春菜がオルガンで参加していることも話題だが、ヤーチャイカ、オワリカラ、踊ってばかりの国といった、近い世代のサイケバンドと聴き比べてみるのも、きっといろいろな発見があって面白いのではないかと思う。

「近年オルガンロックやサイケを基調としたロックバンドが同世代で注目を集めているのは、日本語詞とメロディーの相性の良さはもちろんですが、サウンド面で遊べる要素を強く含んでいるからではないかと思います。無論、ジャパニーズサイケデリアには世界的に評価の高いアーティストも多く、また、ゆらゆら帝国という圧倒的な人気を博したアイコンがいました。日本人にとって日本語のサイケがどれだけ有効な表現方法かということはそれだけでもわかりますよね。これから益々、新しい日本人の民族音楽として多くのミュージシャンが傾倒していく可能性を感じています」

リリース情報

Fold Music
『山々よ容喙するな』(CD)

2013年2月20日発売
価格:1,260円(税込)
DEPE-002

1. 山々よ容喙するな [The Mountains Must Not Interfere]
2. ソーニャに告ぐ [Song For Sonia]
3. オルカと篤志家 [Orca And Philanthropist]
4. 乾いた油 [Dry Oil]
5. 梯子 [The Ladder]

プロフィール

Fold Music

2009年初秋に結成。作家性溢れるビターなソングライティングを個性とするシンガー小田切冴樹と、近年のUSネオ・クラシック・ロックとも共振するダイナミックかつ繊細なアンサンブルを奏でる住村洋祐(Bass)、KAMI(Guitar)、モンジ(Drums)から編成されたカルテット。シーンの栄枯盛衰をよそに一際存在感を放つサイケデリック・ロック/シンガー・ソングライター勢の系譜に新たに名を連ねうる、デビュー作『山々よ容喙するな』を2月20日にリリースした。

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