「この感激を映像で伝えたい」美術セットで振り返る三谷幸喜映画の世界

人の数だけでいえば、世界的アーティスト・村上隆や奈良美智よりも、多くの日本人が美術家・種田陽平の作品を目にしているだろう。だが、これまでその作家名が表に出ることはあまりなかった。「作品」といってもアート作品ではなく、映画美術のことだったからだ。

あのクエンティン・タランティーノからは「一緒に仕事をするのがとても喜ばしい、偉大なアーティスト」と評され『キル・ビル Vol.1』の映画美術を制作。中国映画界の巨匠・チャン・イーモウ監督には「傑出した芸術家」と賛辞を贈られる種田陽平。そんな彼のポートフォリオの中でも、三谷幸喜との仕事に焦点をあてた展覧会が、上野の森美術館で開催されている『種田陽平による三谷幸喜映画の世界観展』だ。小道具や、模型、巨大セットができるまでの制作風景や、セットの写真展示などを通して、三谷映画の感動が「映画美術」という新しい視点から蘇る内容となっている。

『THE有頂天ホテル』 ©2006フジテレビ 東宝
『THE有頂天ホテル』 ©2006フジテレビ 東宝

『THE 有頂天ホテル』『ザ・マジックアワー』『ステキな金縛り』、そして11月に公開される『清須会議』と、三谷から繰り出されるオーダーを一流の技術で具現化してきた種田。「日本映画史上最大級のスタジオセット」と言われる『ザ・マジックアワー』では、撮影スタジオ内に「架空の街並」をそのまま作ってしまった。そのおかげで、通常は書き割り(背景画)が用いられる2階の窓の外の風景までも、本物のセットで埋め尽くすことができた。

『ザ・マジックアワー』 ©2008フジテレビ 東宝
『ザ・マジックアワー』 ©2008フジテレビ 東宝

また、『ステキな金縛り』の美術も一見の価値があるだろう。通常の法廷を再現したように見えるセットだが、幽霊が立つ証言台をまるで舞台のように見下ろせる古代の劇場のようなすり鉢状の法廷で、カメラアングルに合わせて法廷内の人物位置を多様に考えることが可能となる工夫が施されている。展示室には、三谷幸喜監督自身による各作品の映画美術の紹介映像も展示されており、セットの構造から部材の材料、ディテールにまで、尋常ではないほどの種田のこだわりが詰まっていることがよくわかる。種田の美術について、三谷監督はこう表現する。

「初めてセットに入った瞬間、なんてすごい空間なんだろうと感激し、この感激をどうやって映像に残したらいいのか……といつも考えます。ただ、正直、それをあますことなく伝えられたという実感はまだありません。『ステキな金縛り』くらいから、ようやくこの空気感を残すことができ始めたかな……と思えるようになったくらいです」

『ステキな金縛り』 ©2011フジテレビ 東宝
『ステキな金縛り』 ©2011フジテレビ 東宝

最新作となる『清須会議』でも盤石のコンビは揺るがない。戦国時代に実在した織田家の城「清須城」を舞台にした今作は、三谷にとって初めてとなる時代劇作品。撮影に使用された清須城の模型や、小道具のほか、居室を一部再現して展示している。特に、膨大な数の瓦や支材を一つひとつ組み上げたという清須城の模型は、その作り込みの細やかさに驚くばかり。高さにして2mにもなるこの模型は、10人がかりで3か月の製作期間を必要とした。しかしこの清須城には、あえて史実と大きく変えて作った部分もあると、種田は裏話を話してくれた。

『清須会議』 ©2013フジテレビ 東宝
『清須会議』 ©2013フジテレビ 東宝

「実は、清須城が出来た時代には、まだ『天守閣』というものが存在しなかったという説が大勢です。ただ、天守閣がないというのは時代劇映画としても収まりが悪い。歴史的には正しくないかもしれませんが、銀閣寺と同じ楼閣建築ということで、『天守閣のようなもの』を作りました。だから完全に間違ってはいないんです(笑)。映画美術は時代の再現ではなく、映画固有の世界観を創出するのが仕事ですから」

『清須会議』「清須城」の模型(部分)
『清須会議』「清須城」の模型(部分)

また、映画美術は、俳優たちの背景を飾るだけのものにはとどまらない。時に、ストーリーを補完する演出的な装置としても効果的に作用することも種田は説明してくれた。

種田陽平
種田陽平

「『清須会議』には、柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽長秀、織田信雄など、さまざまな戦国武将が登場しますが、中庭を囲んでそれぞれの居室を作りました。その位置関係や、会議に出るときに通るルートによって、人物同士の関係や物語がイメージできるように設計しているんです」

これまでに、4本の映画で三谷とコンビを組んできた種田陽平。すでに、種田の存在は三谷にとって欠かすことのできないものとなっている。

『清須会議』「清須城」居室のセット(部分)
『清須会議』「清須城」居室のセット(部分)

「漠然としたアイデアしかなく、ストーリーも決まっていないような段階から種田さんとは映画の方向性について打ち合わせをしています。種田さんは僕にとって映画の先生。僕は生徒のつもりで、いつも種田さんの背中を見ながら歩いています。種田さんあっての三谷映画なんです」

だが現在、映画界ではCG全盛の時代。「あたかも現実であるように見えるCG」に対して、「あたかも現実であるように見える映画美術」はどのように対抗していくのだろうか? 種田は映画美術という仕事をこう表現する。

「今や、大きな美術セットを作っても、観客からすぐに『CGで作っているんでしょ?』と思われてしまう。だけど、三谷さんの映画では役者が生ですごい芝居を見せてくれます。だから、美術セットも生で作らなければいけないんです。展覧会を通じて『セットにはこんな役割があったのか』と知ってほしい。そして、自分としては、この展覧会を通して映画美術の可能性を再確認し、前に進んでいきたいと思います」

種田が模索し続ける「映画美術の可能性」。その新しい答えが見えたとき、映画美術が観客に新たな感動を与えてくれるだろう。

イベント情報
『種田陽平による三谷幸喜映画の世界観展〜「清須会議」までの映画美術の軌跡、そして…〜』

2013年10月12日(土)〜11月17日(日)
会場:東京都 上野の森美術館
時間:10:00〜17:00(土曜、11月3日(日・祝)、11月15日(金)は20:00まで、入場は閉館の30分前まで)
料金:一般1,300円 大学・高校生1,000円 中・小学生500円
※未就学児入場無料

『種田陽平ギャラリートーク』
2013年11月2日(土)17:00〜(約1時間程度)
会場:東京都 上野の森美術館
料金:無料(予約不要・展覧会鑑賞チケットが必要)

プロフィール
種田陽平 (たねだ ようへい)

三谷幸喜監督の映画『THE有頂天ホテル』『ザ・マジックアワー』『ステキな金縛り』『清須会議』、舞台『ベッジ・パードン』の美術監督をつとめる。『フラガール』『悪人』『空気人形』『ヴィヨンの妻』などの日本映画の他、クエンティン・タランティーノ、チャン・イーモウ、キアヌ・リーブスら海外の監督作品も手がけ、2010年芸術選奨文部大臣賞、2011年に紫綬褒章を受けている。

三谷幸喜 (みたに こうき)

1961年、東京都生まれ。日大芸術学部演劇学科卒業。在学中の1983年に劇団「東京サンシャインボーイズ」を結成。その後、舞台、テレビ、映画の脚本、演出を多数手がける。 監督作品6作目となる最新作『清須会議』は11月9日(土)に公開。



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