レビュー

13年の沈黙を経て、それでもなぜAphex Twinは熱狂的な支持を獲得しているのか?

金子厚武
2014/09/26
13年の沈黙を経て、それでもなぜAphex Twinは熱狂的な支持を獲得しているのか?

長きにわたる沈黙を経た今も、なぜAphex Twinは熱狂的な支持を獲得しているのか?

一部では「もう出ることはないのではないか?」とすら思われていたAphex Twinの新作が遂に発表された。オリジナルアルバムとしては、2001年の『Drukqs』以来、何と13年ぶり。『Syro』と名付けられたこの作品の登場に世界中が色めき立ち、現在ちょっとしたAphex Twinフィーバーが巻き起こっている。長きにわたる沈黙を経た今も、なぜ彼は熱狂的な支持を獲得しているのか? 短くないキャリアを振り返り、その根拠を明らかにすることで、本稿が『Syro』をより楽しむためのサブテキストになればと思う。

まず最初に結論から書いてしまうと、テクノ界において、いや、広く電子音楽全般を見渡しても、彼ほど作家性の高い作品を残しているアーティストは他にはいない。これこそが、Aphex Twinことリチャード・D・ジェームスが今も愛され続ける理由だと言っていいだろう。代表曲“Girl/Boy Song”を聴けばすぐにわかるように、彼の楽曲は子供のような無邪気なイノセンスと暴力性を兼ね備え、その一方で常に孤独の影がちらつき、悲しみを湛えている。それはまるで、彼の故郷であるイングランド最南西部の古都コーンウォールの風景を描き続けているようであり、「Twin」という名の由来でもある、生まれてすぐに亡くなった双子の兄へのレクイエムを奏で続けているようでもある。

Aphex Twinの評価を決定づけた初期の傑作『Selected Ambient Works Volume II』

強烈なハードコアテクノ“Digeridoo”が話題を呼ぶ中、Aphex Twin名義のファーストアルバム『Selected Ambient Works 85–92』がベルギーの老舗レーベルR&Sからリリースされたのは1992年のこと。主に10代のときに作られたとはとても思えない完成度の高い楽曲たちによって、「テクノモーツァルト」の称号を受けると、Polygon Window名義によるリスニングテクノ創世記の名盤『Surfing on Sine Waves』など、数々の名義を使い分けながら……いや、使い分けるというよりも、ひたすら垂れ流すかのように作品を発表し続け、しかし、そのどれも新鮮な驚きを含むものだったことから、彼のマッドサイエンティスト的なイメージは一気に印象付けられていった。

そんな流れの中、『Surfing on Sine Waves』同様に、今も所属するイギリスの名門レーベルWARPから発表されたのが、2枚組の大作『Selected Ambient Works Volume II』(1994年)である。

Aphex Twin『Selected Ambient Works Volume II』ジャケット
Aphex Twin『Selected Ambient Works Volume II』ジャケット

『Selected Ambient Works 85–92』が「アンビエント」というワードに反して、ビート主体の作品であったのに対して、本作はブライアン・イーノが提唱したジャンルとしての「アンビエント」の系譜に連なるノンビートの作品。しかし、そんな音楽性でありながら、環境音楽にはならず、最初に書いたような高い作家性を感じさせ、決してラフに聴き流すことを許さない、一対一で向き合うことを要請してくる作品でもあるところがすごい。このアルバムこそが、Aphex Twinの評価を決定づけた初期の傑作であり、個人的には、もっとも彼らしい作品だと思っている。

Aphex Twinというジャンルを確立した『Richard D. James Album』

再びビートを強め、「Selected Ambient Works」期から新たなモードへの突入を告げたのが『...I Care Because You Do』。ジャケットに据えられた意地の悪そうな自画像が象徴しているように、この時期からリチャード自身が自らの作家性を意識し出したからこそ、「顔」を押し出すようになったのだと思う。

Aphex Twin『...I Care Because You Do』ジャケット
Aphex Twin『...I Care Because You Do』ジャケット

そして、前述の“Girl/Boy Song”をリードトラックとする、今もAphex Twinの最高傑作と評される作品が、スティーブン・キングの作品以上に醜く加工された顔写真が強烈な『Richard D. James Album』である。盟友Squarepusherらと共振するドラムンベースが全面的に展開され、その一方メロディーは突き抜けてポップで、さらには現代音楽からの影響を感じさせるストリングスもフィーチャーした本作によって、もはや「テクノ」というジャンルすらも無効化され、Aphex Twinというジャンルを確立した作品だと言っていいだろう。

Aphex Twin『Richard D. James Album』ジャケット
Aphex Twin『Richard D. James Album』ジャケット

この後、共にクリス・カニンガムが手掛けた悪夢のようなミュージックビデオが印象的な『Come to Daddy』『Windowlicker』を発表するも、次のオリジナルアルバムまで5年の歳月を要したという事実が、『Richard D. James Album』がいかに決定的な作品だったかを裏付けていると言える。

そして、2001年に発表されたのが、『Selected Ambient Works Volume II』以来となる2枚組の大作『Drukqs』である。『Selected Ambient Works Volume II』が、文字通り「アンビエント」的な作風で統一され、コンセプチュアルな色合いの強い作品だったのに対し、『Drukqs』は過去のAphex Twinの手法を総動員した、集大成的な作品だと言っていいだろう。中でも音楽的な特徴となっていたのが、プリペアドピアノによる物悲しげな旋律。彼の孤独がさらに深まり、心の最深部が表れているようなイメージもあるが、この旋律が喚起するノスタルジー、「郷愁」の感覚というのは、日本人の誰もが愛してやまないものでもあるように思う。

Aphex Twin
Aphex Twin

13年ぶりのオリジナルアルバム『Syro』とはどんな作品なのか?

では、13年ぶりのオリジナルアルバム『Syro』とはどんな作品なのか? 春にはCaustic Window名義の未発表作が突然リークされ、クラウドファンディングによって出資者を募り、そのデジタルコピーが配布されたのち、8月から世界中でゲリラ的にAphex Twinの名が街中に現れ、Twitterの謎のつぶやきから特設サイトへ誘導されると、アルバムのタイトルやトラックリストが確認できるといった手の込んだプロモーションを経て、正式なリリースの告知がなされたのは8月21日。それから約1か月後に発表された『Syro』は、まさにAphex Twin印の作品だと言っていいだろう。アシッドなサウンド、アンビエント調のシンセ、ときおり顔を出す凶暴なビートは非常に記名性が高く、強烈なフェティシズムを感じさせるものであり、またアルバム全体に溢れるポップネスは、『Drukqs』よりも『Richard D. James Album』に近いものだと言える。もちろん、音色は2014年仕様にアップデートされていて、曲によってはエレクトロやベースミュージック風にも聴こえるが、基本的には過去の延長線上にある作品だと言っていいと思う。


ここで気になるのは、やはり作家性の部分なのだが、本作のボーカルトラックは、彼の妻と2人の息子、さらには両親までもが歌声を提供しているそうで、『Syro』というタイトルも、息子が作った造語なのだという。また、現在ロンドンからスコットランドへと拠点を移しているそうで、つまり、その新しい環境がコーンウォールの呪縛から彼を解き放ち、2人の息子をはじめとした家族の存在によって、遂には兄を成仏させることができた、そんな風に言えるのかもしれない。実際、アルバムのラスト“aisatsana [102]”で聴くことのできる穏やかなピアノの旋律は、その向こう側から聴こえてくる鳥のさえずりも含め、『Drukqs』のときのような漆黒の闇を想起させるものではなく、夜明けを連想させるものに変わっている。つまり、本作でリチャードは過去から解放され、初めて純粋に音楽と向き合ったのだと考えることも可能だろう。

Aphex Twin『Syro』ジャケット
Aphex Twin『Syro』ジャケット

しかし、相手は何と言ってもリチャード・D・ジェームスである。人をくったようなビジュアルは相変わらずだし、こういった比較的ストレートな分析に対して、彼は今もどこかであの憎たらしい笑顔を浮かべているのかもしれない。ともかく、今我々の手元には、Aphex Twinの新作がある。この事実だけは確かなものであり、やはりこの音の中に埋没し、一対一で作品と向き合うことだけが、彼とのコミュニケーションをとる唯一の手段なのだと思う。

Aphex Twin(photo:Anastasia Rybina)
Aphex Twin(photo:Anastasia Rybina)

リリース情報

Aphex Twin
『Syro』日本盤(CD)

2014年9月24日(水)発売
価格:2,484円(税込)
Warp Records / Beat Records / BRC-444

1. minipops 67 [source field mix]...120.2
2. XMAS_EVET10 [thanaton3 mix]...120
3. produk 29...101
4. 4 bit 9d api+e+6...126.26
5. 180db_...130
6. CIRCLONT6A [syrobonkus mix]...141.98
7. fz pseudotimestretch+e+3...138.85
8. CIRCLONT14 [shrymoming mix]...152.97
9. syro u473t8+e [piezoluminescence mix]...141.98
10. PAPAT4 [pineal mix]...155
11. s950tx16wasr10 [earth portal mix]...163.97
12. aisatsana...102
13. MARCHROMT30A edit 2b 96...104.98(Bonus track for Japan)

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