レビュー

My Hair is Badが描く人生のドラマ。『boys』に捧ぐ徹底レビュー

撮影:Masanori Fujikawa 編集:矢島大地(CINRA.NET編集部)
My Hair is Badが描く人生のドラマ。『boys』に捧ぐ徹底レビュー

My Hair is Bad『boys』全曲レビュー

1. 君が海

ギターのコードとともに<この夏が最後になるなら>と歌い始めた瞬間、脳内の記憶が一気にフラッシュバックするようにバンドサウンドが溢れ出す。その記憶の奔流はやがて波のように引いていき、やがて元の場所に帰っていく。“夏が過ぎてく”を引き合いに出すまでもなく、椎木知仁にとって「夏」は特別な季節だし、<教室>や<吹奏楽>や<花火>や<氷菓子>といったキーワードで青春の一瞬を切り出していくというのは椎木の得意技ではあるが、その姿勢はこれまでと決定的に違っている。この曲が描き出すのはヒリヒリとしたリアルタイムの焦燥というよりも、それが思い出になっていくその瞬間だ。そこにあり続ける「海」に「君」を重ねて、倒れた砂時計を元に戻したとき、「夏」は永遠に変わる。一瞬足を止めたアンサンブルが、アウトロに向かってもう一度走り出すとき、『boys』の物語が始まるのだ。(小川智宏)

2. 青

イントロからじっくりとしたAメロを経て、一気に疾走していくザ・マイヘア節。しかしテンポ以上に音のスピード感を生むブレイクが効果的に挿入されていたり、曲の合間にはギター一本での弾き語りセクションが訪れたりと、椎木のメロディがより一層飛翔感をもって響く細やかなアレンジが効いている。梅雨をモチーフにした歌は、雨に洗い流されてしまう青(ここでは、青春そのものも、青春特有の憂鬱も孕むのだろう)を今のうちに染み込ませたいという願い。青春を「過ぎ去るもの」として歌えたことこそが、今作での成熟をひとつ象徴している。(矢島大地)

3. 浮気のとなりで

この楽曲から思い浮かぶのはかつて隆盛を誇った1990年代のオルタナティブロックだ。Semisonic“Closing Time”やEverclear“I Will Buy You a New Life”といった楽曲がふわっと思い浮かぶ。ただ、この楽曲がそれらと違うのは細かなアレンジの妙。ギターはシンプルだが、ベースとドラムのフレージングが曲の進行とともに変化していく。これに限らず、マイヘアの楽曲が短さのわりにそれを感じさせないのは、アレンジが丁寧だからなんだと思う。それも普通に聴いたら気付かないぐらい。ここで凝ってしまうとやりすぎになるんだろうなあ。カラッと軽快なサウンドとは裏腹に、歌詞はあるあるすぎて自己嫌悪になるような男の心理を歌っている。「ああ、情けないのって俺だけじゃなかったんだ……」と安心する自分がまた情けない。(阿刀“DA”大志)

4. 化粧

今作前半のハイライトと言っていいだろう。雄大なストリングスが、伸びやかなバラードをよりドラマティックに彩っていく。細やかな起伏を増したメロディも、繊細な声色を使いこなすようになった歌唱もいい。他に愛する人がいる男に恋をした女性が主人公の歌で、<口紅が薄れた その瞬間にわかってたのは / もっと素直になれたらよかったよ>というラインが表すのは、過ちの恋だとわかりながら強がって自分を維持する女性の姿を「化粧」に重ねて行間にドラマを宿す筆致の素晴らしさだ。ただ、今までなら救いようのない恋にズタズタになっていくだけだった歌が、ストリングスによって一筋の光を宿している。(矢島大地)

5.観覧車

このアルバムの中で、“化粧”と並んでMy Hair is Badの深化を感じさせるのがこの“観覧車”だ。抑制の効いたアンサンブルは決して派手ではないが情感豊かにこの曲のシーンを浮かび上がらせるし、何より歌詞だ。椎木の綴る言葉はまるで小説のように繊細な心の機微を物語る――いや、小説というよりも映画的というべきか。ひとつも直接的な感情表現を使うことなく、「工事の看板」や「観覧車」や「花火」や「カラオケ」といったモノたちに次々とフォーカスを合わせながらひとつの恋の終わりの風景を描いていくその筆致はそのまま映像化すればミュージックビデオになりそうなぐらい具体的。同時に、どこまでも決定的な言葉を避けるその手法自体が<優しいだけが優しさじゃないとどこかで分かるのに / それでも優しさばかり追っている>主人公の心情を象徴しているという、ものすごくテクニカルな歌詞でもある。(小川智宏)

6. ホームタウン

地元・上越の仲間、家族、風景を等身大の視点とヒップホップ的なアプローチで切り取った、マイヘア流の地元賛歌。上越に馴染みはない自分にも「ここに行ってみたい」「ずっと聴いていたい」と思わせた時点で椎木のストーリーテリングの勝利。彼はリリックを書いたらヒップホップもやれるんじゃないかとすら思う。椎木の言葉にはウソがないし、背伸びもしないし、カッコつけないし、何より情景描写が的確。リアルさが要求されるこの手の歌詞を書くにはうってつけの才能がある。さらにミニマムに展開する温かみのある演奏もとてもよい。ふくよかなベースや繊細なドラムも含め、音作りはかなりこだわったのではないだろうか。ライブよりも音源で聴いていたい名トラックだ。(阿刀“DA”大志)

7. one

トーンの異なる椎木の声の数々が四方八方から飛んでくる曲……というかインタールード。<心はひとつでも気持ちはひとつじゃない>という言葉から始まり、人と関与して生きることで心の中にたくさんの自分の顔が生まれていくという椎木の内なるカオスが、怖さを感じるほど様々な声色で表現されている。ここに登場する「たくさんの主人公」たちが今作のエンディング“芝居”に繋がっていく。愛も激昂も臆病さも抱えている自分を<気持ちはいくつあっても心はひとつだから>という言葉に集束させることで、この後のアルバム第二部では、ハードなナンバーもドラマティックなナンバーもより一層振り切れている。(矢島大地)

My Hair is Bad
8. 愛の毒

冒頭のカウントを抜かすと28小節40秒ちょっとのショートチューン。こういうタイプの曲は勢いで押し切ってナンボみたいなところがあるし、実際そういう曲に聴こえるけども、実は要所要所に配置された細かな工夫によってストーリー性を持たせ、決して箸休め的に終わらせない内容になっている。本編は大きくわけると3つのパートで構成されていて、それぞれリズムパターンが異なる上に小節の数も微妙に違う。しかも、4小節とか8小節ではなく、7小節という中途半端な数だったりする。派手な仕掛けではないものの、これがいい意味での違和感、フックになっている。恋に溺れるダメ男の典型みたいな歌詞も好きだ。<二百害あっても触れてたい>こんなことを言う友達がいたら全力で止めるけど絶対に止まらないし、逆の立場だとしても突っ走っちゃうんだよなあ。少ない言葉ながら、「ワルい」女の子の妄想が膨らむ。(阿刀“DA”大志)

9. lighter

ハードなギターリフとヘビーなベース、そしてピンと張り詰めたテンションを感じさせるドラムが走り抜ける3分20秒。スリーピースにしか鳴らせない鋭さ、このアルバムでもっとも攻撃的なフォルムをまとったこのナンバーこそ、ある意味で『hadaka e.p.』からの反動を象徴しているのかもしれない。音楽的には『woman’s』でいえば“mendo_931”みたいな立ち位置の楽曲だが、“mendo_931”の言いっぱなし感とは正反対に、この“lighter”はやはりどこまでも物語的で、すべてが最後の1行、<また次の火つけるから>に集約されていくところは何度聴いてもゾクゾクする。個人的にはこの曲のやまじゅんのドラムプレイがものすごく好物。彼の音がマイヘアをマイヘアたらしめているんだなということを改めて実感できていい。(小川智宏)

10. 怠惰でいいとも!

椎木の歌詞は「クズ男」であればあるほどいい。この楽曲はその最たるもの。主人公のダメさが際立つ言葉選びとそれを生かしたフロウが見事なクズスパイラルを生み出している。きっと実体験だと思うんだけど、固有名詞のチョイスが絶妙だ。<桃太郎電鉄><ぼくのなつやすみ><ぼくのなつやすみ2><ツーウィークアキュビュー>。具体的な描写をせずとも、直接それを連想させない物の連なりで強烈な怠惰的情景を描き出すばかりか、部屋の間取り、散らかり具合、匂いまで想像させる。サビに強いエフェクトをかける手法は、これまでなら採らなかった(または、そのアイデアが浮かばなかった)かもしれない。“帰って来たヨッパライ”を思わせるファニーな使い方で、投げやりに自らを嘲るような効果が増幅。楽曲の世界観をより強固にするためのアプローチが功を奏した。(阿刀“DA”大志)

11. 虜

超高速16ビートが跳ねまくる、今作でも随一のポップチューン。自分の全部をくれてやるから<僕の最後になってくれないか>、という懇願をばらまいていく、異様だがキュートな求愛ソング。<朝も昼も晩も今日も>……と言葉がパンパンに詰め込まれているのにすっと口ずさんでしまうAメロから、徹頭徹尾口当たりのいいポップなメロディセンスが輝きまくっている。<ほら そう底なしに君のこと思っている / でも君は僕の名前すら知らない>という1節に、椎木のラブソング特有の狂気か愛嬌かわからない危うさが詰まっている。愛しているし愛されたいという両面が綴られるのは変わらず、しかしここには臆病さと卑屈さがないのがいい。(矢島大地)

12. 舞台をおりて

続く“芝居”がアルバムのエンドロールかカーテンコールみたいなものだとするなら、実質的に『boy』の物語に決着をつけるのがこの“舞台をおりて”だ。お互いに恋人を「演じている」ことを感じ、それももう終わることを知りながら、あえて核心に触れないまま一緒にいるふたりの歌。裏側に渦巻く激しい感情とは裏腹の穏やかで優しいメロディがかえって切ない。ふたりが綺麗な物語を演じようとすればするほど、そこにはヒビが生じ、残酷な現実が滲み出す。そして<幸せな役だけ / 演じて行くわけにはいかない>ということに気がついたとき、ふたりの「舞台」は終わる。その展開はまるでこのアルバムの種明かしのようだと思う。椎木はこの曲のラストで、自分がこれまで描いてきた物語に自らハンマーを振り下ろしているのかもしれない。その強い意志が、“芝居”での「宣言」へとつながっていく。(小川智宏)

13. 芝居

幸せだった記憶や過去の恋を永遠にしようと歌に刻みつけてきたこれまでに対して<幸せは思い出として古びていく>と受け入れるように歌い、<残った傷も汚れも恥じたりしないでいい / 美談だけじゃきっと映画を愛せないから>と、優しさの代わりに傷ついてきた日々すらドラマの一部なのだと受け入れる。いわばMy Hair is Badの歌・その歌に登場してきた人物すべてがそれぞれの舞台に立って「自分」という役を全うしているのだと肯定していく歌だ。これまでの歌の数々をひとつの線にしていくように、音の余白がじっくりと取られた丁寧なアンサンブル。そのグルーヴにこそバンド全体の成長が感じられるし、<今の僕が予告編になるような / 長い映画を撮ることに決めたんだ>という一節で、今ここにあるものだけを刻み続けてきたバンドが決意と未来を見せる。完璧なエンディングソングであると同時に、My Hair is Badが今を必死に生きる人の心を震わせて救ってきた理由そのものを理解できるスケールの大きな1曲だ。(矢島大地)

My Hair is Bad『boys』ジャケット写真
My Hair is Bad『boys』ジャケット写真(Amazonで購入する
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リリース情報

My Hair is Bad『boys』初回限定盤
My Hair is Bad
『boys』初回限定盤(紙ジャケット仕様 / CD+DVD)

2019年6月26日(水)発売
価格:4,536円(税込)
UPCH-29333

[CD]
1.君が海
2.青
3.浮気のとなりで
4.化粧
5.観覧車
6.ホームタウン
7.one
8.愛の毒
9.lighter
10.怠惰でいいとも!
11.虜
12.舞台をおりて
13.芝居

[DVD]
LIVE at LIVE HOUSE「心斎橋BRONZE」2019年1月12日
『boys』レコーディングドキュメント

My Hair is Bad『boys』通常盤
My Hair is Bad
『boys』通常盤(CD)

2019年6月26日(水)発売
価格:3,024円(税込)

1.君が海
2.青
3.浮気のとなりで
4.化粧
5.観覧車
6.ホームタウン
7.one
8.愛の毒
9.lighter
10.怠惰でいいとも!
11.虜
12.舞台をおりて
13.芝居

プロフィール

My Hair is Bad
My Hair is Bad(まい へあー いず ばっど)

椎木知仁(Vo,Gt)、山本 大樹(バヤ / Ba,Cho)、山田淳(やまじゅん / Dr)による、新潟県・上越市出身の3ピースロックバンド。2008年結成。2013年にTHE NINTH APOLLOより『昨日になりたくて』をリリースし、2016年には『時代をあつめて』でEMI Recordsからメジャーデビュー。2019年6月26日の『boys』リリースに伴う「サバイブホームランツアー」では、最終公演をさいたまスーパーアリーナで2days開催することを発表した。

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