『アンテナ』再現ライブと新曲から読み解く、くるりの「時代性」

シンガーソングライターとしてだけでなく、ギタリストとしても存在感を放つ岸田繁

「現在進行形のくるりとアルバム『アンテナ』を再現する」をコンセプトにした『くるり20th ANNIVERSARY「NOW AND THEN Vol.3」』が、5月31日に神奈川県民ホールで開催されたファイナル公演で無事終了した。『アンテナ』という作品の背景については、「くるりにとって『アンテナ』とは? 名盤の背景を振り返る」を読んでもらいたいが、そのなかで希望したとおり、ライブはアルバム同様に“グッドモーニング”で厳かに幕を開け、曲順通りの「完全再現ライブ」となった。僕が観たのは5月30日の同会場でのセミファイナルで、サポートメンバーは昨年開催された『NOW AND THEN Vol.2』と同じ、ギタリストの松本大樹、キーボードの野崎泰弘、コーラスに加藤哉子とアチコ、そして、『アンテナ』のレコーディングにも参加しているドラマーのクリフ・アーモンドという布陣。

『くるり20th ANNIVERSARY「NOW AND THEN Vol.3」』 撮影:五十嵐一晴
『くるり20th ANNIVERSARY「NOW AND THEN Vol.3」』 撮影:五十嵐一晴

“Morning Paper”や“ロックンロール”といった人気曲が盛り上がったのはもちろん、この日最初のクライマックスとなったのは、中盤で演奏された“黒い扉”。この曲のアウトロでは岸田繁がニール・ヤングばりの熱の入った長尺ギターソロを披露し、大喝采を浴びた。近年はサポートギタリストにソロを委ねる機会も増えたが、結局くるりで一番かっこいいギターソロを弾くのは、今も昔も岸田なのだ。

岸田繁 撮影:五十嵐一晴
岸田繁 撮影:五十嵐一晴

20年の歴史のなかで、一番躓きそうだったときに書いた曲

この日、唯一アルバムとは大幅に異なるアレンジで披露されたのが“バンドワゴン”だった。アルバムでは岸田の弾き語りだが、ここではクリフもステージ前方に出てアコースティックギターを持ち、トラッドフォークのスタイルで演奏された。『アンテナ』はもともとスコットランドでレコーディングが始められた作品なので、もしかしたら、このトラッドなスタイルこそが当初から思い描いていた“バンドワゴン”の真の姿だったのかもしれない。

撮影:五十嵐一晴
撮影:五十嵐一晴

そして、今回の完全再現ライブ最大のクライマックスとなったのは、やはりラストナンバーの“How To Go”だ。岸田は「スランプで曲が書けなくなったときに、やっと書けたのがこの曲でした」と語ったが、僕は今回の『NOW AND THEN』を京都でも観ていて、そのときは「20年の間で何度か躓きそうになりましたが、一番躓きそうだったときに書いたのがこの曲です」と話していた。これがつまりはスランプのことを意味していたのか、前述の記事のなかで書いた同時代のバンドの相次ぐ解散と関連があるのかはわからないが、とにかく、“How To Go”という曲はくるりにとって重要な曲なのだ。「界王拳800倍でやるわ」と言って演奏された“How To Go”は、やはりとても素晴らしかった。

撮影:五十嵐一晴
撮影:五十嵐一晴

その後は『アンテナ』と同時期に制作された映画『ジョゼと虎と魚たち』のサントラのなかから、主題歌の“ハイウェイ”など3曲を演奏し、さらにはシングル『ロックンロール』と『How To Go』のカップリングに収められていた“さよなら春の日”と“地下鉄”、そして、『アンテナ』に引き続きクリフが参加した『NIKKI』のアウトテイクで、ベスト盤(『ベスト オブ くるり / TOWER OF MUSIC LOVER』)に収録されている“さっきの女の子”で本編が締め括られた。カップリング曲やレア曲でライブ終盤を固めるのはある意味勇気のいることだと思うが、そこはB面集(『僕の住んでいた街』)で唯一オリコン1位を獲得しているくるり。彼らにはいわゆる「捨て曲」は存在せず、むしろカップリング曲に、シングルの表題曲以上に自由なくるりらしさが発揮されていて、ライブでも華々しい盛り上がりを見せた。

最新曲に見る、くるりの絶妙な時代との距離感

この日のコンセプトは「現在進行形のくるり」でもあるように、アンコールでは新曲を立て続けに披露。7月にリリースされるEPより“Hello Radio (QURULI ver.)”“かんがえがあるカンガルー”、昨年発表のシングル“ふたつの世界”に続いて、最後に話題の新曲“琥珀色の街、上海蟹の朝”が演奏された。この曲は、「くるりがここにきてまた新たな引き出しを開けた」といった感じのジャジーなヒップホップ調の楽曲で、岸田がラップを披露するのは前回の『NOW AND THEN』でひさびさに披露された“TEAM ROCK”以来かもしれない。

ハンドマイクでラップを披露する岸田繁 撮影:五十嵐一晴
ハンドマイクでラップを披露する岸田繁 撮影:五十嵐一晴

“琥珀色の街、上海蟹の朝”を聴いて、今の日本で盛り上がっているブラックミュージック要素の強いポップスとのリンクを感じ、例えば、ceroなどを思い出す人もいるだろう。あるいは、『フリースタイルダンジョン』に代表される、日本語ラップの盛り上がりと関連付ける人もいるかもしれない。もちろん、くるりが「流行っているからやってみよう」というような形で曲を作るタイプではないことは、多くの人がわかっていることだろう。ただ、リアルタイムの音楽とまったく接点を持たずに、我が道を歩むバンドというのは、音楽ファンからすれば「それはそれで退屈」ということになりかねない(音楽ファンというのは、厄介なのだ)。その点、くるりというバンドは天性のリスナー資質ゆえか、時代と付かず離れずの絶妙な距離感を保ってきたと言える。

思えば、『アンテナ』がリリースされた2004年というのは、いわゆる「ロックンロールリバイバル」の最中にあり、2003年にはTHE STROKESが『ROOM ON FIRE』を、2004年にはTHE LIBERTINESが『THE LIBERTINES(邦題:リバティーンズ革命)』をリリース。ちなみに日本では、THE BAWDIESが結成されたのが2004年だ。そんななかにあって、くるりは決して彼らを真似するわけではなく、あくまでくるりらしい形のロックンロールを『アンテナ』という作品で示してみせた。だからこそ、『アンテナ』は当時の記憶と結びつき、多くの人にとって今も大切なアルバムになっているのだろう。

“琥珀色の街、上海蟹の朝”にしても、やはりくるりならではの方法論でヒップホップを解釈した一曲。この絶妙な時代との距離感が、くるりというバンドが20年もの間音楽ファンから愛され続けている理由のひとつと言えるはずだ。

撮影:五十嵐一晴
撮影:五十嵐一晴

イベント情報
『くるり 20th ANNIVERSARY「NOW AND THEN vol.3」』

2016年5月30日(月)
会場:神奈川県 横浜 神奈川県民ホール

リリース情報
くるり
『琥珀色の街、上海蟹の朝』初回限定盤(2CD)

2016年7月6日(水)発売
価格:2,160円(税込)
VIZL-974

[CD1]
1. 琥珀色の街、上海蟹の朝
2. Hello Radio(QURULI ver.)
3. かんがえがあるカンガルー
4. Radio Wave Rock
5. Chamber Music from Desert
6. Bluebird II(ふたりのゆくえ)
[CD2]
『NOW AND THEN DISC Vol.2』
1. TEAM ROCK
2. ワンダーフォーゲル
3. 愛なき世界
4. GO BACK TO CHINA
5. トレイン・ロック・フェスティバル
6. THANK YOU MY GIRLS
7. 男の子と女の子
8. 水中モーター
9. WORLD'S END SUPERNOVA
10. C'mon C'mon
11. 永遠
12. ばらの花
13. リバー
14. カレーの歌
15. ブレーメン

くるり
『琥珀色の街、上海蟹の朝』通常盤(CD)

2016年7月6日(水)発売
価格:1,296円(税込)
VICL-64601

1. 琥珀色の街、上海蟹の朝
2. Hello Radio(QURULI ver.)
3. かんがえがあるカンガルー
4. Radio Wave Rock
5. Chamber Music from Desert
6. Bluebird II(ふたりのゆくえ)

プロフィール
くるり
くるり

1996年9月頃、立命館大学(京都市北区)の音楽サークル「ロック・コミューン」にて結成。古今東西さまざまな音楽に影響されながら、旅を続けるロックバンド。岸田繁(Vo,Gt)、佐藤征史(Ba,Vo)、ファンファン(Tp,Vo)の3名で活動中。



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