『マイスモールランド』が映す、日本の難民問題と人々の「無関心」。川和田恵真監督に聞く

在日クルド人の高校生の成長を描いた映画『マイスモールランド』が5月6日(金)、全国で公開された。監督を務めた川和田恵真は、是枝裕和監督や西川美和監督らが所属する映像制作者集団の「分福」に所属する気鋭の新人監督で、今回が初の商業映画デビュー作となる。

本作は、約2,000人のクルド人が住む埼玉県川口市を舞台に、日本に逃れてきた難民たちが直面する現実をありありと映し出した作品だ。フィクションだが取材期間は2年近くにおよび、難民申請が認められず、入管施設に収容されたクルド人当事者との面会も重ねたという。

本作を制作するにあたり、川和田は日本の難民問題にどう向き合ってきたのか。

「静かな闘いの中にいる」在日クルド人の物語を描く

主人公のチョーラク・サーリャ(嵐莉菜)は、幼い頃に家族とともに来日したクルド人。埼玉の高校に通い、小学校の先生になるため大学推薦を目指して学問に励んでいる。

母は数年前に亡くなり、父・マズルム、妹、弟との4人暮らしだ。家族や近隣に住む親戚、知人らとの会話はクルド語やトルコ語が大半を占め、日本語に不慣れな彼ら彼女らのために翻訳のサポートも日夜行っている。さらにその傍らで、大学進学の資金を貯めるためコンビニバイトにも勤しむ。

しかしサーリャの日常は、家族の難民申請が不認定となったことから一変する。在留資格を失い、「仮放免」となったためだ。仮放免という立場になると働くことはできなくなり、住民票もなく、県外に無許可で出ることも制限されてしまう。健康保険にも入れないため、サーリャらは「病気にならないように」と支援する弁護士から忠告を受ける。

さらに、マズルムが「不法就労」したとして入管施設に収容されたことで、畳みかけるようにサーリャらに困難が降りかかる――という話だ。

映画『マイスモールランド』予告編

トルコやイラク、イラン、シリア周辺に暮らすクルド人らは「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれる。

「もともとは日本にクルド人が住んでいるということすら知らなかった」と、川和田は振り返る。きっかけは2015年ごろ、過激派組織ISISに抵抗するクルド人女性兵士の写真を見たことだった。

「国がなく、自分たちの居場所や家族を守るために戦っている人たちがいるということにまず驚きました。私自身もミックスルーツなので、居場所とか国って何なんだろうという思いは幼い頃から持っていました。置かれている状況はまったくちがえど、国を持たないクルドが置かれている状況というものにすごく興味を持ちました。

日本にも1,500人から2,000人ほどが避難してきているということを知って、実際に会いに行ってみると、日本で難民申請が認められておらず、ここでもクルドの人々は自分の居場所を得るための静かな闘いの中にいるのだということにすごく驚きました。そして、もっと知りたいなと思いましたし、知るうちにこれはどうにかして伝えていかなければいけないことだと思うようになりました」

物語に宿るリアリティー。「彼らが実際にいるということを表現したかった」

ドキュメンタリーではなく、サーリャという高校生を主人公に置いたフィクションという手法を選んだのは、その年代の在日クルド人の物語を「主観的に自分ごととして伝えていくことに挑戦してみたい」と考えたからだという。当事者と話をするなかで、イギリス人の父と日本人の母を持ち、日本で生まれ育った自身のバックグラウンドとの重なりも感じた。

「幼い頃に日本に来たために、父親が『故郷』だと思う場所を二世の子たちは同じように『故郷』だと思えなかったり、言葉を同じように喋ることもできなかったりする。世代間のギャップが生まれているというところに私自身もミックスルーツとして感じるところがありました。私自身、育った地域にあまり外国人がいなくてちょっと浮いていて、なんとなく疎外感というか異物感みたいなものは幼い頃から持っていましたね」

「とても言葉がお上手」「いつかお国へ帰るんでしょう?」。コンビニで働くサーリャに向けて、年配の女性がそんな言葉を投げかけるシーンがある。悪意はなく、むしろ良かれと思って発したのかもしれない。しかしサーリャを「違う存在」だと線引きするその言葉は、サーリャの日常にたしかに暗い影を落とす。

「日本に住むクルドの二世の子たちは、小学校とかもっと前から日本で過ごしているので、本当に日本に根付いて暮らしていて。日本の子とも仲が良いですし、みんなと同じように日本のアイドルグループやK-POPが好きだったりして。同じ教室にいるのに、クルドの子たちだけ未来が閉ざされてしまっている。制度によってそうなってしまっていることはおかしいと思いましたし、そこを軸にして伝えていきたいという思いがありました」

当初は、メインキャストも日本に住むクルド人に演じてもらうことを考えたという。ともに映画をつくることで問題を広く訴えることができるのではないかという思いからだったが、当事者のプライバシーや安全を第一に考慮した結果、メインキャストはオーディションで募ることになった。他方、撮影の大半はクルド人が住む埼玉・川口で行い、登場する料理やチョーラク家の内装などは現地コミュニティーの協力を得てともにつくりあげていった。

「実際にスクリーンに姿が映っているわけではないけれど、彼らが実際にいるということをどうにか表現したかった」と川和田は話す。

インタビュー中、しばらく言葉が見つからなくなるほど驚いたのが、メインキャストの配役についてだ。主人公チョーラク・サーリャを演じた嵐莉菜と、その家族である父・マズルム(アラシ・カーフィザデー)、妹のアーリン(リリ・カーフィザデー)、弟のロビン(リオン・カーフィザデー)役を演じた3人は、実際に血が繋がった「家族」なのだという。

つまり、スクリーンのなかでも、外でも、チョーラク一家はまぎれもない「家族」そのものなのだ。全員がそれぞれオーディションを受け、選考されたのだという。

「役を超えて『素』の家族の部分が出てきてしまう瞬間もありましたが、お芝居が圧倒的に引き出された」と川和田が反芻するように、物語のなかには、ほんとうの家族だからこそ生み出されるようなリアリティーを感じさせるシーンがいくつかあった。特に、サーリャとマズルムが入管施設で面会するシーンは、物語のハイライトともいえるだろう。

日本での難民認定率は1%。その状況を生み出す人々の「無関心」

物語を通して痛感するのが、サーリャたちにいくども理不尽な状況が降りかかろうとも、それを打破する手立てが何もない、ということである。サーリャら家族のまわりには、人権派弁護士、親戚やコミュニティーの仲間たち、バイト先で出会い打ち解けた聡太など、彼らに寄り添う人たちが少なからず存在する。

決して無理解者ばかりではない。しかし、いくら寄り添う人たちがいようとも、サーリャたちが直面する困難は一向になくならない。

「何かあきらかな悪がこの状況を生み出しているというより、いろんな無関心がつくっているのではないか、という思いがあります」

サーリャを取り巻く人々をどう描こうとしたのかという質問に対して川和田は、こう答えた。

「聡太も、サーリャから話を聞いても、例えば一生懸命クルドの勉強をするとかそういうことはせず、変わるというよりはただ自分の等身大のままでサーリャを見つめている。サーリャという一人の女の子のことが好きだけれど、でも何もできない壁にぶち当たる。

サーリャと出会って関係を築いてきた一人ひとりの人たちの無関心が、彼女たちの生活の苦しさというものを生んでしまっているかもしれない。それをより伝えるために、あからさまな悪じゃないものを描きたかったんです。その上で、その先になんでこうなっているんだろうということを観た人に考えてほしいと思いました」

2020年末時点で、紛争や迫害によって故郷を追われた難民の数は世界で2,640万人にものぼる。一方で、日本の難民受け入れ人数は先進国のなかでも極端に少ない。

日本では2020年、3,936人が難民認定申請を行なったが、そのうち認定されたのはたった47人(約1.2%)。難民認定はせず、在留を認めたのは44人だった。この年はコロナの影響で申請者は大幅に減少しており、2019年の申請者は1万375人。そのうち難民認定されたのは44人で、その割合は1%にも満たない。

「すぐそばに難民申請をしている人たちがいるのに、ほぼ認められていないという状況がある」と川和田は警鐘を鳴らす。

2021年には、国会提出された入管法改正案が物議を醸した。法案は外国人の入管収容長期化の解消を目的に、3回目以降の難民認定手続き中の「強制送還」を可能にするなど、在留管理を厳格化する内容で、人権に反すると野党らの強い反発を受け廃案になった。

「他の国だと何千何万という単位で難民申請が認められているのに、日本は50人くらいの規模で、国際基準とあまりにもかけ離れている。その状況でなぜ難民条約を批准しているんだろうという疑問があります。

社会を作っているのは私たちです。少しでも、この映画でいまこの状況を知ってもらえて、人々の心に残り続けることができたらいいなと思っています」

作品情報
『マイスモールランド』

2022年5月6日(金)から新宿ピカデリーほか全国公開中
監督・脚本:川和田恵真

出演:
嵐莉菜
奥平大兼
アラシ・カーフィザデー
リリ・カーフィザデー
リオン・カーフィザデー
韓英恵
吉田ウーロン太
板橋駿谷
田村健太郎
池田良
サヘル・ローズ
小倉一郎
藤井隆
池脇千鶴
平泉成

音楽:ROTH BART BARON 主題歌“NewMorning”

製作:「マイスモールランド」製作委員会
企画:分福
制作プロダクション:AOI Pro.
配給:バンダイナムコアーツ
プロフィール
川和田恵真 (かわわだ えま)

1991年10月15日生まれ、千葉県出身。イギリス人の父親と日本人の母親を持つ。早稲田大学在学中に制作した映画『circle』が、東京学生映画祭で準グランプリを受賞。2014年に「分福」に所属し、是枝裕和監督の作品等で監督助手を務める。本作が商業長編映画デビューとなる。2018年の第23回釜山国際映画祭「ASIAN PROJECT MARKET(APM)」で、アルテ国際賞(ARTE International Prize)を受賞。



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