選んでるのか、選ばされてるのか。アナログフィッシュが対峙した、社会に根づく目に見えない力

日常の何でもない風景を通して、社会に根づく目に見えない力を浮かび上がらせる。何気ない生活のワンシーンを描きつつ、その向こう側にある大きなものに対峙する表現を生み出す。アナログフィッシュの下岡晃は、そんな卓越したリリシズムを持つソングライターだ。

最新アルバム『SNS』にも、そんな彼の詩性がさまざまなところで発揮されている。<代わり映えのしない毎日が / ぼくにとって最良の日だったって / 今さらおもうとは>と歌う“Is It Too Late?”のように、コロナ禍で大きく変わってしまった日常生活の描写もある。

そして、<部屋で夕食の支度を始めた君を何か手伝おうとピーラーを持った僕に / 「むかないほうが大事な栄養があるの」 / できたスープはとても美味しいとおもった>というAメロから、<遠くから見ればうつくしいほし><遠くから見ればうつくしいひびのくらし>とサビで歌う“うつくしいほし”のように、俯瞰の視点を強く意識させる曲もある。

2021年に下岡はソロ名義「Akira Shimooka」での活動もスタート。カセットテープと配信でリリースされた“どこまでいけるとおもう?”、“うみべのみらい”、“Lay Down”という楽曲では、浮遊感のあるトラックのうえで寓話的なスポークンワードの表現を繰り広げている。

下岡がいま、見据えているものは何か。11年前、3.11によって大きく変わってしまった社会を予言のように射抜いたアルバム『荒野 / On the Wild Side』(2011年)以降、下岡晃の歌は、どのように研ぎ澄まされてきたのか。

インタビューは、下岡が地元の長野県でリンゴ農家として暮らしていた時期の生活について、そしてエネルギー問題や資本主義について、さまざまなトピックに広がっていった。

アナログフィッシュ『SNS』を聴く(Apple Musicはこちら

リンゴ農家と音楽の兼業、東京・長野の二拠点生活が下岡晃にもたらしたもの

―下岡さんが生活の拠点を出身地の長野県に移したということを以前に耳にしたんですが、いまもそちらに暮らしてらっしゃるんでしょうか。

下岡:いや、実はこのアルバムをつくる直前に東京に戻ってきたんです。すごい田舎だったし、コロナのこともあったので、頻繁に東京と往復している人間はあんまりよくないだろうということになって。

―いつごろに移住したんですか?

下岡:2021年の春ごろに戻ってきたんですけれど、それまで5年くらい長野にいました。そのときは月の半分から3分の2くらいはリンゴをつくっていました。

―東京と長野の二拠点生活をしていたころから、暮らしはどう変わりました?

下岡:全部変わりました。それまでは朝6時に起きて畑に出て作業をして、17時に仕事が終わってご飯食べて21時には寝るみたいな生活を月の半分はしていたので。いまは昼ごろに起きてAmazon Primeを見て夜中に寝る、みたいな生活だから、まったく違いますね。

ちょっとうんざりしています。身体もまったく動かさないから腰も痛くなるし(笑)。陽の光にあたって身体を動かすのって、俺みたいな人間にとって、精神衛生上とても大事なことだなって思いました。

―暮らしが変わったことによる曲への影響は間違いなくありますよね。

下岡:あります。戻ってきて半年くらいは「こんなにも違うのか」と思って、カルチャーショック的な状態でした。ただ、いまは慣れてきていると思います。

アナログフィッシュ“Is It Too Late?”を聴く

下岡:ぼく、東京ってすごく好きなんですよ。文化もあるし。田舎に行って「俺、田舎のこういうところが嫌いで東京に行きたかったんだな」って思うこともいっぱいあった。

だからどっちがいいとも言えないけど、とにかく東京に戻ってきたばかりの時期にこのアルバムをつくる作業が生活の中心にあって、すごく助かりました。じつは、アルバムをつくろうとなったときに、ぼくが上手く曲を書けなくなっていたんです。

コロナ禍やオリンピック、きらめく街の風景……いま音楽によって「日常」はどのように描かれる?

―アナログフィッシュというバンドは、佐々木健太郎さんと下岡さんの2人のソングライターがいるバンドじゃないですか。今作でも下岡さんは曲を書かれていますよね。

下岡:そうですね。やっぱり生活ががらりと変わったのが大きかった。東京に帰ってきたからアルバムをつくれたと思うことはありますね。

ただ、アルバムをつくろうとなった時点で健太郎さんは“U.S.O”とか“Saturday Night Sky”とか“Moonlight”とか、どんどん曲ができあがっていて。それを一聴して「すごいな」と思ったんですね。「確変モードに突入してるぞ、いいぞ」って。であれば健太郎さんに突っ走ってもらおうということになった。

アナログフィッシュ“Saturday Night Sky”を聴く

下岡:健太郎さんはとにかくコロナになる前の自分が好きだった東京の街、もしくはコロナが終わったあとの来たるべき世界をひたすら書いていた。彼はそこにすごくこだわっていたんですね。

そこから、ぼくも日常をとにかく書こうと思った。自分のいつもどおりのやり方なんですけど、健太郎さんのモードを踏まえてそうなった感じです。

―佐々木さんが“Saturday Night Sky”のような曲を書いたのは、コロナ禍で失われた都市の夜のきらめきに対して、ある意味想像力で補おうというような心持ちが働いたということだと思うんですね。それと同じように、下岡さんが自分の日常や周囲から失われてしまったと感じたものが表現に結びついた感覚はありますか。

下岡:どうなんだろう。難しいですね。何とも言えない。絶対あったとは思うんですけど、それがどれだけ曲のかたちになっているかはわからない。

ただ“Is It Too Late?”はぼくが歌詞を書いたんですけど、これは明らかにコロナのことだと思うし、“Miharashi”はコロナ禍でのオリンピック選手のことを考えて書いた曲だから、そういう意味で少なからず影響はあると思います。

―アルバムのなかでも“うつくしいほし”は非常に示唆的な曲だと思うんですが、これはどういうきっかけで書いた曲なんでしょうか?

下岡:これはコロナで世の中が騒ぎ出したころに書きはじめたんですけれど、いまだによくわかってなくて。何を書いているのか、いろいろに解釈することができる曲だと思います。

ぼくとしては、前に書いた“No Rain (No Rainbow)”という曲がすごく気に入っていて。あの曲もいろいろな読み方がある曲なんですけれど、「No Rain No Rainbow」というサビの字面から「悪いことがあったらいいことがあるよ」みたいに思われがちで。

「なんか違うんだよな、クリティカルな読み方って何だろう」と思っていたときに、ちょうど柴さんが書いた記事を読んで「そうなんだよな」と思った。ちゃんと伝わってよかったと感じたんです。

アナログフィッシュ『Almost A Rainbow』(2015年)収録曲“No Rain (No Rainbow)”を聴く

インタビュアーの柴がnoteに掲載した「愛は"コスパ”じゃない/アナログフィッシュ『No Rain(No Rainbow)』」を読む(外部サイトを開く

日々の生活に流れる音楽であることと、プロテストソングであることは両立できるか?

下岡:今回柴さんにインタビューをしてもらいたかったのは、“うつくしいほし”をどう読んだのかを聞きたかったのもあったんです。

―なるほど、ありがとうございます。ぼくとしても、やっぱり“うつくしいほし”は“No Rain (No Rainbow)”とつながる曲だと思ったんですね。おそらく、下岡さんとしてもあの曲を書いたときに、ひとつの語法、語り方を探り当てたような感覚があったのではないかと思うんです。

―そのことは『Still Life』(2018年)や『SNS』の他の楽曲にも作用していると思うんですが、すごく直接的に結びついているのが“うつくしいほし”だと思います。

下岡:まさにそうですね。それまでも自分のオリジナルな表現にこだわってきたけれど、大事なことを語るときに、いかに自分らしい手法で、いかに一般性を持たせるかというのはすごく難しいことで。

“No Rain (No Rainbow)”を書いたときに「書き方を見つけた」という感覚があった。あの曲が売れたか売れなかったかは別として、歌詞にはぼくが思う一般性があるし、なおかつ多くのことを語れている気がする。いまはそれを拡張している、ブラッシュアップし続けている感じはありますね。

―“うつくしいほし”と“No Rain (No Rainbow)”に共通していることって、まず単純に言えば「君」と「僕」という登場人物が語り合っているということだと思うんです。ただ、その先に踏み込むと、日常の暮らしを私小説的に描いた書き方と、何かに対して抗っているというスタンスが両立していることにあると思います。

―端的に言うと、情景描写と、ラブソングであることと、プロテストソングであることがともに成立している。そういう書き方を手繰り寄せた感覚があったのではないかと思ったんですが、どうでしょうか?

下岡:プロテストソングということで言えば、『荒野 / On the Wild Side』(2011年)というアルバムをつくったあとに、これをいかにしてもっとたくさんの人に聴いてもらうのか、どうやったら日々の生活に流れる音楽にできるかということを自分なりに考えたんです。

“うつくしいほし”は、自分が何の意味で言っているのか、未だに明確には確信が持てないところがある。いろんな受け取り方ができるし、プロテストソングっぽい取り方もできる。

<遠くから見ればうつくしいほし>というのは、「近くで見たらこんなに人間が汚い」ってことを言いたいのかとか、そんなふうに思う人もいると思う。ただ、Aメロがすごくよく書けているから、それを経たうえでサビで感じるものを大事にしてもらえたらと思うんですけれど。

自然環境や持続可能性、資本主義……日本語のポップソングを通じて、自らの問題意識を歌う

―下岡さんのなかで、『荒野 / On the Wild Side』というアルバムから何かがはじまったという感触がある?

下岡:ありますね。とにかく言いたいことに突き動かされた作品で、しかも評判もよかった。「これなのかな」と思ったところはあります。

―あのアルバムは2011年リリースで、収録曲の“PHASE”という曲にある<失う用意はある?それとも放っておく勇気はあるのかい>というフレーズは、多くの人が震災とそのあとの原発事故の話に結びつけて受け取ったと思うんですね。

アナログフィッシュ『荒野 / On the Wild Side』収録曲のライブ映像

―でも、あらためて振り返ると、あそこから“うつくしいほし”という曲で歌っていることについて、ちゃんとつながっていると思うんです。過去の記事を読むとあの曲をつくったのは震災前で、下岡さんがエネルギー問題について考えているときだったということですが。

下岡:そうですね。

―振り返って、2010年ごろに持っていた問題意識って、どういうきっかけ、経緯で膨らんでいったものなんですか?

下岡:とにかく、どうしてこんなに不自由なのか、幸せと思えないのか、みたいなことが気になってずっと考えていたんです。そういうことを考えてるうちに、時間のこととか、エネルギーのこととか、数珠つなぎに問題があがってきて。

そのときにいくつかの新しい考え方を得て、自分のなかで発酵がはじまって。言いたくて仕方がない、という感じになったんだと思います。

―読んだ本は具体的に言うと?

下岡:時代的なものかもしれないけど、当時、エネルギー関係の本が結構出ていていろいろ読んでいました。それなりに読んでいたんですけど、難しい本の名前はひとつも思い出せなくて。

ミヒャエル・エンデの『モモ』(1973年)※と、漫画版の『風の谷のナウシカ』はすごく覚えていますね。

―その段階で下岡さんのなかに生まれた考えの種は、ずっと育ち続けていると思うんです。それは“うつくしいほし”だけでなく、去年から今年にかけてAkira Shimooka名義で発表された、いくつかの曲にも通底していますよね。

※時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子モモのふしぎな物語。「時間」とは何かを問う、エンデの名作

Akira Shimooka“うみべのみらい”を聴く

―たとえば“どこまでいけるとおもう?”や“うみべのみらい”や“みずをくみにいく”は、どれも隠喩的で物語的なリリックになっていて。わかりやすいトピックとして噛み砕くと自然環境や持続可能性についてのテーマを見出すことができると思うんですが、そういう硬い言葉になるのを避ける描き方をしている。

下岡:そうかもしれないですね。

―そういう曲と、10数年前に下岡さんがエネルギーや時間について考えたというのは、おそらくつながっているんじゃないかと思います。そしておそらく資本主義についても考えを巡らせたのではないかと思うのですが。

下岡:そうだ、資本主義だ(笑)。それもありますね。まさにそれがリンゴをつくるようになったというところにもつながっていて。

なぜリンゴ農家として働くことを選んだのか? その背景にある、この社会への違和感

―リンゴをつくるところにつながった、というのは?

下岡:要は、東京で音楽をやりながら選べる仕事の選択肢が少ないなと感じたんです。そういうことにうんざりしたし、あとはやっぱり一次産業っていいなと思ったんです。「サービスを売る」って大事なことですけど、わかりづらいじゃないですか。

―記号的な仕事で、実際に価値を産んでいる手触りがない、ということですか?

下岡:そうそう。東京で汗水垂らして働いているビジネスマンも大変なわけだからリスペクトしてるんだけど、リンゴをつくるのはもうちょっとシンプルなように思えたんですよね。栄養をあげて実がなって、それを食べる。

あと農業って人気ないと言われるじゃないですか。しんどいとか、身体を動かすのが嫌だとか。自分としてはそういう条件で何かを選びたくなかったんです。身体を動かすとか服が汚れるとかは厭わないぞっていう。

―“No Rain (No Rainbow)”はラブソングでありつつ、資本主義についての歌だと思うんですね。市場化の圧力というか、すべての価値が価格で測られてしまうことについての歌ととらえることができる。資本主義というのは社会の前提になっているシステムだから、向き合うのはすごく難しいけれど、そこについてちゃんと考えるということが、下岡さんの言う「プロテストソング」と結びつくと思うんです。

下岡:自分はいつもレベルミュージックであり、プロテストソングをつくっているつもりです。そういうものに影響を受けてきたし。「プロテストソング」って大袈裟に捉えられがちだけど「ラブソング」と変わらないと思っています。

普通に暮らしていて感じるどうしようもない気持ちの出どころがないから、その気持ちを表現するということが、音楽をする動機として大きくて。未だにRage Against The MachineのライブをYouTubeで見てブチあがってる。俺の作る音楽はあそこまで直接的じゃないけれど、そういう気持ちを表現する事が日本でどう通じるのか。どうしたら聴いてもらえるのか。その問題に尽きますね。

アナログフィッシュ“Yakisoba”を聴く

―たとえばRage Against The Machineのように拳を振り上げて怒りを表明するような音楽でなくても、プロテストソングとしての音楽ってありますよね。いまの社会に通底するルールや支配的なものの見方に対して、傍流としての価値観を提示するというか。たとえば海外のインディーミュージックにおいてもそういう発想を持った人はいると思うんです。そういうところへの共感はありますか?

下岡:ありますよ。あるし、個人的には今はまたR.E.M.とかThe Nationalみたいなロックバンドがやっぱり好きです。日本のアーティストだと「佐野元春さんかっこいいな」って思って聴き直したりしてて。自分なりにそういう表現に近づいていければいいなと思っています。

「『資本主義と戦う』みたいな考えはない」

―資本主義的な考え方に対しての自分なりの抗い方のひとつとして、リンゴをつくって生きていく道を選んだということはありますか?

下岡:うーん……。「資本主義に抗うためにリンゴをつくっていた」という文字になると、俺の気分とはちょっと違うなという感じです。「資本主義と戦う」みたいな考えはない。やっぱり資本主義は必要じゃんという気持ちがあるので。

―そういったものから距離をとろうとする、巻き込まれないようにするための選択肢という発想はありましたか?

下岡:いや。とにかく、あらゆる物事の中間に入ってくるものが多すぎて、自分がやってることが本当に何の役に立っているのかとか、何にペイされているのかがわからなかったんですね。

たとえばお金をつくるために、休みが取りやすくて自分の学力や経験でもできるバイトを探すとしますよね。選択肢がいくつかあって、検索の条件を増やせば増やすほど提示されるものが狭くなっていく。それは選んでいるんじゃなくて、選ばされている感じがあった。そういうことの一つひとつが嫌だった。

でももちろん、リンゴをつくっても農協に出したり、売る努力をしなきゃいけない。やっぱり、リンゴをつくることはすごく大変なことだし、楽なことは何もない。でも、そういう暮らし方は悪くなかったです。

―資本主義に対しての考え方はどう変わってきましたか。

下岡:最初は、「よくないし、つくり変えるべきでは?」って思っていたけど、いまはそれが必要なものだっていうことが自分でわかってきて。

資本主義という考え方とうまく付き合っていきたいなと思っています。できる事ならなるべく自分が手綱をとる形で。それは本を読んだりリンゴをつくったりしてるうちに、そう考えるようになったというのもある。

最近、資本主義関連の本、多いですよね。未読ですが斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』(2020年、集英社新書)とか。そういう本が増えて、新しい見方がいっぱい増えるのはいいと思う。自分もそういうアップデートをしたいです。

価値の尺度の一本化に抵抗すること、「別の道」を選ぶことで、豊かさの手触りを取り戻す

―これはぼくの考えなんですが、「資本主義」って、すごく手垢がついた言葉だと思うんですね。なので、向き合うとなるとどうしても大きなものに相対せざるを得ない。でも、人々の閉塞感に結びついているのは、価値の尺度がひとつの軸で測られてしまうことだと思うんです。すべてを数字で判断することから逃れられない気がしてしまう。それはお金だけでなく、たとえばメディアだったらPV数や再生回数だけがひとつの尺度になってしまう。

―それに対して、本来、価値の基準が多様であるほうが豊かであるはずだということを考えてもいいと思うんです。そういうことが、下岡さんがリンゴをつくって得た感触にもつながっているような気がするんですが。

下岡:たしかに、そうかもしれないですね。PV数とやりたい事を天秤にかけ続けるのもしんどいし。人気を計るにしてもひとつの尺度に合わせて、全部の価値観を揃えていく必要はないですよね。

そういう意味では、リンゴ農家を経験できてよかったし、たとえば東浩紀さんがはじめられた「シラス」とか面白いですよね。いろんなやり方があっていいと思います。

―「多様性」という言葉も手垢がついてしまったけれど、結局のところは、価値の尺度がひとつにされてしまうことへの抵抗と言い換えることができるとも思うんです。その抵抗を通じて、実感としての面白さ、楽しさ、豊かさの手触りを取り戻す。そういうふうにして、キツくない生き方を選び取りたい感覚があるのかなと思います。

下岡:まさにそうですね。そういう意味ではぼく自身も「資本主義」とか「多様性」みたいな言葉に縛られているところがあると思うけれど、自分なりに違う筋を考えているということは言えると思います。

いま言われたことは本当にそうで。よく考えてみたら、生まれて、学校に行って、バンドをはじめるまで、ずっと「なんだか居心地が悪い」ということが音楽をやる原動力になってきたと思うんです。

自分の価値観がどこにも大事にしてもらえないという、その感覚が最初にあった。そこからバンドをはじめて、いまもそれを地でやっているというだけですね。

アナログフィッシュ『荒野 / On the Wild Side』収録曲のライブ映像

―ちなみに、Akira Shimookaは継続的なプロジェクトとして続けていく予定ですか?

下岡:そうですね。年末くらいにまとまったかたちにできないかなと思って、今もつくってるところです。自分としては大事な、意味のあることをやっていると思っています。

―アナログフィッシュとAkira Shimookaは、ご自身のなかでどういう区分けをしているんでしょうか?

下岡:スポークンワードであることくらいですかね。俺からしてみればソロでやってるのもポップなんですけど、アナログフィッシュはこれでも自分の派手な部分が多く出ている感じがします。

Akira Shimooka“どこまでいけるとおもう?”を聴く

―アナログフィッシュというバンドは佐々木健太郎というソングライターのロマンチシズムが、車の両輪のひとつとして当然ありますよね。それと比較して『荒野 / On the Wild Side』というアルバムで描いた問題意識がソリッドに100%になったものが、下岡さんのソロというイメージですけれども、どうでしょうか?

下岡:そうかもしれないですね。健太郎さんという人がいるということが本当に違う。健太郎さんってロマンチックで最高なんです。アナログフィッシュでは、つねに健太郎さんがいるということを意識している。健太郎さんと州一郎さんとやってハマることがやりたい。そういう感じです。

アナログフィッシュ“Moonlight”を聴く
リリース情報
アナログフィッシュ
『SNS』(CD)

2021年12月8日(水)発売
価格:3,300円(税込)
PCD-18889

1. Miharashi
2. U.S.O
3. Is It Too Late?
4. Saturday Night Sky
5. Moonlight
6. Yakisoba
7. さわらないでいい
8. うつくしいほし
9. Can I Talk To You
アナログフィッシュ
『SNS』(LP)

2022年6月22日(水)発売
価格:3,850円(税込)
PLP-7813
イベント情報
『Analogfish ナツフィッシュ2022』

2022年7月30日(土)
会場:Billboard Live YOKOHAMA(ワンマン・二部制)
プロフィール
アナログフィッシュ
アナログフィッシュ

1999年結成(2004年メジャーデビュー)これまで10枚のアルバムをリリース。下岡晃(Gt,Vo 1978年生れ)の透徹したクールネスと高らかに歌い上げる佐々木健太郎(Ba,Vo 1979年早生れ)のエモーション。鮮やかなコントラストを成す2人の作風が同居するスリーピースのオルタナティブロックバンド。斉藤州一郎(Dr,Cho 1978年生れ)を扇の要に据えて贅肉を削ぎ落としたタイトなバンドアンサンブルは鉄壁で軽妙なハーモニーセンスも魅力。



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