臆病さと自信のなさを振り払った人生の筋トレ。柴田聡子が「取扱注意な表現」を真顔で歌うまで

フルアルバムとしては『がんばれ!メロディー』以来、およそ3年ぶりとなる柴田聡子のアルバム『ぼちぼち銀河』がリリースされた。

凡庸な想像をにこやかにひらりとかわすような柴田聡子らしい軽やかさがありながらも、これまでにない切々とした情感もこもったこのアルバムは、2021年8月に柴田が行きあたった「ぼちぼち銀河」と表される感覚が核になっているという。

今年デビュー10周年を迎え、誰にも真似のできない表現を続けながらも、インタビュー中たびたび「臆病」「自信がない」といった言葉で自身を形容する柴田聡子は、一方で、本作制作時の心境について「音楽をつくるうえで自分の欲望が濃くなってきたんです」と話す。

『ぼちぼち銀河』制作に際しての彼女の変化や心持ちとともに、いまの柴田聡子が、これまでの自身の作品や、音楽、そして言葉とどのように向き合っているか、その現在地を聞いた。

強い言葉や断言は避けていたのに、なぜ? 柴田聡子が新たに手にした「真顔」の表現

─振り返ってみると、2020年にリリースされたEP『スロー・イン』にもそういう気配があったかもしれませんが、これまでの柴田さんの作品と比べると、どこか内省的な印象を受けたアルバムでした。ご自身のなかではできあがってみてどんなふうに感じていますか?

柴田:たしかに内省的な感じが自分でもします。今回は曲を書くうえでも無理やりポジティブな方向に持っていかないようにしたんです。

─以前はそういう部分があったんですか?

柴田:『がんばれ!メロディー』(2019年3月)くらいの頃は、ポジティブさこそが身を助けると思っていて。でも、もともと自分が持っているネガティブで後ろ暗い面も、やり方さえ間違えなければ、むしろ曲をつくるうえでの推進力になるんじゃないかと思えてきたんです。昔は自意識に振り回されることが多かったけれど、最近はそれが薄れてきたことが大きいのかもしれません。

─ネガティブさというのは柴田さんのなかであまり出したくない部分だった?

柴田:物事を後ろ向きに考えて前に進めなくなる状態が自分では嫌だったんです。でも、ようやくネガティブさに振り回されずにうまく使えるようになってきたかなって。だから曲のなかでも「本心」みたいなものが少しずつ出てくるようになったのかもしれないです。ポジティブさで無理に燃料を入れなくても大丈夫だと思えるようになってよかったと思っています。

─今回のアルバムってすごく「真顔感」を感じて。

柴田:真顔感、ありますよね(笑)。いままではコミックソングみたいな曲もけっこうあったから、ちょっと真面目にやりすぎたんじゃないかと思ったりもしますけど、ようやくおどけずにいられるようになったのかもしれないですね。

─そうした印象を強くしているのは特に“雑感”だと思うんですけど、<私には私にしか分からないことがあるんです><あなたなんかにはきっと一生分かるはずない夢です>という直球の言葉が柴田さんの歌のなかで出てきたことにけっこう驚きがありました。

柴田:“雑感”は、我ながら自分としてはありえない言葉を使っていると思います。「そんなことを言っては身も蓋もない」と感じていた部類の言葉です。でも、この曲はいろんな感情が行ったり来たりする曲だから、そういう部分があってもいいように思えて。

柴田聡子“雑感”を聴く

─柴田さんの歌詞って、そういう種類の強い言葉や断言は避けていた印象があって。

柴田:いや〜、そうなんです。自分も相手も怪我しかねない言葉ってあると思っていて。でも、そういう火や刃物のように取扱注意な表現も、使い方によっては怪我せずに使えると思えるようになってきました。臆病さがちょっと薄れてきたのかな。

それに、例えば誰かのなかに強い感情が生まれてそれをぶつけられたとしても、「筋トレ」のように受け止めていかなければと思うようになりました。私は、そういうしんどさからは逃げ回って来たくせに、大事なものを大事にできないことに悩んできたので。自分でもこんなことを歌う日が来たかと思っています。

─“雑感”にもそういう場面がありますけど、今回のアルバムって、全体に移動のイメージが強くありつつ、一方で「ここ」という言葉が印象的に響く楽曲が多いと感じて。物理的な遠さと、「現在から見た遠い過去」のような時間的な遠さ、両面の意味でどこか「遠く」へ行ってしまいながらも、「ここ」という現在地をたしかめているような印象がありました。

柴田:「ここ」という言葉については、いま言われるまで気がつかなかったですけど、「移動してますよね」というのはアルバムを聴いた人からけっこう言われて。「そうだっけ?」みたいな感じだったんですけど、自分の無意識として大事なことのように感じます。

─聴く側の意識として、どうしてもコロナ禍の状況を連想してしまうところがあるからだと思うんですけど、制作はもっと前からはじまっているんですよね?

柴田:コロナ以前にできた曲が4曲くらいあって、一番古い歌は2019年の秋くらいにはできていました。元来移動は好きで、「どこかに行きたい」というよりも、移動自体が楽しいタイプなんです。

でも、自分の歌はたしかにほとんどがどこかに行ったときに見たものの記憶で構成されていて、いまここで思うことについて、そんなに書いてないかもしれないですね。

柴田聡子“旅行”を聴く(Apple Musicはこちら

柴田:ここにいて見える以外の景色を描くとなると、移動せざるを得なくて、それは映像学科出身だからかも。

─たしかに映像的な発想ですよね。

柴田:元来映画や映像がすごく好きだからなんでしょうね。

「『銀河』というのは、大きな歴史の比喩かもしれない」

─アルバムのタイトルにもなっている「ぼちぼち銀河」という言葉がふと口から出たのが2021年の8月だとうかがってます。その言葉に込められた感覚が発端となってアルバムの構想がまとまっていったそうですが、その時期に柴田さんはどんなことを感じていましたか?

柴田:私はあの時期が一番きつかったんです。みんなで一体となって2020年を乗り切ってきたという幻想のようなものが限界を迎えて、じつはばらばらだったことを受け入れられずにいる状態で前に進もうとしている感覚があって。「一体となっている」という幻想にたぶん自分も参加してしまっていたし。

─コロナ禍に突入してから1年以上経って、2020年の緊急事態宣言の頃と比較しても、また違った局面の疲弊した気分があった時期だったような気がします。ちょうどオリンピックとそれをめぐるさまざまな騒動もありましたし。

柴田:人間側がウイルスの脅威に対してがんばろうとするのは普通のことだと思うんです。でも、これまでも何かが地球上の覇者になって脅威が来て、また覇者になって……みたいなことの連続だったと考えると、自分も含め、わりとよくある歴史のなかにいるだけの気もして。

いま地球上で一番幅を利かせている生物として、生き残りたい気持ちはすごくわかるし、自分にも確かにあるけれど、この抵抗は涙を流し、心を砕いてまでやるものなのかという切なさもあり、そのあいだで勝手に苦しんでいました。

柴田聡子“ぼちぼち銀河”を聴く(Apple Musicはこちら

─ひとりの人間の生という観点から見ると、大変な状況に置かれているけれど、地球上の栄枯盛衰という大きな視点から考えると、たしかに何度も繰り返してきたことかもしれなくて。柴田さんのなかで生じていたそのギャップによって、「ぼちぼち」という個人のささやかな実感と「銀河」という巨大なものが結びついていったんですね。

柴田:「ぼちぼち銀河」って、四畳半から畳に乗っていきなり銀河に行くような滑稽さがありますよね。意味もわからず銀河にふっ飛ばされてしまったなかでも、生き残りたいというあくなき希望とこの畳もそのうちダメになるだろうという諦めみたいな気持ちがある。だから「銀河」というのは、大きな歴史の比喩かもしれないと、いま思いました。

─「銀河」って、柴田さんの歌のなかで初めて出てきましたよね。

柴田:イメージとしてすごくありきたりなように思っていて。一瞬でいい感じにはなるけれど、それにしてはもったいない言葉だなって。

何かを言っているようで言っていない言葉の象徴のようにも感じていたし。それを今回使ってしまったのは、言葉の選び方に対する感覚がかなり緩まったからで……ここから一気に転落していくのかな(笑)。でも、使うからには責任を持ちたいと思っています。

「音楽」は自分自身の思考より、大きくて深い。その実感が柴田聡子の表現を後押しした

─使うのを避けていたという「銀河」という言葉は“ジャケット”にも出てきますけど、“ジャケット”はミュージックビデオ含め、柴田さんがこういう表現をすることがすごく新鮮でした。

柴田:“ジャケット”では、曲調やMVにおいての筋トレがはじまった感じがしてます(笑)。“ジャケット”のほうが“ぼちぼち銀河”よりも先にできていたんです。初めのうちは、そんなにいい曲じゃないかもと思っていたし、仕上がりとしてもオーソドックスすぎるのではとドキドキしていたんです。

柴田聡子“ジャケット”を聴く

─そうだったんですね。

柴田:MVについて、レーベルの方から「ロック調なので、ロックに決めてみませんか」と提案されたときに、「いやあ、あれは架空のジャケットの話だから革じゃないんだよな〜」とか「私のなかでロックとは……」とかつべこべ言わず、ロックに仕上がっているからロックに攻めるというのが単純にいいなと思えて。

“雑感”で<私には私にしか分からないことがあるんです>と歌っているようなストレートさに近い感覚です。でも、ストレートにいったとしても、案外齟齬は生まれないかもしれないということも思った曲でした。

─齟齬というのは……?

柴田:シンガーソングライターって、曲が自分そのもののように見られることが多いので、自分と楽曲の間に齟齬があったときに「柴田さんはこういう人なんだ」と受け取られることが、昔はすごく怖かったんです。

でも、音楽って自分自身の思考よりも、全然大きくて深いものだということが、身に染みてわかるようになってきて。自分の曲だから、もちろん自分がつくっているんだけど、自分自身は「音楽」という大きな土台の上に積み上げられたものの一つなんだと思えて、以前よりも身構えなくなった気がします。

気持ちをコントロールできることの味わい深さと、「大人になってしまった」という感覚

─“24秒”はアルバムのなかでもクライマックス感のある、非常にエモーショナルな曲ですよね。

柴田:“MSG”と“24秒”はバスケソングなんです。「MSG」は「マディソン・スクエア・ガーデン」のことで、NBAにそこを拠点としているニックスというチームがあって、以前試合を観に行ったんです。こういうタイトルって私の曲のなかでこれまであんまりなくて。

─“n,d,n,n,n”も謎めいたタイトルですよね。

柴田:これは段落ごとに、「ナイトモード」と「デイモード」になっていて、夜・昼・夜・夜・夜、なんです。私のネタバレって本当に魅力がないな……。

─いや、そんなことないです(笑)。

柴田:“24秒”はいままでのどの曲よりもエモーショナルに録れたので、「エモすぎませんか?」と周りの人たちに相談したんですけど、みんながいいと言ってくれて。自分としては恥ずかしさもあるんですけどね。

─エモーショナルであることに、ためらいがあったんですか?

柴田:これまで「泣ける」ことやエモーショナルさってかなり気をつけてきたんです。でも、音楽が持っている泣いたり、激しく共感してしまうという作用に自分もそれなりに影響を受けてきたし、面白いところでもあるから、使いようによっては気をつけながらも出してもいいんじゃないかと最近は思えるようになりました。

柴田聡子“24秒”を聴く(Apple Musicはこちら

─バスケソングということですが、どういうところから生まれてきた曲なんですか?

柴田:2020年の1月に、楽曲を提供したRYUTistさんの歌入れに向かっている道すがら、コービー・ブライアント(※)が亡くなったことを知ったんです。私はそれがとてつもなく悲しくって、だけど歌入れも楽しみにしていたから、悲しんだままではいられなくて。

とても遠い存在の人であるがゆえに、案外気をとり直すことができちゃうし、目の前には自分の楽しみもあった。多くの人が、大切な人の死に触れたときに感じるようなことを書いたから、私も例に漏れず自然とすごくエモーショナルになりました。

※NBAのロサンゼルス・レイカーズで活躍したプロバスケットボール選手

─悲しみと裏腹に曲調としては明るくて、その構造自体にそのとき柴田さんが感じたことが詰まっているんですね。

柴田:若い頃は何かあるとずっと落ち込み続けていたけれど、大人になると切り替えも上手になっていくじゃないですか。気持ちをコントロールできるということの味わい深さも感じつつ、「大人になってしまったんだな」と、自分から何かが消えてしまったような気持ちもあって。

─とても漠然とした言い方になるんですけど、アルバム全体からいま柴田さんがおっしゃっていたような「大人になってしまった」というある種の諦観みたいなものを感じていたので、いまのお話を聞いてすごく腑に落ちるところがあって。

柴田:最近そういうことをよく感じているんです。「いまの35歳は昔の25歳くらい」と言われたりしますけど、実際、体力は衰えていってるし、鏡を見て「どうなっちゃってくのかな、これ?」と思ったりして、真実味を持ってそうは思えないところもあって。

─80年くらい生きると考えたら30代半ばって相対的には若いかもしれないけれど、衰えがはじまってからのこの先がけっこう長いですよね。

柴田:昔はそんなことを感じるまでもなく人生が終わってしまうことが大半だった時代もあったのだろうけど、伸びている傾向にある寿命に、感覚をあわせていかなきゃいけないのかもしれないですよね。

自分は大人になるタイミングを得た機会が一体どれだったのかよくわかっていなくて、大人にならずに中年がやって来はじめたという感覚があって。「大人になりたい!」という思いがすごくあるから、いろいろな面で意識的に「筋トレ」をはじめているのかもしれないです。

「音楽だけが特別にピュアなわけでもない」。人生の筋トレを経て気づいた、救いのような実感

─柴田さんは今年でデビュー10周年ですよね。最近のライブでも初期の楽曲を歌われていますけど、それこそ10年経つと、考えていることもその表現の仕方も変わってくると思うんです。過去の楽曲って、自分ではどういうふうに向き合っていますか?

柴田:単純に「案外いい曲だな」とか「なんかすごいこと言ってるな」とか「よく書いたなあ」と思ったりして、自分から出てきたものではないみたいですね。

でも昔は受け入れがたいところがあったかも。基本的に昔のアルバムは聴かなかったし、聴いても「うわっ」と思ったり。いまはちょっと生暖かい目で「こういうこともあったか」と思えるようになってきましたね。

─そう思えるようになったのはどうしてですか?

柴田:幸いにも、いろんな人と音楽をつくる機会をもらったことが大きいような気がします。もともと私にとって音楽って、表出の仕方はさておいて、自分のなかにあるものを吐露していくパーソナル一辺倒な行為で。「自分のかけがえのないものをどれだけ曲に込められるか」という原理主義的なところがありました。

もちろんいまもそういう面はあるんですけど、エンジニアさんや他のミュージシャンの方と関わっていくなかで、音のつくり方や出し方のようなことこそが大事に働いてくることもよくわかって、視野が広がったんです。もしかしたら自意識の総量は変わってないかもしれないけど、そこに流れ込むものが多くなってその分薄まったのかもしれないですね。

柴田聡子“夕日”を聴く(Apple Musicはこちら

─生身の自分を投げうつように音楽に向き合っていたところに、別の根拠や論理が関わってくることが柴田さんにとっては助けになった?

柴田:そうですね。昔は音楽って、本音だけの世界のように思っていたんですけど、ほかの人間の営みと変わらず、みんないろいろな本音と建て前のバランスをとりあってやっているんだということもわかってきたんですよね。

音楽だけが特別にピュアなわけでもないし、特別にピュアであったら、それはそれで苦しい感じもします。そういうことがわかっていったのは私にとっては救いで、もっともっと音楽をやっていけそうだと感じています。

最初のうち、自分はつたないと思い過ぎていた部分もあって、関わってくれる人たちからもらう意見やアイデアは、自分より絶対にいいはずだと思いながらやってきて。だからこそこれまで衝突せず、いろいろな人とスムーズにやれてきたのかもしれません。そうやっていろんな人の音楽に対する考え方を知っていって、自分の考えも育てていって、いまは絶賛わがまま期って感じです(笑)。

自分の欲望を見つめてわかった「考えあぐね、逡巡し続ける」という強い自我

─わがまま期(笑)。詳しく聞きたいです。

柴田:自意識は薄れたくせに自我は芽生え続けているような感覚があって、音楽をつくるうえで自分の欲望が濃くなってきたんです。

─今回のアルバムの制作過程でもこれまでとは違う部分がありましたか?

柴田:具体的な変化としては、今回はレコーディングの前に自分で思い浮かぶイメージを打ち込んだデモをつくる機会も多くなりました。前回(『がんばれ!メロディー』)を経て、曲の全体像について、自分のことだから自分が一番考えなきゃという意識がとても強く出たんです。

これまでは、曲が本来どういうものを秘めていようが、そこに集まった人たちでつくり上げたものが最上だと思っていたんですけど、そこにもうちょっと夢見がちな欲望が入ってきて。

私自身も自分がそれほど「我の強いモード」になっているとは制作に入るまで思っていなかったから、そういうモードなりのコミュニケーションをもっとみんなとしていくべきだったなあ……と、反省になっちゃうんですけど。

─「前回を経て」ということですけど、どうして今回それほど「我の強いモード」になったと思いますか?

柴田:自分の作品を、いま世の中に出ているいろんな音楽と聴き比べたときに、どこかバシっと来ない印象があって。それがなぜなのか、ひとつ思い当たるとしたら、自分自身が物事に対してはっきりしない人間であるからだと思ったんです。

だからこの3年ぐらい、自分が何をよしとして、夢見て、何に高揚しているのか、よく考えました。自分の欲望をはっきり認識していくことによって、結果的に我を出すことになったように思います。

─「欲望」というのは音楽的な側面や個人的なことなどさまざまなものを含んでいるのかもしれませんが、これまで柴田さんが音楽をつくるうえで「自分のことだから自分が一番考えなきゃ」という意識がそれほど強くなかったということが、興味深く感じました。

柴田:それは、自信のなさから来ているんだと思います。ある意味では自信があるから、人前で何かやったりしていると思うんですけど、それとは別に、自分の意見や欲望が本当はあるにもかかわらず、誰かの言葉を優先したり、人からの自分に対する振る舞いで自分の価値を決めちゃうような性質が小さい頃からあって。

自分が選ぶよりも、圧倒的に「選ばれる」とか「見定められる」という意識のほうが強いんです。いまになってそのことにちょっと自覚的になれてきて、ラッキーだと思っているんですけどね。

柴田聡子“南国調絨毯”を聴く(Apple Musicはこちら

─いまの欲望の自覚の話とも少し関連して、以前にCINRAの記事で、受けとる人のことを考えたときに歌詞や文章を書くうえでどこまで書いていいか考え込んでしまう部分がありつつ、こう回答されていたじゃないですか。

「だからといってそういうものを徹底的に避けるだけでは、業界全体が扱うことのできるテーマや方法がどんどん減っていってしまうだろうし、そもそも自分の心の一番深いところでは、倫理から外れた欲望や意欲が確かにあるのだろうから、そこもやっぱり無視することはできません」
-

「わたしたちの仕事はどのように『よい未来』を思い描けるか? デザイナーら10人が考える」より(記事を開く

―柴田さんが活動されてきたこの10年間は、社会のなかで倫理観みたいなものへの目の向け方に変化があった時代であるという実感があって、つくり手として柴田さんが考えていることをうかがってみたくて。

柴田:あれはすごく悩みながら書きました。「倫理から外れた欲望」ってどういうことかなって自分でも迷いましたけど、もともとみんなにあるだろうと思って。

当然だけどいつだって「普通」なんてないと思うんですよね。何がよくて何がだめかは、時代によってすごく変わってゆくものだと思うし、ずっと考えあぐねています。正しさだけがテーマになるような創作がよきものとされたりするなかで、本当にそれでいいのかと思ったり、どうしようもないものに惹かれてしまうこともあるし。

─うんうん。

柴田:答えが出ないなかでいいなと思ったのは『文學界 2022年1月号』での西森路代さんと濱口竜介さんの対談のなかで、暴力性を帯びる可能性があるコミュニケーションの場において、できるだけそうならないための方法について、「一般化はできず、お互いに、おずおずと話し、自分が暴力的な存在になってしまう可能性を認識しつつ、それを恐れながらやっていくこと」と濱口さんがお話しされていたことで。この言葉は映画を演出していく上でのお話で出てきたものでしたが、様々な場合に通じるし、本当にその通りだなって。

誰かが答えを知っていると思ってしまうことが私にとっては一番危険だから、悩みながらいくしかないんでしょうね。だから、ずっと逡巡し続けると思います。そういう態度を、はっきりしていないとか、消極的だと言われるかもしれないけれど、私はそれしか方法がないと思います。情けないですけどね。

─でも、その情けなさや逡巡はすごく大事な感覚のように思います。

柴田:自分もそう思います。やっぱりそれがなくなってしまったときに、「出刃包丁」をシラスに振るうようなことをしてしまう気がするんです。

そういうことも含め、悩みって楽しく生きていても、別ものとしてあるんですよね。悩んで「うっ」となる時間が多いことが不幸せだとは思わないし、そういうことでは幸福や人生の楽しさって測れないと思うんです。だから、これからも悩んでいく所存です。

柴田聡子『ぼちぼち銀河』を聴く(Apple Musicはこちら) / 関連記事:柴田聡子『ぼちぼち銀河』合評 ひとりぼっちの「島」を飛び出し10年、バンドを引き連れ「銀河」へ(記事を開く

リリース情報
柴田聡子
『ぼちぼち銀河』(CD)

2022年5月25日(水)発売
価格:3,300円(税込)
DDCB-12118

1. ようこそ
2. 雑感
3. MSG
4. 旅行
5. サイレント・ホーリー・マッドネス・オールナイト
6. 南国調絨毯
7. ジャケット
8. 夕日
9. ぼちぼち銀河
10. 24秒
11. n,d,n,n,n
イベント情報
『柴田聡子 Tour 2022 ぼちぼち銀河』

日時:2022年6月5日(日)
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM

日時:2022年6月16日(木)
会場:京都府 磔磔

日時:2022年6月18日(土)
会場:福岡県 Live House 秘密 -Himitsu-

日時:2022年6月19日(日)
会場:岡山県 ペパーランド

日時:2022年6月25日(土)
会場:宮城県 仙台 FLYING SON

日時:2022年6月26日(日)
会場:新潟県 GOLDEN PIGS BLACK STAGE

日時:2022年7月1日(金)
会場:愛知県 名古屋 CLUB UPSET

日時:2022年7月2日(土)
会場:大阪府 梅田Shangri-La

日時:2022年7月8日(金)
会場:北海道 札幌 BESSIE HALL

日時:2022年7月18日(月・祝)
会場:東京都 Shibuya WWW X

出演:柴田聡子inFIRE(柴田聡子 / イトケン / かわいしのぶ / 岡田拓郎 / ラミ子 / Dub Master X)

チケット:前売4,500円(税込・ドリンク代別)
プロフィール
柴田聡子
柴田聡子 (しばた さとこ)

シンガーソングライター / 詩人。北海道札幌市出身。1986年札幌市生まれ。武蔵野美術大学卒業、東京藝術大学大学院修了。2010年、大学時代の恩師の一言をきっかけに活動を始める。2012年、三沢洋紀プロデュース多重録音による1stアルバム『しばたさとこ島』でアルバムデビュー。以来、演劇の祭典、フェスティバル/トーキョー13では1時間に及ぶ独白のような作品『たのもしいむすめ』を発表するなど、歌うことを中心に活動の幅を広げ、現在までに5枚のオリジナルアルバムを発表。2016年、第一詩集『さばーく』を発売。同年、第5回エルスール財団新人賞<現代詩部門>を受賞。文芸誌や新聞への詩作の寄稿や『文學界』でのエッセイ連載など、詩人としても注目を集める。自身の作品発表以外にも、NHK Eテレ『おかあさんといっしょ』やadieu(上白石萌歌)やRYUTistなどへの楽曲提供、映画『ほったまるびより』やドラマ『許さないという暴力について考えろ』への出演、ミュージックビデオの撮影・編集を含めた完全単独制作など、その表現は形態を選ばない。2022年、ニューアルバム『ぼちぼち銀河』のリリースとツアーが決定。



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