『SPY×FAMILY』が手放す、「ふつうの家族」のしがらみ。偽装家族・フォージャー家が教えてくれること

「家族」にまつわるしがらみは、年々増してきているように思える。「親ガチャ」「毒親」といった単語がバズワードになったかと思えば、母親の苦悩を綴った書籍が大きな共感を呼んでいる。児童虐待の件数は、2020年に20万件を超えて過去最多を更新し、その一方で不妊に悩む夫婦も多い。

殺伐とした事象を並べるだけでも、現代社会は「争い合って壊れかかった」状態のように見えてしまう。

どうしてしがらみが生まれてしまうのだろう?

2022年4月から放送のアニメ『SPY×FAMILY』と、そのエンディング曲である星野源の“喜劇”のコンボは、現代の家族にまつわる「しがらみ」を解きほぐす力を秘めているように思える。

(メイン画像:©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会)

「偽装家族」は「本当の家族」になれるのか

『SPY×FAMILY』は、原作漫画の累計発行部数が2,100万部を突破した人気作品で、TVアニメがこの4月から放送(配信)開始した。Netflixの日本ドラマ部門では4週連続1位に輝くなど注目を集め、香港やフィリピンなど国外でもファンを増やした。その勢いは、社会現象を起こした『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『東京卍リベンジャーズ』などを彷彿とさせる。

TVアニメ『SPY×FAMILY』本予告

主人公は数々の諜報任務をこなしてきた一流スパイの黄昏。物語は、黄昏が「敵対国の要人に近づくため、偽装家族をつくり、子どもを名門校に入学させろ」と諜報任務を受けるシーンから始まる。

独身の黄昏は「精神科医ロイド・フォージャー」という仮初の姿を手に入れ、孤児院から少女・アーニャを引き取り、街で出会ったヨルと契約結婚し、任務を遂行していく。

さらに、血縁関係どころか、出会ってからの時間の積み重ねすらないフォージャー家の面々は「本当の姿」を伏せている。ロイド(黄昏)だけでなく、アーニャは「人の心が読める超能力者」であることを隠し、ヨルは「市役所職員」の顔を持ちながら「殺し屋」として暗躍している。素性を隠すことによって生まれるチグハグさが、クスッと笑えるコメディシーンを生むことも多い。

約50年前の設定にもかかわらず現代的な「フォージャー家」

『SPY×FAMILY』の舞台は架空の国という前提があるものの、原作者・遠藤達哉氏によると「1960〜70年代くらいの時代」だという。しかし、フォージャー家はかなり現代的な家庭だ。

ヨルは専業主婦ではなく市役所職員(と殺し屋)として働いており、経済的に自立している。家事は分担しており、主に料理はロイドが担っている。プロポーズの場面では、先にヨルが「(契約)結婚しませんか」と申し出、それに答えるかたちで「ともに助け合おう」とロイドが手をとったのも印象的だった。

また、ヨルは料理が苦手だったり、腕っぷしが強かったりと、いわゆる良妻賢母とは言い難いキャラクターだ。

アニメ第9話では理想に縛られるヨルに対し、ロイドが発した「『妻はこうあるべき』『親なんだから』とか、もちろん理想を追及して努力することは素晴らしいことです。でもそれに縛られ過ぎて自分を見失っては上手くいくものもいかなくなったりする」という労わりの言葉に感心した視聴者も多いだろう。

「ちち」「はは」と呼ぶ「むすめ」。フォージャー家オリジナルの家族のあり方

「フォージャー家」は単に偽装家族と括るだけでは惜しい関係性でもある。現代の日本でいえば、ロイドはアーニャを孤児院から引き取っているので、「里親」もしくは「特別養子縁組」の養父のどちらかになる。一方ヨルにとってフォージャー家は、再婚などで血縁のない親子関係となる「ステップファミリー」にあたる。

そういう関係性が影響しているのかは不明だが、アーニャは親2人を「ちち」と「はは」と呼ぶ。

「ステップファミリー」では、子どもが継父や継母のことを「お父さん」「ママ」と呼べずに関係がぎくしゃくしてしまうことがあり、これが時に虐待を誘発することもある。たかが呼称、されど呼称。そこには子どもたちの繊細な感情がある。

アーニャは「ちち」「はは」という「ふつうじゃない呼び方」を自ら選び、2人と独自の関係を築いていく。「ちち」「はは」は、ダイレクトすぎるぐらい親子関係を表す言葉ではあるものの「フォージャー家」オリジナルの呼び方だ。アーニャにとって2人は、お父さんでもパパでもママでもなく、「ちち」と「はは」という特別な存在なのだ。

家族にはいろいろなかたちがあり、いろんな幸せがある。

「流れているものは血じゃなくて、想いや愛のようなもの」“喜劇”が示す家族とは?

星野源が歌うエンディング曲“喜劇”は、『SPY×FAMILY』が提示する問いを色濃く反映し、一部では「作品への愛が強すぎる」と絶賛される一曲だ。

エンディング曲“喜劇”アニメ映像

星野本人によるオーディオライナーノーツによると、“喜劇”は『SPY×FAMILY』のテーマに寄り添いながら、「聴く人によってさまざまな解釈ができるようにつくった」という。タイアップの楽曲でありつつ、どんな人が聴いても感情移入できるポップソングでもある“喜劇”は、星野の技巧が光る一曲だ。

例えば二人称ひとつとっても、こだわりを感じることができる。“喜劇”では「あなた」「君」の両方が存在し、二人称が揺れている。言葉の世界では、一般的に「一人称と二人称は揺れてはいけない」という暗黙のルールがあるが、そのルールを破ることで『SPY×FAMILY』登場人物の想いを描いているようにも、さまざまな人の心情を多角的に歌っているようにも、一個人の感情の変化を表しているようにも聴こえる。

細部にこだわりを詰め込んだ歌詞のなかで、特に注目を集めているのが<私の居場所は作るものだった><あの日交わした血に勝るもの 心の契約を>という部分だ。

アーニャの声優を務める種﨑敦美も『星野源のオールナイトニッポン』にゲスト出演した際に、この部分について「あの歌詞で救われる人がたくさんいる」と声を震わせながら絶賛していた。種﨑からの感想を受け、星野も自身の家族観について以下のように語っていた。

家族って、漠然と血がつながっていると思っているけど、夫婦は血がつながっていない。流れているものは血じゃなくて、想いや愛のようなもの。人と人じゃないものにも成立するし、友だちでも現場の仲間でも。
- 星野源

「ふつうの家族」じゃなくていい。良き妻でなくてもいい。ともに助け合う、自分たちだけの居場所をつくることが「家族」なのではないか。フォージャー家と“喜劇”は、見る者に笑いと癒やしを与えながら、令和の日本社会に新しい選択肢を自然に提示している。

「ふつうの家族」はいつから「ふつう」になったのか

筆者である私の実家は、父が会社員、母は専業主婦、そして姉と私の4人家族だった。こういった自分の環境ゆえ、幼い頃から「異性の夫婦の間に、子どもが2人」という家族構成が「ふつうの家族」として刷り込まれていったように思う。幼少期に読んでいた物語の多くは「主人公は想い人と結婚して子どもを生み、末永く幸せに暮らしましたとさ」で締めくくられており、本を閉じるたびに「こういうのが幸せのかたちなんだ」と、無意識のうちにその認識が濃くなっていった気もする。

とはいえ、母は私が8歳のときに他界してしまったので、私の家族は父子家庭になった。当時は自らの境遇に劣等感を抱いていたのを覚えている。寂しい気持ちが大きかったのはいうまでもないが、クラスメイトの大多数は「ふつうの家族」で、それが幸福な人生を保証するように見えたからだ。

親戚からは「いい学校に入って、いい会社に入って、いい旦那さんと結婚して子どもを生むのが幸せよ」と言われ、就職活動する際には「一般職に就いて早く結婚できるようにしなさい」と勧められた。3歳年上の姉は“幸せルート”にのり、20代前半で結婚・出産をしたが、30歳を過ぎても結婚しない私は親戚から心配されるようになっていた。「心配なのよ」と言われるたびに、「ふつうじゃないと幸せになれない」と言われているような気もした。

こういった「ふつうの家族」観は、どこまで説得力があるものなのだろうか。

調べてみると、家族社会学の研究者・落合恵美子氏の『歴史的に見た日本の結婚』という研究報告を見つけた。この資料では、江戸時代の日本は同時代の諸外国と比べて離婚率が高く、同棲や婚外子も現代より多く、家族自体が流動的だったことが記されている。

離婚への忌避観は、明治以降に西洋から「処女の概念」が輸入されたり、政府主導の教育政策などで広がったりして、全国に広がっていったそうだ。ここからさらに、高度経済成長期を通して「専業主婦」という生き方が普及し、「ふつうの家族」が定着していったという。資料は「現代日本における結婚に対する相対的に保守的な態度は、伝統の影響だとはいえない」と締めくくられていた。

もしかすると、「ふつうの家族」観は、50年ほど前の「一億総中流社会」における「幸せ」のかたちだったのかもしれない。

「家族のかたち」のしがらみは、想像力で払拭できる

社会やライフスタイルの変化によって、家族観も変わっていくものだろう。それにもかかわらず、刷り込みの力は大きく、がんじがらめになってしまうことは多い。私もその1人だ。

深く染み込んだ刷り込みは、想像力によって払拭できるのだと思う。物語や音楽は、重たい現状を映す鏡としての側面があったり、ときには新しい価値観を提示して風穴をあけたりする。『SPY×FAMILY』を見て“喜劇”を聴いて「いいな」と思うことから、すべてが変わっていく。創造物にはそういう力がある。

多様化する生き方が選べる時代には、いろいろな家族のかたちがあり、さまざまな居場所があってしかるべきだと思う。もっといえば、与えられた家族が自分にとってフィットしなければ、自分で新しく居場所をつくって幸せになってもいい。

「うちに帰ろうか」「今日は何食べようか」と話し、ふざけた生活―喜劇―を続けられる家族は、血のつながりによらずとも、自分でつくれるのだから。

作品情報
テレビアニメ『SPY×FAMILY』

2022年4月9日〜6月25日まで毎週土曜日23:00より放送。ほか20の動画サービスにて配信
2022年10月〜 2クール目放送予定
コミックス『SPY×FAMILY』

著者:遠藤達哉
発行:集英社


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