起業のリアルな失敗を描く。漫画『100話で心折れるスタートアップ』が経営者から注目を集めるわけ

2022年7月、Twitterに突如現れ、じわじわとファンを増やしている漫画『100話で心折れるスタートアップ』。大学の起業サークルに所属しているウサギが仲間とともに会社「ウサコア」をつくり、紆余曲折ありながらも会社を徐々に大きくしていく物語だ。

フォロワーには経営者や起業家も多く、この物語で起きるできごとのリアルさがうかがえる。現在(2022年9月30日時点)は100話まで残り数話となり、徐々にウサギの「心が折れていく」様子が見てとれる展開になっているが、この物語が伝えたいことは一体なんなのだろうか。そもそも、なぜこの物語を描こうと思ったのか? 作者に話を聞いた。

起業や会社経営のネガティブな面も伝えたい。『100話で心折れるスタートアップ』制作のきっかけ

―まずはじめに、この物語を描こうと思ったきっかけを教えてください。

『100話で〜』作者(以下、作者):もともと、以前から描こうとは思っていました。スタートアップ業界って、華々しい話や成功した話はメディアにたくさんあるし、企業のなかの人がSNSで発言するシーンなど、よく見かけますよね。ただ、逆に失敗したらどうなるとか、具体的な話ってあんまり出てこない。自分自身の経験談を踏まえて、ネガティブな面も伝えていったほうが良いんじゃないかとずっと考えていて。

そんななか、スタートアップを題材にしたドラマが始まって、世間的に関心が高まるタイミングが来たので、いまがそのときだと思って、描きはじめました。

1話目。起業サークルの仲間であるコアラと起業を決意する主人公のウサギ

ーこのお話はご自身の経験談が多い?

作者:そうですね、何年か前にスタートアップを立ち上げて、その会社を売却まで持っていって……。5割くらいは実体験といえますね。

―もともと漫画を描いていたんですか?

作者:高校生くらいのときに持ち込みをしたこともありましたが、それ以降はぜんぜんで。今回すごく久しぶりに描きました。

ー本作は、社員同士がオフィスでゲーム大会をするなど、「スタートアップあるある」が詰め込まれているように感じます。どのように物語をつくっているのですか?

作者:自分の経験を時系列にして、そこから精査しました。100話で収める前提でしたが、書き出してみると200話くらい必要になってしまって。共感してもらうのが難しそうだったり、さすがにネガティブすぎたりするエピソードは外して、「わかる」と思ってもらえるものを残していきました。例えば創業メンバーが全員辞めるというエピソードは、ぼくの経営者仲間を見ても7、8割は同じ経験をしているので、共感されるだろうな、とか。

当初、ウサギとコアラ含めて4名で始めたウサコアだったが、ウサギ以外は退職してしまった

作者:あとは、55話のネズミさんに「タダでアイデアあげるよ」と言われる回。あれはスタートアップの経営者はほぼ全員経験していると思います(笑)。大体こういうときいわれるアイデアって、もう検討して「ないな」と思った案なので、内心ムカついている人は多いのではないでしょうか。

―そういったエピソードを精査するうえで、誰かにアドバイスは求めましたか?

作者:基本的には自分だけで判断していましたが、友人には見てもらいましたね。「この用語はスタートアップ(界隈の言葉)すぎる」とか、一般の人からするとわからない部分に指摘をもらったりしました。

「心折れるギリギリ」が積み重なって、完全に心が折れてしまう

―この漫画では、紆余曲折ありつつも、ウサギさんがモチベーションを高く持って会社を経営している様子が描かれています。ただ、タイトルどおり最終的には「心が折れる」結末を迎えると思うのですが、なぜそもそも、スタートアップの経営者は心が折れてしまう場合もあるのでしょうか。

作者:理由はさまざまだと思いますが、この作品では、ウサギさんが何度か心折れかけているけど最初は持ち堪えているんですよね。心境でいうと、1回目で心は折れかけているけど、まだ持ち堪える余地がある。9割くらい折れているけど、1割は残っているんです。その1割で気持ちを持ち返しているというか。

でも、その「折れかけている」状況が何度か重なると、どんどん持ち堪える気持ちがすり減っていくんです。ウサギさんは、それが積み重なってリカバリーできない状態になり、心が折れてしまったのだと思います。

―78話目以降は新しいメンバーがたくさん入社しますが、ウサギさんが営業を目的とした飲み会に参加していることに対し不満を漏らすなど、経営者と社員とで気持ちの乖離が見られます。ここも心が折れるポイントの一つと感じたのですが、いかがですか。

作者:そうですね。最初にいたメンバーは、スタートアップというものにそもそも興味があって入社してきた人たちなんです。モチベーションは高い、だけどスキルがそこそこという。

逆にあとから入ってくる人は、スキルはあるけどモチベーションはそこまで高くない。漫画ではトカゲさんのような人ですね。経営者のやる気と彼らのやる気の量には、差がすごくあるんです。

作者:そんななか、この物語では、ひとつのプロダクトを出すためにとんでもない時間がかかっている。社員はどんどん疲弊していきます。モチベーションも高くなく、それなのにハードワークが続くという。そのような状況を肌で感じている経営者にとって、例えば社員が陰で悪口とか言っていたら、それは心にダメージ受けますよね。

モチベーションの低い人を初期段階で採用すると、会社が壊れてしまう

―ウサギさんたちがそういった状況に陥ってしまった理由はどこにあると思いますか?

作者:会社をバスに例えて「誰をバスに乗せるべきか?」という話がスタートアップ界隈ではよくいわれています。ウサギさんは、人材募集のときにそこを意識すべきだったと思います。

例えばトカゲさんの話でいうと、彼のような人がメンバーにいることでほかの社員のモチベーションまで下げてしまうんです。トカゲさんをモチベーション0のスキル100、ほかのメンバーをスキル50のモチベーション50だとするじゃないですか。でも、トカゲさんの影響でほかのメンバーのモチベーションが下がっていく。そうすると、モチベーション10、スキル50の人ができ上がるんですよね。その人はもう仕事に対して、積極的に関わることをしなくなってしまう。

これが1,000人いる会社だったらトカゲさんみたいな人がいても問題ないですが、小規模な会社においては影響力が計り知れないんです。だから、特に初期の段階においては、スキルじゃなくカルチャーが合う人を採用するべきだったと思います。

―トカゲさんが会社を壊していく一方、エンジニアのイヌさんは長いあいだウサギさんを支えてくれます。新しく入社した人と違って、なぜイヌさんは長く在籍してくれたのだと思いますか?

作者:イヌさんは、成功体験というか、会社が成長していく過程を体験できたので、それが大きかったと思います。業績が苦しい時期もありましたが、とはいえ一緒に働いているのはウサギさんで、性格などの相性が良かったこともあり、人間関係のストレスはないから、お金だけなんとかなればいいという状態。辞める理由が見当たらないというか。

一方で、新しいメンバーが離れていった理由もまさにそこだと思っています。彼らは、ウサギさんとイヌさんが感じたような会社の成長過程を味わえず、リリースが伸びたことでユーザーの声を聞く経験も得られなかった。

そして、経営者側が、仕事の目的や将来的なやりがいや楽しみを伝える努力をしてこなかったことも原因にあります。「こういうミッションに向かっていく会社です」ってただ言えばいいわけじゃなくて、社員のバックボーンも想像しながら、実感させてあげないといけない部分だったんですよね。ウサギさんは、そこに労力を割くべきだったと思います。

初期フェーズから尽力してくれていたエンジニアのイヌさん

今後ぶつかる壁を知っておけば、ダメージを最小限できる。「耐性をつけて、起業と仕事を頑張って」

―起業を考えている人にとって、さまざまな示唆が含まれている作品だと思います。この物語を通じて、特に読者に届けたいことはなんですか?

作者:まず前提として、この漫画はスタートアップの批判がしたいわけじゃないんです。具体的にこういう辛いことがあるけれども、やっぱりスタートアップいいよね、ということを伝えたい。ぼく自身、起業して世に出したサービスで、ユーザーが幸せになったり、喜んでくれたりしたときはとても嬉しかったし、自分がつくった会社で大きな成果を出せたときはやりがいを感じました。

これから起業する人や、起業したての人って、たぶんこの漫画に描いたような壁にぶつかると思うんですね。例えば64話のウシさんが株式譲渡を持ちかけてくる話とか。他人に51%株を持たれることの何が問題なのか、わからない起業家の人もいると思うんです。

作者:でも、あらかじめ起こりそうなことを知っていて準備できていれば、ちょっと耐えられるというか、ダメージが少なくなるはず。これを読んで耐性をつけてもらって、起業と仕事頑張ってくださいっていうのが、この漫画をとおして言いたいことです。

作品情報
『100話で心折れるスタートアップ』


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