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『作りたい女と食べたい女』が解く呪い。「女と料理」、レズビアン・アイデンティティー

『このマンガがすごい!2022』(宝島社)オンナ編の第2位に選ばれ、まだ2巻までしか発売されていないなかでシリーズ累計20万部を突破した話題のマンガ『作りたい女と食べたい女』。「シスターフッド×ごはん×ガールズラブ」というテーマで、日常に生きる女性たちの生きづらさや違和感と丁寧に向き合った本作は、女性を中心に多くの読者の共感を集めている。

なぜ『作りたい女と食べたい女』は、これほどまでに話題となったのか? アナーカ・フェミニスト、ライターの高島鈴が考察する。

「女と料理」のグロテスクな関係性を否定し、再構築する

女子校にいたころ、小さな弁当箱で昼食をとる同級生に向かって、別の同級生が「女みてえな量食ってんじゃねえよ!」と笑いながら声をかけていたことがあった。そのときは私も何も考えずに、すごいことを言うな、と笑っていた気がするけれど、あれは明らかに内面化されたミソジニーだった。

単純に少食だったのか、それともダイエットを意識していたのかわからない、あのほんのちょっぴりのお弁当。それを「女みたいな量」と言って笑うのは、「女性の食事量は少ない」という偏見、そして「女ぶるな」、という女子校――「女子」しかいないという建前によって「女子」を相対化する空間――のなかで複雑にねじくれて育った、女性嫌悪のあらわれであったように思えてならないのである。

「女と料理」。「女子力」「家庭的」「いい奥さん / 母親になれる」、こういうわかりやすい文句を並べるまでもなく、そこには男性中心主義・シスヘテロ中心主義のなかで強制的に結びつけられてきた歴史が沈澱している。

では、女性と料理にもっと自由な関係はありえないのか? そんなことはない――ゆざきさかおみのGL漫画『作りたい女と食べたい女』(以下『つくたべ』)は、そう言いたがっているように見える。『つくたべ』は、女性と料理のあいだにぶらさがるグロテスクな文脈を描いたうえで丁寧に否定し、その関係性の再構築を試みているからである。

『作りたい女と食べたい女』の主人公は、そのタイトルどおり、食事を作ることに至上の喜びを見出す女性・野本さんと、食べることを何よりの楽しみとする女性・春日さんだ。

野本さんは無類の料理好きで、常々思う存分腕を奮い大量の食事をつくりたいと思っているが、でき上がったそれらを一人で食べ切れるほどの健啖家ではない。一方の春日さんはすばらしい食いっぷりをしているが、普段はあまり自炊に気を配っていない。同じマンションの同じフロアに暮らしていた二人は、ひょんなことからお互いのニーズが合致していることを知り、二人で食事するようになる。そしてその過程で、次第に惹かれあっていくのだった。

料理の呪縛に苦しめられてきた野本さんと春日さん

『つくたべ』が女性同士のラブストーリーであることと、料理を主題にしていることは無関係ではない。

二人はそれぞれに「料理の呪縛」に苦しめられてきた。野本さんは趣味の料理を「男のため」「家庭のため」と解釈されることに怒りを覚えている。春日さんは、父と弟にたくさんの料理を、母と春日さんにわずかな料理(「女みたいな量」!)をよそう家で生まれ育ち、「食べること」に後ろめたさを植えつけられてきた。

野本さんが作りたいだけ作り、春日さんが食べたいだけ食べる。この二人に共有された経験は、二人を縛っていたものを解き、二人の心の距離を縮めるのには充分な理由だろう。二人が食事をするシーンの気持ちのいい笑顔と爽やかな食べっぷりを目にすれば、野本さんと春日さんが二人で料理を全身で楽しんでいることを誰でも理解できる。

そして注目したいのが、第16話『私は、』である。「構造的な差別を描くために差別の描写が登場するので、読むかどうかはよく考えて決めてほしい」といった旨の注意喚起から始まるこの回では、体調を崩して眠る野本さんの夢として、野本さんが自身をレズビアンだと自覚していく場面が描かれる。

ここで特筆すべきはその視覚的表現だ。社会のシスヘテロ(※)中心主義との摩擦、大量につくられているシスヘテロ男性向けの「レズビアン」アダルトビデオ、「本当に好きな男性に出会っていないだけ」という声、「証明」を求める詰問――このようなレズビアン・アイデンティティーを持つに至るまでの障害を前にした野本さんは、どろりと溶けてクッキーの生地になる。クッキー生地は人の形をした「型」で抜かれていく。

※出生時に割り当てられた性別とジェンダーアイデンティティーが一致しており、それに沿って生きる「シスジェンダー」と、異性愛者である「ヘテロセクシュアル」を合わせた言葉

めん棒で潰され、型に抜かれて成形されようとしていた野本さんは、そこで悪夢から目を覚ます。目を覚まして飛び込んでくるのは、春日さんからのメッセージだ。春日さんに作ってもらったうどんを食べながら、野本さんは「私は / 女のひとを好きになっていいんだ / 春日さんを 好きになっていいんだ」と結論づける。ともに食卓を囲んだ時間の喜びが、野本さんに「型」を否認する自信を与えるのだ。

野本さんが大人になってからレズビアンを自覚したキャラクターであることも重要なポイントだろう。シスヘテロ中心主義社会では、「子どものころから自覚があった」クィアのストーリーをアイデンティティーの「証明」として解釈する風潮が存在しているように思う(「証明」など本当は必要ないのに!)。大人になって初めて自分の違和感に名前をつける人の存在を拾い上げていることは、大きな希望であるように感じた。

「女性」は一人ひとり違う。多様性も丁寧に描く『つくたべ』

本作がすばらしい点はまだたくさんあり、とても書ききれないのだが、女性の多様性をしっかりと描いていることには特に注意を払っておきたい。第4話『この世に同じ女はいない』では、生理でダウンする野本さんのために、まったく生理痛がないと語る春日さんが焼きおにぎりを作ってくれる。

2巻の書き下ろし『Alone Together』では、SNSを駆使する野本さん / まったく使わない春日さん、お皿を重視する野本さん / 気にしない春日さん、といったように、二人がまったく違う価値観を持っていることをさらりと描く。

さらにまだ単行本未収録(2022年4月時点)の23話では、食事が苦手だという新たな隣人・南雲さんが登場する。作る喜び / 食べる喜びの外側にいる人を、物語は決して否定しない。これは食事を扱う漫画として非常に大切な描写であり、実際料理と食事が苦手な私も、読んでいて強く惹きつけられる場面だった。

『作りたい女と食べたい女』は、「食べるのが苦手な人」も巻き込みながら、次々と「女と料理」の呪いを解いていく。今後の展開に大いに期待したい良作だ。

書籍情報
『作りたい女と食べたい女』

著者:ゆざきさかおみ
発行:KADOKAWA


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