「いま」を映すUSポップカルチャー

ビヨンセ、テイラー、『バービー』が米経済にもたらしたインパクト。女性たちが生んだ夏の社会現象

Who run the world? 今夏の米経済を動かした3つの文化現象

「世界は女子がまわしている」(”Run the World (Girls)“)。かつてビヨンセはそう歌ったが、今夏のアメリカ経済にかぎってはそうかもしれない。

インフレが緩和しつつ雇用率は安定していた2023年夏の米市場では、個人消費が加熱した。そのうち、娯楽分野で旋風を起こしたのが、3つの女性主体イベントだ。

グレタ・ガーウィグ監督映画『バービー』は、予算編成の際「比較対象がほぼない」商業的にリスキーとされたスーパーフェミニンな大作だったが、7月に公開されるやいなや女性客が殺到し、北米では『アベンジャーズ』(2012年)を超える歴代11位の興行収入を達成した。

なにより、二大歌手が「新次元」級の社会現象を巻き起こしている。史上初の北米10億ドル(約1,500億円)以上の売上が予想されるテイラー・スウィフトのベストヒット公演『エラズ・ツアー(The Eras Tour)』、そしてビヨンセの新アルバムをテーマにした『ルネッサンス・ワールド・ツアー(Renaissance World Tour)』は、公演地域をお祭り騒ぎに染めあげていった。

たとえばミネアポリス市は『エラズ』公演を祝して一時的に「スウィフティアポリス(Swiftieapolis)」に改名。ヒューストン市の場合『ルネッサンス』公演に際して、花火や400機のドローンが飛び交い市長が歓迎スピーチをする、盛大なパーティーイベントを行なった。

ヒューストンでのビヨンセの公演に際して行なわれたイベント『Hou Run the World』の様子

モルガン・スタンレーの見積もりによると、テイラーとビヨンセのツアーによる経済効果は、2023年第3四半期のみで約56億ドル(約8,300億円)にのぼる。これに『バービー』、同日公開された映画『オッペンハイマー(原題)』を加えると、同期のGDP成長率の0.6ポイントに相当する(*1)。

「バービー・ビリオン(億万)」「スウィフトノミクス(経済)」「ビヨンセ・バンプ(波及効果)」と呼ばれる3つの経済現象は、ジャンルも異なり、また後述するが、それぞれのオーディエンス層も多様である。共通するのは「女性消費者の牽引」、そして「体験経済」だ。

1つ目はわかりやすいだろう。ある映画業界幹部が「鼓舞してくれる知的な女性の物語が強く求められている」と指摘したように(*2)、3つとも女性視点を強く打ち出す作風で女性たちからの厚い支持を獲得した。

映画については、若手歌手オリヴィア・ロドリゴの感想が的を得ている。「『バービー』は、女子でいられて幸せだと感じられたフェミニスト映画でした。性的に描かれるのでもなく、苦悩と失敗を描くわけでもない女性中心の映画を観たのはいつ以来だったか覚えてません」」(*3)。

グレタ・ガーウィグ監督『バービー』予告編

そしてテイラー・スウィフトは、2006年にデビューして以来、失恋の痛みや怒り、自嘲的でもある過ちの告白など、私小説的なヒットを出しては共感を集めてきたシンガーソングライターだ。四半世紀ものあいだトップに君臨するビヨンセの場合、力強く多様な女性たちを鼓舞してきた(※)。

※参考記事:ビヨンセ『HOMECOMING』に見る、歴史を継ぐ者の意志とレプリゼンテーション

集団で楽しむイベントが生み出す「体験経済」。連帯を高める「制服」の効果も

もちろん、これまでも女性が生み出してきたヒットは多かった。この夏が特別だったのは、女性中心ではなかなか見られなかった社会現象級イベントの集中、言い換えれば「体験経済」の性質だ。コロナ禍の外出自粛が解けたあとのタイミングだったこともあり、膨大な人々が「同胞」と盛りあがる対人イベントを求めていた。集団でイベント参加することの多い女性の傾向をあらわすように、3つのイベントすべてで3枚以上のチケット同時購入率が高い(*4)。

連帯の熱を指し示すのは「制服」の存在だろう。『バービー』公開劇場は派手なピンクのファッション、『エラズ・ツアー』にはテイラーの楽曲に登場するビーズのブレスレット、『ルネッサンス・ツアー』には同名アルバムの世界観にあわせたシルバーのカウボーイ風ディスコスタイルに身を包んだ人々が殺到した。

ビヨンセ『ルネッサンス・ツアー』オレゴン公演の観客の様子
「『エラズ・ツアー』『ルネッサンス・ツアー』『バービー』旋風とは、若い女性が憧れの存在を祝福したり、キラキラ着飾っているというだけのものではありません。これらは、個性の祝福なのです。テイラーやビヨンセは、観客が自分らしくいられて、ジェンダーや年齢に関係なく楽しめる安全な空間を創りだした。消費者はそうしたアーティストに強大な忠誠心と愛を抱いているので、よろこんで財布を開くのです」
- デロイトコンサルティング社アナリスト、デニス・モールトン(*5)

他国も誘致アピール。テイラーやビヨンセのツアーが公演地にもたらす経済効果

二大歌手の記録的な経済波及効果の要因は「体験経済」にあった。多くの観客が、これら公演を「お祭り旅行」とみなし、地元企業にお金を落としていったのだ。一般的に、米国では、コンサート支出100ドルに対して、旅費や飲食、衣服などの付随出費は300ドル程度とされる。シカゴなどの都市部における『エラズ・ツアー』公演の場合、これが最大平均1,500ドルほど(約22万円)にまでふくれあがった(*6)。

北米大手の手芸小売マイケルズ・ストアによると、ペンシルベニア州では「制服」たるビーズ類の売上が5倍以上増加した(*7)。同州フィラデルフィア市の連銀当局が「テイラーの公演によって新型コロナウイルス危機以来最高のホテル収益を記録した」と発表したように、公的機関や政治家が大々的な歓迎セレモニーを行なう理由も観光ブーストにある。これをふまえれば、カナダやチリなど、他国の首脳が『エラズ・ツアー』招致のためアピール合戦を繰りひろげている状況も驚きではないだろう。

テイラー・スウィフトの『エラズ・ツアー』は2024年2月に日本でも開催予定

チケット代を含む平均支出が1,800ドル(約27万円)とされた『ルネッサンス・ツアー』の場合(*8)、非公式クラブイベントが盛んになっており、フィラデルフィアで黒人、女性が経営するビジネスの消費をのばしたと報告されている(*9)。

アメリカにおける女性の経済力、男女賃金格差の変化も背景に

「この夏はとても重要な転換点です。『バービー』はこの瞬間の象徴ですが、女性の経済力そのものは、長い年月をかけてこの地点へと歩みつづけてきました」
- ベンチャーキャピタル「Cake Ventures」創始者、モニーク・ウッダード(前述*5)

驚くべきは、ツアー客の多くが、貯蓄や借金ではなく定給から支出していたことだ(前述*7)。この背景に、1兆ドル(約150兆円)規模とされる米国「女性経済」の新世紀がある。2023年は、音楽フェスを熱狂させたBoygeniusなどのロックアクト、損益分岐点に達したFIFA女子ワールドカップなど、女性にまつわる好景気が際立っていた。これまで、女性の支出といえば美容・ファッションや家庭関連が多いと見なされてきたが、近年は、個人的な娯楽や体験にくわえて住宅ローン、金融サービス、ヘルスケア分野も増えているという。

<不公平な闘いはきついけど、私たちは強くなっていく><私たちをはばむ壁は崩落し、革命のときがくる>
- テイラー・スウィフト“Change”

「女性経済」旋風には、給与を含めた近年のインフレも関係しているだろう。しかし、より大きな文脈としては、アメリカの女性たちの所得が相対的に上昇していることがある。フルタイム労働者の男女賃金格差は歴代最小となっており(*10)、25〜34歳層では1982年には同年齢層の男性が1ドル稼ぐのに対して女性は74セント、つまり26セントの差がついていたが、2022年にはこの差が8セントまで縮まっている(*11)。これには、ギャップ要因となる出産年齢が伸びたこと、女性の高学歴およびハイスキル職の増加などが考えられる。2019年調査では、異性パートナーシップにあるなかで一家の家計を担う女性は3割を超えている(日本で女性が主要な稼ぎ手である世帯は約24%)(*12)。

「女性消費者」だけでは括りきれない多様なファンベースの存在も

もちろん、景気のいい話ばかりではない。多くの先進諸国と同じく、米国でも所得格差の拡大、とくにブルーワーカーに直撃する中間層の縮小は深刻だ(※)。誰しもが大金のかかるコンサート旅行に行けるわけではない。女性同士の結束による高揚をもたらす体験需要にしても、リプロダクティブライツへの制限などによる「女性の危機」への不安が一因だとする声もある。

※参考:愚かな富裕層を笑い、庶民の願望を満たす?米映画やドラマで「金持ちを喰らえ」がブーム

加えて特筆すべきは、これらの現象を「女性消費者」という単一カテゴリで括りきるのは無理があることだろう。その最たる例こそ、前述の公演地調査でLGBTQ経営ビジネスへの関心を2倍に跳ね上げたビヨンセだ。黒人、ラテン系が中心となったクィア文化とその表現者たちを大々的にフィーチャーした『ルネッサンス』ツアーは、アメリカの音楽界最大級の規模で、多様なジェンダーやセクシュアリティの人々が安心して祝福できる場を創りあげたのだ(※)。

※参考記事:ビヨンセ『ルネッサンス』は何を「再生」させたのか。黒人クィアコミュニティーに捧げられた感謝

「有色人種クィアの私にとって『ルネッサンス』はとても大切です。このアルバムのおかげで、ようやく心から自由を感じられて、自分の身体と肌、コミュニティを祝福することができた。同胞とともにクィアとカルチャーを祝福するコンサートに来られて、本当に幸せです」(カリフォルニア州公演来場者のコメント)(*13)

ビヨンセ“Break My Soul”

『バービー』の北米チケット購入者層においても、最初は女性に偏っていたものの、男女半々のバランスに落ち着いていったという(前述*4)。このことは「スーパーフェミニンなフェミニスト作品」の印象が強い大作映画でも、男性消費者が楽しみうることを示唆している。「ニューズウィーク」調査で『バービー』現象に関心があると答えた女性は64%、男性は63%で、ほとんど差がなかった(*前述2)。

『バービー』、『エラズ・ツアー』『ルネッサンス・ツアー』の熱狂は、なかなか起こらない特異現象だとする指摘も多い。米国の消費熱にしても、三大イベントが終演に向かい、学生ローンや子どもへの支出が増える秋にはおさまると予想されている。

当然ながら、大衆文化の頂点に咲きほこる女性たちの物語は、ファンの生活を一変させてはくれない。イベントに参加したからといって、テイラーやビヨンセのような億万長者になれたり、家計や仕事の問題がいっぺんに解決したりする奇跡が起こるわけではないだろう。それでも、彼女たちは人々を鼓舞し、現実を生き抜く勇気を与えてくれる。その魔法こそ、エンターテイメントがもたらす真なる祝福かもしれない。



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