ロンドンはライブハウスの廃業ラッシュをどう阻止した?『ミュージックシティで暮らそう』著者に聞く

音楽を都市のインフラのようにとらえて、まちづくりに取り入れていく―。ロンドンなど世界各地の事例とともに「ミュージックシティ(音楽都市)」を実現するためのヒントを綴った書籍『ミュージックシティで暮らそう 音楽エコシステムと新たな都市政策』が黒鳥社から刊行された。

著者のシェイン・シャピロは、音楽や文化を都市の政策に取り入れるサポートを行ってきたイギリスを拠点とするコンサルタント会社、Sound Diplomacyを創業。ロンドンのほか、「ライブミュージックの聖地」と呼ばれるテキサス州オースティンや、マディソン、ハンツヴィルなどのまちづくりに関わってきた。

世界屈指の音楽の聖地であるロンドンでも、2015年ごろはライブハウスなどの音楽ベニューの廃業が相次いでいたという。事態を深刻に見たロンドン市は実態調査に乗り出し音楽ベニューの救済に取り組んだが、本書ではその経緯が綴られている。

「日本でも都市課題を解決するために音楽を取り入れていくべき」と提唱するシェイン・シャピロに、本書についてインタビューを行った。

日本の音楽市場は世界2位。音楽をエコシステムとして都市に実装する

―まずは「ミュージックシティ」という構想について教えてください。音楽がインフラのようになり、都市の発展に関わっているとはどんな状態なのでしょうか?

シェイン・シャピロ(以下、シャピロ):一言で言うと、都市のまちづくりや政策において、「音楽」がインフラのように大きく関わっている状態のことです。

人がいれば必ずそこに音楽はあるので、その意味では、どの街もミュージックシティにはなりえます。ただ、都市や街をどうしていくか考える上で、人々が音楽の重要性を認識し、都市づくりに構造的に組み込んでいるかどうかが分かれ道になると思います。

なぜ私がミュージックシティの実現に力を入れているかというと、都市づくりにおける音楽の可能性や価値を理解することが、さまざまな都市が抱えている課題を解決することにつながると考えているからです。

―どういうことでしょうか?

シャピロ:たとえば、日本はイギリスと重なる部分があります。東京という巨大な都市が存在し、他の地方都市を吸い込んでしまうほどのエネルギーがある。5月にもプライベートで来日しましたが、地方で過疎化が起きていることを実感しました。過疎化などの課題に対して、音楽は街を活性化するツールとなり得ると思います。

私は音楽をエコシステム(生態系)として捉えていますが、ある街で音楽が栄えているということは、その地域自体が繁栄しているということです。ライブハウスなど音楽を演奏できるベニューが経営されており、そこには雇用が発生している。音楽を教育する環境があり、さまざまな人が表現する自由が保障されているということでもあります。

先ほど言ったように、人がいるところには必ず音楽がある。そこにはもしかしたら音楽の優れた才能を持つ人がいるかもしれない。音楽エコシステムが存在していればそういった才能を引き出すことができますし、街の活性化につながるはずです。

―著書『ミュージックシティで暮らそう』では、そうした音楽が持つ可能性について、「社会の理解が欠如している」とも指摘されています。

シャピロ:そうですね。多くの人々にとって、音楽は「私が聞く音楽」という極めてパーソナルなものになっていると思います。でも音楽には、個人が消費するもの、楽しむものという側面だけではなく、地域や経済の活性化も含めてもっと社会的な価値があります。

たとえば、日本の音楽市場はアメリカに次いで世界第2位です(*1)。これだけ多くの国民が音楽を聞いているのに、私たちのスマホに入っている音楽のストリーミングサービスのアプリは欧米のものばかりです。その中に日本発のものがあってもいいんじゃないかと思いますね。

市民の生活を良くするため、より良い社会にするために、音楽をどのように役立たせることができるか? そのためにどうやってミュージシャンをサポートし、音楽フェスなど、どういった取り組みに投資をしていくべきか? どんな法制化が必要なのか? そういったことを真剣に考えていくことがミュージックシティの実現につながると思います。

音楽ベニューの廃業が相次いだロンドンが変化するまで

―著書ではロンドンの事例を紹介していました。個人経営のライブハウスなど音楽ベニューが相次いで廃業している事態(※)にロンドン市が危機感を持ち、市をあげて音楽ベニューの実態調査を行い、救済に取り組んだ経緯が綴られています。まず、行政からそうした動きが出てくるという状況に驚かされました。

シャピロ:当時(2015年ごろ)ロンドン市長だったボリス・ジョンソンが市の文化担当班の中に特別班をつくり、音楽ベニューの廃業について実態調査を行いました。たしかにイギリスには政治家もそうではない人も関係なく、音楽に親しみを持ち、音楽の価値を理解している人は多いと思います。

ただ、あなたは先ほど市政が取り組んだことに驚いたと言いましたが、実はイギリスだって同じです。黙っていたら行政からそういった動きは出てきません。やはりこのときも、業界側から政治家に対して真剣に調べるべきだというアプローチがありました。そして、働きかけてすぐ「やるよ」というわけでもなく、変化が起きるまで数年かかっています。

(※)『ミュージックシティで暮らそう』によると、イギリスでは2005年から2015年の間に3割もの演奏会場が廃業していた。

―音楽業界の人々が粘り強くロンドン市に働きかけたことが大きかったんですね。

シャピロ:音楽ベニューのオーナーたちが一丸となって意見をまとめ、皆でロンドン市にかけあっていました。そのとき相談に行った相手が業界にも近しい人だったので、気持ちを一つにできたのだと思います。結局、政治家であろうと相手は人間です。訴え続ければ理解し、考えを変えてくれる政治家もいるんです。

「ライブハウスの閉店について誰も話していなかったら、問題にすらなっていない」

―音楽ベニューを救済するための一つの手段として、著書で紹介している「エージェント・オブ・チェンジ」の制度(※)は画期的だと思いました。新しく住宅や娯楽施設などを建設するとき、デベロッパーはそのエリアにあるお店や施設など、既存の事業に生じる影響を緩和する責任を負う、と定めた制度です。

シャピロ:この制度の発祥の地はオーストラリアですが、エージェント・オブ・チェンジは音楽ベニューへの影響も含めていろいろな変化をもたらす素晴らしいツールの一つだと思います。

ロンドンで音楽ベニューの廃業が続いていた理由の一つは、土地計画法によってオフィス街に住宅が建設されるようになり、音楽ベニューに対して騒音苦情が増えたことにあります。この制度によって、そうした問題が解消されるようになりました。法的拘束力がないという点でまだ課題はありますが、制度の設立に携わった立場として誇りに思います。

(※)『ミュージックシティで暮らそう』では、エージェント・オブ・チェンジ制度について、「新しいビジネスを開業する側が、その土地にすでに存在するビジネスの立場を優先する」制度と説明している。たとえば、音楽ベニューの近くに住宅を開発する場合、開発業者側は住宅に騒音対策などを施し、音楽施設を保護することに務めなければならない。この規則はイングランドで導入され、その後ウェールズやスコットランド、北アイルランドに広がった。

ロンドンの人気クラブ「ミニストリー・オブ・サウンド」も騒音苦情が増え、営業免許の停止が危惧されたことがある。

シャピロ:ほかにも、たとえばオースティンのあるアメリカ・テキサス州には、「ミュージック・インキュベーター・リベート・プログラム(Texas Music Incubator Rebate Program)」という制度があります(*2)。アルコールの売上税に対して最大10万ドル(日本円で約1,400万円)が音楽ベニューに還付される制度です。

戻ってきた税金をもとに、音楽ベニューが何か別の取り組みに投資ができるほど大きな金額です。この制度は法制化されており、世界の中でも最先端の取り組みだと思います。

―10万ドルというのはすごいですね。著書ではロンドン市が実態調査に乗り出してから、ロンドンでの小規模の音楽ベニューの廃業率の上昇が穏やかになったと綴られています。シェインさんにとって、ロンドンはミュージックシティとして成功していると言えるのでしょうか。

シャピロ:さまざまな問題が議題に上がっている時点で、成長のあらわれなのではないかと思います。何が言いたいかというと、ライブハウスがどんどん閉店しているのに、誰もそのことについて話していなかったら、そもそも問題に気づかれてすらいないし、問題が無視されているということですよね。すでに話題に上がっていて、問題に取り組んでいるという時点でロンドンは成功例の一つと言えると思います。

大事なことは、建物の中で何をするか。都市開発に必要な「ビジョン」とは

―東京では現在、渋谷や新宿などさまざまなエリアで大規模な再開発が実施されています。個人的に感じていることですが、再開発によって高層ビルや複合施設などがどんどん建設されて、どの街も似た景観になっているというか、個性が失われていっているようにも思っています。シャピロさんは日本に何度か来日されていますが、どのように感じていますか。

シャピロ:もちろんパッと見たとき目に入ってくるのは高層ビルなどの建物ですが、大事なことは、その建物の中で何が起きているか、その建物をどう使っているかということだと思います。渋谷も含めて都心は密集しすぎていて、野外フェスは到底できないので屋内でやるしかないという課題もありますよね。

ただ、できることがあるとすれば、都市開発のデベロッパーが行政と組んでただ好きな街を作っていくのではなく、市民の要求やニーズも聞いていくような連携がもっとあってもいいのではないかと思います。渋谷などを見て感じることは、都市づくりに関して皆が共有できるようなビジョンが欠けているように思えます。この街をこうしていこうという強い展望が薄いのではないかと感じるんです。

日本も未来を向いていかなくてはならない中で、都市の課題を解決するための一つの方法として音楽エコシステムを取り入れてもいいのではないかと強く思っています。

―これまで川崎市や福岡市などの行政関係者とも会話をされてきたと思いますが、その兆しは感じていますか?

シャピロ:ミュージックシティの構想に興味を持ってもらっていることを感じますが、時間はかかるだろうとは感じています。予算をどこから捻出するかといった政治的なしがらみもありますが、また近いうちに来日する機会があるのではないかと思っていますし、私は楽観的に考えています。

書籍情報
『ミュージックシティで暮らそう 音楽エコシステムと新たな都市政策』

2025年7月刊行
著者:シェイン・シャピロ
翻訳:エヴァンジェリノス紋子、若林恵
価格:2,800円(税別)
発行:黒鳥社

音楽は都市のインフラだ!

ライブハウスが減っていくのは「文化の問題」ではなく「都市政策の問題」かもしれない――。

本書は、音楽を“社会のインフラ”ととらえ、まちづくりの戦略に音楽を取り入れる方法を説いた、新しい都市論です。音楽や文化政策について都市と協働する英国のコンサルタント会社Sound Diplomacyの創業者が、ロンドン、アデレード、シドニー、オースティン、マディソン、ハンツヴィルなど、世界各都市と実際に取り組んできた政策やプロジェクトを紹介しながら、都市に音楽が根づくための条件をひもときます。

パンデミック以降、音楽業界が直面する困難を越えて、教育・観光・福祉・ジェンダー平等といった分野にも横断的に音楽が貢献できることを証明する、希望と戦略の書。


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