恋愛映画は時代とともに変化してきた。定型的なボーイ・ミーツ・ガールにとどまらず、多様な関係性や複雑な感情を映し出す作品へと、その表現は広がりを見せている。しかし一方で、愛することの切実さや、人を想う気持ちの尊さは決して変わらない。行定勲監督は、その「変わるもの」と「変わらないもの」を見つめ続けてきた映画作家である。
2004年の公開当時、社会現象を巻き起こした『世界の中心で、愛をさけぶ』は、喪失と再生、記憶など人間の「生」に深く根差した主題を提示。2000年代の「純愛ブーム」が過ぎたいまも、恋愛映画の金字塔としても語られている。『ナラタージュ』(2017年)や『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年)では愛の痛みや多様性を示してきた。
そして最新作『楓』では、スピッツの同名の名曲をもとに、現代に生きる人々の愛のかたちを問い直す。恋愛映画の変遷を語るうえで、行定監督の視点は、変化のなかにある普遍性を見極めるための重要な手がかりとなるはずだ。
2025年12月19日(金)より公開の映画『楓』。スピッツの同名楽曲をもとに制作され、福士蒼汰と福原遥が主演を務める。
©2025 映画『楓』製作委員会
今回のインタビューでは、行定監督が約10年にわたり計7作品を手がけてきた銀座ダイヤモンドシライシのブランドムービー(ショートムービーとCM)にも話題を広げ、映画作家としての歩みを振り返りながら、恋愛映画をめぐる価値観の変化や本質についての話をうかがった。「恋愛映画が問いかけるもの」について思考を重ねてきた監督の言葉とは――。
脚本家の高橋泉と組んだ初の作品。完成まで7年かけた映画『楓』
—行定監督の最新作『楓』は、スピッツの同名の名曲を原案にしたオリジナルストーリーの恋愛映画です。これは企画が立ち上がってから、じつに7年越しで完成した作品らしいですね。
行定勲(以下、行定):僕が参加したのは途中からなんです。コロナ禍にも重なってずいぶん難航した企画なんですが、プロデューサーの井手陽子さんが諦めずに粘り強く動かして、いよいよ監督を決めるという段階になって、僕にお声がけいただきました。
当時、海外のドラマシリーズを撮ったばかりの頃で、慣れない環境で悪戦苦闘したものだから、本当に疲れていたんですね。だから原点に戻りたいという気持ちが強くあったのかもしれない。オファーをいただいたときは二つ返事で快諾したんですけど、あのスピッツの曲を映画にする、なんてね……。「めちゃくちゃ難しいじゃん」って思い直し、あとからプレッシャーが押し寄せてきました(笑)。
行定勲(ゆきさだ いさお)
映画監督。1968年熊本県生まれ。
1997年に『OPEN HOUSE』で長編映画初監督。『第2回みちのく国際ミステリー映画祭 in 盛岡』で『新人監督奨励賞グランプリ』を受賞する。その後も、『GO』(2001年)で『第25回日本アカデミー賞』監督賞を受賞、『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)で『第28回日本アカデミー賞』優秀監督賞を受賞、『パレード』(2010年)で第60回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で国際批評家連盟賞を受賞している。ほかにも、『春の雪』(2005年)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年)などの作品を制作。2016年より銀座ダイヤモンドシライシのブランドムービーも制作している。
—本作では、双子の弟・恵を亡くした青年・須永涼役を福士蒼汰さん、恵の恋人だった木下亜子役を福原遥さんが演じています。「亜子が、涼のことを亡くなった恵だと思い込む」というあらすじを読んだとき、なんだかトリッキーな設定だなと思ったんです。でも実際に本編を観たら、これぞ行定監督のラブストーリーだと思える、とても丁寧に編み上げられた素晴らしい映画になっていました。脚本は高橋泉さん(「高」ははしごだか)。組まれるのは初めてですよね。
行定:ええ。高橋さんとは昔から知り合いで、彼が「群青いろ」という映像ユニットで監督を務めている映画はよく観ていたし、初監督作の『ある朝スウプは』(2005年)なんかとても好きでしたね。ただ一緒に組んだことはなかったんです。
そもそも僕は、脚本を他人に預ける場合もゼロから関わることがほとんどなので、すでに脚本がある段階で参加するパターンは珍しい。今回はまず企画者の熱意に打たれたのと、純粋にひとりの演出家として、難しいお題の恋愛映画を成立させるための手練手管も含めて、自分の腕を試されている気がしたんですね。
だから今回、基本的な筋書きはもとの脚本から変えていない。ただ演出面は全部僕の考えに基づいてやらせてもらっています。なによりスピッツの楽曲をもとにしているからには、自分なりの映画表現で真摯なアンサーにしなきゃいけない。その想いが企画に融合して、この『楓』という映画になったんです。
© 2025 映画『楓』製作委員会
スピッツの世界には「柔らかさ」と「毒」がある。“楓”の歌詞<かわるがわる>が示す人間関係の本質
—もともと行定監督はスピッツの音楽が大好きなんですよね。
行定:はい。だから表面的な歌詞の解釈みたいなレベルで終わらせてはいけないという想いがものすごく強かった。草野マサムネさんは僕の一歳年上で、福岡のご出身。僕も同世代の同じ九州人(行定監督は熊本出身)だから、僭越ながら見てきた風景や、影響を受けてきたものは近いのかもしれない。1995年に“ロビンソン”が大ヒットした頃、僕はまだ助監督だったし、スピッツは自分より遥か先を走っている同世代のトップランナーとして勝手に仰ぎ見続けている存在ですね。
そしてなぜ自分も含め、多くの人がスピッツの世界に魅了されるのか。僕なりに紐解くと、スピッツの曲はつねにファンタジーと現実的なものを交互に組み合わせて届けようとしているように思います。一見ふわっと柔らかい世界観を提示しながら、でも必ずどこかに毒を持たせている。
“楓”の歌詞では、<かわるがわるのぞいた穴から 何を見てたかなぁ?>という抽象的でファンタジックな一節のあとに、<一人きりじゃ叶えられない 夢もあったけれど>という現実的で泥臭い呟きがくる。そこから<さよなら>という別れの言葉に続くんですね。このフレーズの連結が生む飛躍度が凄まじいんですよ。
—<かわるがわるのぞいた穴から 何を見てたかなぁ?>の部分、映画『楓』では、恵も亜子も天文が好きで、星空を見つめる望遠鏡を共有していたという設定につながりますね。
行定:具体的にはそうとも言える。僕も最初そう思って高橋さんに「天文という設定はここから来たの?」と質問したら、「それもあるかもしれない」という返事でした。
また「かわるがわる」という言葉を、喪失というテーマに絡めて考えると、例えばひとつの席が空いたとき、その席には誰かが座るんですね。恋愛に限らず、人間関係や世界の網の目はそうやって「かわるがわる」が連鎖し、歳月とともに変化していく。だから人は誰であれ、どんな状態であれ、過去の状態に戻ることはできない。つまり我々は前に進むしかない、というふうに普遍化すれば、「さよなら」という言葉を未来形としてとらえることができるかもしれない。
—なるほど。「かわるがわる」という言葉が象徴する、他者との関係性のなかで生きることの本質に、本作では重きを置いたんですね。
行定:その通りです。さっきも言いましたけど、歌詞が表面的な意味でストーリーにつながっていくような映画化は絶対避けたかったんですよ。いまは明快な答え合わせを求める映画の見方もありますが、映画はそんなわかりやすい謎解きパズルだけではありませんから。
この「かわるがわる」に関しては、あくまで僕の解釈ですけど、草野さんの書く歌詞は行間からあまりにも多様なイメージが広がっていくんですね。まさに音楽じゃないとできない表現ですが、それをいかにすれば映画的に落とし込めるのか、今回ずっと考えていました。「僕の『楓』は、ちゃんと『楓』になっていますか?」ってところが一番心配だったです。
—いまおっしゃられた「スピッツ論」は、ほとんどそのまま行定監督の映画に当てはまるように思います。また今回の『楓』では、楓の花言葉のひとつである「遠慮」を核にしたとも公式コメントで語られていましたね。
行定:スピッツの楽曲とそれにちなんだこの物語を、自分が解釈する際の精神をどこに置くかって考えたときに、そもそもなぜ楓なのか? と思って。楓の花言葉を調べたら、「調和」「美しい変化」「大切な思い出」「約束」などが並ぶなか、「遠慮」が出てきたんです。この言葉ってすごく日本的なキーワードだと思って。
遠慮する気持ちがラブストーリーのなかで人と人との障害になっていく……これって本当に日本的な恋愛映画のかたちだなと、今回あらためて意識してみたところがあります。
成瀬巳喜男監督の映画もそうですよね。遠慮を重ねることでこじれてしまった、これ以上踏み込んじゃいけないふたりが向き合っている。あってはならない男女の関係が、それでも「ある」ものとして静かに流れていく。
—成瀬巳喜男といえば、行定監督の『ナラタージュ』のなかで、成瀬巳監督の『浮雲』(1955年)が引用されますよね。
行定:はい。僕が最も敬愛する監督のひとりです。
「変わるもの」より「変わらないもの」を見つめたい。ラブストーリーが映す曖昧さと人間の矛盾
—行定監督のフィルモグラフィ全体にも迫りたいのですが、『楓』は喪失と再生という主題など、2004年の『世界の中心で、愛をさけぶ』に共通する要素も多く認められます。そこには約20年という大きなワンサイクルも感じさせるのですが、長年ラブストーリーを撮るなかで、時代の変化を如実に感じることがありましたら教えてください。
行定:社会全体に「曖昧さ」を受け止める感性がずいぶん減じてきたように思います。何でも白黒つけたがって、多様性が表面的に謳われているわりには、人の道からちょっと外れてしまった者を必要以上に目の敵にする。ラブストーリーって本来は、人間の内にある闇や宿業と向き合うことでもあるんですけどね。
『楓』には「慮る(おもんぱかる)」という台詞も出てくるんですが、言葉にならない曖昧な感情のニュアンスを汲み取る力って、恋愛映画のリテラシーとしてものすごく重要だと思うんです。佇むだけで恋人同士のふたりがどんな気持ちでいるかを察する。僕はそのレベルでキャッチボールができると観客を信じて映画を作っているんですが、もし台詞で説明しないとわからない傾向が増しているのなら、それは正直つらいものがあります。
行定:また登場人物を単純なモラルの善悪で判断したり、「不快だ」「許せない」といった具合に断罪したりする人も結構いるようです。なぜその登場人物が茨の道に走ったのかを問わないままに。
みんな「正解」を自分がつかんでいないと不安なんでしょうか。人間なんて本来矛盾だらけで、不合理なものなのに。結果、インターネットやSNSも含め、誰か声の大きい人に従う風潮ばかり強くなって、そのつど振り回されて、社会の混沌はよりひどくなっているように感じています。
—たしかに不合理なものを避け、世の中の「正解」にすがろうとする風潮は、例えば恋愛を「面倒臭いもの」として忌避する傾向と似ているかもしれませんね。だけど行定監督は面倒臭い恋愛こそを描かれてきた。
行定:そうですね(笑)。個人的にはですが、面倒臭いことをしっかり経験している人間と、それを回避した人間では面白味が違うと思っています。一筋縄ではいかない現実の複雑さを潜り抜けていくなかで培われていく人間的な厚みが、さっき言った「曖昧さ」のリテラシーってことにつながるのかもしれない。
まあ、とはいえ闇雲に経験主義を謳うわけではなくて、これから社会に出るような若い人にも鋭い人はたくさんいるから、あくまで感性の問題だっていう気もしますけどね。
—すぐに正解を求める時代のなかにあっても、人間が本来もつ闇と向き合うことや、「曖昧さ」を残すことを大切にされていますね。その意味で行定監督は、時代を経て「変わるもの」よりも「変わらないもの」のほうを大切にしてきたタイプといえる?
行定:だと思います。もちろん自分より年少世代の映画監督……例えば今泉力哉くんが描く恋愛映画はとても素敵だと思うけれども、次世代のやり方に僕が変に寄せていくのも違うし。自分のスタイルも考えかた基本的には変えないけど、いまの役者さんたちと一緒にコラボレーションしながら、互いの接点を見つけて、僕なりにいまの人間像や恋愛のかたちを描く。それで良いと思う。
行定:『楓』で組んだキャストの面々もみんな面白かったです。プロデューサーからの圧倒的な推しがあったのが福士蒼汰くんで、実際に話してみると非常にニュートラル。演じているときと普段の差がほとんどない印象でした。最近は海外でも活動していて、そこで培った「存在の仕方」を身につけている。海外の現場では余計なことは通用せず、キャスティングされた時点で監督に委ねる部分が大きい。その経験がある福士くんならではのコミュニケーションもあって、フラットな存在感がとても良かったです。
たとえば、「(涼は)いかにも男っぽく彼女を抱きとめるような感じではないですよね?」と聞いてきてくれたことがあって。そもそも僕の映画にはマスキュリニティが濃厚な人物はあまり登場しないので(笑)、とても話しやすかったですね。
福原遥さんはピュアで真面目。『楓』は亜子のズルい部分が肝になっている映画でもあるので、「悪い人に見えませんか?」ってことを気にしておられました。そんな福原さんが演じるからこそ、亜子のズルさが切なさになってリアルに滲み出てくるはずなので、真面目な人なりの面倒臭さが巧く出るといいなと思っていました。
© 2025 映画『楓』製作委員会
行定:宮沢氷魚くんはとにかく面白かった。本人と役がまったく違うのに、その場に立つと自然に染まっていく。石井杏奈さんも同様で、バイプレーヤーとして多くのアイデアを出してくれました。宮近海斗くんは「スタートラインに立っている」ような存在で、キャラクターと本人が綯い交ぜになっている感じ。余計なものがついていないのが魅力。役者は慣れると余計なものを抱えがちなので、「なるべくそうならないように」と伝えました(笑)。みんなにはとても支えられましたね。また一緒にやりたいと思える役者さんばかりです。
© 2025 映画『楓』製作委員会
ダイヤモンドがもつステレオタイプをひっくり返したかった。指輪を渡す日常の風景を描いた7作のショートムービー
2016年より行定監督が制作している、ブライダルジュエリー専門店・銀座ダイヤモンドシライシのブランドムービー。2024年までに7作制作している。
—行定監督のラブストーリーといえば、非常に興味深いプロジェクトが銀座ダイヤモンドシライシのブランドムービーです。2016年から現時点まで計7作、いつも等身大の日常の風景のなかにダイヤモンドの婚約指輪を登場させている。毎回どういった意識が行定監督の核になっているのでしょうか?
行定:この企画のスタート地点になったのは、僕がダイヤモンドとは縁遠い男だってこと(笑)。元来サブカルチャー側の人間としては、自分の日常や恋愛のなかにおいて、世の中の人たちがあの輝きにこだわっているっていうことをずっと回避してきたんですよ。
ただ実際、ダイヤモンドの輝きを目の前にすると、本当に美しいんです。石が光を閉じ込めているというか……。吸い込まれるようにずっと見入ってしまう。だから企画のオファーをいただいたとき、僕と同じようにこの輝きと縁遠いと思っていた人たちの物語なら描けるなって思ったんです。しかもそれがありがたいことに、銀座ダイヤモンドシライシというブランドがもつ信念と合致したんですね。
—面白いですね。しかもブライダルを主題にするからには、これから結婚生活を送ろうとしている人たちに向けて、変化していく時代の価値観を映し出す試みにもなります。
行定:僕がいちばん面白味を感じているのもまさにそこなんです。例えば旧来的なダイヤモンドの婚約指輪のCMにまつわるステレオタイプなイメージってあるじゃないですか。かつてのバブリーでゴージャスな消費社会を象徴するような、なぜか舞台は海外で登場するのは白人の男性女性だったり(笑)。謎の絵空事が展開されるような。まずはそれを引っ繰り返すものにしたかった。
だから舞台は本当にありふれた日常の場所。郊外や地方都市で暮らすカップルの話が良い。そして僕と同じように、ダイヤモンドに縁遠かった男が、お店で見た指輪の輝きに魅せられて、つい彼女のためにそれを買ってしまった。ダイヤモンドなんか似合わない俺が、汗だくになって家に帰ったら……人って愛する相手のためにプレゼントを買ったら走りたくなるんですよ(笑)。1分でも1秒でも早く渡したい。それを渡したときに、愛しい彼女が「何?」って言ってくれて、汗だくな男が指輪を見せたら驚く。そんなプロポーズの物語を思いついたとき、「ああ、つかめたかも」って。
—それが2018年5月に公開された、三浦貴大さんと土村芳さん出演の「彼は走っている」篇になったんですね。
行定:はい。おかげさまでこれが好評を得て、三浦くんと土村さんとのチームで前日譚の「紙の指輪」篇(2019年11月)、結婚5年後のふたりを描く「再びのプロポーズ」篇(2021年11月)という連作に発展しました。
要するにそれまでのCMって、ダイヤモンドに憧れる女の子を煽ってたんですよね。だったら自分がやる際の切り口としては、むしろ「恋人に指輪をプレゼントしたい」という気持ちにさせるものでないといけないのかなって。この種の企画としては異例の実験的な試みだったと思いますが、このチームなら大丈夫だってことで理解していただいたんです。
三浦くんと土村さんは、出演作の映画やドラマを観て、僕自身が非常に期待してるふたりだったんですね。だから彼らと組んだあとも、きっとこれからの日本映画を担っていくであろう注目の役者さんをキャスティングしていこうという流れになりました。
銀座ダイヤモンドシライシブランドムービー「彼は走っている」篇(2018年)
—2023年4月公開の「きみの寝顔」篇では若葉竜也さんと木竜麻生さん、2024年11月公開の「This is all」篇では金子大地さんと片山友希さん。まさにこれからの活躍が楽しみな役者さんですね。ブライダルダイヤモンドというシンボルに込められた恋愛観を批評的に再解釈されて、現代のリアリティに馴染ませる更新作業は、行定監督じゃないとできなかったんだろうなと思います。
行定:良いきっかけでしたね。鍛えられたというか。ルールがあるからこそ、それを逆手に取るかたちで、時代ごとの恋愛の表象について考えることができる。
この作品を通してあらためて思うのは、指輪を受け取ったら誰でも嬉しそうな顔を見せるんだなってこと。その笑顔を見て、「やっぱりそうかあ」というふうに、ダイヤモンドをプレゼントする気持ちを奮い立たせてくれたらいいなと願っています。
銀座ダイヤモンドシライシブランドムービー「This is all」篇(2024年)
- 作品情報
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『楓』
2025年12月19日(金)より全国公開
監督:行定勲
脚本:高橋泉(「高」ははしごだか)
原案・主題歌:スピッツ「楓」(Polydor Records)
音楽:Yaffle
出演:福士蒼汰
福原遥
宮沢氷魚
石井杏奈
宮近海斗
大塚寧々
加藤雅也
製作:アスミック・エース / 東映 / JR東海エージェンシー / カルチュア・エンターテインメント / 東映ビデオ / 日本出版販売 / C&Iエンタテインメント / セカンドサイト
制作プロダクション:アスミック・エース / C&Iエンタテインメント
配給:東映 / アスミック・エース
- プロフィール
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- 行定勲 (ゆきさだ いさお)
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映画監督。1968年熊本県生まれ。
1997年に『OPEN HOUSE』で長編映画初監督。『第2回みちのく国際ミステリー映画祭 in 盛岡』で『新人監督奨励賞グランプリ』を受賞する。その後も、『GO』(2001年)で『第25回日本アカデミー賞』監督賞を受賞、『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)で『第28回日本アカデミー賞』優秀監督賞を受賞、『パレード』(2010年)で第60回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で国際批評家連盟賞を受賞している。ほかにも、『春の雪』(2005年)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年)などの作品を制作。2016年より銀座ダイヤモンドシライシのブランドムービーも制作している。
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